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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆10章 新生のホムンクルス (ググレカスの覚悟 編)
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 眠り姫プラムと二つの世界

 プラムが倒れたのは夕飯を待っている時だった。

 日は落ちて外は既に暗く、時折叩きつけるような雨がガタガタと窓を揺らす。

 館の中は魔法の水晶ランプの明かりと、香油ランプのほのかな明かりで照らされているが、皆の顔には不安の影が揺れていた。


「ご飯を待っていたら急にソファーに横になって、そして……」

「ぐっさん! 大丈夫なのかよ!?」

「賢者にょ! どうして……どうしてこんな! なんとかするにょぉおっ!」


 動揺し泣きそうな顔をする皆を手で制し、俺はいつもの声色で告げる、


「落ち着け。大丈夫さ。俺たちがいるんだから……な?」


 それは半ば、自分に言い聞かせる意味もあったかもしれない。


 二階の寝室兼書斎の寝台には、プラムがぐったりと横たわっている。顔には血の気が無く、呼びかけても頬を叩いても反応が無い。

 意識の戻らないプラムに涙目で呼びかけているのはヘムペローザだ。リビングで意識を失ったところをファリアが抱えてここまで運んできてくれたのだが、すで5分ほど過ぎている。

 呼吸は深く早く、脈は早い。


「大丈夫ならなんとかするにょこの賢者にょぉお」


「すまない、魔法使い以外は出ていってくれないか」


 ぽかぽかと俺に殴りかかるヘムペロを、ファリアがそっと押さえて室外に連れ出す。ファリアは、こういう時は俺を信じるしかないと思ってくれているので、何も言わなかった。

 ヘムペロの気持ちは痛いほどわかる。むしろ俺もそうしたいくらいだ。


 ――俺が動揺するわけにはいかないからな。


 ヘムペローザが俺の代わりに取り乱してくれたおかげで、逆に俺の冷静さが際立った形になり、自然に皆の視線が集まる。

 

 俺は眼鏡を指先で持ち上げて静かに、そして素早く指示を出す。


「マニュ、気道の確保を」

「了解。戦いで気を失った人と、同じ対処ですね」

「そうだ。それと、事象好転の祝福(フェス)を頼む」


 マニュフェルノは手早くプラムの顔を横に向け、頭の角度を調整し気道を確保してくれた。これは窒息の原因となる気道が塞がるのを防ぐためだ。

 普段は妙な事ばかり考えているマニュだが、こういうときは冷静で、度胸が座りとても頼りになる。それにマニュフェルノはこの世界では比較的(・・・)医学知識があるほうなのだ。

 病気を悪魔や呪いのせいにする民間療法がまかり通るこの世界(ティティヲ)では、こういう状態になってしまえば、聖水(・・)をふりかけるか悪魔祓いの魔法陣を描くのが関の山だがマニュは違う。

 

「メティウスは状況の分析を。主に生体反応と血液(・・)の状態を調べてくれ」

「はい! 賢者ググレカス」


 メティウスは自分用の小さな戦術情報表示(タクティクス)を幾つも浮かびあがからせて、解析術式でプラムの容態を分析してゆく。

 これは本来は俺がやるべきところだろうが、メティウスに任せることで俺は別の事案に集中して対処できる。即ち、原因の究明と対処法を考えることに。


「レントミア、万が一に備えて魔力糸(マギワイヤー)で強制蘇生術式を準備しておいてくれ」

「う、うん!」


 流石に動揺するレントミアも俺の指示をうけ、ハッとしたように動き始める。魔力を励起し、プラムの全身に何本もの魔力糸(マギワイヤー)を巡らせる。

 魔力を持たない者が見れば、ぼうっと光る手かざしているだけに見えるだろうが、魔法使い属性のある人間が見れば、その手の先から無数の魔力糸(マギワイヤー)が伸びて全身に差し込まれているのが判るだろう。

 これは戦闘で命を落としかけた人間を救う際に使う手法だ。魔力糸(マギワイヤー)による心臓マッサージや出血部位の応急的止血、そして強制的な呼吸などを行い、救命や応急措置までの時間を稼ぐものだ。

 こんな物騒な物の出番がない事を祈るばかりだが、幾つもの戦いを切り抜けてきたレントミアは流石、手馴れたものだ。


 ここで意識不明の原因が「怪我による失血」ならば、マニュフェルノの「治癒魔法」で傷を塞げばいいだけなのだが、プラムの場合は原因がそもそもハッキリしていない。


 飲ませた薬の副作用なのだろうか……?

 眠ったように動かない赤毛の少女の細い身体を見つめて、俺は拳を震わせていた。俺がついていながらこんなことになるとは……。自分が心底腹立たしい。


 その間もマニュは祝福(フェス)を唱え、状況が悪化することを防いでくれている。


「賢者ググレカス。プラムさまの体内の『(コア)』の転換は……正常に終了しています!」

「なんだって……? つまり治療自体(・・・・)成功(・・)しているっていうのか」


 プラムの横で俺とレントミアは顔を見合わせる。驚愕と歓喜と、そして困惑。


「うん。メティの分析は間違いないと思う。僕も魔力糸(マギワイヤー)で体内のあちこちの状態を確認しているけれど……。どこにも『竜人(ドラグゥン)の血』や『(コア)』の反応は見当たらないよ」


 そこで俺は今日のプラムの状態を思い返してみる。


「昼過ぎに少し熱が出たんだ。あのとき既に竜人(ドラグゥン)の血の影響は消え……普通の人間と同じになっていたっていたのか」


 治療自体は大成功、という訳なのだろうが……。


 ――だが、ならば何故意識を失ったんだ?


「何か……別の原因があるんだ」


 レントミアも眉根を歪めプラムの顔を見つめる。いつも冷静沈着なレントミアだが、今はただ悔しいという感情があふれ出しているようだった。

 俺はメティウスに生体反応(バイタル)の監視を任せ、眼前に複数の戦術情報表示(タクティクス)を展開して検索魔法(グゴール)で原因を探ってゆく。


 開け放たれたドアの向うからは、青ざめた様子のイオラとリオラ、そしてファリアが事の成り行きを心配そうに見守っている。

 ヘムペローザはファリア懐で両肩を抱かれたまま、半泣きだ。

 親友のプラムが突然こうなってしまっては、いつものように俺に悪態をつく元気も無いのだろう。

 ――可愛そうに。あとでフォローが必要かもしれないな。


 今は俺とメティウスにレントミア、そしてマニュフェルノの「魔法使いチーム」が踏ん張る所だ。

 二人が稼いでくれた時間を使い、検索魔法(グゴール)をフル稼働させ、戦術情報表示(タクティクス)に幾つもの文献を表示しながら、次々と情報を漁ってゆく。

 数分の後、俺はようやく原因と思われるものに辿りついた。


 それはこの時代の「医学」の書物に書かれた知識ではなく、太古の失われた魔法文明時代の書物の断片から見つかったものだった。


「……『急性代謝失調(・・・・・・)による意識障害』……?」


 ――代謝系(・・・)の異常により急速な血糖値の低下、血液の酸性化(略)様々な症状を引き起こし、重症の場合は意識障害に至り――


 これだ。

 プラムの命を支えていた「生命の核」が置き換わったことで、急速に代謝の仕組みが変わったのだ。それにより血液の性質が変化し、プラムは意識を失ったのか。


 つまり……。


「はらぺこで倒れたんだ……」


「は……ら?」

「空腹。つまり、お腹が空きすぎ……て?」


「あぁ……簡単に言えばそれで間違いない。血の中のエネルギーが切れたんだよ。それでも……こうして生きているってことは逆に『人間』になった証しさ」


 俺はニッと笑みを浮かべて見せる。

 竜人の血からのエネルギー供給の途絶と、それによる急速な血液組成の変化。プラムの身体は今、猛烈にエネルギーを必要としているのだろう。


 レントミアとマニュフェルノが、唖然とした顔で見つめ合う。その時――


 ――くきゅう……。


 と小さくプラムの腹の虫が鳴いた。

 まるで完全にエネルギー切れ、と言っているかのようなか細い音だ。


「賢者ググレカス。血液が『薄い』ですわ、その、何も食べてない飢餓のような……」


 妖精メティウスの分析が全ての答えだった。

 少なくとも俺達三人は、はぁ……と、安堵のため息を漏らす。


「ったく、人騒がせな……」

 思わずははっ、と笑いが込み上げる。


「安堵。よかった……じゃぁ、ご飯を……食べさせれば?」

「あぁ、だが意識を失っていては食べられないだろ」

「困惑。それもそうね……」

「どうするの? ググレ」


 再びマニュとレントミアの視線が俺に向けられる。茜色のの瞳と、翡翠色の瞳がぐぐぐと期待を込めて見つめている。

 

 検索魔法(グゴール)で調べた治療方法には、「体内への電解質補充は、栄養物質を転移魔法にて直接体内に……」というとんでもない事がさらりと書いてあった。

 もちろんそんな超高度な魔法は存在しない。

 だが、俺が居た世界では「点滴」という医学的な方法で、直接送り込む方法があるわけで、ならばこれらの知識を組み合わせて対処すればいい。


「レントミア、魔力糸(マギワイヤー)を通じて、栄養液を鼻から直接送ることは出来るか?」


「え!? う、うん。魔力糸(マギワイヤー)を管状に制御して、液体を通すことならできそうだけど……」

「やってみてくれるかレントミア」

「わ、わかった」

「けれど、ググレの言った『えいよう……液』って何? 材料は?」


 聡明なレントミアの思考は既に次に向いている。

 俺はドアの向こうでこちらをハラハラと見守っている双子の兄妹に声をかけた。


「リオラ、この前の黒砂糖(・・・)は残っているか?」

「え!? あ、はい」

 栗色の瞳を大きく瞬かせて、いきなり何をという顔。


「よし、それと岩塩(・・)を熱湯で溶かして持ってきてくれ。小なべ一つに大さじ3つぐらいでいい。イオラは冷たい水も汲んできてくれ。ひと肌まで温度を下げてから使うんだ」


 二人は返事もそこそこに、弾かれたように階下へと飛んでいった。


「ググレ、まさかそれをプラムちゃんの鼻から流し込むの!?」

「疑問。わたし、意味が分からないけれど……」


 レントミアとマニュフェルノにとっては理解しがたい事かもしれないが、今こうして調べ上げた対処法に俺は確信があった。

 本に書いてある知識と、俺が元居た世界の知識が完全に合致したからだ。

 俺は自信に満ちた顔で二人に説明する。


「まぁ、これは経口点滴ってやつさ。本当は栄養液を直接血管から点滴してやるのが手っ取り早いんだろうが……流石にそれは無理だからな」

「経口。っていうか鼻ですけど、いいのかな……」


「はは、大丈夫さ。保健体育と生物は得意だったからな」


「……? ボクの知らない言葉ばかりだけど、ググレの国は……本当に不思議な所なんだね」


 俺はレントミアに軽く笑み返してから、プラムの頬に手を添えて、呼吸と脈を確かめる。

 

 ――プラム、必ず助けてやるからな。


「ねぇググレ。君が居た国の名前は、なんていうの?」


 俺の「知識体系」が何処から来たのか、レントミアは以前から不思議がっていた。この世界(ティテイヲ)から見れば裏の世界、つまりは異世界ということになるのだろうが。


「あぁ、そういえば教えてなかったっけか? えと……」


 ……あれ。……なんだっけ?


「はは、すまん。プラムのことで混乱してド忘れしたよ」


 と、階下から元気な声が二つ駆け上がってきた。

「ぐっさん! もってきたぞっ!」

「賢者さま! これで!」


 俺達はプラムの治療を再び開始する。

 レントミアに鼻を通じての栄養液補給を実施してもらうが、初めての経験にレントミアも緊張気味だ。俺が横で指示を出しながら進めて行く。


 治療の甲斐あってか、一刻ほどたつと呼吸も脈も落ち着いて顔色も良くなった。プラムは静かな寝息をたてはじめた。


 イオラとリオラ、そしてヘムペローザとファリアに「もう大丈夫だよ」と告げると、ホッとしたような、安堵の輪が広がってゆく。


 マニュの「祝福(フェス)」の力も大きいのだろうが、いずれにしてもレントミアとメティウスの力なくしては、流石の俺も動揺して取り乱していたかもしてない。

 改めて仲間たちの力の大きさに、俺はただ頭の下がる思いだった。


 ◇


「ググレ……。プラムちゃん、目を覚まさないけど……」


 鼻からの栄養液補給をしてくれているレントミアが不安げな声で囁く。

 それはまるで眠りの魔法をかけられた時の様な、深く眠っているかのようにもみえる。

 

「体の機能は問題ない。栄養だって水分だってとらせたはずだが……」


 ――どうして起きないんだ?


「プラム! いい加減起きろ!」


 俺は思わず叫ぶ。だがプラムは僅かにまぶたを動かすのみで目を覚まさない。


「障壁。心に……壁……?」


 マニュフェルノが何かを感じ取ったかのようにぽつりと呟いた。


「マニュ、どういうことだ?」


 俺は銀色の髪を二つに結わえた僧侶の瞳を見つめて問いかけた。


「直感。プラムちゃん。目を覚ましたくないのかも」

「覚ましたく……ない?」


 ――食べ終わったら……楽しい事が……終わってしまうのですね……。

 

 そんなプラムの寂しげな表情が脳裏をかすめた。


 俺はハッとして、赤毛の少女のあどけない寝顔を見つめる。

 困惑と戸惑いよりも、俺は別の感情が湧き上がってくるのを感じていた。


 それは、挑戦状を叩きつけられたかのような、そんな気分だ。


「面白い……。自分の中に『引き篭もる』とはな」


「ググレ?」

「俺を差し置いて引き籠るなんて許さんぞ。いいだろうプラム! 直接(・・)……迎えに行ってやる」


 一向に目を覚まさない「眠り姫」を見下ろしながら俺は、不敵に微笑んだ。


<つづく>


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