ググレカス・シェアリング?
実験室に向かう館の廊下で、エルゴノートとすれ違う。
「ファリアが生肉を仕入れてきたんだ。みんな大はしゃぎで、これから肉祭り開催といこうかって話をしているんだが、エルゴもやらないか?」
「おぉ!? あいつら結局仕留めてきたのか! ははは。では、『賢者の館』交流肉祭りを開催しようじゃないか!」
エルゴノートは俺の言葉を聞いて一気にテンションが上がったようだった。
「それで、すまないが仕切りはエルゴノートに頼んでいいかな?」
「あぁいいとも任せておけ。天気もいいし外でやろう。みんなも喜ぶだろうな!」
「ありがとうエルゴ」
まるで子供のような笑みを見せると、エルゴノートは外に軽やかな足取りで向かっていった。
肉をみんなで焼いて食べるだけとはいえ、いろいろと準備が必要だ。こういうときはリーダーシップを自然に発揮できるエルゴノートの領分だろう。世界を救った勇者ともなれば、他人に対し高慢になりそうなところだが、彼は決してそんな事は無い。
命令口調ではなく「仕事を任せる」というやりかたで、次々と皆に仕事を振り分けてくれるのだが、その手際は思わず感心してしまう程で、そのあたりは流石元王族、人の上に立つ器の男なのだと憧れの眼差しで見てしまう。俺には逆立ちしても真似できないだろうから。
とはいえ、戦闘の時は自分が戦いに夢中になってしまう性分らしく、エルゴノートはパーティのリーダーとしての持ち味が生かせない場合が多い。「なんとかなるさ」という楽天的性格と、「目の前の敵は全て粉砕だ!」とばかりに突進してしまうファリアという、筋肉質な二人の前衛が揃う事で「敵の特性や弱点、それに対する戦術」といった視点をごっそり欠いてしまうからだ。
かつての冒険では、俺がそのあたりを補うべく成長し、徐々に検索魔法や戦術情報表示を使いこなすようになったことで、そこは徐々に補完され「ディカマランの無敵パーティ」への道を進んでいったのだが……。
と、そんな事を思い返しているうちに俺は実験室の前に立っていた。
しかし、つい先刻のレントミアとメティウスの修羅場を思い出し、ドアを開けるのを躊躇ってしまう。
中で血みどろの抗争でも繰り広げられていたらどうしようかと考えて、思わずゴクリと溜飲する。
――いやいや。俺は一応この館の主だ。ここは明るく「肉祭り、開催だぞっ!」というノリで入っていき、そこで仲直りしてもらうという流れが自然だろうな。
ドアを静かに押し開けて、俺は実験室に足を踏み入れる。
「レントミア、メティウス! 今日は肉ま――」
目に飛び込んできた光景に、俺は言葉を失った。
なぜならそこには――
「でね、ググレってば、そこでなんて言ったと思う?」
「きゃ! な、なんですの?」
「『寒いんだったら、こっちに来いよ』って」
きゃわわわ――! という女子特有の黄色い声が室内に響く。
声の主はマニュフェルノと妖精メティウス、そしてレントミアだ。「女子」というのは若干どころか大分御幣があるが。
僧侶と妖精と美形ハーフエルフという珍妙な組み合わせで、何処からか持ち込んだらしい焼き菓子とお茶を飲みながら談笑している。
「鼻血。だめ……わたし失血死しちゃう」
マニュが身をよじりながらハンカチで鼻を押さえると、また沸き起こる笑い声。
「やはり賢者ググレカス様は並みのお方ではありま……あら!? いつからそちらに?」
「あ! ググレ、戻ってきたの?」
「勇者。エルゴノートくんと一体何を!?」
それぞれ口にする三人に、俺は「や……やぁ」と引きつった顔のまま片手を挙げて挨拶をする。レントミアとメティウスが、すっかり馴染んで仲良くなっているではないか……?
「お……、お前達?」
仲良くなれたのか? と聞こうとしたところでレントミアが静かに言葉を紡ぐ。
「ボク、メティウスが幽閉されたお姫様の魂で、ググレがそれを必至で助けたなんて知らなかったんだよ……」
「わ、私も……その。自分で考えていた物語の『魔法使いさま』と『賢者さま』と重ねてしまっていて……。本当お二人は、私なんかの考えも及ばないほどに、とても強い信頼を寄せておられる師弟の関係でで、誰よりも深い深い絆で結ばれたなんて知らなかったのです」
きゅっ、とレントミアはとメティウスは小さな小さな手同士を握り締める。金髪碧眼の妖精と、翡翠色の瞳のハーフエルフが熱く見つめあう。
互いの瞳には敵意は微塵もなく、そこにあるのは戦いを終え、互いを認め合った者同士だけが持つ、友情に似た感情らしかった。
「あ……あぁ? そ、そうか。そりゃぁよかった……。んっ!?」
俺はそこで更に目を疑った。レントミアの指先から伸びた魔力糸が妖精メティウスに繋がっていたからだ。
「あ、そうだググレ、メティの結界、補充してあげたからね」
「賢者ググレカス! レントミアさまから……魔力を頂きましたわ」
メティウスが嬉しそうに光を纏った羽を震わせる。
「えっ? そんなことできるのか!?」
いきなりメティという愛称で呼び、そして魔力を供給してくれていたレントミアに俺は目を丸くする。そんなことが可能なのか! という驚きの方が大きいが。
「もちろんググレの魔力じゃなきゃメティ自身の体は維持できないよ。だってググレの魔法の一部なんだもん。けれど、体を包む結界の効力を維持するだけなら、僕でもできるんだよ」
事も無げに言うレントミアの指先からは、魔力糸が伸びて、メティウスに魔力を供給している様子が見えた。
「す、すごいなレントミア……! さすが俺の師匠だよ!」
「えへへ。褒めて褒めてっ」
「わぁ、やはりお二人は仲がよいのですね!」
俺に近づくとすとんっ、と頭を俺の肩に乗せるレントミア。
思わず「や、やめろ……」とレントミアの頭を掴む行為が、俺が頭を撫でているように見えたのか、メティウスとマニュがはわわぁ、という笑みをこぼした。
それはさておき。レントミアの魔力供給は驚きだ。
賢者の館自体が結界で守られているので、館の中にいる間は妖精メティウスの存在を保持する為の魔力の目力の消費は少なくて済む。とはいえ、定期的に俺が魔力を供給せねば、擬態霊魂である妖精はその体を維持できない。
その根本的な仕組みを看破し、「結界維持用の魔力補給」という方法でメティウスの活動時間を延長してくれた魔法使いレントミアの明晰な頭脳に俺は舌を巻いた。
俺はとりあえずホッとしつつ、この二人が仲良くなったのはいいが一体この実験室でどういう会話が交わされたかが気になった。
何故ならこの仲を取り持ったのは他ならぬマニュフェルノだからだ。
くいっと何処かで見たような仕草でメガネの鼻緒を人差し指で持ち上げて、俺とレントミアのやり取りを眺めながら、口元にニッとした笑みを浮かべている。
「ところでマニュ。さっき言っていた『深い深い絆』って……なんだ?」
俺はマニュを半眼で睨みながら、無言で尋ねる。
「愚問。ググレくん×レントミアくんの関係をよく知っているのは、ググレくん自身」
「だから×でつなぐんじゃない! 関係も何も……レントミアは師匠であり、友達だろ」
俺の言葉に、突然三人は沈黙し、肩を揺らしはじめた。
「まぁ、ウフフ……」
「含笑。ふふふ……」
「えへへ」
マニュフェルノとレントミア、そして宙を舞うメティウスが、含み笑いを漏らしながら静かに俺を見つめて言った。
「私達、『同盟』を結んだんですの」
「同盟。それは愛の同盟」
「ググレを護り、友情をはぐくむ同盟だけどね」
「は、ぁ……?」
嫌な汗が浮かぶ。なんだそりゃ?
「相互不可侵に、ググレの分割統治、えと……」
「……俺は占領された国家か何かか!?」
「ちがうよ、皆で仲良くググレと均等に平等に仲良くしようって。ググレをシェア」
「黙秘(しっ!)。それ以上はいっちゃダメ……!」
レントミアの口を塞ぐマニュフェルノ。
言うなも何も、ほとんどレントミアの言葉ですべてじゃないのか……。
思わず苦々しい想いで三人を見つめるが、俺は鼻から息を抜き、ちいさく肩をすくめた。
まぁ、なんにせよ、争いごとのタネが一つ消えたことは大歓迎だ。そのために俺をダシにするのなら好きにすればいいさ。
「それより、ファリアたちがウサギを仕留めて来てたんだ。肉祭りをやるから、皆で食べようじゃないか!」
俺の言葉に三人は顔を見合わせる。
「マニュ、生肉の焼肉は久しぶりだろ? レントミアにはちゃんと野菜も準備しているぞ。……メティウスは食べられないけど……皆と居るときっと楽しいから……」
「焼肉。久しぶり! わたしもたべたい」
「嬉しい! やっぱりググレはボクのこと考えてくれてるんだねっ!」
「賢者ググレカス、私はいつだって、何処へだってご一緒しますわ!」
それぞれが明るい笑みを浮かべて駆け出す。勢い俺は両脇をレントミアとマニュに抱えられながら、実験室の外へと連れ出された。
◇
午後は賢者の館の庭を使っての焼肉パーティ、通称「肉祭り」が開催された。
石と木を組み合わせて作った急ごしらえの焚き火のグリルで肉を焼くと、香ばしい香りがあたりに漂った。
女の子でも食べやすいように更に細かく切った肉を串に刺して、イオラとルゥが次々と焼いてゆく。
冬を越したウサギの肉は少々硬いが、岩塩と乾燥させた香草を散らして焼くとこの上なく美味だった。野性味ある味は生肉ならではだ。
「旨いなリオ!」
「うぅ……美味しいけど、ウサギさん……」
未練があるのか、リオラが複雑な顔で串肉を頬張る。イオラに聞いた話では、リオラは昔ウサギをペットとして飼っていたらしかった。
マニュフェルノとレントミア、それとメティウスは、火をくべた石積みのバーバキューグリルを囲みながら、イオラとリオラが肉を焼くのを手伝っている。
「ルゥさん、これお願いしてもいいですか?」
リオラがルゥに焼きたての大きな骨付き肉を手渡す。
「任せるでござるって、あちち!?」
ルゥは、焼けた大きな肉をエルゴノートに運んで行くが、猫手らしく熱がっている。
「おぉルゥすまないな! はは! 見ろこのボリューム! 肉は骨付き肉に限るなっ!」
「エルゴ貴様何本目だ!? わたしはまだ二つしか食べてないぞ」
人間の顔が隠れる程のサイズの文字通りの「骨付き肉」を片手で持ちながら、豪快に食しているのはエルゴノートとファリアだ。
大柄で体格のいい二人はとにかくよく食べるし、よく笑う。
何処となく似通った雰囲気をもつ「幼馴染」の二人は、なかなかお似合いだと思うのだが、エルゴノートは今もメタノシュタットの姫と熱愛中なのだ。
ファリアは明るくて豪快で、俺なんかにも優しいし、おまけに……美人だ。整った目鼻立ちに陽光にきらめく銀色の髪。
ポニーテールに纏めた髪を揺らしながら、思い切りファリアが肉に喰らいついている。
――よく食べるから胸も大きいのかな……。
俺はそんなアホな事を考えながら、ボケーとした顔で肉を頬張っていた。
庭に持ち出した椅子に腰掛けながら食べているのはファリアが取り分けてくれたレバーの串焼きだ。
「んぐんぐ、美味しいのですよー! ググレさま、こんなに大勢で食べるのって……んむんんむ、初めて……んぐんぐ、ですねー?」
「あぁそうだな。っていうかちゃんと食べてからしゃべれよプラム」
「もぐぐ、なのですー」
「ヘムペロも美味いか? ……欲張らんでも沢山あるんだがな」
「にょほほ、確かに初めてじゃのこんなに全員そろって食事をするのはのぅ」
ヘムペローザは両手に2本づつ、計4本の串を交互に食べながら歩いてくる。口の周りは油でベトベトだが、とても幸せそうに笑顔を浮かべていた。
「全員……か」
ヘムペローザの言葉に、俺は庭の面々を見回す。
と――。
プラムが串肉を食べる動きを止めて、俺と同じように皆を見回していた。そして、ポツリと小さくつぶやく声が耳に届く。
「食べ終わったら……楽しい事が……終わってしまうのですね……」
「プラム……?」
<つづく>