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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆10章 新生のホムンクルス (ググレカスの覚悟 編)
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★開催、春の肉祭り

 ウサギが土地の瘴気で魔物した「デッドラビット」は、クマと見間違うほどの大きさにも拘らず、兎の特性であるジャンプによる素早い動きが得意だ。

 文字通りの兎跳びで一気に獲物に襲い掛かり、鋭い前歯で噛みつくのだが、その一撃は立ち木すら粉砕するほどに強烈だ。上級な冒険者であっても油断をすれば首に噛みつかれ、命を落としかねない。

 とはいえ、ディカマランの最前衛を担う戦士であるファリアと、俊敏な身のこなしが身上のルゥローニィが居るともなれば、苦戦する要素などなかったのだろう。

 今やウサギの魔物は「晩御飯の肉」と化して運ばれてくる最中なのだから。


 イオラとルゥが長いウサギの耳をそれぞれ肩に担ぎ、巨大な体を引きずっている。

 ファリアも途中までは引きずってきたのだろうが、さすがに疲れたのか弟分二人にバトンタッチしたらしい。


「ぐっさん! これ……食べられるよね?」

 玄関先で出迎えた俺にイオラが尋ねた。元気少年そのものの顔で、鳶色の瞳を輝かせている。

「あぁ大丈夫さ。死んでしまえば瘴気も抜けて、ただの大きなウサギだかからな」


 俺の言葉に「うは!」と喜びの表情を浮かべると、くるりと首だけを(リオラ)に向ける。


「だってよリオ! 焼肉、頼んだぜ!」

「私は(おろ)したり(さば)いたりできないからね! 嫌よ! だ、だって一応ウサギさん……だし」


 両手を胸の前で結び、もじもじと困ったような顔をする。どうやらリオラはウサギが好きらしかった。


「はぁ!? よく見ろよこの前歯! こんな凶悪なウサギがいるかよ!? これは魔物で、今はもうただの肉なの! 今日のご飯なんだってばよ!?」

「う、うるさいバカイオ! じゃぁ自分でやりなさいよっ!」


 リオラは今まで近くの川で洗濯をしていたらしいが、仕事を終えた今はウサギの(むくろ)を前に涙目になりながら、イオラと晩ご飯の支度について言い合いをしている。

 ぎゃあぎゃぁという兄妹の仲良しなやりとりを、他の面々は面白そうに眺めている。


「このウサギさん、食べちゃうのですかー?」

「あぁ! 楽しみにしてろよ、今夜は肉祭りだ」


「プラムにょ、哀しそうなフリをしてもヨダレが垂れとるにょ……」

 ヘムペローザがプラムを半眼で見る。

「えへへ? 久しぶりのお肉なのでしてー」

 プラムが頭をかいて笑う。


 そしてヘムペロとウサギに近づいて、指で突いては逃げ出してみたりとはしゃいでいる。

 きゃっきゃっと二人で明るく笑う様子からは、以前この村で巨大なカエルの魔物に襲われて酷い目にあったことは、すっかり忘れているようだ。


「ま、今夜は焼肉、『お肉祭り』開催決定だな」

 思わずひとりごちる。 


 ――お肉祭り、それはかつての冒険でも肉が手に入ると度々催された宴だ。一番喜ぶのはファリアだが、もちろんエルゴノートにルゥ、マニュだって肉は大好きだ。

 ただレントミアだけは菜食主義(まったく食べないわけではないのだが)で、肉祭りでは寂しい思いをしてはいけないだろうと考え、俺は検索魔法(グゴール)画像検索(ガゾン)で近くの森に分け入り、苦労しながら食べられる山菜を探し回ったりした。

「ありがとググレ、とってもおいしいよ!」

 茹でた山菜を頬張りながら、そんな風に笑ってくれるレントミアに、俺は虫に刺される苦労なんて安いものだと思ったものだ。


「野菜も手に入るといいのだがな……」

 

 いずれにしても、今夜にはプラムの薬も完成するだろうし、プラムもスタミナを付けるにも丁度いいだろう。

 この世界において肉は「干し肉」で流通するのが普通で、生肉は家畜をその場で〆(しめ)て肉にするか、こうして野獣系の魔物を仕留めた場合にだけ手に入る貴重なものなのだ。


「それにしてもまた、大物を仕留めたなぁ」

 俺は体をほぐすように体操しているファリアに声をかける。


「あぁ、マラソンのついでに付き合っただけだったのだが……。現場の近くに潜んでいてな、いきなり戦闘になったのさ。それよりググレはもう起きて平気なのか?」

「ファリアのお陰でぐっすり休めたよ。ありがとう」

「それはよかった!」


 俺の事を気遣ってくれる女戦士に俺は感謝の意を示す。

 エルゴノートが言っていた「二人で話せ」というのはこういう場面も含まれるのだろうか? いちいち個室に着て貰って話すべきなのか?


 そんな事を考えながらファリアと会話を交わし、動かなくなった巨大なウサギを眺める。

 ウサギの体に刀傷があまり見えないので、トドメを刺したのは一撃必殺(クリティカル)の技を持つルゥだろうか?


 ファリアは鎧を着ておらず、朝見かけたときと同じ平服姿だ。陽光の下で白銀に輝く髪を後ろでに束ねて、青い宝石のような瞳が俺を捉えている。

 服が少し泥で汚れているのは巨大なウサギを引きずった時に付いたものだろうか。


 見ればファリアは武器は持っていない。館の玄関を振り返ってみると愛用の巨大な戦斧(バトルアクス)は、玄関の正面にある『武器ラック』に立てかけたままだった。


 今度はルゥとイオラが近づいてきた。


「拙者とイオラ殿だけではちょっとあぶなかったでござるよ……」

「あぁ……。やっぱり俺はまだダメだなぁ」


 ルゥとイオラは少し苦笑を浮かべ、意気消沈した様子で顔を見合わせた。


「そんなことはない。ルゥとイオラだけで大丈夫だったさ。むしろ私が後ろに居た事で、油断が生まれてしまったんじゃないか? ……違うかルゥ」


 ファリアがんっ、とストレッチをしながら、からかう様に弟分のルゥローニィに目線を向ける。


「……拙者、ファリア殿にいいところを見せようと、つい……」


 張り切って剣を抜いたのはいいが剣は薄皮を掠めただけで、パワーに勝るウサギに吹き飛ばされた、らしい。


「その点イオラは冷静だったな。上手く紙一重で交わして、後ろ脚に一撃を叩き込んだのだから。いい太刀筋だったぞ」


「でも……俺はそれだけしかできなかったです」


 照れたように頬をかく少年に、ファリアは微笑んでイオラの肩を叩く。


「あの一撃でウサギは速度を失った。そうでなければ裸同然の乙女な私が、拳を叩きこめるはずがなかろう?」


 さらりとツッコミ所満載の事を言うファリアだが、どうやらトドメを刺したのはファリアのパンチらしかった。


「面目ないでござる……」

「ファリア姉ぇの鉄拳パンチ……凄ったんだよ、ぐっさん!」

「あぁ。乙女の拳は何よりも強いからな。はは……」


 ファリアは鎧を脱ぐと防御力が無くなるので、「裸同然だ」と口にする。

 だがこの村は比較的で、安全な賢者の館に居る時は、平服姿で居る場面が多くなっていた。そんな矢先の出来事だったがファリアは意に介した風も無い。


 と、村人達が集まってきたようだ。出没した「春の魔物」に目にして口々に何かを言い合っている。このウサギがフィノボッチ村のはずれで目撃されると春が来たということらしい。

 確かに今日は雲ひとつ無い青空で、日差しもぽかぽかと暖かい。

 緩やかな風も冬の乾いた風ではなくて、湿った土の匂いの混じった、柔らかくて懐かしいものだ。

 そしてみんなの笑顔を見ていると、自然とウキウキとしてくる。


「やぁ、皆さん。今から肉を切り分けますから、是非お持ち帰りになってください!」


「い、いいんですかい賢者さま!?」

「賢者さまは慈悲深いお方じゃのぅ」

「……ありがたや、ありがたや」

「お肉もらえるのー?」


 村人が口々に賛辞と感謝を口にする。

 魔物を倒したと聞いて、老人と孫らしい子供、そして老婆や主婦たちが見物に来たのだろう。思わぬ心づけに人々に明るい笑顔が広がってゆく。

 以前は「何をしているか分からない人が住んでいる怪しい館」ぐらいに思われていたようだが、巨大怪獣(デスプラネティア)事件以来、王都はもちろん、この村でも俺に対する風当たりはかなりいいものに変わっていた。


「ルゥ、頼みがある……」

「にゃ……。仕方ないでござるな。今回は拙者何も活躍していないでござるし」


 渋々と、溜息をつきながらも大勢の視線の集まるなかルゥが剣を振るう。サクサクと見事な腕前で皮をはぎ、肉片に仕分けてゆく。

 切り取った肉は、館の中からリオラに持ってきてもらった「蝋引き紙」に包んで村の人々に均等に分けていく。


 と、老婆の一人が野菜の束を差し出した。それは白菜のような野菜だった。


「氷室で保存していた野菜ですがの、賢者さまのお口に……合いますかどうか」

「いいのですか? 貴重な野菜では?」

「肉に比べりゃ、ぜんぜんたいしたことないですよ」

 フォフォ……と、しわだらけの顔で老婆は笑いながら肉を受け取ると、すたすたと村のほうへ帰っていった。


 だがお陰でレントミアも一緒に肉祭りを楽しめるだろう。やはり春めいてくると、こうしていいことが起こるものだ。


「ルゥ、ググレは柔らかい肉が好きだからな。そこの新鮮な臓物はググレに分けてくれ」

「了解でござる!」

 ファリアが横からひょいと顔を出し、ルゥの作業に口を出す。


「い、いや! ホント、気を使わないでくれよ!?」


 いつの間にかファリアの中では「ググレカスは柔らかい肉が好き=レバー好き」となっているようだ。俺だって普通の肉が好きなんだが……。


 ともあれ、リオラも手を汚さずに済んだし、イオラもファリアも肉が食えるとあって上機嫌だ。


 肉を切り分け終わったルゥは血や体液が身体中についていた。


「お疲れルゥ。そうだ、風呂でシャワーを浴びてきた方がいいな。今ならお湯も出るぞ」

「そうでござるな! このままでは気落ち悪いでござる……」


 ルゥがくんくんと腕のにおいを嗅ぐ。猫耳も髪も、泥や何やらで汚れている。


 ――そうだ! これこそエルゴノートが言っていた「二人きりの時間」「会話をして気持ちを掴む」チャンスじゃないか?


 俺は笑顔をルゥに向けながら、そっと横から肩に手を回し、囁く。


「ルゥ、俺が風呂で洗ってやる。それに……手から泡を出せるんだぞ?」

「にゃっ!?」


挿絵(By みてみん)


 ――なんだ、俺でもできるじゃん。はは! 見たかエルゴノート。


 スミレ色の瞳を大きく見開いて「にゃわぁ!?」と喜ぶ(?)ルゥの手を握ったまま、俺は館へ入る。


 だがルゥは一瞬の隙をつき「ひ、ひとりでできるでござるっ!」と言い残し、ダッシュで風呂場に飛び込んでしまった。

 

「うーん? やっぱりエルゴみたいに上手くはいかないか……」


 どうやら皆の気持ちをつかむ道程は、まだまだ長いようだ。


 はは、と俺は頬をかきながら、レントミアとマニュフェルノ、そしてメティウスの居る実験室(ラボ)に向けて歩き出した。


<つづく>

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