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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆10章 新生のホムンクルス (ググレカスの覚悟 編)
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 エルゴノート、秘伝の技を伝授する

「というわけでググレ、ちょっと来い。今後のためだ。いろいろと伝授しておきたいことがある」


 エルゴノートはそう言うと、俺の肩をぐいぐいと引っ張って実験室の外へと連れ出した。出際(でぎわ)に室内を覗き込むようにドアの所から顔だけを出して、「そういうわけで、ググレをちょっと借りるぞ!」と言い残してドアを閉めた。


 呆然とした顔で取り残されたレントミアとメティウス、そして何故か興奮した様子でメガネをくいくいと動かしているマニュフェルノ。俺は手を振って、引きつった顔のまま連行される。


「ま、まてよエルゴ、あいつらまた喧嘩……」

「マニュフェルノがいるから大丈夫さ、あいつは人間関係の潤滑油(・・・)みたいなところがあるだろ……?」


 勇者パーティのリーダーであるエルゴノートがいう事はもっともで、なかなか的を射た事を言うなと思わず感心してしまう。


「……確かに」

「な?」


 ははは、と二人で笑いながら、近くのドアをあけて滑り込むように二人で室内に入り込む。そこはヘムペローザとプラムの部屋だった。


 室内は小さな二段ベットが置いてあって、下段がプラム、上がヘムペローザの寝床だ。

 室内に一つだけある机の上は、何処から集めたのか、色の付いたガラスの欠片や、よくわからない小物や石などが宝物のように並べてあった。


「一体どうしたんだよエルゴ」

「今のうちにググレと話しておかねばと思ってな……」


 急に真剣な顔になりベットの端に腰を下ろすエルゴノート。まぁ座れよと促され、俺も腰掛ける。

 部屋はマニュフェルノの部屋と同じで置くに細長く幅の狭い部屋だ。本来はメイドさんの部屋として作られたものだろう。だがプラムとヘムペローザにとっては秘密基地のような感じで丁度よい広さのようだ。

 窓からは昇りきった太陽の明るい光が差し込んでいる。


「……冒険をしている間は命がけで、苦しくて、それでも楽しくて。時間なんかあっという間だったよなぁ」


 エルゴノートは、机の上の小さなガラス玉を光にかざしながら語り始めた。精悍な横顔から厚い胸板へと続くゴツゴツとした首筋が、まるで彫像のように神々しい。


「あぁ……」

「だけど、こうして平和になってしまうと、とたんに不安になる」


 赤銅色の瞳を細めて、ガラス玉から俺に視線を向ける。

 勇者が言っている事の意味は理解できる。魔王やいろいろな強敵を倒すという目的がある間はどんな苦難でも耐えられる。だが、それが終わってしまえば、自分自身の存在意義さえ見失いそうになる。


「だから、俺は居場所を作ろうと思ったんだ」


 賢者の館――。

 

 それは仲間達が迷いそうになった時、行き先を見失った時、ふらりと立ち寄って休めるような、楽しい場所になればいいなと、俺はいつしかそんな風に考えるようになっていた。


 もちろん最初からそこまで考えていたわけじゃない。

 広い館を王国から貰い、これで一人静かに本が読めると喜んで始めた隠遁(ニート)生活だったが、結局俺は僅か数ヶ月で自分から()を上げたのだ。


 寂しさに耐えかね、話し相手と恋人ができないかと言う欲望と、邪な魔道の探求という趣味をかねて生み出してしまったのがプラムなのだから。


 そして気が付けばプラムにはヘムペローザという親友が出来て、俺を頼ってやって来たイオラやリオラが居候になり、そして今はディカマランの仲間達が羽を休めている。


 それはとても賑やかで、楽しくて、暖かくて――。


「そうだな。ググレの望む場所になりつつあるのだな。ここは確かにいいところだ。だが……このままでは、みんなバラバラになるぞ。折角……お前を慕って集まったみんなが」


「どういう……意味だ?」


 俺は短く、かすれた声を辛うじて搾り出してエルゴノートに投げかける。後頭部がしびれてたような感覚に抑えられて、声が上手く出せないのだ。


「皆……それぞれ言いたい事や想いを抱えてここにいる。それに耳を傾けてあげるのは、君にしか出来無い事だと思うぞ?」


 その言葉に俺ははっとする。


「そうか……。レントミアもマニュフェルノも……リオラもヘムペローザも……」


 俺と……話をしたがっていたのだ。


 考えてみれば、竜人の里への旅に、巨大怪獣との死闘、そして海辺の町での魔術師たちとの戦いと、のんびりと過ごすつもりがいつの間にか冒険に借り出されていたのだ。


 戦う事に必死だったとはいえ、皆の考えに耳を傾けて、気持ちを十分判ってあげていただろうか?

 

 ……出来ているはずが無いよな。俺は、自分の事で精一杯な……ダメな賢者だから。


「そう暗い顔をするな! 冒険をして敵を倒す事だけが『勇者』や『賢者』の仕事じゃないのさ。いいかググレ、コツを教えよう」


 ギシ、と寝台(ベット)が軋み音を立て、エルゴノートが俺の真横に身を寄せる。


「……こつ?」

「あぁ。『既にお前は俺の術中に居るッ!』……とググレはたまに言うけどな、お前は既に俺の術中に居るのさ」


 にぃっと男前の顔が俺の真横で微笑む。


「な、なにぃ……?」

「こうして、二人きりで話す事さ」

「二人きりで?」

「そうさ。半時でいいから二人きりになる時間をつくって、いろいろ話すんだ。そのときは相手の目を見て真剣に話を聞くんだ。話題なんて何もでいい。とにかくうんうんと聞け」


「な、なる……ほど」


 思い返せば一昨日、リオラと二人きりになった時が、まさにそうだった気がする。


 はじめは緊張していたが、甘いお菓子を二人で作っているうちに自然と話せたし、リオラも普段は話さないようないろいろな話をしてくれた。それは小麦の袋の傍にネズミが居たとか、服に付いたインクのシミを落とす方法など、とても些細な事だ。リオラはそれでもとても楽しそうに微笑んでくれた。


 と、気が付くと、俺はエルゴノートに肩を抱かれていた。太く逞しい腕が包み込むように回されてい。


「あの? 何の……マネですか?」


 つい敬語になってしまう俺。

 顔が熱くなって手を振り払おうとするが今度は手をぱしっと掴まれる。ていうか顔が近い、顔が!


「……実地訓練だ。いいか、真正面だと相手は警戒する、横に座って話をして、リラックスしたところでさりげなく近づいて肩を抱くか、手を握れ」

「できるかこんなこと!?」


 勇者秘伝の親密になる方法さと笑うが俺にはハードルが高すぎるぞ。


「まぁ、いきなりは無理でも、とにかくこういう雰囲気だ。いいな?」

「あ、あぁ……。ありがとうよ」


 なんなんだこの流れは? エルゴノートは俺に何を目指させようとしているんだ?


 ようやく肩を開放されてほっとする反面、「あれ? なんだか肩を抱かれるのって結構……悪くないな」と考えている自分に気がついて、ふるふると頭を振る。


「君なら知っているかもしれないが……俺の国に伝わる伝説に、『覇愛麗夢(ハァレィム)』を作った偉大な王の話があるのさ。愛人や妻を百人囲った伝説の王だが」

「ハ……アァレイム?」

 思わず聞き返す。

 調べたこともない言葉だが、その響きの意味するところは調べるまでも無いだろう。


「俺の亡き故郷、イスラヴィアは一夫多妻だったからな。伝説もあながち嘘じゃないかもしれないが……流石の俺でも百人は無理だ。今はメタノシュタットの姫君のお相手だけで精一杯さ」


 はは、とエルゴノートが困ったような、しょうがないヤツだぜ、みたいな軽い表情を浮かべて笑みをこぼす。


 だが、砂漠の国家イスラヴィアが一夫多妻制度というのは初耳だ。

 検索魔法(グゴール)でさりげなく検索すると、確かにそんな記述が見つかった。婚姻に関する書籍でイスラヴィアの一夫多妻制度ことが記載されている。条件は全員を平等に愛することだそうだが、そこである一文が目に留まる。


 一夫多妻に、同性婚も可能である……て、どうせいこん!?


 思わず目玉が飛び出しそうになって、エルゴノートに引きつった笑みを向ける。


 ……どうりで、いろいろと手慣れているわけだ。

 この三年間、そんな事も知らずに共に旅をしていたのか俺は……。


「レントミアの心を開く事のできたお前なら、なれるかもしれないな……。伝説の覇愛麗夢(ハァレィム)(キング)に」

「ならんわ!」


 エルゴノートが立ち上がり、髪をかきあげるポーズをしながら、遥か遠くに目線を流す。

 そんなかっこいいシーンじゃないだろうと、俺は心のなかでツッコミをいれる。


「アドバイス、ありがたく頂いておくよ」

「あぁ。……がんばれよググレ。今を……平和を楽しめばいい。そして皆を、マニュやレントミア、イオラにリオラ、そしてちびっこたちも、全員幸せにしてやるんだ」


「言われるまでもないさ」


 全員を幸せにすることはとても難しいだろうが、エルゴノートの気持ちをありがたく頂いておく。

 俺は軽く微笑んで部屋を出た。


 確かにエルゴノートから貰った知恵はこれから先必要になることなのだろう。俺にそれを託してくれた勇者に、心の中で敬礼をする。


 と、玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。


 ◇


「ただいまぐっさん! 肉、肉だぞリオ!」

「ははは、今日は久しぶりの焼肉パーティだな!」

「にゃっ! 干し肉も飽きてきたところでござるしな」


 村外れに出没したという魔物の正体を突き止めるため、偵察に出ていたイオラにファリア、そしてルゥローニィだった。

 

 偵察どころか、早速仕留めて帰ってきたらしい。


 イオラとルゥは巨大クマに匹敵するサイズのウサギの魔物「デッドラビット」の耳を担いでずるずると引きずっていた。


「きゃぁあ!? イオのばか! 肉って……これどうやって捌くのよ!?」

「う、ウサギさんなのですかー?」

「にょはお!? デカイ……牙が怖いにょ!」


 リオラの叫び声を聞きつけてプラムとヘムペローザも玄関に飛び出したようだ。


 ――はは、そうだな。出来る事からやってみるさ。エルゴノート。


 <つづく>


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