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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆10章 新生のホムンクルス (ググレカスの覚悟 編)
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★妖精メティウスとレントミア

 俺はリビングを飛び出して、賢者の館の北側に位置する実験室(ラボ)へと駆け込んだ。


 実験室(ラボ)は魔法工房とでも言うべき数々の魔法の実験を行う場所だ。実験道具や魔法に関する蔵書、触媒の倉庫でもある。

 今はプラムの根本的な治療薬の調合作業の場であり、最も重要な材料である「竜人の血」が納められた壺が厳重に保管してある。


「――レントミア!」


 ドアを勢いよく開けて中に入ると、思いもよらない光景が目に飛び込んできた。


「ボクがそれでいいって言っているの!」

「わ、私はただ賢者ググレカス様の言われたとおりに……!」

「それはさっきも聞いたよっ! 君に何が分かるのさ!?」


 レントミアと妖精メティウスが一触即発、険悪な様子で声を荒げているではないか。


 森の民の血を引くハーフエルフと、羽を生やした妖精が顔を突き合わせて言い合うという光景は、とてつもなくファンタジーにも思えるが、喧嘩の様子は生々しい現実だ。


「わかりますっ! 私はもう賢者ググレカス様の魔法の一部なんですから!」


「……! そ、それが何だっていうのさ! ボ、ボクはググレと『男のゆーじょー』で……深く深く結ばれてるんだからねっ!」


「わ、私なんか、賢者ググレカス様無しでは生きていけない身体なんですからっ!」

「なっ!?」


 とんでもない事を口にするメティウス。流石のレントミアも衝撃を受けている様子だ。


「ボ、ボクだって……! ボクだって……」


 ――な、なんだこりゃ!?


 もはや何の(いさかい)いなのかも判然としない。


 切れ長の瞳を吊り上げてハーフエルフが声を荒げると、小さな身体の妖精メティウスは怯む事もなくレントミアを睨みかえし反論する。

 

挿絵(By みてみん)


 レントミアは実験室の隅にあるテーブルの横に立って、基薬の入ったビンを抱えている。妖精メティウスは空中に浮かびながら背中の羽を震わせて、レントミアの行く手を塞ぐように立ちはだかっている。


「お、おいっ! どうしたんだよ一体!?」


 突然の乱入に、二人ともはっとした顔を向ける。俺はそのまま勢い、前のめりになりながら二人の間に割ってはいる。


「ググレ!」

「賢者ググレカス……!」


 レントミアは驚いたような、そして妖精メティウスは今にも泣きそうな顔を向けてくるが、すぐにキッ! と再び睨みあうと応酬の火花を散らす。


「ググレ! この妖精がボクの邪魔をするんだよ!」

「わ……、私はただ賢者さまの言うとおりにすべきだと!」

 メティウスも譲らない。小さな身体で必死に反論する。


「だからそれがいらないの!」


 もうっ! とレントミアが頬を膨らませて、手で妖精を振り払う仕草をする。


 俺はそこでレントミアの手を掴んで止めた。

 本気ではないにせよ、万が一にも当たればメティウスなど吹き飛ばされてしまうからだ。


「落ち着けよ、お前らしくない」

「う……ググレ……」


 手を掴んだまま翡翠色の瞳を覗き込み、静かに語りかけて落ち着かせる。


「大丈夫かググレ!?」

祝福(フェス)。幸せな気持ちになる魔法ならできますよ!?」


 一歩遅れて実験室(ラボ)に駆け込んできたエルゴノートとマニュフェルノも何事かと室内を伺うが、レントミアの苛立たしげな声に二人とも驚いている様子だった。


 俺は二人を手で制して、任せてくれと身振りで伝える。


「レントミア、聞かせてくれ。いったいどうしたんだよ?」

「それは……その」

「……?」


 じっと見つめていると、レントミアがようやく腕の力を弱め、俺の手をぎゅっと握り返してきた。見れば、怒りの炎は何処かに消え、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 エルフの血を引くレントミアは思慮深く物静かで、他人と言い争ったりするタイプではない。反面、魔物や「敵」と認識した相手には残忍で容赦の無い一面を見せる事もあり、かつての冒険の旅では、魔物に対するオーバーキルとも言える行為を嬉々として行う姿を、エルゴノートがいさめることもあったほどだ。

 小さな妖精相手に本気で魔法を使うとは思えないが、剣幕を見て少し不安が掠める。


 強い魔法の力を持ってはいても、世間知らずでズレていて、どこか幼い一面を持つというちぐはぐなハーフエルフの少年――。

 強い魔法の力を持つレントミアは、エルフの村では差別により孤独で寂しい思いをしていたらしかった。それでも秀でた魔法の力は幼い頃から頭角を現していたようで、それを妬んだハイ・エルフ達から村を追放されたのさ、という過去をエルゴノートからそっと教えられたのは随分と後の事だ。

 勇者エルゴノートは、そのときこう付け加えた。

「他人にこれほど心を開いたレントミアを初めて見たよ。君を同類と思っているのだろうな……」

 と。

 これまでもいろいろな事があったが、今でも俺にとってはかけがえの無い、大切な友だ。

 いや、それ以上のものを、俺は胸に秘めたままなのかもしれないが……。


 しかし、実験室にレントミアがいたということは、プラムを救う薬の作成作業を進めようとしていたのだろうか……?


「ボクとググレで考えた薬の……工程図(フローチャート)、順序を……変えようとしたんだ」


「順序を……?」


 俺は戦術情報表示(タクティクス)を皆にも見える状態で表示して、空中に浮かび上がらせる。レントミアはその樹形図のような図表の最終工程付近を指差して、


「この行程と、これを……、最終工程の前にやってしまった方が、基薬を一つ減らせて、早く終わるかと……思って」


 ハーフエルフの整った横顔と揺れる髪を間近で目にしながら、俺はその聡明な頭脳に思わず「なるほどな」と頷いていた。


 『基薬AとBを使ってCを造る。Cを元にDを造る』という行程を、

 『基薬AとBを使って触媒を変えることでDを造る』というほうが早いと判断し、変えようと思ったのだ。


「けれど、その妖精が邪魔をしたんだ」


 レントミアが俺の胸のぎゅっとしがみついて、妖精メティウスをきっと睨む。


「わ、私は……賢者ググレカスさまに言われたとおりに……」


 しゅん、とメティウスが光を弱めて近くの樽の上に着地する。

 気持ちの変化がそのまま光の勢いとして現れる妖精は、俺がレントミアの示した工程の変更に関心を示した事で自分の判断が誤っていたと思ったのだろう。


「メティウス、君は間違っていない。俺の教えた作業手順を正確に守ろうとしてくれたのからね。そして、レントミアの言い分も間違っていない。むしろ改良してくれようとしてくれたのだから、感謝感激さ。でも……二人ともまずは、俺に相談してくれれば良かったかなぁ」


 あ……。とレントミアとメティウスは気まずそうに互いの顔を見合わせた。


「賢者ググレカスさま」

「ググレ……」


 困惑したような二人の目線が俺に注がれたところで、俺は静かに続ける。


「この薬の精製はプラムの命を救うという、俺にとっては大事な作業なんだ。二人に喧嘩をしてまで、手伝ってもらう訳にはいかないよ……」


 俺は傍らの基薬、つまり最終合成一歩手前となった魔法の薬が入った小瓶を手に取った。

 他にも幾つも並んでいるが、どれもこれもレントミアやメティウスの協力があって作れたものだ。「薬」と便宜上言ってはいるが、正確には各種の魔法術式を様々な素材に染み込ませて固定化した、いわば「結晶」だ。


「ボクは……プラムちゃんを救いたいよ。そしてググレの役に立ちたい。最初の頃は……確かに、どうでもよかった……けれど! 今は、今はもう違うんだ。大切な仲間だと思ってる」


 レントミアはそういうと、長いまつげに縁どられた綺麗な瞳で真っ直ぐ俺を見つめてきた。

 悪戯っぽくて裏で何を考えているか判らない時のハーフエルフの顔ではなく、それは嘘偽りの無い真剣な面差しだ。


「わ、私も気持ちは同じですっ! 賢者ググレカス様のお役にたちたいのです」


 ふわりと宙に舞いあがるメティウスとレントミアの顔を見て、俺は静かに頷いた。


「じゃぁ仲直りしてくれよ、この館で争い事はごめんだよ」


 俺は肩をすくめて見せた。すると二人は握手こそしないまでも、静かに、小首を傾げて礼を交わした。

 意外と気の強いところのあるメティウスと、俺との友情を信じるレントミア。本当の仲直りはしばらくかかりそうだが、とりあえずはよかっ……。


「でも、そもそもググレが悪いんだよ……」


 レントミアが腕組みをしてぷん、と頬を膨らませる。


「お、俺?」

「夕べ待ってたのに結局来てくれなかったし。それでなんだかイライラちゃって」


 レントミアが拗ねたように唇をとがらせて、上目使いで見上げてくる。


「ゆッ…………?」


 夕べは、と言いかけて俺は息を止めた。

 確かに一度は自分の寝台で寝ようかと思ったが既にそこにレントミアが居た訳で、起こさないようにと気を使い、他の寝場所を求めて館の中を彷徨ったのだ。


 つまり……。


「まったく……。ググレは友情をよく理解していないようだな」


 はぁ、とため息をつきながらエルゴノートが口を挟んだ。


「レントミアはお前との友情を確かめるために、寝所(しんしょ)で待っていたのが判らんのか?」

「わからんわ! エルゴの言う『友情』の定義が幅広すぎるんだが?」


「二人だけで語らい、共に時間を過ごし、親密さと信頼感を高めるのは古今東西、当たり前の事じゃないか!」

 ハハハ! と明るく笑って俺の肩を抱くエルゴノート。ふわりと例の香水が香る。


「う……?」


 そこまで言われると正論のような気もしてくる。

 実際俺だって似たような考え方でレントミアやイオラと接しているわけで……、っていつの間にかエルゴノートの友情思想に毒されてしまったのか?

 

「賛成。いま、エルゴノートくんが凄く良い事言った!」


 マニュフェルノが眼鏡を光らせて拍手をしている。

 

「というわけでググレ、ちょっと来い。今後のためだ。今からいろいろと伝授しておきたいことがある。勇者と賢者ではなく、男として、だ」


 ぱちんと片目をつぶるエルゴノートに、俺は「あ、あぁ」と間抜けな返事を返すの精一杯だった。


<つづく>

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