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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 春節の宵(よい)

 ◇


「エルゴはまだ外にいるのか?」

「馬にスリスリしていたでござるよ」

「余程嬉しいんだな……」


 ――なんだか俺達に再会した時より喜んでいる気もするが……。

 まぁ勇者エルゴノートにとっては、旅を始めた「最初の相棒」だからな。ファリアと合流する前、国が滅ぶ前からの愛馬だったわけだし。


 港町にたどり着く直前、エルゴノートは愛馬白王号との涙の対面を果たしていた。ファリアとルゥが乗っていた馬も一緒に見つかって、とりあえずは一安心だ。

 

 ちなみに白王号(ホワイティア)以外の馬は牝馬だったのだが、逃亡生活(・・・・)の間になにがあったかはあまり深くは追求せずに、馬主に返そうと思う。


「白王号がメス馬でなくてよかったでござるね」

「ルゥ、妙なことを想像させるなよ……」


 俺は呆れたように半笑いを浮かべて、ぐびぐびと麦汁(ばくじゅう)を飲み干して、窓の外に目線を向けた。

 ここは港町一番の高級店『グラブロゥ・アッグガイ』だ。


 俺達の座っているのは開放的なテラスのようなテーブル席で、目の前には豪華な魚料理が並べられている。

 魔物のせいで漁ができず魚が取れないと嘆いていた昨日とは一転し、珍しい魚の煮込み料理や、新鮮な魚介のスープ、そして鯨肉の焼きものと、多種多様な料理が運ばれてくる。

 ちなみに俺が飲んでいる麦汁(ばくじゅう)は、発酵させる前の「麦ジュース」で、香草で香りが付けてある。ビールに似た味がするノンアルコールの「大人の飲み物」だ。以前飲んだ時は苦くて不味いと思ったが、ポポラート名物の魚料理には苦味が合うようだった。


 店主の話では、今朝から魔物が出没しなくなり(俺達が朝一番で塔を攻略していたお陰だろうが)猟師達は急いで漁に出たのだという。


「にょほほ、うまいにょ」

「美味しいのですねー!」

 ぱくぱくと手当たり次第食べているのはプラムとヘムペローザだ。食欲も旺盛で元気そのものだ。

 この旅が終わり館に戻れば、俺はいよいよプラムの根本的な治療に取り掛かるつもりだ。

 成功すれば薬で延命している今の状態から抜け出せるのだ。

 だがそれは……世界の(ことわり)捻じ曲げ、消えるはずの命を繋ぎ止める行為なのかもしれない。


 ――けれど俺は、プラムやヘムペローザの笑顔を失いたくないのだ。


 一瞬、禁忌を犯し永劫の闇に落ちた大聖人、バッジョブの嘲笑が浮かぶ。俺はかぶりを振って麦汁を再び飲み込んだ。 


「俺は肉がいいけどなー」

「同感だ、私も肉がいい、だが。今日は魚もうまいな!」

「お前達……今食っているその鯨は、魚じゃない。普通の肉だぞ?」

 イオラとファリアの肉好き談話に、俺は思わずツッコミを入れる。


「ぐっさん、海に居るんだから魚だろ? 味は……肉っぽいけど」

「ハハハ! からかうなよググレ。海は魚、陸は肉! そうと決まっている」

「いや……だから、鯨は哺乳類でな」

 俺は苦虫をかんだような顔で答える。

「ほにゅうるい……ってなんだ?」

「子供を生んで乳で育てる生き物だ」


「うむ!? 賢者のジョークは難しいな! ハハハ!」

「あぁ!? 俺もよくわかんないけど、うん」


 ……ダメだこいつら。


 ファリアとイオラは鯨肉の焼き物にかぶりついた。豪快に頬張る様子は幸せそのものだ。

 窓の外では、色とりどりの服を着た人々が行き交い、弦楽が何処からとも無く奏でられ異国情緒のある賑わいを見せている。家々の窓からは鮮やかな刺繍の施された旗が掲げられている。

 今夜は港町ポポラートの「春節の宵」とよばれる、冬の終わりを祝う日らしい。


「賢者ググレカス、みんな救われて、町の人も笑顔です。良かったですわ」

「そうだな、君も無事でよかったよ」

「嬉しいですわ。こうして……また皆さんと共に笑い合えるのですから」

 妖精メティウスが俺の肩に留まり窓の外や、みんなの楽しそうな様子を眺めて微笑んだ。


 戦いを終えた俺達は、つい先刻まで領主公館を訪れ魔王軍残党を退治したこと、そして彼らを操っていたのが遥か北方の魔法使いだった事を報告した。

 領主トップリハム卿は事件の大きさと顛末を聞き困惑していたが、魔物が退治されたと知り感激し喜んでくれた。そしてせめてもの礼にと宴の席を用意してくれたのだ。


 トップリハム卿はメタノシュタット王政府に対し、海と国境の警備を密にするように進言すると鼻息を荒くしていた。

 エルゴノートの名前入りでサインもしておけば、王政府の役人達も重い腰を上げるだろうと俺は進言し、エルゴノートには書類にサインを頼んだ。

 ディカマランの英雄パーティはあくまでもエルゴノートが主役だが、こういう事務方の仕事はもっぱら俺の役目だ。


 さて、面倒な仕事も全て終わったところで、あとは宴を楽しませてもらおう。


 鎧を脱ぐと防御力が低下すると嫌がるファリアだが、今日は珍しくワンピース風の落ち着いた色合いのドレスを着ている。

 それはここに来る前に、リオラとイオラそしてファリアの三人で買い揃えた平服だ。幾ら町を救った英雄だとはいっても高級店に鎧姿で入るわけにはいかないからだ。

 その点俺やレントミアは「魔法使いのローブ」「賢者のローブ」といった王国が身分を保証する外套を纏っているので楽なものだ。


 ファリアは銀色の髪をポニーテールのように後ろで無造作に結わえていて「今から本気で食う」という気迫が伝わってくる。

「ググレ、わたしも大人の飲み物に挑戦するぞ!」

 ファリアがジョッキを掲げると、レントミアとマニュフェルノも飲み物を掲げて乾杯する。

「乾杯。なんだかこういうの久しぶりね」

「うん、冒険の旅の夜って感じだねっ」

「乾杯でござるっ!」


 麦汁に口をつけたファリアは、う……? と形のよい眉をゆがめている。

 エルゴノートは乾杯の堰には間に合わなかったが、馬の世話が終わったら来るだろうし、その時もう一度乾杯しよう。


「しかしエルゴノートは馬を大事にするよな」

「あぁ。あいつが国を滅ぼされて落ち延びた時からの相棒だからな。深い絆で結ばれているのさ」

 勇者と幼馴染でもあるファリアが、どこか羨ましそうに呟く。


「深い絆かぁ……、ボクとググレみたいだねっ!」


 ぎゅっと俺の腕に絡みつくレントミア。くっつくな! とじゃれあっていると、大事な事を思い出した。


「お前の指輪、ルゥが拾ってくれたんだ。返すの忘れていたよ」

「ググレ……!」


 俺は右手にはめていた銀色の指輪を外して、ハーフエルフの手をとると、細い指に嵌めてやった。

 嬉しそうに微笑むレントミアは先を香油ランプの灯りにかざして、指輪の輝きを確かめている。

 若草色の綺麗な髪がさらりと頬を流れる。


「結婚。どうみても……婚約シーンですけど……」

 マニュフェルノが口元をひくひくとさせてそんな事を言う。


「ちち、ちがうだろ!? 返しただけだぞ」


「手渡。渡せばいいだけでは?」

「いや、まぁ……そうだな」


「えへへ、マニュには負けないよーだ」

 何故か挑発的に指輪を見せびらかすレントミア。そういえばストーキングアイテムの術式を改変するのを忘れていたな。


宿敵(ライバル)。絶対に負けられない……! けれど! 『ググレくんとレントミアくん鉄板カップル』は、わたしの創作の源なの……!」


 ぅあぁ!? とマニュは頭を抱えて机に突っ伏してしまった。酔ったわけではあるまいが、ちょっと壊れてしまったらしい。


「お、おい? 大丈夫かマニュ……その、いろいろと」

「葛藤。これも……創作のネタになるけど……」


 タフなのかダメなのか、マニュは相変わらずよく分からない。これから先も世話が焼けそうだな。


「ははは、まぁ、みんな元通りだな! よかったじゃないか!」

 ファリアが俺たちを見て楽しそうに料理を頬張る。


「そういえば、ファリアはそろそろ成人なんだし、飲みたいなら酒を飲んでもいいんじゃないか?」

「だっ、ダメだ! 酒は身体によくないのだ。と、とくにこれから子を産……むんっ!」


 突然ぐびぐびっと苦いジュースを飲み干して、プハーとかいう姿は完全な酒飲みに見えるがな。

 この大陸(メタノシュタット)では、一応「お酒は二十歳から」と決まってはいるが、あまり厳密に守っている人間は少ない。

 ファリアは一応はルーデンスの()なので、そのあたりは意外と真面目なのだろう。


「でも、あと一ヶ月で二十歳じゃないか?」

「……! ググレ、私の誕生日を……覚えていてくれたのか!」


 ファリアが明るい笑顔を浮かべて、目を輝かせる。


「もちろん覚えているさ」


 メンバーの個人情報(ステータス)は把握してるので当然だ、と言いかけて、代わりに魚料理を口に運ぶ辺りが、流石の俺も少しは学習している証拠だろう。


「ファリアは、エルゴの次に大人になっちゃうんだなぁ」


 思わずしみじみと、一つ年上の「友人」を眺める。


「大人か……。まぁ、そんなに変わらないさ。けれど、そろそろ国に戻らないとな……」

「え……?」


 ファリアはそして沈黙。あとはガツガツと料理を食べ始めた。


「賢者さま、楽団が!」

「にょほ、すごいにょ!」

「音楽つきのお料理屋さんなのですねー」


 リオラとヘムペロ、そしてプラムが、突然始まった店内の余興に目を輝かせる。

 静かな曲に移り変わる頃、店の客の何人かが自然に踊り始めた。

 それはチークダンスのような、そんな踊りだ。


 若い男女も踊っていて、香油ランプに照らされて、どこか甘い雰囲気が高まる。


「イオ、踊ってみる?」

「え、俺は……いいよ」

「いいからいいからっ」


 リオラは積極的にイオラの手をとって輪の中に滑り込んだ。

 見よう見まねながらも双子の兄妹は、他のどのカップルよりも息のあったダンスを披露してみせる。

 時折目線で会話しながらて笑みをこぼす二人に、他の客も思わず拍手を送る。

 手を触れる事すら恥ずかしい年頃だろうに、自然に手を繋げるというのはイオラとリオラだけの特権のようなものだ。

 俺はやっぱりそんな二人を羨ましく思う。


「にょぉお! リオ姉ぇ、イオ兄ぃ……いいにょぅ」

「ググレさま! プラムも、プラムもやってみたいのですー」

 ヘムペロとプラムがきらりんと目を輝かせてこっちを見ている。

「ボクも!」

 と、何故に俺を見つめるんだレントミア……。

「拙者はお相手募集中でござる!」

 いや、ルゥはこのダンスは危険だろ!? 阿鼻叫喚と化す様が目に浮かぶぞ。


「経験。わたし、ググレくんとダンスの経験ありますよ!」

 突然しゅたっと手を挙げてメガネを光らせるマニュ。


「はっは! 大丈夫だ! 今度もわたしがリードしてやるぞググレッ!」

「わー!? お、俺はこういうの、無理なんだよっ!?」


 俺はあっという間にファリアやレントミアに引きずられ、拉致された人のように、ズルズルと踊りの輪の中に引きずり出された。


 香油ランプに垂らされた皆の顔は楽しそうに輝いている。


 ――まぁ、たまにはやってみるのも悪くない、か。


 ぎこちなく踊りだす俺は、こんな時がずっと続けばいいな、なんて事をぼんやりと考えていた。


<章 完結>


【おしらせ】

 次回更新は「幕間」を一話お届けします。

 UP予定は日曜日(23日)の夜には……なんとかしたいと思いますw

 

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