★ほんの少しの寄り道を
古の灯台での戦いを終えた俺達は、一路ポポラートへの帰還の途についていた。
港町への帰り道は、「魔王軍の待ち伏せ部隊」を退治しながら帰ろうという俺の提案で、海辺の道を帰ることになったからだ。
砂浜の少ない岩肌がむき出しの海辺を縫うように走る道を、ゴトゴト揺られながら馬車は進んでいる。
日は高く昇り、ホカホカと暖かい日差しは冬の終わりを感じさせてくれる。早朝、塔に向かう時に感じた身を切るような風の冷たさも無い。
馬車は急ぐでもなく、のんびりと進んでいる。
これは、エルゴノートやファリア、そしてレントミアを無事救出できたという安堵と、賢者のパーティの全員が無事で怪我も無いという点に尽きる。
「あー、もうすぐ春かなー」
俺はイオラとリオラがプレゼントしてくれたマフラーを少し緩める。
暖かいを通り越して熱いくらいなのは、大勢の仲間達と居るせいかもしれなかったが……ちょっと大所帯過ぎる気もする。
「俺も少し熱い……」
「イオ、狭いんだから動かないでよ」
「おいおい、落ちるなよ」
馬車の手綱を握るのは俺だが、御者席の左右にはイオラとリオラが座っている。ただでさえ三人も座ると多少窮屈なのに、双子の兄妹は俺に、寄り添うようにしているからだ。
荷台にはプラムとヘムペローザ、そしてマニュフェルノとルゥ。それとファリアが乗るというギュギュウ詰めの状態だ。
「ネコさん、縛られて可愛そうですよー?」
「プラム情けは無用にょ! こやつは見た目よりも危険なネコにょ!?」
ヘムペローザがぷんぷんと怒っている。
「すまんでござるヘムペローザ殿……!」
「もうすぐ春だものな。自分を抑えられなくなる時が増えるだろうな?」
ファリアが呆れ顔で頬杖をついて、半眼で弟子を睨んでいる。
涙目でファリアに訴えるルゥは、ヘムペローザの魔法、蔓草魔法でグルグル巻きにされているのだ。
つい先刻、馬車の横についている小窓から顔を出して、外を覗いていたヘムペロの背後から、ルゥがついうっかり抱きついてしまったらしい。
「ファリア殿ぉ……拙者、もう心より反省したでござるよ」
きゅんっとした顔でファリアに涙目で訴えるルゥに、ファリアは冷たい目線で応える。
「……あぁ。それはわかっている。だが、お前の頭と下半身は別だから問題なのだ」
「束縛。猫耳美少年の肌に食い込む縄――! すごい! アイデアが……アイデアが止まらないよ!?」
マニュが妙な声を出してスケッチを始めている。
なんというか、既にいつもの光景だった。
「賑やかでいいね、ググレ」
「そ、そうだな」
屋根の上でレントミアが軽やかに笑う。屋根の上であぐらをかいて座って海を眺めたりと物見を決め込んでいる。
とはいえハーフエルフの優秀な魔法使いが遊んでいるわけではない。
「馬は見つかりそうか?」
「索敵結界を目一杯広げて全方位を走査してるよ。それらしい反応もいくつかあるけど、もう少し先かなぁ」
「そうか、まずはこのまま進もう」
「俺の白王号……どこをほっつき歩いているのやら」
「絶対、雌馬の尻を追いかけているだろ」
俺は含み笑いをしながらエルゴに声をかけた。
「ハハハ、それ以外考えられんな!」
勇者好事多し、というわけではないが、勇者エルゴノートの愛馬、白王号も隙あらば雌馬を狙うお盛んな馬だ。
今回の魔王残党討伐遠征でも、エルゴノートは馬でこの古の灯台までやってきたのだが、塔の攻略と共にエルゴノート達は敵に拉致されてしまい、馬はどこかに逃げ去ってしまったのだろう。
エルゴノートは今、量産型ワイン樽ゴーレム「樽」を載せた牽引トレーラーに乗って、ゴトゴト揺らながらも楽しそうな顔で、馬をきょろきょろと探している最中だ。
本来は12個あってピッタリ収まるはずの樽キャリアに、一つ空きができてしまったのは、操られたレントミアの攻撃で一体が大破、帰らぬ樽となったからだ。
今回の唯一の被害でもある。俺は樽の尊い犠牲に黙祷する。
とは言うものの、中身のスライムが死んだわけではなく「少し飛び散った」だけなので、帰ったら別の樽に入れて育てればいいだけだ。新しい樽の代わりは幾らでもあるのだから。
と、イオラが俺の横で海岸線を指差した。
「あ……! あそこに!」
「でも、動いていないよ」
馬かと思ったが、海岸に打上げられた青緑色の半漁人の魔物だった。波にもまれながら数匹が浮いている。
それらはスライムの痺れ毒にやられ、打上げられた魔物だった。
「死んでるの……?」
リオラが静かに俺の袖をつかむ。
「いや。痺れて動けないだけさ」
「……トドメ、刺さなくていいのかよ」
イオラが目を細めて、戸惑うような視線を俺に向けてくる。
「捨てておけ。もう司令官も居ないんだ。これからは小魚を食って生きていくだろうさ」
「そうか……そうだよな」
「そういうことだ」
動かない魔物を相手に剣を振るったところで汚れるだけだ。剣も心も。
俺は硬い表情のままのイオラの頬をきゅっとつまんでやる。
プラムにはよくやるがイオラにやるのは初めてだ。イオラは嫌がる風も無く、へっと笑うと馬車の進行方向に真っ直ぐな視線を向けた。
「ググレさまー、プラム、海で遊んでみたいのですー……」
と、プラムが指をくわえて俺の背中から呟いた。
「遊ぶって……まだ冬の海だ。冷たいし」
「うー……」
「はは! いいじゃないかググレ! どうせ急ぐ用事もないのだろう?」
ファリアが荷台から海を眺めながら笑顔を見せる。海からの風が女戦士の銀色の髪をなびかせている。
「よし、わかった。小休止だ。少しだけ……海で遊んでいくか」
本当は水着の見れる季節がいいのだが、夏はずっと先だ。
プラムにとっては生まれて始めての海だ。今は寒いが、海の冷たさや、波の音、匂い、そして塩辛さを知るのもいいだろう。
「わぁ! やったのですー!」
「にょほほ、このクソ寒いのにプラムは物好きにょ……」
「イオ、海だってよ、泳ぐ?」
「やだよ!」
「でも、海なんていつぶりかな?」
リオラが栗色の瞳を細めて水平線の向こうに視線を向ける。
「ん……。父さんと母さんと来たよな……5年ぐらい前?」
「そっか、もうそんなになるんだ」
「いつの間にか、遠くまで来た気がするなぁ」
「だね……」
イオラとリオラは俺を挟んで、短い会話を交わす。それは、すこしだけ悲しい想い出も混じっているようだ。
「ま! 少し海辺を散歩でもしようじゃないか」
俺は気分を変えようと、馬車を岩場の間のプライベートビーチのような小さな砂浜に止めた。
プラムやヘムペロは真っ先に海に向けて駆けだした。
ファリアやイオラ、リオラもそれに続く。
エルゴノートは早速、砂浜の端にあった岩場によじのぼり、口笛を吹き鳴らしはじめた。
ぴぃぃ、と間抜けな音を響かせて愛馬「白王号」を呼び寄せるつもりらしい。
気まぐれで気性の荒い馬はエルゴノートの言う事しか聞かないが、俺の知る限りエルゴの愛馬が口笛で帰ってきた試しは無い。
「ぐっさんー!」
「賢者さまー!」
「おぉいググレ、妙な物がおちてるぞ」
向こうで海辺を散歩していたイオラとリオラ、そしてファリアが俺を呼んだ。
俺は馬車の御者席から降りて海辺へ向かおうとしたが、ふと振り返り、荷台で手帳に何かを描いているマニュに声をかける。
「マニュも少し散歩しないか」
「海辺。わたしも……歩きたい」
手を差し伸べると、ぽわっと笑みを浮かべて俺の手を取った。
柔らかい指先が、俺の手の内側に触れる感触に、今更ながらに少し照れてしまう。
ひょいっとマニュが馬車から降りるのに手を貸して、俺達はファリア達の居る方に歩き出した。
「ぐっさん、クラゲが落ちてるんだけど……」
「なんて種類ですか?」
双子の兄妹が指差しているのは、確かに打ち上げられたクラゲだった。
「ほぅ? この時期に、珍し……」
クラゲは夏のイメージがあるので、こんな冬の海に居るなんて珍しい。と、イオラが棒きれでつつくのを見て、俺は思わず言葉に詰まる。
それは紫色のクラゲと、真っ白なクラゲが並んで砂にまみれて打ち上げられていたからだ。
大きさは手のひらほど。種類は……検索魔法画像検索でも該当無し。
だが、一度でも浜に上がったクラゲはその後生きるのは難しい。実際それらはピクリとも動いてはいなかった。
「うむぅ? ちょっとあの連中っぽくはないか?」
「転生。したのかな?」
ファリアとマニュが俺の顔を見て、不安げな表情を浮かべる。
つい一刻ほど前に爆砕したクラゲの化け物から転生? まぁ連中なら有り得なくもないが。
「はは……。もしかすると、かもな」
「で、ではググレ!」
「……まぁほっておけ。触ると刺されるぞ」
「あ、あぁ」
表情を険しくするファリアの肩をぽんと叩いて、俺はプラム達の方へと歩き出した。
既に上空には冬場の貴重な餌を狙う海鳥が旋回していた。
人間が人間に生まれ変わった話は神話にも登場するが、人間が他の生き物に生まれ変わった後の話は聞かない。
――まぁ、次もクラゲに生まれ変わって、海の中を漂うのも幸せかもな。
◇
「きゃわー! 冷たいのですー!」
「にょほほ……これは……遊ぶという感じじゃないにょ……」
「波がすごいのですー!」
「わ! 冷たいにょっ!」
波と戯れる赤毛のツインテール少女と、褐色の肌に黒髪のダークエルフクォーターの少女。
高く上った太陽の照り返しで、キラキラと光る波打ち際を駆け回る光景は、とても絵になる。
風に舞う髪が、光の糸の様に輝いている。
――と。
夏ならばきゃっきゃうふふな「海回」さながらの光景なのだろうが、生憎と今は春が近いとはいえまだ冬だ。
「元気。わたしには……むりだけど」
「同感だ。俺も一緒に走り回る元気は無いな」
水しぶきは冷たくて触れる気にもならない。
本来はインドア指向の俺とマニュは、互いに苦笑しながら海で遊ぶ少女たちを眺めている。
実際、小休止とはいえ元気に海辺を走り回っているのはプラムだけだ。
靴を脱いで裸足になり、砂の感触と水しぶきに歓声を上げている。
ヘムペローザは手を引かれて飛び出したはいいが、あまりの水の冷たさに表情がこわばっているし……。
馬車の面々も、そんな光景を面白そうに眺めたり、散歩したりしながら過ごしていた。
ルゥはようやく縛りから解放され、うんっ……と背筋を伸ばしてから砂浜に座り込んで水平線を眺めている。
レントミアはお日様があったかいよー、と言いながら、馬車の屋根の上で寝そべっていて、足をプラプラさせている。
夏になったらまた海に来て遊びたいなぁ……。
俺は実のところ、あまり経験の無かった「青春」、それも海で皆で合宿なんてものをやってみたいのだ。
夏空の下、海で泳いだりスイカを割ったり砂に埋まったり、夜は花火をしたり肝試しをしたり……。
女の子たちに水着を着てもらうのは勿論の事、あまり海に入る文化の無いレントミアやルゥにも水着になってもらおうじゃないか。フフフ。
――よし! 夏になったら必ず、海に来よう。
と、俺は密やかに心に決める。
「ヘムペロちゃんも入るといいですよー?」
「遠慮しとくにょ。プラムと違ってワシは寒いんだにょ!」
「ではそろそろ、ポポラートに戻って休もうか。腹も空いたしな」
「あぁ! 私もじつは腹がペコペコなんだ!」
「オレも!」
「うぅ、俺の白王号……」
ファリアとイオラが瞬時に反応する。エルゴノートは未だ戻ってこない「愛馬」に涙目だが。
ともあれ俺達は、少しの寄り道の後、港町ポポラートへと帰り着いた。
◇
<つづく>
【おしらせ】
すみません、章完結は明日となります(毎度嘘予告でスミマセン……)