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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 雷撃の勇者とディカマランの英雄

「離れろルゥッ!」

「は、にゃ!?」


 俺の叫びに驚き振り返った猫耳少年の顔に影を落としたのは、剣を上段に振りかぶった勇者エルゴノート・リカルだった。

 赤銅色の瞳には、バッジョブと同じ赤く禍々しい光が宿っている。


『……許さんぞ! 貴様……らァアアアッ!』


 歪んだ口元からエルゴノートとは思えない憎しみに満ちた声が漏れた。それは、大僧正バッジョブの怨嗟交じりの声だった。


 俺が殴り倒した白い青年は間違いなくバッジョブだった。手ごたえ、呻き声、それらはあの憎々しい白い青年だ。だが奴は今――エルゴノートの()に居る。

 操っているのではない、バッジョブの心、いや「精神」そのものが、エルゴノートという()に乗り移ったとしか考えられない。


 ――あの時……! バッジョブがエルゴノートの胸や顔に触れた時か。


 転移(・・)もしくは憑依(・・)といった精神体そのものを移行させる術式を、ヤツは詠唱していたのだろう。


「くそっ!」


 エルゴノート自慢の宝剣『雷神(サンダガード)黎明(ホルゾート)』が、ルゥに向けて振り下ろされようとした瞬間――。

 俺は魔力強化外装(マギネティクス)超駆動(アクセル)、弾丸のような勢いでその間合いに滑り込んだ。


 ――間に合え対雷撃(・・・)結界ッ!


 それは刹那の時間。

 俺は両手を突き出して、賢者の無敵結界の何枚かを可能な限り対電撃用に固定(・・)し、ルゥローニィと俺の前に強固な「耐雷撃」シールドを形成した。

 そうでなければ、巨人族(ギガンティア)の巨体さえも一撃で消し炭にするエルゴノートの雷撃(ライオスタン)の威力を相殺できないのだ。


 振り下ろされた剣先から、幾筋もの青白い光が蛇のように床を這い、壁を駆け上り、天井を飛び交う。数億ボルトに達する電気の流れは、部屋の全てのガラスとクリスタルを一撃のもとに破砕した。

 大理石自体は絶縁体であり電気を通さないので、スライムで濡れた床や壁を電流が流れているのだ。

 一瞬遅れて鼓膜が破れるかと思うような雷鳴が轟く。


「みんな伏せてっ!」


 レントミアの声に弾かれるように、マニュとファリアが咄嗟に身を屈めた。

 視界の片隅で、レントミアが手を天に掲げマニュとファリアを包み込むような結界を張っているのが見えた。

 レントミアも並みの術者ではない。咄嗟に結界を張り電撃から仲間を守ってくれていた。


「――対電撃結界ッ!」

悲鳴(きゃ)。レントミアくんッ!?」


「やめろエルゴノートッ!」


 ドーム状に光る雷光の傘の下でファリアが必死に呼びかけるが、邪悪な光に操られたエルゴノートの瞳は憎しみに支配されたまま、俺に向けられていた。


 まるでスローモーションのように進む時間の中で、エルゴノートの振り下ろした宝剣が、俺の目前に迫っていた。


 俺は(やいば)を受け止める術を持たない。

 果物ナイフ程度は持っていても、エルゴノートの一撃を受け止めるなんて芸当は不可能だ。

 対衝撃結界は展開しているが、あくまでも「衝突」「爆風」といった間接的な物理衝撃を受け流す目的でしかなく、直接攻撃――それもエルゴノートほどの高レベルの剣術の使い手による斬撃――は防げない。


 雷撃(ライヲスタン)の魔法を剣に纏わせて攻撃する必殺剣を、()が誰一人として防げなかった理由がこれなのだと、俺は身をもって味わっていた。


 容赦の無い勇者の剣が、俺の肩口に食い込むかと思われた、その瞬間――


「んっにゃぁあああッ!」


 気合一閃、ギィイインッ! と超硬質な金属が交差する衝撃と共に激しい火花が散った。ルゥの剣がエルゴノートの宝剣の一撃を、間一髪で受け止めている。


「ル、ルゥッ!」

「無事で……ござるかググレ殿ッ!」


 ルゥはエルゴノートが振り下ろした剣と俺の間に、剣だけを突き出すような格好で割って入ってくれたのだ。


「おかげさまで、な」

「拙者も後一歩で、黒コゲでござったよ」


 こんな時だというのに、互いにニッと笑う。


 ヂリッ! と剣同士が擦れあうがが腕力では明らかにエルゴノートが上回っている。両腕で剣を水平に保ち、筋力の限界付近でルゥは耐え続けているが、遂に均衡が崩れた。

「くっ!」

 ルゥはエルゴノートの剣を刃先で滑らせるように受け流すと、そのままバック転をしながら片手を地面について間合いを取り――ファリアの傍らに片膝を折る形で着地した。


「ファリアッ!」

 俺が指示を出すまでも無く、ファリアは既に竜撃羅刹(ドラゴンスクリュー)の構えをとっていた。


 魔力強化外装(マギネティクス)のバネを利用して横に跳ね、エルゴノートの間合いから跳び退()く。


「目を覚ませ……エルゴ……ノォトォオオオオオオオオッ!」


 間髪をおかず、地の底から響くような気迫に満ちた叫びと共に、ファリアが愛用の戦斧(バトルアクス)を全力で振り抜いた。

 ドゥオッ! という爆風と「剣圧」。それは(ほとばし)る闘気を巻き込みながら突き進み、エルゴノートの身体を直撃した。

 黒と金の勇者の鎧そのものはファリアの攻撃とて跳ね返すほどの防御力を有するが、衝撃波と闘気を完全に防ぐことはできない。


『グワァ……ッ!?』


 両脚を床板にめり込ませて踏ん張ってみせた勇者の身体は、強大な奔流の前にジリジリとテラス中央部まで後退してゆく。その間にも背後のテラスの手すりは粉微塵に砕け散って、更に見晴らしがよくなってゆく。


 ファリアの一切の配慮も容赦も無い一撃。それは勇者・エルゴノートならば大丈夫と、信じていればこそ放てる一撃だろう。


『お、おのれ……き、貴様ッ!?』


 エルゴノートの中のバッジョブが、仲間であるはずの女戦士のまさかの一撃に、明らかな動揺の色を見せる。そして再び雷撃をあびせようと剣を掲げた時、


「雷撃は……撃たせないよっ!」


 レントミアの凛とした声が響く。

 何の前置きも無く次々と勇者の周囲をえぐるように撃ち放たれた火球は、エルゴノートの周囲で壮大な爆発を巻き起こした。それらは床を貫通する手前に威力を抑えているが、床の大理石は破裂音と共に爆砕し、濛々と粉塵を撒き散らした。

 と、

 剣先から発生した稲妻は、エルゴノートの周囲で青白い花火のような炸裂光を次々と生じさせてはいるが、雷は床に向けて流れ落ち、俺達に向かって来ることはなかった。


『な、なにィ……!?』


 エルゴノートの顔に驚きと混乱と焦りが浮かぶ。


 大理石が砕け粉塵として舞い上がったことで、エルゴノートの周囲に電気を遮断する「絶縁体」の防壁を生じさせたのだ。


「どう? ググレ! エルゴノートの雷撃(ライヲスタン)は呪文詠唱無しで励起できる反則魔法(・・・・)だからね。雷そのものを……邪魔してあげたんだよ」

「流石レントミアだ、『電気(・・)』の性質を覚えいてくれたのか……!」


「えへへ、だってググレが教えてくれたんだもん」


 嬉しそうに切れ長の瞳を細めて、ハーフエルフは耳にかかった髪をかきあげる。翡翠色の瞳は「あとでうんと褒めてね」と言っていたが。


 雷は「精霊の嘆き」でも「天神の怒りの魔法」でもなく、本質は「電気(・・)」であることを俺はレントミアに教えていた。もちろん任意に雷を励起するのは魔法の力に他ならないが。


『どうして……君たちは……僕の仲間(・・)なのに……言う事を……きかないんだアァアッ……!?』


 エルゴノートがバッジョブの声で叫んだ。

 だが、その声はまるで駄々を捏ねる子供のような感情に任せたものだ。

 ワナワナと全身を震わせて、手のひらを見つめる。禍々しい光を宿す瞳は、明らかに威力を半減させていた。精神の動揺がすなわち、エルゴノートを縛り付ける力を緩めていく。


 エルゴノートは勿論だが、部屋の隅で震えている白髪の青年も「大僧正バッジョブ」という存在にとり憑かれ操られていた……ということなのか?


 ――では、バッジョブという存在は一体……?


 操っているとしたら何処から? 沈黙の国プルゥーシアはここから馬車でも一月もかかる極北にある。いくら遠隔地まで届く魔力糸(マギワイヤー)とはいえ、操作できる距離ではない。

 だが、考えるのは後だ。今は、エルゴノートの中から、バッジョブを引きずり出す事が先決なのだ。


「諦めろバッジョブ。大勢は決した。いかなエルゴノートの身体と武器を操っても俺達ディカマランの英雄5人を相手に、戦い続けることはできないぞ」


 ジリ、とファリアが斧を構え、いつでも必殺技を放てる体勢で身構えている。

 もう一撃喰らえば、エルゴノートの身体は古の灯台の7階から叩き落される事になるだろう。


 ルゥも剣を低く身構えている。必殺の突きの姿勢だ。

 それは急所を確実に捉えるルゥローニィの究極奥義、一撃必殺(クリティカル)だ。普段はおどけている猫耳少年の顔つきは、野生のヒョウのような鋭さを帯びている。


 レントミアはやや離れた位置で呪文詠唱を追え、あとは放つだけ、の状態で待機している。その気になれば、火炎魔法の槍を降り注がせる事ができるだろう。

 マニュは白い髪の青年が「実はバッジョブの本体」である可能性を疑ってか、「不幸。動けば不幸にしますよ!?」と妙な構えで威嚇し続けている。


『僕は……ただ……探していただけさ……。ソウルメイト……、魂の共有者……仲間を』


 バッジョブの声色が変わってゆくのがわかった。

 憎しみよりも哀しみまじりの、静かな声色に。


「……どういう、ことだ?」

『終わらせたかった。僕は牢獄に居るのと同じさ。暗く、孤独な……数百年……繰り返してきた転生の連鎖の……!』


 俺が訝しげに目線を送ると、ガランと音を立ててエルゴノートの手から宝剣が床にすべり落ちた。


「み……んな……?」


 聞こえてきたのは聞きなれていた筈の、エルゴノートの声だった。


 全身が震え、勇者の顔がワナワナと苦しそうな表情に歪む。エルゴノート自身が体の中に入り込んだバッジョブを追い出そうと、内側で戦っているのだ。


「エルゴノートッ!」


 俺はその隙を見逃さず、戦術情報表示(タクティクス)から抗体(ワクチン)自律駆動術式(アプリクト)を選択し、魔力糸を通じてエルゴノートに叩き込んだ。これでエルゴノートを操っていたバッジョブは、その術を失い、体外へ排出されるだろう。


『あ、あぁ……。これで、今回(・・)の僕は終わりか。君たちの()は、昔、失ったあの子達……違う。ただ僕は……逢いたかった。もう一度……仲間たち、けれど……』


 支離滅裂に言葉をつぐむバッジョブの語る意味を、俺は理解できない。


「まてバッジョブ! お前は、お前は一体何者(・・)だ!?」


『賢者ググレカス……。僕は……君と同じさ。……数百年前(・・・・)……、賢者として……仲間達と共に……』


 ――もうひとりの……賢者!?

 

『世界を……旅し、救った……ナレノハテ……さ』


「な……!」


<つづく>


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