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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 賢者の油断と、参謀マニュフェルノ

「よし、これで準備は整った」


 俺は今回のディカマラン英雄奪還作戦を共に戦ってきた仲間達を見回した。


 ここは、海風の吹き込む「(いにしえ)の灯台」の六階だ。

 ファリアとの戦いで床板はあちこち粉砕され、壁には大穴があいている。崩れた壁の向こうには青い海原が見える。


 最上階である7階への突入を前に、俺は揃い踏みしたメンバーの様子を確認する。


 威風堂々とした女戦士ファリアを中心に、急に顔つきが凛々しくなった剣士(サーベリア)のルゥ、成長株のイオラが横一線に並ぶ。

 今から俺は前衛の真後ろで、パーティ全体に指示を出す。

 

 7階の敵は数が居るとは思えないが、トリッキーで得体が知れない。

 魔法防御を持たない前衛を護衛しつつ、状況によっては俺自身が魔力強化外装(マギネティクス)を展開し積極的に動く為だ。

 メティウスは俺の胸に忍ばせた本の隙間で休息モードで疲れを癒している。つまり、ここから先の戦いではメティウスのサポートは得られない。


 すぐ後ろにはレントミアとマニュフェルノが並んでいる。魔法を使う二人は定位置の後衛組だが、やはりレントミアがいるのは心強い。


 一気に厚く強固になった前衛のおかげで、リオラは最後衛組の護衛役として、プラムとヘムペローザと手をつないでいる。二人もやはり「リオ姉ぇ」は傍にいるのが安心できるらしく、ニコニコと嬉しそうだ。


 俺は綺麗な髪を二つに結い分けた僧侶に問いかける。マニュは言葉少なだが、状況を冷静に一歩引いて俯瞰してみている事が多いからだ。


「どうおもう?」

「勇者。エルゴノートを何故に差し向けなかったか、ですね?」


 戦いを見てきたマニュフェルノは、やはりそこが気になっていた様子だ。


「同感だ。ファリアとレントミア、そこにエルゴノートまでもが加われば、厳しい展開になっていたはずだ」

「首肯。みんなが揃っていたら……とても戦えない」


 マニュフェルノがきゅっと僧侶服の裾をにぎりしめた。


「バッジョブがそこに気がつかないはずはない。紫の魔女を差し向けてもよかったはずだ」

「海神。おそらく紫の魔女は、海の怪物の親玉復活に駆り出されているのでは?」

「ふむ……。ポポラートの食堂で見た時も確かにプラティンは、魔王残党に指示を出していたものな」

「同感。だけど、エルゴノートを投入しない理由は違うかと」

「むぅ……」


 マニュフェルのは澄ました顔でメガネをくっと直す。俺以上に状況を冷静に判断しているあたりが抜け目ない。同人誌で「物語」を書いているだけあって、与えられた状況証拠と情報から筋道立てて推論していけるのは流石と言うほか無い。


 今回、ファリアとレントミアの二人を救出できたのはエルゴノートが投入されなかったところが大きい。

 俺の脳内シュミレーションでは、最悪ファリアかレントミア、どちらかだけでも救い出して一時撤退、という事も視野に入れていたほどだ。


 ――温存(・・)したのか? 戦力の逐次投入は愚策中の愚策だが……。


「レントミア、ファリア。上階で何があったんだ? なんでもいい。教えてくれ」


 俺は小首をかしげる卵型の輪郭の少年魔法使いに声をかける。


「うーん。ボク、あまり覚えていないよ……」

「それが……。私もあまり覚えていないのだ」


 女戦士とハーフエルフは互いに顔を見合わせて、困ったように肩をすくめた。


「記憶がないわけじゃないんだよ、ぼんやりと覚えている事と言えば。夕べ、あの人が用意した食事を取りながら、みんなで席に座って……話を聞いていたことで……」


 レントミアがいうあの人とはバッジョブのことだ。テーブルでバッジョブと食事? 考えようによっては凄い状況だが。


「話? 一体どんな?」


「あぁ! 私も少し思い出した。ヤツは……ずっと話していたな。いろいろな旅の話や何処とも知れぬ世界の話を……。もちろん私たちは口も利けないから、聞いていただけだが」


 ファリアが吐き捨てるように言いながら、腕組みをしてアゴを指先で支える。考えている時のポーズだ。


「それと……あの人、ググレが明日の朝来ると聞いて『時間が稼げた』と喜んでいたよ」

「時間を……?」


 沈黙の国プルゥーシアを統べる大僧正、バッジョブはエルゴノート達を連れ去って、この塔の最上階で何をしていたのか?


 俺達の命を奪うのが目的ではない。むしろ俺やエルゴノートにレントミア、それぞれが持つ「力」を分析しようとしていたのではないのだろうか?


「まぁいいさ。バッジョブのやつに直接聞くとするさ」


 俺の言葉に皆は静かに頷き、上階への階段に足をかけた。

 

 だが、そこで参謀(・・)マニュが俺の袖を引く。


「ん?」

「進言。ググレくん。パーティを二つに分けるべき」

「二つに……?」

「提案。ディカマランチームと、イオラ率いるちびっこチーム」


「……。なるほどな。気がつかなった」


 俺の戦術情報表示(タクティクス)では変化は見られないが、プラムもヘムペロも、リオラでさえ相当疲れている。

 それは戦術情報表示(タクティクス)に表示される「体力値」には現れない、疲労度というものだ。顔つきや仕草、言葉少ななプラム達の様子を見ていれば、気がつくことなのだが、俺はその余裕すら失っていたようだ。


 プラムやヘムペロ、リオラも「戦うために俺と共に居るわけではない」のだ。

 それぞれ事情を抱え、平穏な生活や拠り所を求めて集ったに過ぎない。


「疲労。イオラを中心に一階の馬車まで撤退させるべき。ここから上へは、戦い慣れた私たちだけで」


「そ、そんな! 俺は……まだ平気だぜ!」


 小耳に挟んでいたらしいイオラが俺に訴える。


 栗色の瞳は確かに強い光を放っている。が、ファリアや海も魔物との戦いで疲労は確実に蓄積しているはずだ。

 短剣とはいえ「剣」を振り回すという行為は、想像する以上に体力を使う。鉄の塊の重さはゲームやアニメで見るのとは違い、実際に持ってみるとズシリとしていてかなり鍛練が必要だ。


「ありがとう、マニュ。俺以上によく見ているんだなぁ……」

「否定。わたしの趣味は人間観察。あと、単に心配性なだけ」

「はは……」


 だが、マニュの参謀としての進言は正しい。

 バッジョブの「見えない魔力糸」対策で確かにプラムの力が有れば助かるが、俺も無策で来た訳ではない。それに、並みの相手ならいざ知らず、操られたエルゴノート相手にイオラやヘムペロを戦いに巻き込むのはあまりにも危険が大きすぎる。


「イオラ、リオラ。プラムとヘムペロを護衛しながら馬車まで戻ってくれ」

「にょ!? 賢者にょ、ワシも行くにょ」

「プラムもがんばるのですー!」


「ダメだ。ここから先は危険すぎるんだ……。わかるな?」


 俺がしゃがみこんでヘムペロとプラムの頬をきゅっと摘んでやると、二人とも渋々と頷く。

 離れてもプラムの水晶ペンダントがある。何か不測の事態があっても連絡はとれるだろう。


「イオラもリオラも、いいな?」

「な……!」

「はい!」


 若干不満の声色はイオラだ。素直に従うリオラ。だが、俺が無言でイオラの瞳を見つめると、ふん、といいながらも少年は頷いた。


「……わかったよ。ぐっさん」

「あぁ。海の魔物が戻ってくるかもしれないからな。油断はできないぞ。それと……もし昼になっても俺達が戻らなかったら、ポポラートまで戻るんだ。いいな」

「まかせておけって!」


 万が一、俺達に何かあったところで、途方にくれて路頭に迷うだけなのだが……。

 

 ――万が一は無い。必ずエルゴを取り戻して戻る。


 イオラは気を取り直したように明るい表情で手を振ると、リオラと共にヘムペロとプラムを伴って階段を降り始めた。


 ◇


 階段を下っていくプラム達を見守った後、俺達ディカマランの一行は階段を上り始めた。上に伸びる螺旋階段は、何か仕掛けが施してあるかもしれないので、俺が索敵結界(サーティクル)で仔細に調べながらゆっくりと昇っていく。


 手駒としていいように操られたファリアは復讐心に燃えていて、ともすれば駆け出して突っ込んでいきそうだ。俺は手綱を引き締めるように、ファリアの腕を掴んで止めている。


「押さえろファリア。ここから先は俺でも予想のつかない結界かもしれないんだ」


「……わかった。だが、何があろうとも私が盾になる。ググレは、魔法の力で皆を導いてくれ」

 ガシャリとファリアは巨大な斧を肩に担いで、豪胆な笑いを見せた。


 あぁ、まかせておけ。と俺は小さく呟く。


「弛緩。やっぱりググレくんは、ファリアさんがいると表情が緩むのね」

「そ……そうか?」


 マニュの言葉に俺は面食らう。


「余裕。が、あると言いますか」


 口元をちょっとだけへの字にしたマニュの言葉に、はっとする。確かにここに来るまでの悲壮な覚悟とは一転、ファリアとレントミアが居ると言う安心感が、俺の表情を緩ませているのかもしれない。


「ありがとうマニュ。ちょっと浮かれているのかもしれないな」

「謙遜。そ、そんなつもりじゃ、なかったけど」


 えへ、と今度は口元を緩めて眼鏡を光らせるマニュ。お前だって俺以上に表情がころころ変わってると思うのだが……。


「拙者も、背筋がびんとするでござるよ!」

「うむ? やはり発情ネコの矯正には尻叩きが効果てきめんのようだな?」


 ファリアがルゥの頭を掴んで顔を寄せる。


「ハ、ハハ! せ、拙者、常に修行に勤しんでおります故ッ!」


 ルゥは若干だがヘタレでビビリな感じが消えて、男らしく(?)なっている。


「ちょっとまてくれ。俺が先頭になる」 

 俺は仲間達に目配せをして、とある術式を詠唱した。そしていよいよ最上階である7階へと足を踏み入れる。

 

 そこは意外なほどに明るい場所だった。ガラス張りの天井。その上には魔力を溜めて光を放っていてというクリスタルが見える。

 白い大理石の美しい部屋に、海側に突き出したテラス。

 まるで王族が居る部屋のような綺麗な部屋だ。


 そして、テラスには二人の人影があった。

 

 一人は黒と金色の甲冑に身を包んだ――勇者、エルゴノート・リカル。


 傍らには全身が白の大僧正、バッジョブがいた。

 髪も肌も服も、全身から噴出す後光にも似た魔力糸(マギワイヤー)の奔流までもが、純白の存在。


「待っていたよ、賢者――ググレカス。意外と、早かったね」


 意外なほど穏やかで静かな若者の声が、海風に運ばれてきた。


「――はじめまして、かな? 大僧正バッジョブ。仲間を……エルゴノートを返してもらいに来た」


 俺はそう告げると、恭しく礼をする。

 そして――。

 キッ、と睨みつけ戦術情報表示(タクティクス)を眼前に浮かび上がらせた。


<つづく>


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