新必殺技、ググレカス・シャイニング・ナックル
「ググレさま! 妖精さんが……動かないのですー!」
プラムはぽろぽろと涙をこぼしながら、天に向かって叫ぶ。
虚空に消えた俺に訴えるような必至の声に、早く戻らねばという焦燥感ばかりが募る。
俺はたまらず円環魔法を励起しているレントミアの肩をゆさぶった。
「まだか!? 向こうに帰らないと!」
「円環魔法は励起できたよ、けれど……特異点の座標が、ブレるんだ……!」
レントミアが振り返った。いつも余裕の顔のハーフエルフの頬には一筋の汗が流れている。
「狙えないってことか?」
「三次元座標が数秒ごとに動くんだよ、魔力糸で射線を固定できれば……」
戦術情報表示でとらえた空間の特異点は、確かに数秒ごとに不規則な円を描いて座標を変えていた。
空間の直径が小さくなってゆくところをみると、空間を構成する方程式が自動的に再計算され、中心点の位置を少しずつ変えているのだろう。
ちょうど、空気を抜いた風船の口が、空気を噴出しながら暴れるイメージだ。
「ならば、魔力糸で、特異点を掴んで撃ち抜いてやる!」
「え!?」
俺の言葉に、レントミアは翡翠色の瞳を瞬かせる。手には『円環の錫杖』とよばれる魔法の杖が握られていて、既にスタンバイ状態の杖は、軽い振動音を響かせる円環が光を放っている。
――魔法の力なら、なんでも加速できるのがレントミアの円環魔法……。
俺はその光に目を細めながら考える。
最初に目標を絞り込めないなら、発射してから弾道を制御すればいい。
戦術情報表示で捕らえた目標を、魔力糸で固定してから射出する精密誘導打撃術式と真逆の発想だ。
つまり、射出後に精密に制御できるもの……。
「だとしたら……これだッ!」
「ググレっ!?」
「しっかり……その杖……押さえててくれよ!」
俺は、右手に魔力糸をグーパンチの形に纏わせて大きく振りかぶると、仮想の地面に足を踏ん張って、思い切り振り抜いた。
軸足となる左脚、腰、胸筋、肩、そして右腕と、魔力強化外装を順に展開し、俺のパンチを超加速させて――、
拳を、円環の錫杖が励起する光の中心へと叩き込んだ。
「いっけぇええええ――――ッ!」
「そうか……なるほどっ!」
レントミアが感嘆する。キラリと光る瞳に映っているのは、俺のこぶしの形をした巨大な白い光の塊の「グーパンチ」だ。
音速を超えて煌く光の鉄拳は、確実に空間の特異点にむかってゆく。
戦術情報表示が指し示す曖昧な座標空間に向けて飛翔する拳は、全て俺自身の魔力糸の塊だ。
座標に向け俺は微細に位置を調整しながら、ど真ん中を光のパンチで撃ち砕いた。
――ビギィッ!
「や、やった!」
音とも衝撃派ともつかない波紋が広がり、瞬間、空間に真っ赤なヒビが四方八方へと広がってゆく。俺の無敵結界を転用した「隔絶結界」も、内側の特異点を砕けば破壊できるという弱点を曝したわけだが、今は緊急時なので細かいことはどうもでいい。
「どうだ! 名づけてググレカス……シャイニング・ナックル!」
「すごい、すごいねググレはっ!」
レントミアがきゃぴっと俺の胸に抱きついて、喜びを表現する。普段ならくっつくな! とツッコミを入れるところだが、咄嗟の思いつきが見事に成功し、気分は上々だ。
「フゥーハハハ!」
バッ! とローブを翻して、ポーズをキメる俺達の周囲では、連鎖的に空間が砕け、俺達は元の空間――ファリアやイオラ達のいる古の灯台の6階へと舞い戻った。
まばゆい光と、砕け散るような音と共に颯爽と復活を果たした俺とレントミアに、皆の驚きと喜びの視線が一斉に集まる。
「ググレ殿ッ!? レントミア殿!」
「ググレカス! レントミア!」
ルゥとファリアが同時に叫ぶ。
俺はレントミアの腰に回していた腕をほどき、手でエスコートするように立たせてやる。
「平気か? レントミア」
「うん、ありがと!」
愛らしい笑みを浮かべるハーフエルフと、見事な戦いを見せてくれたルゥ、そして元通りの表情で俺を見るファリアに、心底ホッとする。
「待たせたなファリア。弟子達に任せて、俺はコイツを助けに行っていたのさ」
レントミアの頭にぽふんと手を載せて。
ファリアは、少し泣きそうな、それでいてとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、あぁ! おまえらしいなググレ。私達を助けに来てくれて……ありがとう」
「御姫様抱っこの借りを……少しでも返せたかな?」
「……は、はは。もちろんだ!」
ファリアが白い歯を見せて、笑う。
「賢者にょおおお!」
「奇蹟。ググレくんと……レントミアくんっ!」
ヘムペロとマニュがぱあっとした笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「ヘムペロ、よく頑張ったな!」
「これでワシは……賢者の弟子かにょっ?」
「あぁ、そういうことにしておこう」
「ぐっさん!」「賢者さま!」
照れたようなにはにかんでいるイオラとリオラには親指を立てて見せて、最高だぜと口元で小さく笑みを返す。
言葉には表さなくても、この二人にはこれで十分伝わるのだ。
「救急。ググレくん、妖精さんが!」
マニュだけは妖精メティウスのピンチを察し俺に窮状を訴えた。マニュフェルノの眼鏡の奥の赤い瞳が真剣な光を向けてくる。
「メティウス!」
俺はダッシュでプラムに駆け寄って、その手に乗せられた妖精メティウスの名を呼んだ。
「ググレさまー、妖精さんが……えぐ……」
プレムの両手の中でぐったりと力なく横たわってる小さな身体には光がなく、まるで骸のようにも見える。
--形がまだ保てているのなら、遅くはない!
俺は手をかざし、魔力糸を通じて魔力をありったけ注ぎ込んだ。異空間からの脱出で魔法残量もかなり少ないが、今は妖精メティウスの蘇生に全力を注ぐ。
「戻って来いメティウス! 君はまだ……!」
「ググレさま……!」
プラムが涙をこぼしながら、緋色の瞳を大きくする。
俺を信じて、待っていてくれたプラムに、俺は静かに微笑んでみせる。
ぽたり、と涙の雫が妖精の身体に落ちたとき、メティウスが僅かに動いた。
「大丈夫。間に合ったみたいだ」
「わ、あああ! 妖精さん!?」
プラムの声に反応するように、妖精メティウスの身体が脈動する黄金色の光を取り戻した。
そして、青い宝石のよう瞳を開いて、小さな声が、口から漏れる。
「――んっ……? ん……あら、皆様、おはよう……ございます」
「メティウス、気がついたか!」
プラムの手のひらの上で身を起こし、女の子座りをする妖精は、寝起きそのままに、うんっ……と、背伸びとあくびをする。
いつの間にか集まっていた皆は、顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろした。その光景に一番驚いているのは、初めてメティウスを目にするファリアとレントミアだった。
「苦労をかけたようだな」
「賢者ググレカス? 私は、何も……。あ、あぁ! ファリアさまとレントミアさまも元に戻られたのですね!?」
ファリアとレントミアも、驚きながらも俺の新しい友人と挨拶を交わす。
詳しい説明や積もる話は後だ。
「ファリアを救えたのは君のおかげだよ、メティウス」
「私はなにもできませんわ賢者ググレカス。ただ……、あなたを信じる事しか」
小花のような可憐な笑みを浮かべ、メティウスは空中をくるりと舞って見せた。
◇
気がつけば、レントミアは再会したファリアと俺談義を始めていた。
「ググレってば凄いんだよ、硬いのを凄いパワーで白いのがびゅ」
「……ほぅ?」
ファリアが頭にの上にクエスチョンマークを浮かべるが、俺はレントミアの口をふさぐ。
「もがもがー?」
「わー!? くっ、硬い空間を割って戻ってきたという意味だからな!?」
咄嗟に誤解を招くような事を口走るハーフエルフの口を押さえながら、俺は笑顔で解説する。
「二人きりでしたものね……」
リオラが早速半眼で俺をじとっと見つめ、口元を固く結んでしまう。
「リオラ!? はは、な、なにを?」
反対に「ほぉぉ!?」と喜んでいるのはマニュだ。
「密室。熱い友情を誓う二人……想像どおりの展開ですね、わかります」
「わからんでいい!」
ホクホク顔で眼鏡を光らせるマニュは、どこまでいってもやっぱり腐属性から抜けられないヤツだ。
--さて。
「後はエルゴノートを救い出すだけだ、な」
頼もしい仲間たちに視線を巡らしながら、俺は不敵に口の端を吊り上げて見せた。
<つづく>