★それは俺の立ち位置だよね?
「私に触れるつもりなら、少し品よく願いたいものだな」
バッ! と『賢者のローブ』と呼ばわる品のいい外套を翻しながら、俺は眼鏡の鼻緒を中指で押さえた。
――キマった……!
いい感じにポーズを決めて、思わず唇の端が吊り上る。
背後では俺をめがけて跳びかかってきた魔物、『パンプキン・ヘッド』の残骸がぐちゃぐちゃと樹の幹から滴り落ちている。
腐ったカボチャの化け物なので、それは臭いし汚らしい。
俺の必殺奥義、魔力干渉の効果で、モンスターは自ら木に激突、そのまま砕け散った哀れなやつだ。
――如何ですか? 俺の賢者として力は!
思わずチラッ……とセシリーさんの方に視線を走らせる。
しかし――
「イオラくんっ! 大丈夫!?」
さぞかし羨望と尊敬の眼差しを向けているかと思いきや、金髪碧眼の美少女セシリーさんは弾かれたように駆け出して、俺の横を通り過ぎてイオラの元へと向かってゆく。
「――イオ!」
「ぇ……ぇ!?」
思わず間の抜けた声を出す俺の横を、更にリオラも走り抜けてゆく。
その視線は俺を通り過ぎ、奮闘したイオラへ注がれている。
――俺はスルー!?
華麗な俺の活躍は完全にアウトオブ眼中!?
カクン、と俺のアゴが落ちる。
パンプキン・ヘッド2体を相手に剣を振るい、その返り血(汁?)をしこたま浴びた勇者志望の少年、イオラはドロドロの姿でフラフラしている。
妹のリオラとセシリーさんが駆け寄って、その顔や頭にこびりついた腐汁を払う。
「イオ、怪我は無い?」
「うぅ……見えない……臭い……酷い……」
「リオラ、近くに川があるわ、そこへ連れて行きましょう!」
「はい!」
セシリーさんが指さす方向へ、リオラがフラフラとした足取りの兄の手を引いて木と茂みの陰へと向かってゆき、やがて見えなくなった。
ぽつん、と取り残されてしまった俺は、気を取り直し、再び周囲に警戒用の結界を展開する。
魔力糸による索敵結界の範囲を広げて、イオラとリオラ、そしてセシリーさんの安全を確認する。
モンスターの気配は今のところ感じられない。
「はぁ……失敗したなぁ」
俺は頬をぽりぽりと掻いた。
よく考えてみれば、検索魔法と魔力干渉での攻撃は、魔力を持たない一般人には見えないのだ。
ましてやそれを高度に組み合わせた魔力糸での操魔術ともなれば尚更だ。
パンプキン・ヘッドの突撃コースを変えるという高度な操作は、単に「モンスターが狙い損ねて木に激突、自爆した?」としか見えなかったのだろう。
俺の使う『賢者の魔法』は、魔法使いが使う炎の息吹や、氷の刃のようなビジュアル効果に乏しいのだ。
――ディカマランの6英雄、魔法使いレントミアや僧侶マニュフェルノは、俺の技を凄い凄いと褒めてくれたんだがなぁ……。
一抹の寂しさを覚えつつ、腰にしがみ付いていたプラムの事を思い出した。
「もう大丈夫だよ、ほら、離れて……」
と、プラムの頭をぽんぽん叩くと、腰にしがみ付いていたプラムが、キラキラとした眼差しで俺の顔を見上げていることに気が付いた。
「ググレさまは凄いのです~! 指先からびゅぁーって、ひゅるるって! 出せるのですねー」
「……え? あ、あぁ、まぁな」
――プラムには魔力糸が、見えるのか……!?
俺は驚いたが、プラムが生まれた経緯を考えれば力の片鱗があっても不思議ではないが……。
「あれでお化けをやっつけたのですー!」
「そうさ、だからもう心配するな」
「はいなのですー!」
プラムは近くにあった棒切れで、パンプキン・ヘッドの残骸をつついていた。
◇
イチゴ狩りをしていた森のすぐ脇には、一跨ぎできるほどの小さな川があって、綺麗な水が流れている。そこから3人の声と気配が聞こえてくる。
全身洗浄中のイオラと……妹のリオラ、そしてセシリーさんの楽しげな声だ。
「イオ、洗ってあげるから、脱いで」
「いいよ、自分で脱げ……やめろってリオ!」
「別に恥ずかしくないでしょ、いいから早く脱ぐ!」
「うん……」
ばしゃばしゃっ……、という水音。
「リオラ、イオラくんは私が洗うから、服の方をお願いね!」
「……セシリーさまは服をお願いします」
「いえいえ、私に任せて、ね……?(じゅるり)」
「ダメです! セシリーさま目が怖いですよ!?」
セシリーちゃんと、リオラの掛け合い、そしてじゃぶじゃぶっと水をかける音。
「リオ、じっとして。洗ったげる」
「ば、ばか、どこ触ってんだよリオ……」
「じゃ、後ろは私が!(はぁはぁ)」
「おおお、おまえらやめろー!?」
きゃーとか聞こえる歓声。
「――くっそぉおおおおおおお!? 何やってんだアイツら!?」
「ねー、ググレさまー、プラムもお手伝いしたいですー……」
「こ、これ以上、やらせはせん……やらせはせんよ!」
俺は思わずこぶしをに握りしめて、ワナワナと眼鏡を光らせた。
美少女二人ときゃっきゃうふふな水浴び――。
更にプラムまで参戦したら、コレなんてギャルゲ? そのものじゃねーか!
それはそもそも俺の立ち位置のはずじゃないのか。
イオラのやつめ……羨ましい。
ザコモンスター二匹を倒したくらいでこんな褒美が貰える冒険なんて、俺は一度だって経験したこと無いんだぞ!?
「こうなったら俺が洗ってやる!」
「プラムも! プラムもいくのですー!」
俺はもうたまらず駆け出した。
よく考えればイオラは男だ。そうだ、別に俺が洗ってやったっていいはずだ!
――ぐへへ、少しでも不幸を味あわせてやる。
茂みをかき分けて川へと向かう。
少し森の木が開けて、眩しい午後の日差しがキラキラと水面で輝く。
思わず目を細めて、その光景に目を奪われる。
水飛沫を散らすのは、少年イオラと二人の少女――。
「うわー!? 賢者が覗きにきた!?」
イオラが叫んだ、その時――、
魔力糸が、何者かに『切断』された。
それは、重量物があたかも木の枝をへし折るように、いとも簡単に俺の魔力糸を断ち切ったのだ。
――上位の魔物……だと!?
「ちっ……」
ぞわり、と冷たい感覚が背筋を這う。
――こんな王都近郊の村で? 何故!?
俺の脚は考えるよりも早く地面を蹴り、皆の元へと飛び出していた。
<つづく>