★復活のファリア
「――蔓草魔法、『ばーじょん、つー』ッ!」
ヘムペローザが唱えた魔法は撒き散らした「種子」を一瞬で芽吹かせ、緑のつる草を爆発的に増殖させる魔法だ。
対象は一体でも複数体でもかまわないが、芽吹いた付近にある棒状のものに絡みつき、直後に硬化する性質を利用して、身動きを封じてしまう。
「や、やったでござるっ!」
「すごいヘムペロちゃん!」
「俺たちで……ファリアさんを止めた!」
ルゥにリオラ、そしてイオラが安堵と歓喜の声を上げる。
銀色の甲冑に身を包んた女戦士の身体は、足元から這い上がったつる草が、ぐるぐると手足や胴体に絡みつき、さらには鎧の内側すらも固定されたことで、完全に身動きが取れない状態で固定されていた。
「……く……!」
丸太サイズの巨大ヘビを絞めあげた事のあるファリアの豪腕をもってしても、不完全な体制で手足を固定されては脱出は不可能だろう。
何よりもファリア自身が「全力を出す」事を拒絶し続けているのだから。
ファリアの身体を卑劣な手段で操ろうとしていたバッジョブは、ファリアの頑なまでの抵抗に、手を焼いたはずだ。
と、キラキラと黄金の光の粉を振りまいた光点が、ふわりとファリアの顔めがけて飛翔して、ぺたりと張り付いた。
それは渾身の力で飛んだ妖精メティウスだった。
プラムが小走りで緑のつる草に覆われたファリアに駆け寄って、妖精を放ったのだ。
「妖精さんー! がんばるのですっ!」
「おまかせをプラム嬢! …… 抗体自律駆動術式を注入しますわ」
メティウスが小さな手をファリアの額に直接触れて、魔法を励起する。生前は魔法にも造詣が深かった妖精は、俺の魔法を代理で実行してくれている。おかげで、抗体術式の直接挿入までは成功したわけだ。
レントミアと違って魔法の結界などを持たないファリアは、俺の抗体魔法を受け入れてくれるので体内からバッジョブの呪いを駆除していくはずだ。
「えと………………、あ! あったのですー!」
プラムが、身動きのとれないファリアの背中から、何かを手に持って誇らしげに掲げた。
そこに居た誰もが、プラムの手にしたものを見ることは出来なかったが、メティウスだけは違ったようで「それですわ!」 と声を上げた。
プラムが「おまじない」のような仕草で、見えない何かを断ち切ると、ファリアの身体は糸の切れた操り人形のようにガクリと力を失い、膝を折って崩れ落ちた。
「解放。ファリアさんっ!」
「ファリア殿ッ!」
マニュとルゥが駆け寄るが、まだファリアは朦朧としていて目を覚まさない。とはいえ、これでバッジョブの呪縛からは解放できたのは間違いないだろう。
――やったな、みんな……!
俺は闘った仲間たちに心の中で拍手を送る。
イオラとリオラの息のあった同時攻撃、そしてルゥの経験値が物を言う的確で精密な攻撃、マニュの全員への支援魔法。
そしてヘムペロのここ一番というところで炸裂できた魔法と、プラムとメティウスの勇気。 すべてがかみ合っての救出劇だった。
「……う。マニュフェルノ……?、ルゥ…………?」
「ファリア殿が! きがついたでござるか!」
「あぁ……酷い、悪夢を見ていた気が……する」
まだ意識が朦朧としているのか、頭を振ってマニュを眉をひそめるファリア。エメラルド色の瞳が苦痛に細められてはいるが、仲間たちを確かめる様に、ゆっくりと目線を向けてゆく。
「どうやら……みんなには、苦労をかけたらしいな……」
ファリアの柔らかな声は、そこに居た仲間達に向けたものだ。
「ヘムペロちゃん、つる草を消せる?」
「解除。魔法を……キャンセルできる?」
リオラとマニュがファリアを拘束から解こうとするが、ヘムペロの蔓草魔法は固く丈夫で、女の子の力で引きちぎるのも容易ではないようだ。
「いや……それがにょ、解除は、できないにょ……」
「え!? じゃぁこれ、手で引きちぎるのかよ!?」
「う! ……ごめん、にょ……」
イオラの剣幕に、じわ、と泣きそうになるヘムペロ。
「あ!? いや、いいよヘムペロ。よ、よし。剣で斬って……」
と、
「イオラ殿、ここは拙者に任せるでござる!」
キリリッとした顔で、居合いのような構えで剣に手をかけるルゥローニィ。
ファリアが復帰したことで、ヘタレ気分も吹き飛んだらしく。ようやく剣士としての本領を発揮する気らしい。
皆は納得した様子で、剣の間合いから距離をとって見守る。
「……ルゥ、髪の毛一本でも切ったら……ゆるさんぞ」
ファリアが朦朧としつつも、冗談めかして半眼でルゥを睨む。
「だっ! 大丈夫でござるよファリア殿! ……てっやあああっ!」
ひゅばばっ! と目にも留まらぬ剣さばきで、手足と胴体の蔓草を切り払うルゥ。手足が動けばあとはファリア自身がそれを引きちぎってゆく。
皆もそれを手伝い、ファリアはようやく拘束から解かれ、自由の身となる。
「よかった、よかったでござるよファリア殿ッ!」
全身で喜びを表しているのはルゥローニィだった。ファリアに抱き付いて半泣きだ。
「はは、まったく男のくせに泣くんじゃない。……おまえやイオラ、リオラの戦いぶりは……ちゃんとおぼえているぞ」
「……ファリア、殿……」
ルゥがファリアに抱き付いたまま子供の様に顔をほころばせる。ファリアも優しく微笑んで、ルゥの柔らかな髪をなでる。
剣術と戦いの師弟の間に、ほんわかとした空気が流れた、その時。
……ルゥが腰を振りはじめた。
感極まって、思わずカクカクと。
「……おぃ」
ビギッ! とファリアの額に青筋が浮き上がり、顔がみるみる赤くなってゆく。
「え!? あ、いや、拙者、そそそそんなつもりじゃ!」
「どんなつもりだこの発情ネコがぁああ!?」
ファリアはルゥの首根っこを掴むと体からひき剥がし、バシバシと尻を叩き始めた。
「ぎゃ!? あああ!? 痛ッ! やめっ!」
「甘やかすとすぐこれか!? そんなお前は、修正してやる!」
「にゃっ!? にゃぁああっ!」
イオラもリオラも苦笑交じりに肩をすくめるなか、激しい戦いが繰り広げられた古の塔の6階には、一転、猫耳少年の悦び混じりの悲鳴がこだましていた。
◇
「そうだ……ググレ? あいつはどうしたんだ? 魔法を……解いてくれたのはググレではないのか?」
ファリアが周囲を見回して、俺の名を呼ぶ。イオラもリオラも、顔を見合わせて困惑の表情を浮かべるが、マニュが説明する。
「消失。レントミア君の攻撃魔法を封じる為、ググレくんとレントミアくんは異空間に消えたの」
「な、なんだって……?」
ファリアが愕然とした顔で辺りを見回すが、俺の姿は見えないだろう。
と。
「ググレさまー! はやく、早く戻ってきてくださいなのですー! 妖精さんが、妖精さんが……!」
突如、プラムが膝をついて、オロオロと涙をこぼし始めた。
その手には、小さな小鳥のような、力を無くした妖精が乗せられている。
いつも金色の光を散らすその身体はくすんでいて、光を放っていない。
「――メティウス!?」
俺の叫びは隔絶結界の透明な壁にかき消された。
<つづく>