戦士ファリアVS賢者のパーティ
「ファリア……! レントミア!」
いにしえの塔の最上階へと続く螺旋階段から姿を現したのは、ふたりのディカマランの女戦士と魔法使いだった。
それは白銀の鎧を身に纏い巨大な戦斧を肩に担いだ女戦士と、麦の若葉のように美しい髪を肩口で揺らす美少女――に見えるハーフエルフの少年魔法使いだ。
「嗚呼。ファリアさん!」
「レントミア殿ッ!」
やはり、というか当然のごとく俺達の声は届いていなかった。階段の高い位置で足を止め俺達を睥睨する。
ファリアは虚ろな瞳で、まるで弱小な魔物でも見るような目線を向けてくる。
レントミアも暗く影を落とした瞳で、口元を固く結んだ表情でこちらを伺う。
――そんな顔で俺を見ないでくれ……。
心臓の奥が冷たい手でつかまれた様な、寒気にも似た感覚。まるで暗い虚空に一人放り投げ出されたかのような孤独感と寂しさが心を支配してゆく。
だが、俺はそこで一抹の違和感を覚えた。エルゴノートは? そして紫の魔女は? と。
妙な胸騒ぎを覚えつつも、今は現れた二人を全力で取り返すことに集中するしかない。
「奪還。ふたりを……!」
「取り返すで……ござるっ!」
俺は仲間たちの声にハッと我にかえった。
「ぐっさん!」
「賢者さま!」
「ググレさまー、ファリア姉ぇとレントミア君を……」
「取り戻すにょ!」
ヘムペロが俺の背中をバシンと叩く。
「――そうだ。いくぞみんな、今から……作戦を伝えるッ!」
俺の声に、ザッ! と皆が次々と戦闘態勢をとった。
前衛に剣を抜き払ったイオラとルゥ、そしてリオラが並び立つ。マニュフェルノは俺の横に立ち、前衛に防御力上昇の「祝福」を詠唱する。プラムとヘムペロは俺の背後で、俺の言葉を待っている。
俺達の「陣形」を目にしたファリアは、階段の中央から6階のフロアに飛び降りた。
着地と同時に足元の石畳が砕け散り重々しい甲冑の音が響く。ファリアのエメラルド色の瞳が俺たちを捉えると、何かを感じ取ったかのように目を細め、苦悶の表情を浮かべて頭を振った。
「ファリア!」
「ぐ……!」
俺の呼びかけに僅かだが反応を示した女戦士は、抗えない力に縛られ、操られているのは明白だった。身体を震わせながら目を見開くと、苦しげな呻き声と共に戦斧を振り上げた。
「ぐぅ……ぉあああッ!」
ビリビリと空気が震え、ファリアが強大な戦闘力の一端を開放してゆく。
「ファリアに必殺技を撃たせるな! ルゥとイオラは左右からの同時挟撃! 斧を狙え! 絶対にまともに打ち合うな!」
「あぁ!」「わかったでござるっ!」
瞬時に飛び出した二人は、素早い剣さばきで、斧を叩き付けた。衝撃で、さしものファリアも必殺技の体勢を崩される。
二撃目を叩き込まず、イオラとルゥはバックジャンプで最初の位置まで間合いを取る。
「そうだ、それでいい! 10秒、時間を稼いでくれ!」
「了解!」「で、ござる!」
「賢者さま、今度は……、今度はわたしも戦います!」
リオラが凛とした声で告げた。拳につけた打撃用武器である『炎の鉄拳』を、まるで決意を表すかのように俺のほうにかざす。
「平気かい、リオラ?」
「イオと一緒なら……平気です!」
リオラは傍らに並び立った頼りになる兄に、自分の小さな肩をごつんとぶつけてみせる。
「リオ……!」
「せ、拙者もいるでござるよ!?」
「もちろんルゥさんもですっ!」
リオラがルゥに微笑むと、イオラと共に猛然と駆け出した。
再び必殺の竜撃羅刹の構えを取るファリアに、今度はイオラとリオラが左右から、完全に同じタイミングで飛翔――剣と拳を振るう。
「ファリア!」「さんッ!」
ガィイン! と二人の左右からの同時攻撃は、ファリアの手甲と、斧の柄に阻まれてしまうが、ファリアが何かを思い出したかのように目を見開く。
その攻撃は、双子の兄妹がし初めてファリアから「一本」をとった、賢者の館で修行をしたあの日の同時挟撃と同じものだった。
更にルゥが真正面から素早い突きで、斧の側面を弾き飛ばす。
「ファリア殿ぉおおッ!」
「……ッ!」
三人はまたも、ジャンプして間合いを取った。その隙に俺はマニュフェルノの肩をつかんで早口でまくし立てる。
「マニュ、君は「祝福」を唱え続けてくれ。全員に幸あれ、と」
「了解。ググレくんは……どうする気!?」
「俺は……アイツを止める!」
俺は階段の上のか細い少年魔法使いに目線を向けた。
「魔法。この場で使われたら……ひとたまりもない……!」
「あぁ! だから、俺が止める」
イオラたちの説得の声がフロアに響く。
「ファリア殿……おねがいでござる……目を覚ましてくだされ!」
「ファリアさんっ! 卑怯者の魔法になんか、負けないで!」
「らしくねーよ! ディカマランの英雄なんだろ!?」
「……く……!」
必死の呼びかけが、ファリアの次への行動を僅かに鈍らせているのは明白だった。振り上げた斧の先がカタカタと震えている。
「ヘムペロ! おまえは魔法支援、例のアレをファリアの顔にぶちかませ。……一発限りの奇襲だ。わかるな?」
「にょほほ、賢者の弟子として奇襲なら任せるにょ!」
ヘムペローザは黒髪を振り払うと、リオラのほうへと駆け寄って作戦を伝えている。
隙を見て「あの魔法」をファリアに炸裂させることが出来れば、確実に足止めを出来るはずだ。
そして、動きの止まったファリアを元に戻す方法、それは――
「プ、プラムは、プラムはどうすればいいのですかー!?」
ぴょこぴょこ跳ねるプラムの目線に俺はしゃがみ、その緋色の瞳を覗き込んだ。
「よくお聞き。プラムはファリアから伸びる『糸』をみつけるんだ」
「……! 透明な……細い糸、なのですねー?」
「そうだ。おそらくは頭の後ろあたりにあるはずだ。そして、引きちぎるんだ。これは……プラムにしか出来ない事なんだよ」
「はいなのですー!」
ぴしっといつもよりマシな敬礼をしてみせる。
「イオ兄ィやリオ姉ぇ、そしてヘムペロがファリアを止めるから、その隙を狙うんだ、いいな?」
「わかったのですっ!」
きりりと眉を吊り上げて、怖いという気持ちを押し込めるように強い瞳でうなずくと、リオラとヘムペロのところへと駆けていった。
俺は次々と作戦を伝えてゆく。
「メティウス、君もプラムと共に行ってくれ。そして、『抗体自律駆動術式』をファリアに直接流し込んでほしい」
「わ、わかりましたわ、賢者ググレカス」
流石に緊張の面持ちで、ゴクリと息を飲む妖精メティウス。
「世界を巡る旅に連れていいくと約束しておきながら……、いきなりこんな戦いに巻き込んでしまって、すまないな」
「賢者ググレカス! 私……今、とてもドキドキして、胸がどうにかなりそうなの。でも……これがきっと『生きている』ってことなんだわ」
メティウスは自らの胸の中心をそっと押さえて、鼓動を感じているようだった。
一瞬の逡巡、ファリアが叫びながら斧で床をえぐった。
豪腕は易々と石畳を砕き、その衝撃はフロア全体を揺らすほどだった。バラバラと天井から塵が降り注ぐ。
時間が無い。
睨みあうファリアとルゥ、イオラの均衡が崩れ、ファリアが本気の必殺技を放てば彼らは耐え切れない。だから三人がファリアを崩し続け、ヘムペロが魔法で動きを封じる。そしてプラムと、メティウスによる敵の呪縛からの解放――。
その成功の鍵は、魔法使いレントミアの「横槍」が入らない事が前提だ。
つまり――。絶対にレントミアに魔法を使わせてはいけないのだ。
最強の魔法使いであるレントミアの呪文詠唱の最短は僅か3秒。それだけで致死性の火炎魔法を励起できる。それだけではない。このフロア全体を灼熱の炎で満たす事も、触れただけで全身の血液を沸騰させて破裂させるような極悪な呪文すら詠唱可能なのだ。
マニュフェルノは辛うじて耐えられるだろうが、魔法防御を持たない他の皆は、一撃で命を奪われてしまう。
俺は階段の上で、いよいよ呪文詠唱の準備に入るハーフエルフに目線を送る。本気の詠唱が始まれば一呼吸の後に魔法の力が降り注ぐ事になる。
いかな賢者の結界といえど、バラバラに動く仲間たち全てを完全にカバーすることは出来ない。
――となれば、手段は、ただひとつ。
俺がレントミアをこの場から消せばいい。
魔王妖緑体デスプラネティアを消滅させた俺の「隔絶結界」。
それは、賢者の結界である高速暗号化魔法防壁を内側に向け『逆固定展開』することで生み出される結界だ。
内側は完全な別空間となるので、外部との魔力糸は完全に切断される。
大僧正バッジョブがレントミアを操るための「接続」はそれで切断し、あとはレントミアに『抗体自律駆動術式』を打ち込む――。
とはいえ、俺がレントミアと共に逆向きの結界の内側に入ってしまえは、全ての防御結界を失い、更に妖精メティウスへの魔力供給も断たれるということだ。
「……わかっています。賢者ググレカス。私の『命』は常に、貴方と共にありますわ」
静かに祈るような面持ちで目を細めるティウス。だが、俺の魔力供給が断たれれば、五分が活動限界だろう。
「メティウス……行ってくれ、プラムのそばに!」
「はいっ。賢者、ググレカス」
光の粉を散らし、妖精がプラムへと飛び去った。
気がつけばレントミアは階段の中央で両手を魔法使いのローブから突き出して、呪文詠唱を始めている。
レントミアが最も使用する「火炎系魔法」を励起するのに要する時間は僅か3秒――。
「レントミアァアアアッ!」
俺は魔力強化外装を励起し、地面を蹴って飛翔した。既に数発の炎の塊が魔法使いの頭上に収斂し、真っ赤な炎が渦を巻く。
放たれた火炎弾が次々と俺を直撃する。賢者の結界を三枚消失しつつも俺は、壁を蹴って更にレントミアの居る階段までジャンプする。
「はぁあああッ!」
ハーフエルフの瞳が、大きく見開かれる。その瞳に光る涙を俺は――
「止めるんだぁあああッ!」
全力のタックルをぶちかまし、ハーフエルフの身体を階段の壁に押さえ込んだ。
「くはっ!」と、レントミアの詠唱が止まった瞬間、俺は賢者の結界を『逆固定展開』モードで再構成し、「隔絶結界」を展開する。
白い球体のような光は一瞬で、周囲の空間から俺たちを切り離してゆく。
「ぐっさん!?」
「賢者さま!?」
「こいつは俺が……食い止めるッ! ――お前たちは、ファリアを救え!」
俺の声はそこで「隔絶結界」にかき消された。
<つづく>