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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 イオラとルゥの剣舞

「海のおばけさん……なんだか臭いのですねー……」

「こ、こら聞こえるだろ!」


 プラムが俺の袖を引いて、こそこそと耳打ちをする。

 3メルテ先で俺を威嚇する半魚人の魔物、海妖司令ピルスは確かにちょっと生臭い気がするが、本人も気にしているかもしれないし、敵とはいえそこは目をつぶろうじゃないか。


「グギョッ! 聞こえとるわ! キッサマラァアア、侮辱は許さんギョブッ!」


 激高したせいか口元から涎のようなものが床に飛び散った。


「きゃ!?」「何か飛んだにょ!」


 わー!? と悲鳴をあげる賢者パーティの女子達は、更に魔物と距離をとる。

 気がつけば俺を盾にする格好で、プラムとヘムペロ、そしてマニュとリオラまでもが背中に回っていた。


「賢者にょ! あ、あいつはダメな魔物にょ!」

「プ、プラムもちょっと無理なのですー……」


 と、背後から顔も出さずに言う二人に俺は苦笑しつつ、静かに魔物を睨みつける。既に精神的にかなりダメージを受けているらしいピルスは、空ろな目に狼狽の色を浮かべている。


「賢者ググレカス、あの魔物に関する情報を収集し、まとめてみましたわ」

 戦術情報表示(タクティクス)には敵の体力値、戦闘力、特性などの情報が表示されていた。


「ありがとうメティウス! ここから先はイオラ達だけで十分だ、俺の肩でしばらく休んでいてくれ」

「はい! 賢者ググレカス」


 妖精メティウスはやや疲れた様子で、俺の左の首筋に寄りかかり羽を休めた。


「ギョ……グ……?」


 ――魔王直属の12魔戦軍団のうち、海を支配する魔物で構成された第11師団。その主力3部隊の一団を任されていた魔物、「海妖司令ピルス」。

 半魚人の獣人であるが故の、水陸両方で活動が可能な特殊能力に加え、2メルテに迫る屈強な体躯を誇る。全身は強靭なウロコに覆われ、三本の鉤ヅメは鎧をも切り裂くと言われるほどに鋭い。

 だが――ヌメヌメとした猫背の身体には、カエルと人間が交じったような醜い顔が乗っている。耳まで裂けた口からだらしなく伸びた舌は、目にした者――特に女の子達――には「恐怖」より生理的な「嫌悪」のほうが先に立つらしかった。


「賢者さま……ごめんなさい、わたし、その……ああいうの、ニガテなんです……」

 俺の腕を指先でちょんとつまんで目を伏せるリオラ。栗色の髪の少女にどう接するべきか戸惑いつつ、プラムにするような感じで、「大丈夫だよ」と手をぽんぽんと叩いてやる。


「と、いうわけだから、すまないが退場願おうか」

「いくでござるイオラ殿っ!」

「あぁ! なんかよくわかんないけど……!」


 俺の言葉を合図に、賢者のパーティの前衛を司る剣士(ルゥ)勇者(イオラ)が床を蹴った。

 二人とも軽く丈夫な皮の部分鎧(プレートアーマー)で身体を覆っている。動きやすさと速度を重視した装備は、イオラトルゥによく似合っている。


 最初は怯えていたルゥだったが、イオラという恐れを知らない「相棒」が居てくれるおかげで本来(・・)調子(・・)を取り戻しつつあるようだ。

 もとより魔王討伐でディカマランの中盤として攻守に活躍していたのだから、剣士(サーベリア)としての腕前は相当のものだ。だが真の実力を如何なく発揮するためには、ファリアやエルゴノートいう精神的支柱があってこそ可能なのだ。

 だが今は、イオラがその代わりを十分に果たしてくれている。


「グギョオオオッ! 舐めるな人間風情がァアアアッ!」

 鋭いカギズメを振り回しての攻撃を、イオラとルゥは事も無げにヒラリをかわし、ピルスの両脚めがけて同時に剣を振りぬいた。

「はっ!」「にゃッ!」

「ギョッ!?」

 剣先で表皮を舐めるような剣さばきは、硬い皮膚に守られているピルスには大きなダメージには至らないが、魔物は苦痛に顔を歪めよろめいた。


 ――巧い。

 

 俺はルゥの身のこなしと剣さばき、そしてイオラの迷いの無い剣の一撃に感服する。


「ギョ……ギョッ! おのれギョ!」


 皮一枚とはいえ剣で足を斬られた敵の僅かな動揺を、二人は見逃さなかった。キュッ! と軸足を中心に身体を回転させ、その勢いで剣先を加速――、今度は上腕を斬りつけた。

 ピルスの自慢のカギ爪を振り回す腕はダメージを受け、もはや思うように爪を繰り出せない。


「はっ!」「にゃっ!」


 イオラとルゥ、二人のしなやかな少年の身体が滑らかに剣をふるう。ルゥのすみれ色の髪とイオラの栗色の柔らかな髪が舞う。それはまるで勇壮な「剣舞」を見ているかのような錯覚さえ覚える動きだった。


 立て続けに打ち込まれてゆく剣の斬撃に、ダメージが蓄積し、さしものピルスも体勢を崩す。


「よし、今だ!」

 俺は両手を交差させ、胸の前で手のひらを向き合わせると、魔法を励起した。途端に手と手の隙間から眩い光が発せられる。

 もちろん、俺の魔法は自律駆動術式(アプリクト)戦術情報表示(タクティクス)から自動詠唱(オートロード)させているので、手の動きも気合も、まったく不要なアクションだ。


 眩い光は演出魔法(エフェクト)による演出の光で意味は無い。単に、この方が「凄そうに見える」からだ。


 ――上から()が見ているかもしれないからな。


粘液魔法(スロウドゥ)!」


 ばっ! とオーバーアクショ気味に両手を突き出して、キラキラとした光と共に「粘液の塊」を海妖司令ピルスめがけて撃ち放った。

 背後の賢者のパーティの面々から「わ!」「にょっ!」と歓声が上がる。


「ブガギョッ!?」

 悲鳴のような声は、顔面に張り付いた粘液の塊でかき消された。もんどりうって巨体が倒れ、苦しげに呻きながら床を転げまわる。

 

 イオラとルゥはダッシュでピルスから距離をとり、俺の両脇で警戒の構えを取る。


「ぐっさん! トドメは!?」

「まて……」


 俺は片手を挙げて皆を制してから、ぱちんと指を鳴らして、ピルスの魔法を解く。


「ップッハァアア!? ハガッ!? ペゲッ! な、何を……何をギョブッ!?」


 ピルスは荒い息を吐き散らしながら、壁に背中を押し付けてガクガクと震えている。


「……その粘液にはスライムの幼体が混じっている。既におまえの体内に侵入した。意味がわかるか?」


「ゲ、ゲギョオオオ!? ウゴェッッ!」

「吐き出そうとしても無駄だ。徐々に腹の中で増殖し、内臓や骨を生きたまま溶かし……その苦痛は想像を絶するぞ?」


「ぐ、ぐっさん!」

「清聴。しっ……」


 慌てたイオラをマニュが制してくれた。俺の(ハッタリ)に感ずいたか。


「ひ、ヒィイイ!? ヨグモッ! こんな酷い事をヲッ! 鬼かおまえギョブ!?」

 俺は黒い笑みを浮かべて、

「解毒する方法を知りたければ、言え」


「ななな、何をギョブ!?」

海魔神(・・・)の復活、とは何だ?」

「い、い、言えぬギョブ……! 我らの新たなる王……バッジョブさまとの誓いを……」

「では、ヒトデと同じ運命を辿るがいい……」


 俺はくるりと踵を返して上階へ続く階段を向く。


「ヒィイイイ!? まま、まってくれギョブゥウ! 言う、言う! 我ら魚人族の……真の王、海洋すべてを支配できる程の力を持つ……王の、誕生を……バッジョブさまは手伝うギョブと……!」


 海妖司令ピルスの途切れ途切れの言葉に、俺は確信する。


「この地方(ポポラート)のに伝承で語られる怪物、ゼラチナス・クラーケン・ロードのことか? 市場を襲ったのは……その幼生(・・)の糧とするため、……違うか?」


「――! そ、そう……ダ、ギョブ」


 俺が検索魔法(グゴール)で調べ上げた港町ポポラートの周辺情報には、海を荒らす巨大な怪物、「海魔神」と呼ばれる魔物が百年に一度蘇り、魚を食いつくし船を沈めるという口承があった。

 このあたりで船を沈められる化け物といえばゼラチナス・クラーケン、それも特大サイズとなれば「(ロード)」と名がつくだろう。

 ここに来るまではおとぎ話として気にも留めていなかった伝説だが、魔女プラティンとピルスの会話で海魔神復活という単語が出てきたことで、バッジョブのもうひとつの目的ではないかと考えていたのだ。


 ピルスの瞳が驚愕と諦めに染まる。ガクリと肩を落とすと、ワナワナと震えだした。


「バッジョブ様は……我々と共に、新しいクニ……王道楽土、楽園を建国なさるおつもりだギョブ……バッジョブさまの国は……滅亡に瀕している……だから……我らと共に新しい力を……土地を手に入れようと……ギョブ」


 マニュフェルノとルゥは顔を見合わせてる。

 冒険者としての勘が、この半魚人が語る言葉を真実だと見定め、バッジョブの目的とやらがなんなのか薄々とではあるが気がついたのだろう。

 イオラとリオラは、周囲を警戒しつつ、ヘムペロとプラムと共に黙って事の成り行きを見守っている。


 ――使えなくなれば捨てる。欲しくなれば他人や土地を奪う。それがヤツのやり方なのか。

 だが、そんな事を繰り返し「国」とやらが繁栄できるはずがないのだ。

 

 この半魚人も呈よく使われて、あの大僧正バッジョブに捨てられるだけだろう。哀れな化け物だ。


「海魔神はどこにいる?」

「ポポラートの……北の……海辺の洞窟……ギョブ」


 素直に答えるピルスからはもはや覇気が感じられなかった。だが聞き出したい情報は収集できた。


「……ここから去れ。海水にその身を浸し一ヶ月もすれば毒は抜け体内のスライムは消えるだろう。だが! 一度でも地上の土を踏めば、おまえの身体は瞬時に内側から腐り果て……このヒトデと同じ運命を辿るぞ」

「ヒィ……ギョブウウッ!?」

 俺は険しい顔で足元のヒトデの破片を踏み潰して見せる。

 ピルスは慌てたように立ち上がり、悲鳴をあげながら転がるような勢いで階段を駆け下っていった。

 いにしえの塔の5階に静寂が訪れた。


「ググレ殿……今の話……」

「嘘に決まってるだろう」

「で、ござるよね……」


 俺は飄々と言うとズレた眼鏡を指先で持ち上げた。

 ルゥがほっとしたように剣を収める。イオラも……あ! と言う顔でリオラと顔を見合わせると、ようやく肩をすくめて笑みをこぼした。


 ピルスの口に打ち込んだのは只の粘液の塊で、毒性のあるスライムではない。内臓を溶かすとか内側から食い破るなんて、そんな恐ろしいスライムは居ない。全部ハッタリだ。


 とはいえ、あの魔物(ピルス)の怯えようでは一ヶ月どころか、数年は海の底で大人しくしているかもしれない。目の前で仲間のヒトデ軍団が文字通り瞬殺されるところを見せ付けられては、冷静な判断力が鈍るのも無理はないだろう。


「ググレさま、あのおばけはもう悪い事しないのですかー?」


 プラムがすこし不安そうに眉を曲げて袖を引く。


「海の底で『はんせい』するそうだよ」

「そうなのですかー!」

 プラムがほっとした様子で、ヘムペロと共に近くの窓から外を眺めた。


「にょほ!? あやつ海に飛び込んでいきおったにょ!」

「おぉー? すごい勢いですねー」


「策士。ググレくん今日はキレキレですな」

「うむ? 褒めてるのかそれは……」

 マニュのすまし顔に向けて俺はニッと笑う。


「勿論。無益な殺生はしない、それが賢者クオリティですね」

「別にそうでもないさ」

 足元のヒトデ達は容赦なく粉砕してしまったがな。まぁ、脳みそも痛覚神経も無い怪物であることが、せめてもの慰みだが。


「さて、上階を目指そうか……」


 ◇


 俺たちは上階、つまり「いにしえの塔」の6階へと足を踏み入れた。そこは5階よりも若干狭く感じる部屋で、ガランとしたもぬけの殻だ。

 いよいよ最上階への階段を残すのみとなったその時――

 

 二人の人影が、上の階から階段を使って下りてくるのが見えた。俺の視線の先に姿を現した人物に、皆がハッと息をのんだ。

 

 ガシャッ、ガシャッ、と鉄の鎧が擦れる重々しい金属音と、階段を踏み鳴らす鉄靴の音が響いた。

 

 索敵結界(サーティクル)は沈黙したまま、青い光点を二つだけ映し出す。それは――

 

「ファリア……! レントミア!」


 ファリアは虚ろな瞳をこちらに向けると、手に持った巨大な戦斧の先で、石畳を威嚇すように、砕いた。


<つづく>


 激突必至、以下次号――!


【予告】

 ついに再会を果たすググレカスとレントミア。しかし、それは友ではなく「敵」として――


 ファリアとレントミアの猛攻に、ググレカス達は!?

 次回、

 「死闘、ググレカス対レントミア」


 ※次回はイラスト描きのため若干短くなりますッ

  

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