海の魔物と女の子
【作者より御礼】
久しぶりに日計ランキング入りしました!
289位ですけどw
評価ポイントをいれてくださった皆々様、ありがとうございましたっ(一礼
「古の灯台」の五階フロアは、一見すると何も無いガランとした空間に見えた。
そこは15メルテ程度の奥行きの円形の部屋で、周囲には物見窓が6つ設けられている。水平線より高い位置に登った朝日が窓から深々と部屋を照らし、そのまぶしさに目が眩んだ瞬間――
「接敵! ――ゼロ距離……直上!?」
妖精メティウスが咄嗟に叫ぶ。一瞬遅れ、戦術情報表示も真っ赤な文字で「警告」を発する。
「みんなッ! 上だ! くるぞ!」
「えっ!?」「きゃ!」「にょぉおお!?」
俺の言葉に皆が一斉に天井を見上げ、そして悲鳴をあげた。
なぜならば、天井にビッチリと張り付いた「ヒトデ」がいたからだ。赤みを帯びた星型の物体が次々と高速で回転しながら、俺たちに襲い掛いかってきたからだ。
――対衝撃防御!
咄嗟に結界の表層3枚を単純な物理攻撃用障壁に固定化すると、回転しながら襲ってきた赤い円盤は鋭い音と共にはじき返されて背後の壁に突き刺さった。
「賢者ググレカス、結界は健在……単純な物理攻撃です!」
メティウスが自分用に浮かべた小さな小窓を覗き込みながら鈴の音のような声で叫ぶ。
単純な物理攻撃とはいうものの、石の硬い壁に突き刺さるとは恐るべき威力だ。もし生身で喰らっていたら引き裂かれていただろう。
だが、僅か一瞬の時間でカバーできたのは俺の周囲、つまり後衛組の範囲だけだった。若干距離が離れていたルゥとイオラ、そしてリオラまでカバーしきれない。が、
「――イオラ、ルゥ!」
栗毛の少年イオラと猫耳の少年剣士は俺が叫ぶまでもなく、瞬時にリオラを庇うような立ち位置で身構えると、飛翔してくる赤い円盤目がけて剣を抜き払った。
「はぁあああっ!」
「ん……にゃっ!」
気合一閃! ガィン! ギィンッ! と、二人の剣の使い手は、赤いブーメランのような飛翔物体を同時に迎撃した。
イオラは叩き返すように剣で弾いたのとは対照的に、ルゥは一刀のもとに真っ二つに切り裂いていたが、それは純粋な剣の腕前の差だろう。
普段はおどけてみせていても、イザとなればやる男、それがネコ耳の剣士、ルゥローニィだ。
「ナイスでござるイオラ殿!」「や、やったよルゥさん!」
イオラは咄嗟にルゥと同じに迎撃できたことが嬉しかったらしく、ルゥや後ろのリオラに向かってガッツポーズのように喜びを表現する。
ルゥが切り伏せた赤いヒトデは、床にどちゃりと落下して動かなくなったが、断面から不気味な汁を撒き散らした。
「!? イオ! まだ動いてるッ!」
「え!?」
イオラが叩き落した赤い円盤は、床の上でモゾモゾと蠢くと、のそりと二足で立ち上がった。
気がつけば俺の背後に突き刺さった円盤も壁から自身の身体を抜き、俺達を取り囲むように立ちふさがっていた。
「ぐっさん! こいつら……!?」
「気をつけろ……飛びつかれるとやっかいだぞ!」
星の形の赤い物体の正体は、「吸血ヒトデ」と呼ばれる海の魔物だった。
立ち上がると大人の胸ぐらいはあろうかという、巨大な五角形の魔物は、丁度「☆」の形をしていて、海にいるヒトデを巨大化したような化け物だ。口も目も何も無い化け物は、腹の側面をこちらに向けて立ち上がった。
体の内側にはビッチリと、ウゾウゾと蠢く肌色の無数の食腕が生えていた。それで獲物に喰らいつき全身から血を吸うのだ。
――天井に張り付いていたせいで、スライムの濁流に飲まれずに済んだのか!
「グ、ググレさま! き、キモチ悪いのですー!?」
「にょぉおお!? こ、これはダメにょぉおお!」
「嫌悪。生理的に……無理です」
「き、きもいっ!」
とにかく女の子達の評判がすこぶる悪い。
確かに星の形だけなら可愛いと思えるが、ミッチリと生え揃った内側の食腕と節足が猛烈に嫌悪感をかきたてるらしい。
魔法使いだからと手を握る事をいじましくガマンしていたプラムも、さすがに俺の腰に抱きついた。ヘムペロも同じようにローブの内側にもぐりこむが、これが本来の二人、いつもの調子なので別にもう慣れっこだ。
「祝福。剣は鋭く、拳は硬く――」
既にマニュフェルノは俺の背後に陣取って、呪文詠唱を行っていた。イオラとリオラ、そしてルゥに攻撃力を増加させる「祝福」を唱えてゆく。
このあたりはディカマランの英雄として幾度となく戦いを潜り抜けて来ただけあって、落ち着いたものだ。
「こいつらあっ!」
飛び掛ってくるヒトデの中心にむかってイオラが剣を突き立てると、剣は易々と硬い外皮を貫通する。更に足で蹴り付けて壁まで吹き飛ばすと、ヒトデはそれきりもう動かなかった。
一匹単位では決して強くはないが、無数に天井に張り付いていて、次から次へと落下攻撃を仕掛けてくる。
ルゥは華麗な身のこなしで、にゃっ! とか、 なごっ! とか妙な掛け声と共にヒトデを切り裂いていく。
「もうホントに! 近づかないでよッ!」
リオラがにじり寄ってくる星型の魔物相手に容赦の無い鉄拳パンチをお見舞いする。声色が半ばキレ気味だ。
もしリオラに「近づかないで」なんて、そんな声で言われたら、俺は立ち直れないだろうな……と、どうもいいことを考えてしまう。
「ぐっさん! あと何匹居るんだよ!?」
「賢者ググレカス! 残存ヒトデ数は20匹! あと別の大物が一匹! 壁と一体化していたので外部からの索敵結界では見つけられませんでしたわ……」
「君が悪いわけじゃないさ、俺もスライムの洗浄効果を過信していたようだ」
「あら、わたくしたち、似たもの同士かしら?」
「ははは、違いない」
「にょぉおお!? 何をのん気に妖精と談笑しておるにょ!?」
「ググレさま、うしろ! うしろまで来てるのですー!」
ヘムペローザがポカポカと俺の胸を叩き、プラムが涙目で後ろを指さしながら俺の腰をがくがくと揺らす。
もちろん俺も遊んでいたわけじゃない。
戦術情報表示に表示された21体の赤い光点目がけて魔力糸を次々と撃ち放ち、接続していたのだ。
イオラとルゥたちが時間を稼いでくれたおかげで、準備は完了だ。俺の魔力糸はヒトデの単純で原始的な中枢神経を易々と支配していた。
「うむ、では華麗に始末しようか」
賢者の魔力糸による同時目標対処可能数は最大128体。
メティウスがサポートしてくれる今ならもっといけるだろうが、何事も「余力」は残しておきたい。
「女の子を泣かす不埒なヒトデ共! 筋組織自壊の逆浸透型自律駆動術式を食らうがいい」
俺が指をぱちんと打ち鳴らすとほぼ同時に、20体のヒトデの魔物は、動きを止め――、次の瞬間、苦しそうに身をよじったヒトデたちの身体は、ボロボロと千切れて、そのままいくつもの断片へと崩れさった。
「な! ヒトデがバラバラに……!」
「す、すごい!?」
「にょほおお!?」
「元々は毒性の強いスライムを駆除する術式さ。原始的な魔物の体組織ならば効果はあると思ったが……上手く効いてくれたようだ」
「賢者ググレカス! ヒトデの反応はゼロですが……!」
「流石に一匹、大物には効果がなかったか」
俺の言葉の意味を瞬時に理解したルゥやイオラが、俺が視線を向ける先にサッと先に剣を向けて身構えた。
「グ……ギュルウウ! よ、ヨグモッ! コンナァアッ!」
「さぁ、次はおまえの番だぞ、魔王軍……海妖司令ピルス」
「ゲギョッ!?」
そこはヒトデが密集していた天井の隅からの声だった。崩れ去ったヒトデで姿を隠していた魔物は、半魚人型の獣人だった。
それは魔女プラティンが「魔王軍海妖司令ピルス」と呼んでいた魔王軍の残党だ。
全身を覆う緑色の細かいウロコとそれを覆うヌメヌメとした粘液。両生類のような冷たく落ち窪んだ眼球。真っ赤な口は耳まで裂けて、長い舌と鋭い牙を覗かせている。
「先を急ぎたいところだが……丁度おまえに聞きたいことがあるのでな」
俺は眼鏡を指先でクイと持ち上げた。
「グゲゲッ……! よぐも……よぐもワシの可愛い部下どもをぉおお! この塔を……バッジョブさまより預かる、魔王軍最強の布陣……! それを! 卑劣な……奇襲で……グギョェエ! ゆさん、絶対にゆるさんギョェエエ……!」
返ってきたのは怨嗟交じりの聞き取りにくい人語だった。
「賢者ググレカス? 翻訳魔法を励起しましょうか?」
「いや、必要ないさ。少し頭を冷やしてから……話を聞くしかなさそうだ」
海妖司令ピルスは天井から降りたって俺の正面で身構えた。両手には鋭いカギ爪が伸びている。床に降り立ったそのずんぐりとした体躯はかなり大きく、俺が元居た世界で見た水陸両用のメカのような姿に近い。だがその表面は両性類のようにヌラヌラと生々しく光っている。
「グ、ググレさま! き、キモチ悪いのですー!?」
「にょぉおお!? こ、コイツもダメにょ!」
「嫌悪。生理的に……更に無理」
「……キモ」
「グギョェエ!?」
海の魔物の司令官殿もやはり女性陣には不評のようで、激しくダメージを受けている様子だった。
特に最後のリオラの真顔での「キモ」はきつい。
「表皮。ヌメヌメしてる時点でアウトですね」
「私、今回は無理です」
「まったくだにょ……粘液とか触手とか気持ち悪いにょ……ん? そういえば賢」
ガッ、とヘムペロの頭をつかんで、ひきつり気味の笑顔を向ける俺。
「さっ、先を急ぐぞヘムペロ! こんなヤツちゃっちゃと倒すからな!?」
「にょ……う?」
俺は流れる冷や汗をぬぐいつつ、半魚人を睨み付けた。
<つづく>