★賢者の作戦と、お手柄プラム
◇
「ぐっさんの作戦て……完全に奇襲じゃん!?」
「奇策。誰が見てもググレくんの仕業ですなぁ」
「にょほほ、賢者らしいにょぅ」
大体の作戦を伝え終わった俺は、瓶入りのレモン水を飲み干して、ぷぅは! と一息ついた。
イオラにマニュにヘムペローザにも概ね好評のようだ。
「イオ、奇襲には変わりないが、こっちは攻め入る時間まで親切に教えたんだ。良心的だと思わないか?」
「あ……確かに」
イオラも納得したようにうなづく。
明日の朝行く、と明言したのには二つの理由がある。一つは俺自身の準備の時間稼ぎ、そしてもう一つは「賢者が攻めてくる」と聞いて逃げ出す者と残る者をふるいにかける為だ。
『いにしえの灯台』に明日の朝時点で残っているものはつまり「敵」だ。
もちろん、エルゴノート、ファリア、レントミアを除いてはだが。
ここは港町ポポラートの中心部にある宿屋『荒海』の一室だ。
見回しても寝台が四つとテーブルと椅子といういたってシンプルな大部屋で、一つある窓からはすっかり日の暮れた街並みが見渡せる。
通りでは飲んだくれの親父が肩を組みながら大声で歌い、タガートとよばれるラクダの皮を使った弦楽器の奏でる異国情緒溢れる音楽が聞こえてくる。
通りはこの町唯一の歓楽街に面しているので賑やかで、魔物におびやかされている事を忘れてしまいそうな賑わいを呈している。
夕飯を食べた後、俺達は宿屋に入りシャワーを浴びた。今は「ディカマランの勇者一行救出大作戦対策会議」と銘打った、作戦会議をしていた。
とはいえ、考えているのは俺だけで、イオラとルゥは狭い部屋の中でチャンバラをしていたし、マニュは妖精メティウスを机の上に立たせて、一生懸命スケッチしていた。
リオラとヘムペローザ、そしてプラムに至っては、宿屋の近くの店で買ってきたお菓子を広げて、ベットの上に寝そべってパジャマパーティをしていたわけで……。
「質問。ググレくんは、その……エルゴ達を操るほどの相手に、どうやって対抗するの?」
香油ランプの光で眼鏡を輝かせた僧侶マニュフェルノが、核心的な質問をする。
「フフン。バッジョブという奴が使う『見えない魔法』は脅威に変わりは無いが、実はさっき、プラムのおかげで謎が解けたんだよ」
俺は傍らで、瓶入りの果実水をくぴくぴ飲んでいるプラムの頬をつつく。
「え……? プラムちゃん?」
「にょ!? うぬぬ、プラムにょ……賢者に褒められおったにょ……」
リオラが不思議そうにプラムを眺め、ヘムペローザはよくわからない嫉妬の炎を燃やしている。
対抗策を打ち出せたわけではないが、攻略の糸口はみつかった。それを知ることが出来たのは、先刻、俺の手が冷たいと、プラムが手を握ってくれた時の事だ。
◇
「ググレさまは指輪を二つしているのですねー、レントミアくんのですか?」
「あぁ。あいつが残していった指輪だからな、無くさないようにつけているのさ」
「ほぉー?」
俺の手を暖めようと小さな両の手のひらで包み込みながら、プラムが顔を近づけてしげしげと眺めた。
シャワーを浴びて洗いざらしの髪はまだ湿っていて、香草入りの石鹸がほんのりと香る。
俺は確かにレントミアが残していった銀の指輪をはめていた。俺が元々右手の薬指につけていたものと並べて中指にだ。
と――。
「レントミアくんの指輪に……クモの糸が絡んでいますねー」
「……!? 何が、付いているって?」
「えーと、細くて……すっごく……ほそぉい、細い、キラキラした透明な糸ですよー?」
プラムは緋色の瞳をぱちくりさせて「見えて」いるようだが、俺には何も見えない。
「俺かレントミアの魔力糸か?」
「んー? レントミアくんのとは違うのです―。なんだか、細くて、震えていて、……真っ白なのですよ?」
――魔力糸! レントミアを襲った敵、つまりバッジョブのものか!
その瞬間、モヤモヤしていた謎に、一筋の光明が差し込んだ。
バッジョブの見えない魔法、謎の力……それを解き明かす手がかりを、レントミアは俺に託したのだ。
プラムば目を細めながら、指先で「それ」をそっとつまんで持ち上げてみせるが、やはり俺には何も見えない。
魔力の波長を変えてみても、何かがある、という事ぐらいしか判らない程に細いのだ。
――超極細の魔力糸、というわけか!
「すごいぞプラム! お手柄だぞ!」
「えへへなのですー! 悪い糸はすぐに見つけて退治ですっ!」
むふんと得意げに眉を吊り上げるプラムの頭を、俺はよしよしと撫でてやる。にへーとだらしなく頬を緩ませるプラムに、貴重な「サンプル」をそのまま持っていてくれと頼む。
「メティウス、少し手伝ってくれないか?」
マニュフェルノのスケッチの相手をさせられていたメティウスは、逃げるような勢いでキラキラと光の粉を散らしながら飛翔し、俺の肩にとまる。俺は目線でプラムの指先を示す。
「賢者ググレカス? プラム嬢の……指先に何が?」
「あぁ。どうやら敵の魔力糸の断片らしい」
「まぁ?」
「見えるか?」
「あら? 確かにこれは……糸――ですわ! ですがこんな……極細の魔力糸なんて……始めて見ました!」
さすがのメティウスも顔を近づけて、更に戦術情報表示で拡大してみて初めて見えたようだ。驚きながらも、早速分析に取り掛かる。
――これで、あの大僧正バッジョブの魔法の秘密を解き明かせる。
構成している「言語体型」が判れば対抗手段もあるからだ。とは言え解析できたところで、実戦でそれに対抗しうる魔法を考えねばならないが、それでも大いなる進展だ。
それに、夜明けまではまだかなり時間がある。
「はは……今夜は徹夜かな」
「まぁ、夜更かしはお体に良くありませんわ、賢者ググレカス」
「レントミア達が苦しんでいるんだ、そうも言っていられないさ。無理をさせてすまないが、メティウスにも手伝ってもらいたいが……」
「それなら、私は構いませんわ。賢者ググレカス様と一心同体でございますもの」
俺の肩に飛び乗ったメティウスが、俺の頬に両手をついて、顔を寄せる。体温なのかメティウスを包む魔法の結界かは判らないが、温かくて柔らかな感触が伝わってきた。
「ありがとう、メティウス」
「では早速、レントミアさまの指輪をもう少し拝見しますわ」
「あぁ、そうしてくれ」
魔法防御も硬く魔力に対抗する知恵もあるレントミアは、未知の魔力糸の攻撃を前に「現有の魔法防御では対抗できない」と、瞬時に判断したのだろう。
未知の魔法で自由を奪われ薄れていく意識の中、魔力を吸収する特性のある銀の指輪に、正体不明の「魔法の断片」である魔力糸を絡ませて、俺に託したのだ。
――ググレならきっと、なんとかしてくれるかなって思ったんだよ。
そんな風に笑うハーフエルフの顔が脳裏に浮かぶ。
「レントミア……」
もう少しの、辛抱だからな。
◇
「――と、いうわけで、敵が使う魔法を検知、妨害する術式は鋭意開発中だが、作戦は大体伝えたとおりだ」
「ぐっさん、でも……塔は7階もあるんだろ? それぞれ魔物が待ち構えているんじゃ……」
「うん……私達だけじゃ……」
イオラの横で、リオラが不安そうな顔をする。その心配はもっともだ。戦力的な不足は否めない。
半漁人の魔物、つまり魔王軍の残党が合流している以上、幹部クラスの魔物が灯台の入り口を固め、各階を守る「階層番人」として立ちはだかると考えて間違いはないからだ。
とはいえ、俺の「攻略作戦」は、それらとバカ正直に戦うなどとは言っていない。
俺はイオラの隣で正座をしている剣士のルゥローニィに視線を向ける。共に数々の戦いの場を潜り抜けてきた剣士には、今回は少し頑張ってもらいたいが……
「せ! 拙者は引き受けたりはしないでござるよッ!?」
慌てた様子で何やら汗を垂らす。ルゥは「ここは拙者が引き受ける! 皆は先へいくでござる!」的な事をする気は毛頭ないらしい。
前衛の経験がなく基本的にエルゴノートやファリアのサポート役だったルゥだが、今回ばかりはディカマランの英雄として、自信を持って最前衛を担って欲しいのだが。
「ルゥ、俺の話を聞いていたか? 別にそんな危険な作戦じゃないんだが……」
「そ、そうでござったか?」
「俺が呪文を詠唱している間、魔物が来ないように守ってくれ、というだけさ」
俺は猫耳少年の肩に、ポンと手を乗せる。
「ルゥさん! 俺が一番前で戦います。だからその……、フォローして欲しいです!」
胸を叩くイオラに皆が視線を注ぐ。おぉ……! とヘムペロも俺も、勇者志望の少年の雄々しい様子に拍手を送る。
「にゃ!? イ、イオラ……殿!」
「俺はまだへなちょこだけど……剣術を教えてくれたエルゴノート師匠や、戦い方を教えてくれたファリアさん、そしてレントミアさんを助けたいんだ!」
イオラは力のこもった声で言いながら立ち上がり、拳を握り締めた。その勢いと勇気ある言葉は、みんなを鼓舞するのには十分だった。
「イオ、わたしも一緒だよ」
「……リオ!」
リオラがイオラに拳を突き出して、コツンとぶつける。
「勇気。まるでエルゴみたいだよ兄君! わたしも戦うね」
「マニュさん!」
「にょほほ! 賢者のぱーてぃ唯一の魔法使いであるワシが、魔物なんかちゃちゃっとやっつけるにょ!」
「プラムもプラムもいくのですー!」
ヘムペロやプラムもイオラの言葉に鼓舞されたらしい。
「イオラ、俺たち全員で救い出すぞ」
「あぁ!」
俺はようやく自分のペースを取り戻しつつあった。
ディカマランの仲間たちのあんな姿を目にした俺は、自分では平然としていたつもりでも、実のところ内心かなり狼狽していたのだ。
賢者と呼ばれていようとも、俺は……まだまだ大人じゃないのだろう。
とはいえ、高速で回り始めた俺の頭は、白い大僧正――聖人バッジョブへの怒りが沸々と湧きあがっていた。
人を人とも思わぬ所業、そして部下である紫魔女への冷血な仕打ち。
ヤツはこの町でまだ何かの陰謀を企てているのだ。それが、不凍の港であるポポラートを掠め取る事なのか、あるいは「海魔神の復活」と半漁人がほのめかした何かかは判らないが。
俺はエルゴノート達を取り戻せればそれでいいと考えていたが、俺は今も「ディカマランの英雄」の一人なのだ。
魔王という脅威が去った今でも、人知れず悪と戦い平和な日常を守る――。そんな影のヒーローのように活躍をする事だって、時には悪くない。
――バッジョブ。俺たちに手を出した事を後悔させてやるぞ。