賢者だっておにいちゃんと呼ばれたい
【これまでのあらすじ】
消息を絶った勇者エルゴノートたちを救うため、ググレカス達は港町ポポラートへとやってきた。仲間たちを探すググレカスの前に現れたのは、傀儡と化した地方領主とルゥローニィ、それを操る「沈黙の国」の魔女、プラティン・フリーティンだった。
高度な魔術戦を制したググレカスは、正気に戻ったルゥと再会を喜ぶ。
瀕死の魔女はコウモリに姿を変え、何処かへ飛び去ってしまう――
◇
「さすが魚が旨いにょ!」
「骨まで食べられますねー!」
ヘムペロとプラムがご機嫌でパクついているのは、イワシに似た新鮮な小魚を油で揚げたものだ。港町ポポラートの名物料理で、香ばしい香りが食欲をそそる。なんでも港のそばで大量に取れるらしく皿に山盛りで運ばれてきた。
本来は小麦を焼いたナンのような生地に香草と一緒に挟み、酸味の利いたソースをつけて食べるのだが、二人はむしゃむしゃとそのまま食べはじめていた。
腹が減っては戦が出来ぬ、ということで、まずは腹ごしらえだ。
屈強な冒険者パーティならいざしらず、俺が率いる「賢者のパーティ」は年端もいかない少女と、食い盛りの兄妹、そして腹を空かせて身動きもままならない猫耳剣士が居るのだ。
何事も無理は禁物だ。ここはしっかりと飯を食べておくべきだろう。
「本当は他の魚もお出ししたいんだけどねぇ、船がここ数日は沖に出られなくてね」
食事処『人形姫』の主人である厚化粧のオカンが、申し訳無さそうな顔で焼きたてのナンを運んできた。やはり魔王軍の残党とやらの襲撃は実際におこっていることなのだろう。
「……船が魔物に襲われるって聞いたんだけど、そんなに酷いのかよ?」
イオラがむしゃむしゃと、ナンに魚を挟んで口に詰め込みながらオカンに聞く。
ルゥはとにかく夢中で食べ続けていて、話にはあまり興味が無さそうだ。口の端からは魚の尻尾が見えている。
「漁から帰ってきた船や市場がやられてさ。十匹ぐらいの集団で半漁人みたいなのが現れては、魚をかっさらっていくみたいなんだよ! そりゃぁ猟師達はカンカンでさ、来るたびに追い払うんだけど、すぐまた現れてイタチごっこだとさ」
「ふん、でも俺たち賢者パーティが倒してやるぜ!」
イオラが口から魚を散らしながら拳を振り上げるが、すぐに隣のリオラに「きたない!」と叱られてしゅんとする。
「ははは、そりゃぁ心強いねぇ」
オカンはあまり信じていない様子だ。まぁ俺は一見すると「親類の子供達をつれてご飯を食べに来た書生」と言う感じだものな。
「しかし、魔物の目的が『魚』とは妙だな」
俺はそういいながら、ナンに野菜と魚を挟んでソースをつけて口に運んでみた。青魚の風味が香草で打ち消されて、酸味の聞いた濃厚なソースによくあっている。思わず旨い! と呟くと、女主人はニィっと満足げに微笑んだ。
「お魚なら海の中に沢山いるのにね……」
俺の言葉を聞いていたリオラが小さな口でもぐもぐと咀嚼しながら、ぽつりと漏らした。
リオラはとても頭の回転がいいので、打てば響くような速度で話のポイントを理解してくれる。
魔女と一戦交えた後の「小芝居」もなかなかのものだったし、俺の考えている事をこのメンバーの中では最速で察してくれているんじゃなかろうか?
と、俺の視線に気がついて、リオラがはっと口元を隠す。
「……これ、美味しいですね」
「あ、うん。そうだな!」
リオラは、気恥ずかしそうな様子で、ちいさく笑みを浮かべた。瞳の色は店内のランプの炎で深く濃い色合いに変わっている。
――うーむ、可愛いな。……妹的な意味で。
リオラに「おにいちゃん」なんて呼ばれてみたい。……なんてことは口が裂けても言えないが。
そうえいばリオラはイオラのことを、「おにいちゃん」なんて呼んでいるのは見たことが無いな。同い年だと兄妹でも上下関係というよりは、横並びの友達感覚なのだろうか?
「……? なんですか」
ぼうっとリオラを見つめていたからか、一転、怪訝な顔をむけてくる。
これが思春期少女特有の気難しい一面というやつなので、取り扱い注意のサインだ。
「あ、いや、お兄ちゃんて、呼ばないなーと」
俺は傍らのイオラに目線を向ける。
「イオのことですか? ……呼んでますよ」
「え!? そうなの」
「はい。たまにですけど」
短く答えて再び魚のフライを口に運ぶリオラ。いつ? なんて聞くのも野暮すぎるが、俺はちょっと衝撃を受けて、口の動きがとまってしまった。
おそらく二人で居る時だけ、そっと「おにいちゃん……」なんて呼んだりしているのだろうか? うーむ、イオラめ羨ましい。
ちなみに俺達は丸テーブルに座って食事をしている。ルゥは俺の右隣、その更に右にイオラとリオラという布陣だ。イオラはルゥと魚の骨について話している。筋肉と骨になるとかなんとか。
プラムとヘムペロは俺の左側で、二人とも美味しそうにパクついている。プラムは長旅の疲れも見せずに食欲も旺盛だし、俺はホッと安心する。
丁度真正面にはマニュフェルノが座っているが、食事中は基本的に静かで、おしゃべりしながら食べるような事はあまりない。
眼鏡がテーブル中央のランプに照らされて光っていて表情はよくわからないが、俺がリオラを見ていたときは口元が「△」の形で、今は「▽」の形に変えてみたりと忙しい。以前は残念仲間だと思っていたが、ちょっと女性らしく変身してみたりと、マニュも少しずつ平和な世界で変わろうとしているのだろう。
「マニュ、口の横についてるぞ」
「赤面。女子力低下……」
「あはは」
乾いた笑いで応えつつ、リオラがさっきポツリと漏らした言葉を反芻する。
魔王の残党の連中は、確かに連中は海をねぐらにしているのだから魚で困っているとは思えない。町を困らせる事だけが目的なのだろうか?
無邪気にゴハンを頬張っているプラムとヘムペロをぼんやりと眺めながら俺は考を巡らせる。
『沈黙の国』プルゥーシアの魔女が言っていたように、この町の港や、魔王軍の残党を手駒にするのが目的ならば、市場を襲って魚を奪うのは、一体どういう意味があるのだろう?
港から各国に向かう航路の通商破壊が目的なら、もっと別の攻撃方法があるはずだ。
それこそ直接船を沈めるなりすれば済む話だろう。事実、かつての魔王大戦では、各地で通商破壊、すなわち交易路の寸断が行われた。各国をバラバラにして混乱させ連携を阻害し、魔王軍は国単位での「各個撃破」を目論んだのだ。
その攻撃には当然、船を沈めるという攻撃も含まれていた。巨大なタコのような触手が海中から現れて船に絡みつき、沈めてしまう――。
それは船乗り達から恐れられた海の魔物、ゼラチナス・クラーケンと呼ばれる巨大なクラゲの魔物によるものだ。
紫の魔女が領主トップハムやルゥローニィを操ったように、海の魔物を操っている魔法使いが他にいるのだろうか……。
「そうだググレ殿! そういえば拙者、紫マダムが話しているのを少し思い出したでござるよ」
「む? 何でもいいから教えてくれ」
ご飯を食べて頭に栄養が回り始めたのか、ルゥが目を輝かせる。
ちなみに紫マダムとはルゥを餌で釣って魔法で操っていた魔女、プラティンのことだ。
「役に立つかどうかはわからんでござるが……」
「構わん、教えてくれ」
「魚は記憶力向上にもいいと言っておったでござる!」
「……貴重な情報ありがとう」
確かに青魚にはDHAが豊富だが、ルゥに期待した俺が愚かだった。
「役に立って良かったでござるよ!」
明るい表情で魚のフライをぽいぽいと口に放り込むルゥ。
ルゥにはエルゴノートとファリア、そしてレントミアが「消えた」時の状況を事細かに聞いたのだが、あまり有益な情報は得られなかった。
わかったのは「敵が来て、急に霧が濃くなった次の瞬間、みんなの叫び声が聞こえて、気がつけば居なくなっていたでござる」というものだ。
レントミアが投げ捨てたらしい指輪だけがルゥの足元に転がってきた、ということらしかった。
俺はルゥから渡されたレントミアの指輪をしげしげと眺めながら、くるくると表情の変わる可愛らしいハーフエルフに思いを馳せた。
自分の身に降りかかった敵の「攻撃」に対する防御が間に合わず、咄嗟にこの指輪だけをその身から離した、と考えるのが妥当だが、果たしてそうだろうか?
レントミアはそれこそ肌身離さず銀の指輪を身につけていた。
宿場町ヴァースクリンの露店で買った何の変哲も無い指輪だが、俺とレントミアにとっては大切な「友情の証」だからだ。
「えへへ、似合う?」
指を俺の目の前に差し出して、嬉しそうに微笑んで――。
それを外した意味は……?
と、戦術情報表示が警告音を発し、俺にとある情報を伝えてきた。
――目標A(魔女:プラーティン)移動停止。地図照合開始……特定、「古の灯台」――。
「どうやら、灯台とやらに着いたようだな」
俺は残りの魚を口に放り込んで、戦術情報表示の表示を切り替えた。
<つづく>