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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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★輝石監獄の試練

 俺の結界が、ギィイイン! と悲鳴のような音を立て始めた。

 紫色のラメ入りドレスを纏った魔女が作り出した「結界」は、どうやら人間を操る為だけのもではなさそうだ。

 戦術情報表示(タクティクス)が、()()()()()による耐久限界の警告を発し始めた。


「オーホホホ? あたくしの隔絶結界――輝石監獄(ジュエル・プリズナ)! 例え賢者様ご自慢の結界といえど、ズタズタに引き裂いてさしあげますことよ?」


「く……!?」

「賢者ググレカス! ちいさな……『(ふる)える(やいば)』が、貫こうとしています」

「ググレさま、怖いのですー!」


 プラムが音に恐怖し俺のローブの内側にもぐりこむ。

 妖精メティウスは気丈にも、小さな戦術情報表示(タクティクス)を広げ、結界に干渉しようとする魔法の正体を可視化してみせた。

 魔女プラティンが操る目には見えない極小サイズの魔力糸(マギワイヤー)が、超高速振動しながら、まるでドリルの様に俺の結界を穿孔破壊しようとしていた。

 賢者の結界は並みの魔法攻撃や魔術干渉では破壊できないと判断した上で、強引とも思える「物理的破壊」を目論んでいるのだ。

 

 ―超高周波振動ドリル術式、というわけか……!

 

 それは始めて見る魔法術式だった。


「メティウス、ヤツの魔法の解析を頼む」

「お任せくださいませ、賢者ググレカス」


 メティウスは同時に複数の自分サイズの戦術情報表示(タクティクス)を展開した。この部屋に満ちている魔女が詠唱した魔法の「言語体型(ベーシック)」を解析する為だ。

 

 この世界の魔法はいくつかの言語体型に分かれていて、神や物理事象に干渉しうる神秘的な力を秘めた「言葉(コトハ)」を組み合わせる事で「術式」、つまりは「魔法」をを作り上げてゆく。

 魔法使い達は「魔法」と呼んだり「呪文」と言ったりするが、基本的な考えは変わらない。世界を形づくる事象全てに干渉しうる力を操り、炎を出したり氷を降らせたりするのも、その基本原則に沿った魔法の力だ。

 属する言語体型が判れば、呪文そのものに干渉したり、効果をキャンセルする事もできるのだ、が……。


「賢者グゥグゥレェカァアアス? 手も足も出なくって? では……ディカマランの六英雄の賢者と僧侶も……あたくしが頂いてしまいますこよとよ?」


 魔女プラティンはニィッと口の両端を吊り上げると、呪文詠唱のではなく、片手で複雑な印を結び、魔法を励起させはじめた。

 それは俺の自律駆動術式(アプリクト)と似た高速魔法詠唱を行う為のアプローチだろう。

 ぬんっ! という気迫と共に目を見開くと、魔力の奔流と共に紫色の禍々しい光が放たれて、16層ある俺の結界が、同時に5枚砕け散った。


 戦術情報表示(タクティクス)が、魔法防御壁、5層消失と警告を発する。


 ――こいつ……、俺を……賢者の力を研究していやがったのか?

 

 山賊の襲撃、そして馬車に括りつけられた魔力糸(マギワイヤー)。それらから得られた情報を基に「対賢者用」の術式を組んでいたのだ。

 

「ホホァ? 流石は『賢者の無敵結界』と呼ばれるだけはありますわ! 硬い! コチコチに硬い『心の壁』ですこと! あたくしの救済を、静かなる国への誘いを……ッ! 断る理由などありません事よ? 賢者グゥグゥレェカアァアアス?」


 静かな国への誘い? そんなものは興味は無い。


「くだらん誘いは、断ることにしている」

 俺は戯言には耳を貸さず、戦術情報表示(タクティクス)から戦闘用の自律駆動術式(アプリクト)を選択する。防御があるうちに勝負をつけねば、俺とてあの魔女の操り人形になりかねないからだ。


「あらあらぁ? 賢者ググレカァス? あたくしと戦うおつもりかしら?」


 沈黙の国プルゥーシアの魔女――プラティン・フリーティンは、右手で呪文の印を結びつつ、左手で別の魔法円を空中に描く。

 左右同時に別の呪文詠唱をこなすとは、やはり相当の使い手だ。


 と、虚ろな表情なままのルゥローニィが、まるで魔女を庇うかのようにユラリと立ちふさがった。気がつけばその手には愛用の片刃の剣が握られている。


「オーホホホ? お忘れなのかしらぁああ? こちらには、この……愛らしい騎士(ナイト)さまがいるのですわよ?」


「卑劣。ルゥくん! 目を覚まして!」


 マニュが叫び、結界から飛び出そうとする。だが俺はマニュの腕を掴んで首を横に振る。今は出てはダメだ、この部屋はすでに魔女が生み出した別の空間、隔絶結界なのだ。マニュフェルノでは容易にあの魔女に絡め取られてしまう。


「世界を救った『ディカマランの六英雄』、その中でも特異な存在である『賢者ググレカス』――! どれほどの者かと思って出向いてみれば……ホホホ。この程度(・・)では、バッジョブ様どころか、あたくしが出向くまでもございませんでしたこと?」


 勝利を確信したのか魔女は余裕の笑みを浮かべ、細く節くれだった指先で、盾となっているルゥ顔を背後からなぞった。

 指先は無表情の人形のような猫耳少年の頬を通り、首筋を経て、露出した鎖骨をなぞってゆく。

 ディカマランの中盤を担う剣士(サーベリア)を、まるでオモチャのように弄んでみせる。


挿絵(By みてみん)


 魔女の束縛から開放するには、魔女を倒すか、魔力糸を切断するしかない。


「そろそろ……、俺の我慢(・・)限界(・・)なのだが、貴様らの目的はなんだ?」


「目的……? これから私の輝ける宝石となる貴方は、知っても仕方のないことよ? ですが――、教えて差し上げますわ!」


 はぁ! と目を見開くと紫色の稲妻が床と壁を這いながら、俺の結界を吹き飛ばした。結界が更に三枚消失する。


「オホホホホ! 欲しいのはこの町の港! 一年中凍らない不凍の港! そして、行き場をなくした可愛そうな『魔王の残党軍』! 我が祖国、プルゥーシアの為に……! けれど! 何よりもバッジョブ様がご執心なのは……あなた達ディカマランの英雄なのよ!? あたくしという最強の存在がありながら、あぁ……狂おしい程に愛おしいお方……バッジョブさま!」


 濁った瞳には恍惚と狂気の色が浮かび、蜘蛛の脚のような指先で顔をかきむしる。


 ――なるほどな。そんな事だろうと思っていたがな。


「……操り人形にした俺の仲間達は何処だ?」


「オーホホ? 他の英雄たちなら灯台の……。っと、知ってそうなさるおつもり? 今から私の『宝石』となるだけの貴方がなにを?」


 ――灯台、か。


「助けに行く」

「ホ……?」

 ぽかん、と魔女はあごが落ちたのかと言うほどに口を開く。そして


「ホォォオオオオ! ホ! ホ! ホ! ホ! 身動きすら出来ぬ貴方が!? オホホ! そうね、いいこと思いついたわ……。宝石にする前に、お仲間にすこし痛い目を見せてもらったらその口も利けなくなるかしらぁああ?」


 魔女は黄ばんだ歯を覗かせながら、指先で空中に魔法陣を描き、硬直したままのイオラへと向ける。


「イオ兄ぃいー!?」


 プラムの叫びに振り返ると、イオラが腰に下げた短剣を抜き払い、震える手でそれを両手で構えていた。鋼の冷たい切っ先は俺に向けられている。


「……イオラ」

「う……! ぐっ……さん、身体が……」


 抗えない力に突き動かされるように、イオラは剣を振り上げた。


「オーホホホ? そうね、まずは足を刺しておやり」


 カァ! と紫色の毒々しいドレスを翻して、魔女がイオラに力を注ぐ。

 だが、イオラは必死で剣を振りかぶろうとする自分と戦っていた。肉体を魔女に操られてはいるが、その心は縛られてはいないのだ。栗色の瞳には強い意志の光が宿っている。


「イ……オ!」「イオ兄ィ……」


 リオラとヘムペロも、部屋の隅で座り込んだまま目線だけでイオラを応援する。イオラは歯を食いしばり、強大な操りの糸に必死に抵抗していた。


「オーホホホ? どうなさったのかしら? さすがにお友達を吹き飛ばす事は出来ないのでしょうか? ゆっくりと、刺される気分を味わいなさいグゥグゥレェカァァァス?」


 魔女は高揚した様子で甲高い笑いを響かせる。が、


「フ……フゥ……ハハハハ!」


 俺は堪えきれずに、笑い声を漏らした。

 イオラの剣が天高く振り上げるのには目もくれず、魔女プラティンに冷たい視線を向ける。

 

「ホ……ォ!? し、痴れたか、賢者!」

「フハハ! エルゴノート達の居場所さえわかれば、お前になど用はない」

「な!? 何を言うか、手も足も……出せなかっ」

「いつ俺が手も足も出せなかった? 出さなかっただけ、だ」


 俺は震えたまま突きつけられたイオラの剣先を、人差し指と中指でスッと押さえて止める。


「ぐ……っさん?」


 俺はその身体に絡み付いていた魔女の魔力糸を一瞬でかき消した。イオラの身体がガクリと力を失い、片膝をついた。


「すまんな、苦しい思いをさせて」

「ぐっさん、身体が……!」

「イオ兄ィ!」

兄者(イオラ)。ググレくんが束縛を……解いた!?」


 俺はイオラが立ち上がるのに手を貸しながら、「一気に走ってルゥに切りかかれ」と小さく耳打ちし指示を出す。

 イオラは小さく頷くと、身体の感覚を確かめる様に再び剣を握り直した。

 その剣先は紫色の魔女に向けられている。


「くっ!? バ、バカな!? あたくしの結界内で……そんな! お、ぉ……おのれ! 賢者……グゥグゥレェカァアアアス!」 


 憤怒の表情を浮かべ、顔を醜く歪めた紫の魔女が、どす黒い色味の魔法力を噴出させはじめた。


「これでよいかしら? 賢者ググレカス」

「あぁ、凄いぞ、メティウス!」

「どういたしまして」


 しゃなり、と小さく礼をする妖精に目を細める。

 それは妖精メティウスが魔女の魔法を言語を分析し、俺の手持ちの魔術解読の術式を組み合わせて構築し治した「抗体術式」だった。


「さぁ、俺達の(ターン)とこうか?」


<つづく>


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