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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 ポポラートの魔女

 俺達が事務員に案内されて通されたゲストルームは、飾り気のない部屋だった。

 会議をするときに使うであろう黒い大理石の長机が真ん中においてあり、周りには椅子が十二脚並べられていた。ドアは俺たちが入ってきた入り口のドアと、「執務室」という札のかけられたドアの二つ。窓は三つ有り、傾いた西日が空気中を泳ぐホコリを輝かせている。


 俺とマニュフェルノはいつもの調子で堂々としているが、「町の偉い人」を目の前にしたイオラとリオラは緊張気味だ。

 反面、妙に肝の据わっているヘムペローザは高級そうな椅子に腰掛けてふんぞり返っているし、プラムは「大きい机ですねー、顔が映りますー」とべたーと机に顔を押し付けて遊んでいる。


 ここに来るのは俺とマニュだけでもよかったのだが、ルゥまでもが消えたとなれば、ここは既に「敵地」だ。イオラ達に身の危険が迫るかもわからない今は、なるべく一緒にいたほうがいいという判断での同行だ。


「トップリハム卿、お忙しい折、急な謁見に応じて頂き恐悦に存じます」


 俺は優雅に深々とお辞儀をする。

 マニュフェルノは勿論、イオラとリオラ、そしてプラムも一応それに習う。ヘムペローザだけが「にょほほ!」と椅子でふんぞり返ったままなので、頭を掴んで机の方に捻じ曲げる。


 港町ポポラートを統治する地方領主は、黒いシルクハットにビア樽のような体型、恰幅のいいニコニコと目を細めた顔が印象的な中年紳士だ。


「ホッホ、頭をお上げください。恐れ多いのはこちらの方でございます『偉大なる賢者ググレカス』様、お目にかかれて光栄でございます」


 トップリハム卿はトレードマークらしいシルクハットを取り、礼を返す。そしておもむろに口を開くと、


「実は――、『魔王の残党』を名乗る魔物たちが襲撃して困っているのです、是非『偉大なる賢者ググレカス』様のお力で、この町をお救いください」


 ニコニコとした顔に見えるが、その細い瞳の奥には、仄暗い光が揺れていた。


「…………」

 俺は黙ったまま、トップリハム卿を睨みつけた。

「賢者……さま?」

「困惑。ググレ、くん?」


 リオラとマニュは異変を感じ取ったらしく、俺とビア樽体型の紳士の顔を交互に伺う。

 だが俺は、くるりと踵を返しゲストルームのドアに手をかけると、部屋の外に出た。皆は戸惑いと困惑の表情浮かべ、何事かとすぐに俺の後を追って廊下へと出る。


「ぐっさん、急にどうしたんだよ? あの人に話を聞くんじゃないのかよ?」

「……賢者にょ? どうしたのじゃ?」


 イオラとヘムペローザが問いかけるなか、プラムだけは珍しく真剣な顔だ。


「ググレさまー、あのおじさん……」

「プラムは気がついたか?」

「は、はいなのですー!」


 ぱっと明るい表情で頷く。だが他のメンバーは顔を見合わせるばかりだ。マニュフェルノも気がついたらしく眼鏡を光らせて俺に顔を向ける。


「驚かせてすまない。理由は後で話すが……こういうことだ」


 俺はガチャリと再びドアノブを捻り、ゲストルームへ再び足を踏み入れた。そこにはさっきと変わらない笑顔を浮かべるトップリハム卿が立っていた。


「実は――、『魔王の残党』を名乗る魔物たちが襲撃して困っているのです、是非『偉大なる賢者ググレカス』様のお力で、この町をお救いください」


「え……!?」

「にょ……なんじゃ、こやつ?」


「実は――、『魔王の残党』を名乗る魔物たちが襲撃して困っているのです、是非『偉大なる賢者ググレカス』様のお力で、この町をお救いください」


 温厚そうな中年紳士の瞳は虚ろで俺達を見てはいなかった。ただ決められた言葉を当てはめて繰り返しつづけているだけだ。

 まるでRPG(ロープレゲーム)にでてくる町の人、NPCだ。


「ぐぐれさまー、みつけましたのですー」


 机の下にもぐりこんでいたプラムが、ごそごそと顔をのぞかせた。その手には見えない糸の束を握っている。それはトップリハム卿の全身から伸びていた魔力糸(マギワイヤー)だった。


 プラムは自分の目で見えていたようだが、マニュフェルノは魔力検知の術式の波長を変えてようやく見えたようだ。眼鏡を指でくいくいと動かしてほほぅ? と言う顔をしている。

 

 俺が身振りで「切れ」と指示を出すと、プラムは両手であっさりと魔力糸(マギワイヤー)をひきちぎった。


「実は――、『魔王の残党』を名乗る魔物た」


 トップリハム卿は、5回目のリピートでようやくその口を止めた。まるで電池の切れた機械人形のようにうな垂れると、立ったまま寝てしまった。おそらく無意識下で操られていたのだろう。


「操り人形……というわけだ。エルゴノート達は、どうやらハメられたらしいな」

「ど、どういうことだよぐっさん!」


「『魔王軍の残党による襲撃』という事自体がフェイク、誘い出すための罠だった、ということさ」

「でも、町の人は魔物のせいで船が出せないって……」

 リオラがイオラと同じような表情で疑問を呈する。


「魔王の残党でさえ『操られている』としたら?」


 俺の言葉に皆ははっとして顔を見合わせる。そして完全に動きが止まったトップリハム卿に視線を向けた。


 ――ここに来る途中襲ってきた山賊も操られていた。『沈黙の国』プルゥーシアが裏で文字通り「糸」を引いているのか?


「困惑。じゃぁルゥちゃんは……エルゴノートやファリア、レントミアくんは何処に行ったの?」

「うむ。とりあえず、この引きちぎれた魔力糸を辿っていけば……」


 俺が魔力糸を引っ張った瞬間――、部屋の床、天井、四方の壁に赤い魔方陣の文様が浮かび上がり、外界との出入りが遮断された。


「賢者ググレカス! 危険です!」


 戦術情報表示(タクティクス)が空間遮断術式を検知し、メティウスとほぼ同時に警告を発する。

 

「きゃ!?」「わっ!」「にょほ!?」

 

 ――罠! 

 

「くっ!? みんな、俺の傍に固まれッ!」


 叫んだが一歩遅かった。壁や床から放射された魔方陣の赤い光がイオラとリオラ、そしてヘムペローザを一瞬で包み込んだ。

 悲鳴を発する間もなく、双子の兄弟と黒髪の少女は、石になったかのようにその場で身動きが取れなくなってしまった。

「……ッ!」「う……!」「にょ……」

 

それはトップリハム卿がかけられていたのと同じ、人間の神経節に干渉し外部から操る「操魔師(ウーカイン)」と呼ばれる魔法使いが操る術式だった。


 俺の傍にいたマニュフェルノと、俊敏な動きで机を飛び超えてダイブしてきたプラムだけは、「賢者の無敵結界」にの守備範囲内に居たおかげで影響を受けずに済んだようだ。

 もちろん妖精メティウスも無事だ。

 

「グ、ググレさま! ヘムペロちゃんが! イオ兄ィが! リオ姉ぇが!」

 

 飛び出そうとするプラムをマニュフェルノが押さえる。


「自重。ここから出てはだめ! ググレくんのそばに居て」

「うー! ヘムペロちゃん……!」


 じたばたとするプラムだが、何が起こっているかは直感で理解したようだ。


「賢者ググレカス、この部屋全体に、極薄の隔絶結界を励起する魔法術式が施されていたようですわね……」


 メティウスが俺の襟首から顔をのぞかせて辺りを伺う。魔術の知識はメティウス本人が生前持っていた知識の断片なのだろう。的確な状況判断で「敵」の魔術特性を言い当てる。

 部屋全体に魔方陣の文様が時折稲妻のように光ながら文様を浮かび上がらせている。


「君が閉じ込められていた、図書館の結界に近い……結界か」

「えぇ。太古の英知に通じた魔術師の仕業なのですわ、賢者ググレカス」

「平気か? メティウス」

 意外と冷静な妖精メティウスを気遣う。

「本当は私、怖くて仕方がなくってよ? けれど何故かしら。わくわくするの。『無敵の賢者様』と一緒だからかしら?」

「だがメティウス、残念ながら俺も仲間たちもこの通り、部屋に囚われてしまったようだ……」


 戦術情報表示(タクティクス)を見るかぎり、すぐに命を奪うつもりはないようだ。だが、この術式は、その気になれば心臓を止める事すら可能なのだ。

 俺の結界の防御範囲を広げておけば……イオラやリオラ、ヘムペロを術式の餌食にしなくてすんだのにと、悔しさに歯軋りする。


 ――イオラ、リオラ、ヘムペロ、ほんの少しの間ガマンしてくれよ。


 俺はぐっと怒りを堪え、執務室のドアの向こうに感じ取った「気配」に声をはりあげた。


「出て来ないのか? ……そこにいるんだろう? 沈黙の国の魔法使い」


「――ホ……ホホホホホホ、フゥ……ホホホ!」


 唐突に不快な甲高い笑い声が響き渡った。

 ガチャリと、執務室と書かれたドアが開くと、コツ、コツとヒールの音を響かせて――魔女が現れた。


 青白くこけた頬に鋭くつりあがった目。髪は二つに分けたものを角のように結い上げていて、それはもう見事なまでの怪しさと胡散臭さを「これでもか」と纏った魔女だった。

 服装も紫色のラメの身体にフィットしたドレス風の衣装だ。手には血のような色の水晶が嵌め込まれた杖を持っている。

 俺は、そのあまりのベタな存在感にポカンと口を開けてしまう。


「ホーホホホ、『賢者』ググレェーカァアアアス、噂ほどではあーりませんね? あたくしの結界――輝石監獄(ジュエル・プリズナ)へ、ようこそ!」


 俺は眉をひそめ「魔女」を眺めた。魔女の声に呼応するように、その足元から床、壁へと魔方の模様が、ゆらめきながら広がってゆく。


 策敵結界(サーティクル)に悟られぬほどに気配を完全に消し、部屋に仕掛けた魔方陣の痕跡すら遮蔽する実力は侮れない。かなりの上位魔法使いなのは明らかだ。


「ふん。まずは名乗るのが礼儀であろう?」

「オーホホ、あらやだ。あたくしったら、オホホ。素敵な『宝石』が増えてうれしくって」


 宝石、とは操った人間の事なのだろうが、俺の仲間を渡すつもりなどない。


「あたくしの名は、プラティン・フリーティン! 偉大なるプルゥーシアを収める大僧正であり大魔法使いであらせられるバジョップ様! その寵愛を一身に受ける第一の弟子であり、魔法兵団を束ねる、階層一位の魔女!」


 第魔法使いバッショブ、そしてプラティン。それは山賊を率いていた中年魔法使いが発した言葉の中に混じっていた名だ。


「どうでもいいが、その語り口調がダラダラと長いのは、沈黙の国プルゥーシア人のスタンダードなのか?」


 俺の言葉に魔女プラティンは、ムッと眉間に皺を寄せて不快を露にする。下あごを突き出すと「ほうれい線が」鼻から唇まで溝を作る。魔術で若さを保っているようだが、実際はかなり高齢だろう。俺にとっては興味の対象外だ。


「賢者グゥグゥレェカァアアアス? そのような口、あたくしにきいいていいのかしらん? ねぇ? オホホ! あーやだわ、ストレスがたまっちゃった……そうだわ……こんな時は、ネコちゃんに癒してもらおうかしら? オホホ」


 ぱちん、黒く長い爪の生えた指先を鳴らすと、執務室の奥から、すたすたと、ほっそりとした少年が現れた。

 白い肌着だけを纏ったすらりとした四肢、菫色の髪と瞳、そして特徴的な、猫耳――。


「ルゥ!?」

「猫耳。ルゥちゃん!」


 俺とマニュフェルノは同時に声を上げた。

 だが、その声は届かないらしくルゥの瞳は虚ろなままだ。どうやら、同じ術にかかって動きと心を封じられているらしい。


 魔女はすりすりと、骨ばった指先でルゥの頬と、あごの下をなぞる。


「オホホ、あぁ、可愛いわ! この子はね、私がバッジョブさまから貰ったの。だって……他の三人(・・)はバッジョブ様の……ものだから! ドゥ……ホホホホホホホ!」


 高笑いが俺の耳朶を不快に振るわせる。


「――貴様……!」


 ゴ、ゴゴゴ……! と、俺の耳の奥で血流が唸りをあげ始めた。

 

<つづく>


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