★猫耳エクスプローラ
◇
「猫耳。少年いませんね……」
「あぁ、おかしいな」
港町ポポラートの町外れの駐馬場に「陸亀号」を停車させた俺達は、周辺を探す事にした。
すぐ傍には船付き場もあり、大小さまざまな船が停泊している。
町に着いた途端にルゥが泣きながら駆け寄ってくる……事を期待していた俺は、少々肩透かしを食らった格好だ。
「もう少し探してみるか」
「首肯。わたしも魔法で探してみる……」
マニュフェルノはそう言うと、俺の腕をぎゅっと掴んで瞳を閉じた。
「補助。こんなところで目をつぶるのは怖いので」
「お、おぅ……」
人通りの多い場所での瞑想は不安なのだろう。俺は少し照れつつも、マニュフェルノの呪文詠唱の終わりを待つことにする。
俺は瞑想に入った僧侶の銀色の髪や横顔をぼんやりと眺めながら、これからの事を整理する。
探すのはルゥ本人、もしくはエルゴノート達の乗ってきた馬だ。
ここに勇者の愛馬――白王号が繋がれている可能性が高いからだ。勇者エルゴノートの白王号は純白でとても美しく、鍛え抜かれた威風堂々とした姿は他の馬とは一線を画す。
馬とは名ばかりの、超大型の魔獣かと見紛う体躯を誇っているのでかなり目立つはずだ。
おまけに馬でありながら人並みに賢く、エルゴノート以外の言う事を決して聞かない。俺やファリアが触るだけで嫌がるし、見ず知らずの人間の言う事など聞くそぶりも無い。
イスラヴィアが魔王軍に攻め滅ぼされた際、瀕死の重傷を負った若きエルゴノートを国外に逃亡させたのは他ならぬ愛馬、白王号だったと聞く。
だが、エルゴノート以外ではルゥローニィだけは触っても嫌がらない。おそらく猫獣人の血を引いているせいなのかもしれないが、ルゥが普通の判断が出来る状態ならば、勇者の馬の傍らで待っているのが最善だと思いつくはずだ。
俺達が居る駐馬場は、風除けと日よけを兼ねて常緑の木が数多く植えられていて、木の周りには沢山の馬車や馬が繋がれていた。
よく見れば馬だけではなく水牛やロバのような、運搬に使役される動物も繋がれている。
こうした場所の例に漏れず交易の場ともなっているようで、馬車に海産物を積み込む者、船から魚や品物を下ろす者とでごった返している。路上販売をしているものも多く、時折怒号が飛び交ったりして、港町ならではの、なかなかに活気のある場所だ。
一見しただけでは「魔王軍の残党が襲撃により困っている」風には見えないが……。
と、元気のいい足音が聞こえてきた。
「ぐっさん、師匠の白馬もルゥさんも見当たらないよ」
「こっちにもいませんでした」
港や駐馬場の周囲を探してくれたイオラとリオラの報告を聞いて俺は、むぅ? と首を捻る。双子の兄妹は港の桟橋や、馬のつながれた場所などを手分けして駆け回ってくれたのだ。はぁはぁとさすがに息が荒い。
黄色味を帯び始め午後の日差しが木漏れ日となって、二人の栗色の髪を照らしている。
「ありがとう二人とも。少し作戦を考える時間がほしい。とりあえずプラム達と休んでいてくれ」
「あぁ」「はい」
馬車にはプラムとヘムペローザが待機していた。イオラとリオラは頷くと、あたりを伺いながら馬車へと向かって歩き始めた。
と、リオラが思い出したように振り返り、
「賢者さま、その……関係ないかもしれませんけど、お魚の値段が、凄く高いんです」
「リオ、関係ないだろそれ」
妹の言葉を遮るようにイオラが鼻で笑う。
「いや……、そうでもないさ」
「え?」
イオラが意外そうな顔をする。
「リオラ、俺もそこは見落としていた。値段に気がつくなんて流石だな。主婦……いや、我が賢者のパーティの竈の主だ」
カマドノヌシ、とはこの国のことわざで、その家を管理しているしっかり者の女主人のような意味を持つ、まぁひとつの褒め言葉だ。
「あ……はい。それと……言い争っている商人と猟師さんを見ました」
「あ! それなら俺も見たぞ『倍とはなんだ!』とかなんとか、ケンカみたいになってた」
「なるほどな。平和に見えても、市場は混乱しているんだ。……確かにここ数日、価格が以上に高騰しているな」
検索魔法でこの町の会計管理の台帳を盗み見たかぎりでは、数日前の襲撃事件以来ウナギ昇りに価格は高騰し、一部の卸業者に莫大な富をもたらしているようだ。
魔王軍の残党が襲撃してきたとなれば猟師達は海へ出られない。船を出せなければ魚が取れず、結果として需要と供給側のバランスが崩れ、価格の高騰が起きる。
――混乱で困る者と富める者が生まれる構図は、何処の世界でも同じというわけだ。
裏で越後屋と悪代官がグヘヘと嗤っている訳ではあるまいが、何かまだカラクリがありそうだ。
「リオラ、イオラ。やっぱりお前達が一緒に居てくれると助かるな。俺なんか馬と猫ばかりに気を取られていたよ」
冗談めかして言うと、リオラはくすりと微笑んで、軽やかな足取りで馬車へと向かっていった。
確かに耳を澄ませば、船を出せ、倉庫が空だ、値段が高い! と、そんな不満の声が聞こえてくる。やはり残党軍の襲撃はボディブローのようにこの町を苦しめているのだ。
しかし俺は周囲を見渡しつつも、どうしたものかと思案する。
エルゴノートたちはのみならず、肝心のルゥの姿が見当たらないのでは人探しの手間が更に増えた事になるからだ。
無論、イオラ達を走らせておいて、俺も遊んでいたわけではない。
策敵結界の探知範囲を最大直径まで広げ、町のおよそ半分ほどを走査していたが、ルゥらしい反応は検知できなかった。
魔力糸の特製上、建物の中までを調べられる訳ではないので、暫定的な確認にしかならないが。
「賢者ググレカス、領主公館に行ってみては如何かしら?」
「メティウス……。そうだな、それが賢明かもしれない」
そっと耳元で妖精メティウスが囁いた。あまり目立たないようにという俺の言葉に従い、賢者のローブの襟首の内側に座っていたのだ。
公館に行こうというのは元王族らしいもっともな意見だ。このまま町を彷徨っていても手掛かりはつかめないだろう。
そもそも「魔王の残党に襲われている」とメタノシュタット王政府に救援を依頼したのは他ならぬ港町ポポラートの領主なのだ。
こうした町は古来よりそれぞれの地方を納めていた村長や地主などの「実力者」が、メタノシュタット王国に編入される形で「伯爵」「男爵」などの爵位を得て、王政府の委託を受けて領地を統治している場合が多い。
「賛成。わたしの力では見つけられない。けれど、町の中心部に……向かえと魔法が囁いている気がする」
先ほどから目をつぶり瞑想していたマニュフェルノが口を開いた。精神を集中し、ルゥの気配を感じようとしていたのだが、結果は芳しくないようだ。
マニュは俺の腕を掴んだまま、曖昧な言葉をつむいだ。
「そうか、マニュがそう言うなら、そうするのがよさそうだ」
俺の策敵結界のアナログ版とでもいえるマニュの魔法は、占いで探し物を見つけるのような曖昧なものだ。だが時に思わぬ収穫をもたらす事がある。
例えば俺の策敵結界や魔力糸は、「落ちている銀の鍵を探そう」と思っても上手くいかない。何故なら俺の策敵結界は、敵の魔力波動を魔力糸の振動として検知し、その振幅の違いで敵の種類や強さ、移動速度などの空間情報を分析し結果を戦術情報表示という形で表示する仕組みだからだ。
その点、マニュフェルノの祝福は様々な応用が利く。「落ちている銀の鍵を探したい」事に関して「祝福」を詠唱すれば、「右の方かも」「近いかも」という曖昧で漠然とした形ではあるが、着実に近づけるのだ。
それは昔から伝わるダウジングや「まじない」の延長だが、侮れない。
「出発。では、いきますか」
「う、腕は……掴んだままなのか?」
「雑踏。転びやすいのですけど」
マニュはすまし顔のまま特に表情を変えずに、メガネを指先で直す。
無下に振りほどいて歩くというのも賢者として、いや、男としてどうか……と思う。
「そ……そうか、うん」
「賢者ググレカス? お耳が赤くてよ?」
「っ!? メティウス……その、言わなくていいよ」
「あら?」
ほほ、と楽しそうに口元を小さな小さな手のひらで隠す妖精メティウス。
あえて気がつきたくない事もあるのに、妖精のいたずらというものは厄介だなぁ。
◇
半刻ほどの後、俺達は町の中心部の地方領主の公館、いわゆる領主公館のゲストルームに通されていた。
公館は特に変わった点は見当たらず、淡々と事務をこなす職員達が忙しそうに書類を整理している。どこか場違いな感じを受けつつも、事務的な会話を二言三言交わしただけで、あっさりと港町ポポラートの領主である、トップリハム卿と面会する。
黒いシルクハットにビア樽のような体型、恰幅のいいニコニコと目を細めた顔が印象的な中年紳士だ。
「トップリハム卿、お忙しい折、急な謁見に応じて頂き恐悦に存じます」
俺は賢者であればこその礼節を重んじ、深々とお辞儀をする。
――ん?
礼をしつつも俺は、明確な「違和感」を感じていた。
<つづく>