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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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★海と、夏への約束

 ◇


 昼が過ぎて陽が傾きはじめた頃、俺達は港町ポポラートの領地へと足を踏み入れていた。


 山賊と翼竜に遭遇した森は、遥か後方の地平線に黒々とした帯のように遠ざかり、背の低い草に覆われた乾いた丘陵地帯の中を、馬車はひた走っている。

 ワイン樽にスライムを詰め込んだゴーレム、スターリング・スライム・エンジンは安定した出力を維持し、鉄の蹄で地面をリズミカルに蹴り続けていた。


 時折、魚の加工品を積んだ荷馬車とすれ違う。干した小魚を詰め込んだ袋を満載にしているらしく、おこぼれを狙うカラスや小型の翼竜が上空を舞っている。この時間から西に向かう馬車は、俺達が通り過ぎてきた宿場町アパホルテで宿を取るのだろう。


 揺れる馬車の御者席でプラムは隣に腰掛けて景色を眺めていたが、海産物が醸しだす香りが風に乗って運ばれてくると、すんすんと鼻を鳴らした。


「なんだか、美味しそうな匂いがするのですー?」

「魚を干したものを積んでいるんだ、肉だけじゃなく魚もうまいぞー」

「ほぉー……」

 馬車とすれ違うたびに、まるで食べ物を見るような飢えた目つきで身を乗り出すプラムに、相手の馬車の御者が苦笑を返す。


 そういえば、目の前の小高い丘を過ぎれば海と(ポポラート)が見えてくるだろう。と、馬車の後ろの荷台から何やらマニュの声が聞こえてきた。


「聴取。イオくん、もうすこし詳しく教えて」


 真剣な様子でイオラに質問をしている。真面目にメモなんか取っているが、また作品作りのための取材だろうか?


「あ、あの晩は一部屋しか無くて、ベットが少ないから……って」

「勿論。それは知ってる。私とファリア姉さんがシャワーから帰ってきたら、イオくんエルゴノートと一緒に寝てましたよね? そこ、今回の事件に関わる重要な部分なんですよ?」


 キリッとメガネを片方の指で持ち上げて。


「えと、あれは……その、エルゴの師匠が『俺は床でいい』なんて言うもんだから、そういうわけには行かないです! って言ったら、じゃぁ一緒に寝ようとかそういう流れで……」


 しどろもどろとするイオラは、まるでマニュに取調べを受けているかのようだ。

 ほほぅ? と手元の手帳、通称マニュフェルノスケッチに書き記していく。小さな手帳の中身はいろいろな創作アイデアを書き溜めてあるらしいが……、何が書いてあるかなんて聞く気にはならない。


「…………」

 怖いと言えば、マニュ背後で無言のままイオラを見据えているリオラの顔が怖いぞ。


「筋肉。イオくんは、エルゴノートの胸板を触っていましたよね?」

「あ!? あれはついその、すげーなっていうか、触ってみろって言われて……」


「…………」

 妹のリオラが眉根を寄せて瞳を細める。せめて何かツッこんでやれよ!?


 イオラ困惑の眼差しを俺に向ける。別にイオラは何も悪い事はしていないわけだし「師匠と弟子のスキンシップ」なんてあたりまえじゃないのか?

 マニュの興奮ポイントがわからんな?

 俺はイオラが少し可愛そうになり、助け舟を出してやる。


「まったく……それは大分前の話じゃないかマニュ? それに、お前たちはその後巨大怪獣(デスプラネティア)と戦ったんだろ。今回の失踪とは関係ないさ」


 するとマニュはぱたん、と手帳を閉じて俺の方を振り返る。切りそろえた前髪と、ゆる結びにした二つのお下げ髪が揺れる。

 メガネの鼻緒を白く細い人差し指で持ち上げるポーズはどこか()っぽい。


「事件。今回のエルゴノートやファリアさん失踪に関して、何かヒントはないものかと……」

「事件も何も『魔王の残党』が犯人だろ?」

「図星。ぐぅぬ……」


 俺は呆れ顔で溜息をついて、馬車の進行方向に顔を戻す。

 と、マニュの声が響く。


「直感。女の勘、事件は繋がっている気がするの」

「何と?」

「残党。と……山賊と」


 頭の中はいつも桃色発酵かと思いきや、マニュも侮れないな。


「むぅ……。その点に関して同意だが……な」


 俺はチラリと馬車が牽引するワイン樽の台車に視線を走らせた。

 確かにまだ極細の髪の毛よりも細い魔力糸(マギワイヤー)が繋がっている。良く伸びる糸だと内心舌を巻く。

 ルゥローニィは最後の指輪通信で『接敵遭遇(エンカウント)、戦闘開始、直後に異変が――』と言っていた事からも魔王の残党軍の関与は明らかだ。

 だが気になるのは山賊の襲撃と、彼らを背後で操っていたと思われる謎の存在だ。現に今も俺達を監視している謎の魔力糸(マギワイヤー)は馬車に繋がったままなのだ。

 もちろん、気づかない振りをしてはいるが完全放置と言うわけではない。

 会話の盗聴が目的なのはその魔力糸(マギワイヤー)の解析からも明らかだった。そこで俺は魔力糸をバイパス接続し、「プラムとヘムペローザのアホッぽい会話」を悟られぬようにランダムで再生して延々と聞かせている。せいぜい頭痛を覚えるがいい。


 だが、謎の敵が存在するとなれば、考えまいとしていてもエルゴノートやファリア、そしてレントミアの身を案じてしまう。

 勇者エルゴノートはとんでもなく強いしタフだ。どんな状況になっていようともきっと大丈夫だろうと思えるが、ファリアは仮にも女性なのだ。もし敵に捕まっていたとして……その、いろいろと大丈夫だろうか?

 レントミアだって魔法は確かに超一流だが、華奢な身体はあまり丈夫ではないのだ。それに見た目があの通り可愛いのだから、縛られて抵抗の出来ないレントミアに「邪悪な劣情」を催すような許しがたい敵がいないとも限らない。


 ――ぐぁああ……!? ダメだ。考え出すとキリがない! 

 

 『ググレ、疲れたからおんぶして』

 かつての旅の途中、すまし顔でそんな風に言っては背中に飛び乗ってくるハーフエルフの身体はとても軽かった。降りてくれー!? と頼んでも「先生を敬ってよ」といいながら、背中にへばりつくレントミアに戸惑うばかりだった。


 そんな思い出が頭をよぎる。

 俺は海を見て目を輝かせるイオラの横顔を盗み見る。まぁ、師匠と弟子というのは、どこでもそんなものなのだろうな。


「心配。大丈夫かな、みんな……」

「そうだな……」

 マニュも同じような事を考えていたのか、神妙な面持ちで馬車の進む丘の先に視線を向けている。

 

「あ!」「わ!」


 丘を越えたとき視界が急に広がった。一面の青い水平、それは――見渡すかぎりの海だった。


「おぉー!? 青い! 広い! ひろいのですよググレさまー!」

「にょほぉおお、海にょ!」

「イオ……きれいだよ!」「あぁ!」

「賢者ググレカス、これが海なのですね!」


 馬車の全員が一斉に歓声をあげる。やはり海は何度見ても心躍る光景だ。

 青く、水平線の果てまでも見える海原は遥か彼方まで続いている。雲は夏のように巨大な積乱雲こそ見当たらないが、午後の光を浴びて白く輝いている。


挿絵(By みてみん)


「大海。『碧の海』、きれい……」

 マニュフェルノがメガネの奥の瞳を丸くする。


 蒼の海、それはメタノシュタット王国の東に広がる海の名だ。

 丘を下るように続いてゆく道の先に、街が広がっていた。港には大小さまざまな船が何艘も停泊し、何隻かは白い帆を広げている。おそらく世界中の港を回る世界航路へと向かう船だろう。

 

 港町ポポラート。メタノシュタット王国にある最北端かつ最東端の港に俺達は到着したのだ。


「ググレさまー、不思議な匂いがしますですー」

「海の匂いさ。そういえばプラムは海は初めてか……」

「初めてですけど、ヘムペロちゃんと絵本で見ましたよー、えと『なつ』に遊びに行く、塩味の水たまり、なのですよねー?」


 プラムの姿は十歳程の少女だが、実際は生後3ヶ月そこそこだ。当然、海だって見たことがない。春と言う季節も、うだるような夏の暑さも知らないのだ。


「はは……、水溜りには違いない。今は寒くて遊べないが、夏に海で泳いだり遊んだりするのは楽しいんだぞ」

「おぉー? プラムも遊びたいのですー! ヘムペロちゃんやリオ姉ぇ、マニュ姉ぇさんと……とにかく全員、みんなと海に来たいのですー」

 えへへ、と無邪気に笑うプラム。


「あ……あぁ。そうだな、今度……な」


 ――いや、違う……。それじゃダメなんだ。

 

「必ず来よう、『約束』だ」

「やくそく、なのですねー?」

「あぁ、そうさ」


 俺は自分に言い聞かせるように力強く声を弾ませて応えて、頷く。


 ――必ず来よう。夏になったら、またこの海へ。


「でもググレさま、海に『なつ』があるのですかー?」

 うぅ……。わかってないなコイツは。


 首をかしげて俺を見上げるプラムの頭の中で、どういう記憶処理が行われているのか知る由もないが、夢を壊すような事を言うのは無粋と言うものだ。


「いいか、夏という熱い季節がくるんだ。あつい太陽に輝く海! 汗ばむ肌に女の子の水着! きゃっきゃうふふと海辺で追いかけっこしたり……。とにかく……楽しいのさ!」

「ほぉー!?」


 プラムが口を半開きにして、目を輝かせている。


 ちなみに俺は、「楽しい海の思い出」と言うものを経験した事が無いので、『これからしてみたい』と言う意味で言っただけだ。


 ――今年の夏は、皆で海に遊びに来るのも悪くないな。


 思い返せば、プラムが生まれたのは夏も終わった頃で、バタバタと冒険をしているうちに気がつけば秋になり、そして……冬がきてしまった。

 やがて季節が巡れば麗らかで暖かい春が来て、爽やかな新緑の初夏を過ぎ、そしてむせ返るような真夏が来る――。

 そんなごく当たり前の、季節が巡る事をプラムに教えてやるのだ。

 根本的な治癒の薬の製造は延び延びになっている。けれど、薬を作り出せれば、この先何度でも見せてやれるのだから。


 気がつくと俺は、楽しそうに景色に目を輝かせているプラムの手を握っていた。小さくて冷たくなった手が俺の手のひらをぎゅっと掴んでいる。


「ググレさまー、ヘムペロちゃんと図書館で読んだ絵本には、夏は『うみがっしゅく』『みずぎかい』なんてのもありましたよー?」


「いったいどんな絵本なんだよ……」


 海の光景を半眼で眺めつつ、馬の手綱を操って馬車をポポラートの駐馬場へと滑り込ませた。


 ――さぁ、まずはルゥローニィを探さねば。


<つづく>


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