プラムの飴は、塩の味
「プラムも、プラムもググレさまの役に立ちたいのですー!」
プラムはそう言うと真剣な眼差しを俺に向けてきた。
馬車はさほど早くない速度で東へ伸びる街道を走っている。道幅は狭く、馬車二台がすれ違える程度しかない。王都から東西南北に延びる「街道」に比べれば、田舎道と言っていい。左右は山賊たちに襲撃された時よりは見晴らしの良い、明るい森が続いている。
冬だというのに緑の葉を茂らせた木が目につくのは、海からの暖かい風のせいで植生が違うからだ。
港町ポポラートはメタノシュタット王国の最東端であり最北端の国境に位置する町だが、海流の影響で冬でも雪の降らない「不凍の港」だ。……もちろんこれは検索魔法で事前に収集した知識だが。
俺達はワイン樽のゴーレム12体も積み直し、再び港町ポポラートを目指していた。
――役に立ちたいって……、俺の?
俺は突然のプラムの訴えに困惑し、隣でゴトゴトと揺られているプラムの顔を見た。
竜人の血が混じる少女は、メタノシュタットの街を歩いても滅多にお目にかかれない美しい緋色の髪と瞳が特徴的だ。リオラに結んでもらったお気に入りのツインテールが風になびいて頬に幾筋かかかっている。
顔だって(こうして大人しくしていれば、だが)なかなかに可愛らしい。
頭の中は見た目どおり子供っぽくて、食べ物にはまるで目が無い。屋台の前にヘムペロと二人で張り付いては潤んだ瞳で俺を見上げてくるので、仕方なく串肉を買い与えた事は数知れない。それでも屋台の主に「お嬢ちゃん可愛いね、おまけだよ!」と肉を一切れ余分にもらって喜んだりと、愛されやすい属性を持っているのだと思う。
「役に立つも何も……、俺はプラムが居てくれればそれでいいんだがな」
ポツリとそんふうに答えると、プラムはふるっと首を振った。
「それだけじゃ、イヤなのですー」
「プラム……?」
人造生命体として世界に生み出してしまった「命」は、今にして思えば、俺自身の寂しさと孤独を紛らわせる為に戯れに造り出したものだ。
最初は巨乳にしておけば……なんて邪な事も考えたが、無垢で無邪気なプラムを見ているうちに、親心のようなものが俺の中で大きくなり、いつしか――ずっとこのままでいてくれたら嬉しいな、とさえ思っていた。
「ヘムペロちゃんみたいに……なでなでしてもらいたいのですー!」
プラムは頬を膨らませて、困ったような、泣きそうな顔で眉根を寄せた。
あぁ……、そうか。
きっと「ヤキモチ」をやいてしまったのだ。
俺はさっきヘムペローザの頭を撫でて、そのあと「間違った魔法の使い方」を正してやろうと、多少ドツキ回した。プラムの目にはあれが「仲良くじゃれあっている」ように見えたのだろう。
「うーん? プラムだって俺を図書館で助けてくれたじゃないか。プラムは今でも沢山役に立っているぞ」
「うー……」
一体なんなんだ?
こんな時こそ書籍と少女の橋渡し――妖精メティウスの出番だが、今はぐっすりと休息モード中だ。
盗賊との戦闘時、メティウスには12体の量産型ワイン樽ゴーレム「樽」を操る術式の制御を一部頼んだのだ。それは相手からの攻撃に対して陣形を立て直すという仕事だった。
メティウスは小さな体で戦術情報表示を操り、ブルーオーガの撃退に一役買ってくれた。いつもはおしゃべり好きな妖精メティウスだが、仕事に集中すると黙々と真剣な様子で任務をこなしてくれた。
「ひとにはそれぞれ、出来ること、出来ない事があるんだ。だから仲間で助け合うしかないんだが、プラムだって……」
「……プラムにもググレさまを助けてあげられますかー?」
「う、うん」
いくら検索魔法でも相手の気持ちと言うものだけは調べる事はできないのだ。特に子供や女の子の気持ちは、いくら賢者を名乗ってみても判らない事の方が多い。
女の子は難しいなぁ……。その点、男の子はスッキリとわかり易いし楽だなぁ……。思わずイオラとリオラのほうを振り返り見比べる、と。
「賢者さま、プラムちゃんは『頼まれたい』んだと思いますよ」
リオラが俺の背後から顔を覗かせて、そっと耳打ちをした。顔が結構近くて唇の柔らかな動きなんかに目を奪われてしまう。
にこり、と目元が笑っている。
「頼まれ……たい?」
その言葉を反芻しはっとする。
俺はさっきヘムペローザに「魔法で山賊どもを縛ってくれ」と頼んだ。山賊に襲われた時はイオラには馬車の後ろを護れと頼んだし。マニュニもリオラにも、いつも「お願い」ばかりしている。それは仲間としてその力を見込んでのことだ。
――そうか、俺はプラムに何も「頼みごと」をしていないのだ。
それは「子供だから」「アホの子だから」「身体が弱いから」と何かに理由をつけて、プラムを守ろうとしての事だ。だが、結果的にそれは「必要がない」と言っているのと同じ様に、感じとってしまったのではないだろうか?
「……ったく、そんなことにも気が付かないなんて、俺はダメだなぁ」
「そんなことありません。賢者さまはプラムちゃんをとても大切にしているんだと思います」
リオラははっきりとした声でそう言って聡明な瞳を細めた。そして、うな垂れているプラムの両肩をむにゅと掴んで、耳打ちをする。
「一緒にお昼ごはんの準備しましょ」
「はいなのですー」
リオラの耳打ちに、プラムはぱっと明るい表情になって立ち上がった。
「お昼ご飯は、走りながらでも食べられるようにサンドイッチを作ります。えと、夕べの残りのパンとお肉と野菜で、……あり合わせですけど、ダメですか?」
「あ、あぁ! 嬉しいな。アパホルテの町で昼食をとる時間が要らなくなるし、助かるよ」
「はい」
リオラは明るく頷くと、馬車の荷台に戻り作業をはじめた。
俺は少し考えて、プラムを呼ぶ。
そうだ。プラムに出来る事、それは
「プラムのお仕事は、俺を怪しい敵から守るスーパー凄いシークレットセキュリティってのはどうだい?」
「ほ……ほぉおおー? シークすごいセキュですね? わかりますー」
意味も解らないまま、嬉しそうな顔をするプラム。
むふん! と鼻息を荒くしている。
実は俺以上に魔力糸を見たりする魔力検知の「波長の幅」がプラムは桁違いに広いのだ。
もちろん俺でも見つけ出せなくはないが、自然な状態で目視できるプラムの能力は、俺にとってここから先かなりの助けになるだろう。
実際俺はメタノシュタットの図書館で救われてもいる。
危険な目には合わせたくないが……それぐらいはプラムでも出来るだろう。
「出来るかい? 怪しい魔力糸を見つけたら、すぐ知らせてくれ」
「はいなのですー!」
しゅたっと変な敬礼をして回れ右。だけどその顔には自信が満ち溢れているように見えた。
「あ、そうだ、ググレさまにプラムの飴玉をあげるのですー!」
プラムは手で握っていた赤い飴玉を俺の口にぐいっと押し込んだ。途端にイチゴのような甘い香りが広がった。
「お、さんきゅ……、ん? なんでしょっぱいのだ?」
それはなんとなく塩っぽい味がした。塩アメか? 熱中症には塩分が……って
「えー? 甘ぁいアメなのですよ? ……プラムがずっと握っていたのですけど」
「うぐぇ!?」
<つづく>