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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆2章 二人目の相談者(ミニクエストに出かけよう! 編)
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 ニート賢者、外に出る

  見上げれば空は青く、太陽は天頂から僅かに傾きはじめたばかりだ。

 白いちぎれ雲がぷかぷかと浮かび、麦畑の上に薄い影を落としてゆく。


 ――疲れた……。


 俺は立ち止まり、ふぅと溜息をついた。

 ここ数カ月の隠遁(ニート)生活が板につき、あまり外を出歩かない俺は、歩くだけで既にエナジードレインを喰らっているかのように消耗する。


 心地の良い風を感じ見回せば、穂の色づきはじめた麦畑が遥か遠方の森まで続いている。

 道は平坦だが『目的地』はその森だ。

 ここは俺の屋敷からほど近い村はずれ。

 傍らには金髪美少女のセシリーさん。とはいえデートでは無い。


 ――森に出る魔物を退治してほしいのです。


 村一番の美少女、セシリーさんの願いを俺は快く聞き入れた。

 旨いことを言われてまんまと誘い出された気がしないでもないが、セシリーさんがそんな男を手玉に取るような邪な事を考えるなんて絶対ないはずだ。

 ほら、今だって俺を見てニコリと微笑んでくれたし。

 これはフラグの気配がビンビンするぜ。

 歩くたびに艶めく長い金色の髪とか、たゆんと揺れる胸とか……全てが天使!


 ――魔物だろうがなんだろうが、俺がいる限り心配はいりませんよ(キリッ)


 そう言って引き受けた以上、かっこよく魔物を駆逐するまでだ。


 セシリーさんの話では、この時期は森で野イチゴが沢山取れるらしい。

 フィボノッチ村名産のイチゴジャムは、差し入れのサンドイッチにもたっぷりと塗ってあった……らしい。(プラムのせいで食べてないが)

 大切な収入源である森の恵みが採れないとなれば、俺が普段世話になっている村のみんなは大層困るだろう。


 凶悪な魔王とその眷属相手に戦い、勝利してきた高レベル賢者である俺にとってはこんなものは絵に描いたような『初級クエスト』なのだが……。


「ググレさまググレさまー! あれは何ですかー!?」


 少し先を歩いていた人造生命体(ホムンクルス)のプラムが、道端の木によじ登って遠くを指さす。メイド服が気に入ったらしく、そのままの格好で道端の木によじ登っている。

 長い赤毛はツインテールに纏められていて、ロリメイドが俺の趣味だとセシリーさんに思われているんじゃないかと不安がよぎる。


 プラムはとにかく元気だ。大好きなチョウを追いかけたり道端の花を摘んでみたりとせわしない。

 村に行く以外は屋敷にばかり居るプラムにとっては見る物すべてが珍しく、まるで遠足気分だ。


「おい触手! 魔物でもいたのか?」


 納屋の奥から見つけたという錆びた短剣(ショートソード)を振り回しているのは、勇者志望の少年――イオラだ。

 半そでシャツにズボン。普段着姿で腰に錆びた剣だけを下げた姿は、夏休みに野山でチャンバラをする子供と大差ない。

 ちなみに『触手』というのはプラムの事で、仮想空間内で妹のリオラを触手攻めにしたことを根に持っているらしい。意外と執念深いヤツだ。


「イオ、剣を振り回したら危ない」


 剣を抜身で振ってみせるイオラを、冷たいジト目で眺めながら常識的な意見を淡々と述べるのは、妹のリオラだ。

 イオラの双子の妹で、その栗色の髪と瞳はよく似ているけれど、兄とは正反対にしっかりした落ち着きのある女の子だ。

 服装はこちらも普段着。ワンピースを飾りのついた腰ひもで緩く縛ったシンプルな、この地方のではよく見かけるものだ。

 リオラは笑うと可愛くて、なんていうか……俺の妹になって欲しい。

 双子の兄妹は首からペンダントをぶら下げている。それは俺が先日与えた勇者の試練を乗り越えた証、魔法のお守りだ。


 そして俺の傍らで賑やかな様子を穏やかな天使の笑みを浮かべて眺めているのは、セシリーさん。村一番の美少女の呼び声の高い村長の娘さんだ。


 俺とは歳が近くて、会話も弾む……予定だ。


 今のところ天気の話題と今年の麦の出来について会話を交わした程度だが、これからイチャラブのセシリールートに突入してゆくはずだからな!


「……プラム、あれは牛だ。お前の好きなチーズとか干し肉の材料だよ」

「肉ー!? おにくなのですー!」

「家畜に食いついたらお前を退治するからな!」


 ヨダレを垂らすプラムに俺は嘆息しながらツッコミを入れる。


 俺は改めてこの珍妙な一行を見回す。

 美少女とはいえただの村人に『勇者志望』の双子の兄妹、それにアホっぽい女の子。

 仮にも魔物退治を目的としたパーティとは思えない布陣だ。

 俺は遠足を引率する先生か。


 まぁ、こんな王都近郊の村に現れる魔物だ。せいぜい土地の瘴気が溜まって自然発生するような低級なヤツだろう。

 ――だが気は抜けない。賢者として最年長の引率者として、セシリーさんとリオラの安全と信頼は確実に確保しておきたい。あ、イオラは多分大丈夫だろう。


 俺は道を歩きはじめた3人に視線を合わせると、戦術情報表示(タクティクス)を浮かび上がらせた。これは賢者である俺が考案し、自ら組み上げた戦術に必要な情報を映し出す、魔法の「窓」だ。

 今は俺にしか見えない限定可視モードで浮かび上がらせている。


 ――自律駆動術式(アプリクト)存在測定(ステータス)


 呪文を視線で選択し、自動詠唱(オートロード)させると、先を歩くイオラとリオラの体力や状態を魔力糸(マギワイヤー)が測定し、四角い半透明窓へと映し出してゆく。


 これは俺の検索魔法(グゴール)を応用した、仲間の状態をモニターする為の「戦術情報表示(タクティクス)」という自律駆動術式(アプリクト)だ。


 もちろん、これは敵に対しても有効な魔法だ。


 敵の体力、魔法力を「大まかに」表示可能なのだ。

 

 一括管理するこれらの情報を基に、俺は最適な戦略を立案し、安全かつ効率的に敵との戦闘を進めるのだ。これが俺の賢者の魔法のもっとも基本かつ重要な魔法となっている。

 この基本戦術は仲間がたとえ遠足気分のイオラ達でも変わりは無い。


「まぁ、イオラもリオラも普通の少年少女……といった体力だが。……んんっ!?」


 俺は思わず声をあげた。


 表示されたプラムの体力値が、なんとイオラよりも上なのだ。

 俺が思わずもらした声に、セシリーさんが少し驚いたように俺に視線を向けた。

 

「ど……どうかなさいましたか、賢者様?」

「あ! いや、なんでも……」


「そうですか」


 魔物でも出たのかと思ったらしく、セシリーさんは不安げな表情で周囲を見回している。

「大丈夫ですよ、私がいる限り危険はありません」

「はい、賢者様……」

「…………」


 相変わらず会話が続かない。

 セシリーちゃんは笑顔なのに、何を話していいのやら。気が利いたセリフが思い浮かばないのだ。

 俺は別に無口じゃない。

 友達……、いや『ディカマランの6英雄』の仲間達とは、元いた世界では考えられないくらい普通に語り、笑い、怒ったり泣いたりしたものだ。


 ――あの頃は死にかけてばかりだったけれど、毎日が楽しかったな……。


 きゃっきゃとじゃれ合いながら先を行くイオラとリオラ達を、俺は目を細めて眺めていたことに気が付いた。


 いやいや。

 今はそれはいい。

 問題はプラムの『ステータス』だ。

 体力値がイオラやリオラよりも上なのだ。

 身体つきは小さく、見た目は10歳そこそこの少女なのに、だ。

 

 ――やはり、錬成したときに使った竜人(ドラグゥン)の『血』のせいなのか?

 

 プラムが三日間という寿命を超えて、生きながらえている理由の一端がこれなのかもしれない。僅か五%程混入した強靭な種族――竜人族の血。

 俺が千年図書館(サウザンド・ライブラリ)を検索して辿り着いた人造生命体の精製法には、秘密の材料として記されていたからだ。


「ググレさまー! はやくはやくなのですー!」


 屈託のない笑顔で、プラムが手を振って招く。


 俺は歩きながら、手元の戦術情報表示(タクティクス)をしばらく眺めていた。


 ◇


 一刻(※約一時間)ほど進んだところで、俺達は森の中へと足を踏み入れた。

 森、といってもさほど暗くはなく、鳥のさえずりや、遠くからはのんびりとした牛の鳴き声も聞こえてくる。

 確かにこれならば、村の女の人たちがイチゴ摘みやキノコ狩りに来るのも頷ける。

 周囲を見回すと木の根もとに沢山の野イチゴの茂みがあって、赤く色づいた実がたわわに実っている。


「わぁ! 野イチゴなのですー!」

「こら、勝手に喰うんじゃないプラム!」

「あまいー! 甘くておいしいのですよー!?」

 俺の静止も聞かず、プラムがもしゃもしゃと食べ始める。

「まったく触手は見境ねーな、もぐもぐ……んま! んま!」

「イオ兄ぃには負けないのですー!」

「なにを触手!?」

 ばくばくばく!

 ……イオラも同じ穴のムジナじゃねーか。

 

 まぁ、しばらくは大丈夫だろう。俺は近くの切り株に腰を下ろした。

 俺は周囲に魔力糸(マギワイヤー)を展開する。

 センサー代わりに魔力糸を円形に配することで、索敵結界(サーティクル)を形成し、視界の悪い森での奇襲を避けるためだ。


「リオラ、一緒に摘みましょ」

「はいっ!」


 セシリーさんがリオラの手を取って誘い、二人はイチゴを摘み始めた。

 美少女二人が赤く熟した果実を摘む姿。それはなかなか絵になる。

 自然と笑みがこぼれる二人の顔を、俺はぼんやりと眺めた。


「痛っ……!?」


 リオラが眉を曲げて手を引っ込める。

 どうやら野イチゴのトゲを刺したようだ。

 と、セシリーさんが躊躇うことなくリオラの細い指先を唇に含んだ。

 金髪美少女の可憐な唇が、年下の少女の指先を吸う。

 ちゅっ……と少し念入りすぎやしないだろうか?


「あっ……ぁ……、セシリーさま……」

「んっ。リオラ、気を付けてね」

「はぅぅ、はい……」


 赤く上気したリオラの頬を、セシリーさんは妖しく笑みながら撫でた。


 ――ほぅぁ!? ゆ、ゆり百合!?

 

 というか、それは俺がセシリーさんとやる予定だったイチャラブですよね!?


 ――その時。


 くんっ……! と、張り巡らせていた魔力糸(マギワイヤー)を何者かが越えた。


 冷たく、臭い、嫌な感触が、魔力波動として伝わり、背筋がザワッとする。


 人間でも動物でもない何者か。それも、複数。


「きたか……」


 俺はバッ――と賢者の外套(ローブ)を翻し、颯爽と立ち上がった。

 

<つづく>



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