異世界から戻ってみれば、宿題が山積していた
「おぉお! 大賢者ググレカス様! 異世界からお戻りになられたのですね!」
「よかったよかった! ご無事で何よりでございます!」
「ささっ、こちらへ! 美味しいお茶などいかがです!? 南国の珍しいお茶菓子もございますわ」
「……私を『追放』したのではなかったですかな?」
メタノシュタット王城、王立魔法協会特別会議室。
豪華な調度品に黒塗りの円卓、周囲には背もたれの高い椅子。俺が部屋に入るなり、偉そうな服を身に着けた魔法使いたちが一斉にかけ寄ってきた。
来てみればいきなりこれだ。
「つ、追放なんてとんでもございません!」
「あれは全て無効! スヌーヴェル姫殿下への報告も連絡も相談もなく、一部の反乱分子が勝手に決められた世迷いごとございます!」
青筋をたてて力説する髭の魔法使い。
地下の魔法使いのサロンで見かける男だ。
「いったいどういうことですか?」
よく見れば俺が異世界にすっ飛ばされる直前に「お前は追放だググレカァス!」と意気揚々と言い放った魔法使い連中の顔ぶれではなかった。
メンバーがすっかり入れ変わっている。
俺がいない間になにか謀反でもあったのか。あるいは「追放!」と叫んだ見慣れぬ顔ぶれのあいつらこそが王立魔法協会を乗っ取り、王国を混乱させようと謀反を企てた連中だったのか。
この場に王立魔法協会の大幹部レントミアがいないので確認できない。
先日家でイチャついたときは王城内の動きについて何も言っていなかったが……。まぁ二人のプライベートな時間に仕事の話なんてするわけもないか。
異世界から戻ってから三日が過ぎた。
俺はついに王城へと出勤ししてしまった。
このままドロップアウトして「無職賢者ググレカス」の二つ名とともに世界を放浪、静かにエンドロールも悪くないな、と思ったのだ……。
そうは問屋が下ろさなかった。
マニュフェルノには「無職。ダメ子供達の教育によくないから働いて」とキツく言われてしまったし。
しかたない。
働くか。
実際、魔法の通信や手紙が次々と届き、使者も次々と訪れた。
「困った事件がありまして、是非ともググレカスさまのお力をお借りしたく」
「太古の悪霊が解放されてしまい村が!」
「とある魔法の書で呪われてしまった公爵を救っていただきたく」
「国境でシン・魔王を名乗るバカ者が暴れて手がつけられず」
「『果たし状』 ググレカス、殺す!」
「イスラヴィアでエルゴノート様の落とし子だという三人が、父を探していると……」
えぇい、うるさいわ!
依頼は枚挙に暇がなほどだった。
ますます働きたくない病が酷くなってきたが、ついに今朝、ゴージャスな貴族用馬車が館まで迎えに来て屈強な騎士達に両脇をガッチリと抱えられてしまった。
俺はマニュフェルノやリオラ、チェリノルに身支度をさせられ、強制的に出勤させられたわけだ。
あーダルイ。
そして登城するなりこれだ。
「ググレカス様に無礼を働いたバカどもは全員クビにしまたぞッ!」
中年の魔法使いが意気揚々と、シャッと自分の首を親指で斬るマネをした。
「反乱分子、反スヌーヴェル姫殿下派閥の伯爵が城内の黒幕でして、世界樹の利権で大損をした腹いせかと」
白髪の訳知り顔の魔法使いが声を潜めた。
「そ……そうだったんですか」
「古いしきたりを守らんとする復古原理主義派が裏で糸をひいておりましてな。一部の出世欲に駆られた連中をけしかけて、ググレカス殿の追放を画策したのです」
「ですが、そりゃつらはすでに左遷! 今ごろ辺境で草むしりでもしておりますわい、ガハハ!」
この男は知っている。かつてドラシリア戦役で幻惑部隊の陣頭指揮をとっていた王国魔法軍の魔法使いだ。
「事情はわかりました。そして何か……困ったことでも?」
するとまってました! とんばかりに全員が目をキラーンと輝かせた。
「そうなんです! ささっ! こちらへ」
「お、おぅ」
背中を押され円卓へ座らさせる。
「ググレカス殿が消えた日から、国内の魔法通信網は大混乱だったのです」
「まってくれ魔法通信網の運用は、王国魔法軍の精鋭が管轄しているはずだ。腕利きの術者も育成したはずでそう簡単には……」
魔法オペレータの育成には俺も尽力した。様々な術式を与え鍛えた精鋭は十数人もいる。
「それが……。ググレカス殿が消えたと、例の反乱派が国内外に喧伝したのです」
反乱を起こした連中か。
「すると、ここぞとばかりに国内に潜伏していた工作員や、諸外国から魔法通信網への攻撃が」
「各地で魔法通信網へ攻撃が多発。魔法通信網へのハッキング、高負荷攻撃、乗っ取りなど……王国軍の誇る魔法使いたちの対処能力を超えたのです」
王国軍の制服を身に付けた美魔女が水晶球を操り、空中に立体映像を投影した。
半透明の幻灯が複雑な図形を描き出す。
「む……これは」
メタノシュタット全域のマップ。その上に網の目のように魔法通信網が覆い被さっている。
中心の王都だけはかろうじて青い正常値を示しているが、他はほとんど赤いアラートだ。
他の都市との通信経路、特にも王国軍の駐屯地との通信状態は赤の「ダウン」もしくは高負荷による異常を訴えている。
「なんとか王都中枢は守っているのですが」
「いえ、実際は物理的に魔法通信網を遮断、侵入を防いでいるにすぎない状態なのです」
「酷いな」
思わず呻く。
俺がいないわずかばかりの間に、これほどまで蹂躙されるとは。
「今後の情報操作系魔法使いの育成は、考え直さねばなるまいなぁ」
「賢者ググレカス殿! いまはそんな呑気なことを言っている場合では……!」
「王国軍の駐屯地のと秘匿通信は、空中浮遊気球を経由できず……。昔ながらの方法に頼っている有り様ですじゃ」
高度に情報化し、無敵を誇るメタノシュタット王国軍。圧倒的な情報収集能力、戦況分析と現場での兵士やゴーレムの高度な通信。
それらを可能としたのが魔法通信革命と称される王国の誇る高度魔法情報通信網だ。
だが逆手にとられた。通信が遮断されただけでこのありさま。大混乱だ。
「北の海沿いの国境ではまたしても不穏な動きが」
「プルゥーシア皇国のみならずカンリューン王国さえも軍を動かしているとの報告が」
「しかし通信が遮断されては、早馬や飛竜に頼るしかなく……」
全員が期待の眼差しを俺に注いでいる。
「……やれやれだ」
メタノシュタット王国は高々度魔法通信中継気球を通じ情報を送受信している。全土に張り巡らされた魔法の気球が、魔法の通信をリレーし遠隔地との通信を可能としているのだ。
極北の地、ファリアのルーデンス自治州か。
長年に渡り狙われているのは「プルゥーシアに帰属すべき土地」という政治的主張があるからだ。
プラムやアルベリーナの森林地帯調査船、ホウボウ号が襲撃されてから侵略ははじまった事件は記憶に新しい。
あの時はプルゥーシアの魔法戦闘集団『神域極光衆』の連中が襲来した。
国内の反乱分子とそうした国外の過激勢力が手を握るのは考えられる。
「ルーデンス州政府からの要請で、既に『中央即応特殊作戦群』が出撃準備、警戒態勢のレベルを上げております」
「西と北、それぞれの国境警備隊には『量産型・雷神剣』を装備した辺境騎士団を派遣する手はずに」
「いきなり侵攻というのは考えられませんが、警戒は強化しませんと」
「国境空域は翼竜で空偵を強化しておりますが」
「ふむ、断片的だがネットワークを再構成、通信できる範囲で……と」
俺の戦術情報表示を可視モードで展開。
全員で状況を分析できるよう統合、整理しながら戦況を表示する。
「おぉ……! 流石ググレカス殿」
「これぐらい出来てもらわないと困るなぁ」
思わずグチっぽくなってしまう。
魔法学校に専門課程を作るの良いかもしれない。
「ググレカス様、魔法協会の術に長けたものが、王国中枢へ仕掛けられていた通信攻撃術式を収集しておりました」
「おぉ、ありがたい」
早速分析する。
やはりプルゥーシア皇国のものか。
魔術師の最高位『魔法聖者連』の使っていた暗号化術式だ。
魔法通信規約は知られている。以前、こちらから敵の拠点を魔法通信で逆ハッキング。暗号結界解析術式によって通信網を逆算し、拠点を破壊したことがあった。
その意匠返し、というわけか。
すると敵の黒幕は――。
魔法聖者連。
そして彼らを束ねし最強の魔法使い。
不老不死のハイ・エルフ、時間を操る魔法を使いし時空監察監。
肩書きだらけの男、アドミラル・ヴォズネッセンスか。
「くそ、ナメた真似を」
久々にイラッときた。
大切な俺の国を。
苦労した魔法の通信網を。
手塩にかけた仲間達に苦労させやがって。
心の奥に憤りの炎が燃え上がった。
「ググレカス殿……」
ヴォズネッセンス。あのスカしたエルフ野郎とは決着がついていない。
引き分け、いや悔しいが勝てなかった。
奴には無限の時間がある。
こっちはせいぜい数十年の寿命しかない。ほっておけば時間が奴に勝利をもたらすのだから。
だが、何故だ?
何百年もの間、プルーシアの田舎で大人しくしていたいんじゃないのか?
……まさか、俺か?
はは。
かいかぶりすぎか。
なんにせよだ。
留守の間に仕掛けて好き勝手されて、こちらも黙ってはいられない。
「城内の魔法戦力で戦えるものをリストアップしてほしい。いまから通信網の混乱を収拾する。対抗術式を練るから時間がほしい」
「わかりました!」
「おぉ、燃えてきましたぞ!」
「その間、皆には反撃と時間稼ぎをたのみたい」
「なんなりと!」
「よし使える者はみな召集じゃぁ!」
王城が俄に騒がしくなった。
――マニュフェルノ、今夜は少し遅くなるかもしれない。
俺はそっと専用魔法通信でささやいた。
<つづく>




