★『フルフル』と『ブルブル』の子供たち
「俺が……賢者ググレカスだ」
俺は馬車の御者席に立ったまま、鼻ピアスの中年魔法使いに言い放った。
山賊のリーダーの顔面はみるみる蒼白になり、脂汗をダラダラと垂らしはじめる。
「ん……ふんんんんが!?」
だが、さっきまで饒舌にわめき散らしていた口は硬直したまま動かない。大方「ひ……そんな馬鹿な!?」とでも言っているのだろうが、興味は無いし聞きたくもない。
俺は顔にこそ出さないが、内心かなり怒っていた。
エルゴノート達を助けに行くために急いでいたというのに、馬車を急停車させられたからだけではない。大切な仲間達に対しておぞましい目線を向けた事に対して、だ。
それだけでも許しがたいのに、俺が大切にしてるワイン樽ゴーレム達を「陵辱する」とまで言い放ったのだ。
とはいえ傭兵二人の虚ろな目線は他のオーク同様、魔法使いによる「魔力支配」の影響下にあるせいかもしれない。
手下の男二人の興味が「樽」に向くように仕向け、強奪した女性を中年魔法使いが独占する為に倒錯した性癖を植え付けたのだろう。
でなければどこの世界に樽に欲情する変態がいるものか。
だが理由はどうあれ、俺の仲間に対する変態行為は……万死に値する。
顔の左側のローブの襟に隠れていたメティウスが、ひょっこりと顔を出した。
「賢者ググレカス、相手の魔法を封じ込めたのですね?」
「あぁ。一番手っ取り早いかなら。呪文詠唱どころか2、3日はメシも食えんだろうさ」
俺がピアス中年魔法使いと手下二人に送り込んだ魔法は、呪文を唱える事はおろか、言葉を発することさえも困難な程に、口の筋肉を硬直させる強力な逆浸透型自律駆動術式だ。いわゆる、相手をかく乱する「賢者の魔法」と呼ばれるもの一つだ。
傭兵崩れのデブと痩せの二人組は手に持った武器を地面に投げ捨て、自らの口を開こうと悪戦苦闘している。馬車を取り囲んでいた豚獣人共は、何が起きたかわからないとい風に互いに顔を見合わせていたが、中年ピアスの魔力糸から解き放たれたオーク達は、ようやく自分の意思で動き始めた。
「ビギィ!?」「ブキシィイイ!」
だが、オークの群れは錯乱しているのか、獣じみた声を上げてバラバラな行動を取り始めた。
森の奥へと遁走し始める者、隣のオークと取っ組み合いの喧嘩を始める者、更には、主であったはずの中年ピアス魔法使に襲い掛かる者までいる。中年ピアスは逃げ出そうとするが転倒し、オークに首根っこをつかまれて声にならない悲鳴を上げる。
「ん――――――ッ!?」
「ブギャアア!」
更に一匹のオークが馬車に近づき、棍棒を振り上げて車輪をガシンと打ち付けた。
「きゃ!?」
「賢者にょ! なんとかするにょおおお!」
「あぁ、すまない。これは予想外だ。イオラ、背後から一匹来るぞ」
「まかせとけっ……て!」
ガィン! とイオラが花火を散らした。馬車の背後から襲い掛かってきたオークの錆びた剣を弾き返した音だ。
魔法使いを黙らせれば手下のオークも大人しく森に帰ると思っていたが、これは思わぬ誤算だった。くいっとメガネを直す。
――ったく。あの中年ピアスめ。いい加減な魔法で操っていたな?
中年魔法使いのオーク共に対する魔法制御かなり適当だった為に、脳に過度なストレスがかかり魔物たちが凶暴化し暴れ始めたのだ。平常であれば臆病でゴミを漁るしか能の無いオークの秘められた残虐性が、いっきに暴発したかのようだ。
「ゴォオオガアアア!」
更に黙していた青鬼までもが動き始めた。虚ろな瞳をこちらに向けると馬車に興味を持ったのか、首をかしげて口元を歪め、俺達のほうへと、のそりと移動し始めた。
「おっきな青鬼がくるのですー!」
「ぐっさん、ヤバくないか!?」
「呪文。指示を、ググレくん!」
プラムの悲鳴にイオラとマニュが緊迫した様子で叫ぶ。
「ちょっと油断したようだ。ここは……俺に任せてくれ」
俺は、メガネを指先でくいっと持ち上げると妖精メティウスに指示を出す。
「遠隔強調制御戦闘術式を超駆動」
「はい! 賢者ググレカス!」
瞬時に、俺の眼前に複数の制御用の戦術情報表示が浮かびあがった。
そこには12体のワイン樽ゴーレム「樽」に振られた個別番号と、制御術式が表示されていた。
実は、量産型の樽の中身は、俺の大切な『フルフル』と『ブルブル』から株分けしたスライムがブレンドされてたっぷりと詰め込まれている。
いわば『フルフル』と『ブルブル』の分身であり、二匹の子供のようなスライム達は、おれが丹精込めて育て上げたものだ。
今では俺にもよく懐いていて、とても可愛らしい奴らだ。
『フルフル』と『ブルブル』との付き合いは意外と長く、俺がこの異世界に迷い込んだ時に最初に襲われたのが、実はこの二匹のスライムだった。
命からがら逃げだしたところをエルゴノート達に救われたのだが、何故か俺はそのスライム達に気に入られてしまったようで、俺はその破片を小瓶に入れて大事に「飼って」いたのだ。
その後、色々なスラムとブレンドしたりしながら育ててゆき、当時レントミアから教わったばかりの「魔力糸」の訓練や、魔力の鍛練においてもこのスライム達は教材としてとても役に立ってくれた。
そういう意味では古い友人と言っていい存在だ。
――分身たちの相手が薄汚い豚怪人というのは忍びないが、致し方ない。
「兵装コンテナ、解錠」
続いて馬車で牽引してきた兵装コンテナの呪縛を解き放つと、12体の樽は元気よくゴロゴロと地面にの上を転がって、馬車を護るかのように陣形を形作った。
「ブギャッ!?」
車輪を殴りつけていたオークは早速、真横からの樽に直撃されて地面に倒れ伏した。
「ググレさまの魔法の樽なのですー!」
「回を追うごとに数が増えおるにょ……」
プラムとヘムペロはお気楽にそこで高見の見物をしているがいい。
「さぁ、力を解き放て、わが僕たちよ」
魔力糸を通じ12体の簡易量産型ワイン樽ゴーレム『樽』に指令を送り込むと、弾かれたように敵目がけて転がり始めた。
戦術情報表示でロックした「目標」はオーク5体に青鬼1匹だ。
――これから乗り込む港町ポポラート。そこで待ち受けているものが何かは判らない。だが魔王の残党を名乗る以上、相当の難敵であることは容易に想像がつく。だからこそ今ここで、新しい戦術を確かめる意味はあるだろう。
樽達は、「目標」に対して一斉に襲い掛かった。
それは「転がる」という生易しいものではない。まさに肉食獣のような俊敏さで襲い掛かり、強烈な物理的攻撃、つまりは樽の「角」での体当たりを食らわせてゆく。
「ゴハッ!?」「ブギャッ!」「ビギイイ!?」
武器を持って叩き落そうと試みたオークが、逆に樽に弾き飛ばされて宙を舞う。ドシャリと落下したその先に、次々と樽が襲いかかりとどめを刺す。
阿鼻叫喚の様相を呈したオークたちは、次々と逃げ惑いながら倒されてゆく。
元々重量のある樽に更に高速回転による遠心力を加え、そしてローラーダッシュのような超機動性をもって相手を翻弄、不規則な動きで襲い掛かる――。
それも最低でも「二体一組」となって攻撃するように協調制御している。
最初の樽を防げても、死角からすぐさま二体目が襲い掛かり、超重量による運動エネルギーという単純かつ最も効果的な攻撃は、訓練された屈強な戦士でさえ2ターンと防ぎきることは難しいだろう。
「す……凄い……!」
「これがぐっさんの……魔法!」
リオラとイオラは、樽に魔物が追い回されて逃げ惑うという、一見するとコミカルな光景に目を丸くする。
戦闘開始わずか数十秒のうちにオーク5体は完全に沈黙、全員が失神し戦闘不能になっていた。
どさくさにまぎれて逃げ出そうとした魔法使いとその手下たちは、もちろん樽によってボコボコにされ、当分身動きは出来そうもない。
自律駆動術式の赤い光点はもやは青鬼を残すのみだ。
「よし! 一斉攻撃だ」
「ゴァアアア!?」
青鬼が吼えて飛び掛った一体の樽を叩き落す。ガゴンッ! と地面に叩きつけられた樽は通常ならばバラバラになるだろうが、施錠魔法を応用した「形態維持」の魔法の力により壊れる事はない。
そのまま何事もなかったように転がり、再び青鬼めがけて飛びかかかった。
仮に火炎魔法で燃やそうにも樽の外装は「魔法装甲」化してあるので、中級クラス以下の魔法攻撃の殆どを跳ね返し、更には樽の中のスライムが魔力を吸収し自らの活動のエネルギーとする。
つまり、物理攻撃も効かず、魔法攻撃も無効化してしまう、無敵の戦闘ユニット。それが簡易量産型ゴーレム「樽」だ。
青鬼がたまらず両膝を地面につけた瞬間、低くなった頭めがけて左右から樽が飛び掛った。鈍い音と共に頭を殴打されたオーガは前のめりに倒れ、そのまま痙攣し動かなくなった。
「敵無力化までに一分半か……、まぁ初陣にしては上出来だろう」
俺は賢者のローブをブワッと翻すと、全ての戦闘術式を終了させた。
「気合。なんだかググレくん、いつもと気合がちがうの」
馬車の奥からマニュフェルノが顔を出して、俺の横から辺りを伺う。死屍累々と言った風景だが、別に誰も死んではいない。失神しているだけだ。
「……そうかな?」
「首肯。男らしいというか、守ろうみたいな気迫が違うといいますか」
いつもの丸メガネのおくで瞳が優しく俺を見つめている。
「フハ……、よせよマニュ」
俺は少し照れつつも、皆に笑顔を向けて危機が去ったことを告げる。
イオラもリオラも、そしてプラムもヘムペローザもホッとしたように胸をなでおろし、馬車は安どの空気に包まれた。
<つづく>