何よりも愛しきわが家へ
「諦観。もう帰ってこないのかと思ってた」
開口一番、マニュフェルノは涙を流した。
「すまなかった」
俺は抱き締めることしかできなかった。
久しぶりの愛妻マニュフェルノは柔らかくて良い香りがした。
「馬鹿。連絡ぐらいしてよ」
「いやもう……ホントにすまん、流石に無理だったんだ。なんたって、異世界に飛ばされていたから」
「道理。そんなのをどうにかするのがググレ君の得意技じゃないの」
「うぅ、ぐぅの音もでない……」
並行世界、別次元の宇宙、もうひとつの世界の可能性、そんな場所に俺は飛ばされ迷っていた。もう戻れないかもしれないと思った瞬間もあった。
なんといって説明してよいのやら。
ストラリア諸侯国しか存在しない異世界は、異形の侵略者によって崩壊寸前。そこで俺は冒険とギリギリの死闘を繰り広げてきた。
現地での貴重な体験や驚異の侵略者に関する情報は全て、魔法通信を使った口述調書として、可能な限り開示。魔女アルベリーナに託した。あとはメタノシュタット王政府にも伝わるだろう。
驚くべきことに、俺の体感では「一週間」ほどの冒険だったがアルベリーナによれば約一ヶ月もの時間が経過していた。
あのまま向こうの世界にいたら、それこそ俺はウラシマ太郎だ。ん? ウラシマって誰だっけ?
そして俺を異世界まで命がけて助けに来てくれた友人たちには重ね重ね感謝の意は示した。
救援に来てくれた特務メンバーへのお礼も十分とはいえないのは心残りだが……。皆に大きな「借り」をつくってしまった。
「ま、これから一生、僕を大切にして愛すること、忘れないでね」
「あぁわかった、レントミア」
レントミアは宮廷魔法使いとして王城に専用の私室を持つ身分だから王城に残してきた。本当なら一晩中いちゃいちゃしてやりたいところだが……。それはまた今度にしよう。
「まったくググレさまは、あたしがいないとダメですねぇ」
「プラムにそんなことを言われる日が来ようとは」
「成長を嬉しく思うのですよー」
「あぁ!」
プラムはチュウタ……もといアルゴートと同じ王政府特務調査隊の一員として就職しているので、王政府の宿舎へ戻っていった。
「にょほほ! これに懲りたら怪しい魔女には近づかぬ事じゃなー」
「いや……まぁ」
俺の回りにはヤバイ魔女しかいない。だがアルベリーナはヘムペロと血筋が繋がっている疑惑もあるんだがな……。
ヘムペローザは今や宮廷魔女の一員だ。まだ見習いの身分だがスヌーヴェル王女殿下の最側近、魔女レイストリアの配下として魔法の研鑽に努めている。というわけでヘムペローザも宮廷に残った。
「賢者ググレカス、お家の皆様が心配されているのでは……」
「あぁ、もう帰る! 絶対家に帰る!」
妖精メティウスの言うとおりだ。外はもう暗い。これいじょう王城にいたら残業時間100時間オーバーだ。ブラック王城め。
とにかく俺は家に早く帰りたい。
「チェリノル待たせたな。ようやく家に帰るよ」
レントミアの部屋で預かってもらっていた彼女を迎えに行く。
「け、賢者様のお家に……私もですか?」
「あたりまえだろ、さぁいこう」
「はいっ!」
「ググレ、彼女には魔法の守りをいくつかかけておいたよ」
チェリノルは魔法と聞いて小首をかしげているが、要は賢者の館に入るための通行許可証「魔法の生体認証キー」だ。
「ありがとうレントミア」
「お世話になりました、レントミアさま」
「レントミアは何か言っていたかい?」
「はい! ググレカス様がどんなに凄い魔法使いか、いろいろ聞かせていただきました」
「それだけ?」
「……あっ、えーとお二人は恋人……だとも」
「やはり」
レントミアめ。
「奥さまとお子さまがいても、魔法使い同士は深い魔法の絆で結ばれているって。素敵だと思います!」
「あ……あぁもう」
何はともあれ、他に行く宛もない彼女をつれて王城をあとにする。
チェリノルは向こうの世界で世話になったし、これからは俺の家で恩を返さねば。
「あっ! 賢者様おまちを! 実は大変なことが……!」
「良かった賢者様! ご無事だったのですね! 至急お助けいただきたい案件が!」
「すまんがクタクタなので明日にしてくれ!」
追いすがる王立魔法協会の幹部や王政府の大臣どもを振り切り、王城を脱出。
そのまま夜陰に紛れメタノシュタット王城の裏手、三日月池のほとりにある「賢者の館」へと向かう。
そして、ようやく愛する妻や家族たちとの再会、とあいなったわけだ。
◇
「マニュフェルノ! ポーチュラにミント!」
「ぱぱ!」
「パパ!」
双子の姉弟ポーチュラとミントが飛び付いてきた。ぎゅっと抱き締めると涙が出てきた。
「あぁ、すこし大きくなったか? ミントもポーチュラも」
「うんー」
「ぱぱー」
甘えてくる幼子がなんとも可愛い。あぁ、自分の世界に戻ってきたと実感する。
「安心。ぱぱがいると嬉しいね」
マニュフェルノもようやく和やかな表情になってくれた。
「一ヶ月も開けてしまって……。みんなに寂しい思いをさせたな」
俺たちはしばらく家族水入らずでくつろいだ。
そうそう、チェリノルは今リオラと入浴中だ。
彼女を紹介したとき、マニュフェルノとリオラには案の定、
「拉致。また女の子をつれてきましたか……」
「もう慣れましたけど、どーしてそうなるんです?」
「こっ、これには訳が!」
すっごく冷たいジト目で睨まれ、ため息を吐かれた。でもチェリノルの可哀想な事情を説明し、とりあえず納得してくれた。
リビングダイニングへ向かうと、スピアルノが四人の子供達とのんびりと暖炉の前で本を読んであげていた。
「ググレッス、おかえりなさい」
「ただいまだよスピアルノ」
「ぐぐれだー!」
「かえってきたー?」
「どこいってたのー!?」
「おみやげは、ねぇ、おみやげ」
チュドドと四人のちびっこが襲いかかってきた。
「ぐわー! おまえらも元気そうだな、よしよしっ!」
犬耳の長女ミールゥ、猫耳の長男ニーアノ。猫耳の次女ニャッピ、犬耳の次男ナータ。スピアルノの四つ子たちはポーチュラとミントより大きい。人間の年齢なら5歳ぐらいだ。
かわいくてわんぱくざかり。目の離せないちびっこ軍団のおかげで賢者の館は賑やか。
もう育児施設そのものだが、これがいい。
楽しくて笑い声が絶えない。
チェリノルも館の騒がしさに驚いていたが、すぐに笑顔になってくれた。子供たちが元気でいることで「怪しい館ではない」と安心してくれたようだ。
「さっきのお姉ちゃんだれー?」
「あたらしい女ー!?」
「リオ姉ぇが洗ってた」
「お姉さん増えたのー?」
「チェリノルは……あたらしいお姉ちゃんだ! みんなもよろしく頼むぞ」
「「「「わーい!」」」」
「……はぁ、まぁ事情は聞いたッスけど」
「すまんなスッピ、いろいろ頼むよ。館のこと教えてあげてくれ」
「人手はいくらでも歓迎ッスよ。オラのとマニュ姉ぇの子供だけで6人。ラーナとラーズもいれたら8人ッス。食事に洗濯……! 大変なんてもんじゃないッスから」
苦笑しつつもスピアルノは嬉しそうに肩をすくめる。
「俺もできることは協力するから、困ったことがあったらなんでも言ってくれ」
「ググレだけっスよ、そんなこと言ってくれる男は。館のみんなが待っていたッス」
真っ直ぐに見つめられて流石に照れた。
「スピアルノ……」
「マニュ姉ぇが羨ましいッス」
旦那のルゥローニィはめっきり見かけない。半獣人は子供をつくると急に冷めるというが……。二人もそうなのだろうか。
リオラが話していた噂では、ルゥは街で他のメス猫と一緒にいたとかなんとか。まさか離婚なんてことにはならんだろうな?
まぁその時はその時だが……。
「あーその、なんだ。この館にいる以上、スッピの子らもみんな家族だからな! ずっといていいし何も心配はいらん」
「って、言うだろうってマニュ姉ぇが言ってたっス」
可笑しそうに肩を揺らす。
「……まったく」
「ぐー兄ぃ、どこいってたんだよ!」
「ラーナの魔法通信にも出てくれないし!」
ラーナとラーズも起きてきた。
「ごめんよ、別の世界にぶっ飛ばされてたからな。二人もいろいろありがとうな」
二人はスライム細胞のホムンクルスだが、普通に人間の10歳ほどに成長している。これ以上分裂して増えないことを願うばかりだ。
「いろいろ大変だったんだぞ!」
「変なお客ばっかり来るしさ!」
二人はそれぞれ憤りを口にした。
「変な……客?」
「ググレッスが行方不明になってから、いろんな客が来たっスよ……」
スピアルノは少し険しい顔をした。
「変な魔法使いが『いつぞやの恨みだ!』って乗り込んできたり!」
「ボロボロの魔女が『ググレカスが消えたってね!キヒヒヒ、貴様ら全員をカエルにしてやるぉぁ!』って叫んだり」
「あーそれと『わがプルゥーシアの栄光を汚した罪を、償わせてやるぁ!』って叫んだ戦士とかね」
ラーズとラーナ、スピアルノが口にした話に俺は衝撃を受けた。
マジか……。
「恨みを買うような事をした覚えは無いんだが」
「いや、それ本気で言ってるならさすがのオラもツっこむッスよ」
スッピにもジト目で睨まれた。
「そ、それでどうなったんだ?」
「館スライム軍団とオレたちで追い払ったり」
「スッピ姉ぇとリオ姉ぇでボコボコにしたり」
「ワイン樽が勝手にそいつらを轢き倒したり」
なるほど、自動迎撃術式がちゃんと機能していたかとホッとする。
「あぁ……そうか。それは大変だったな」
そういえば館をモゾモゾはい回っている『館スライム』の数が少ないような気もするが……。何匹かは犠牲になってしまったのだろう。
「……で、取っ捕まえた連中はスライム浸けにして、納屋に閉じ込めてあるっスから」
「えぇ!?」
「あとでググレッスが処分してほしいッス」
処分て。
すると何か?
いま館の納屋には、ワイン樽にスライム浸けにされた賊どもが何人も白目を剥いてるってのか……。
「は……はは、まるで地獄の館だな」
俺は天井を仰ぎつつ、これが賢者の家の日常だったなとしみじみ思い出していた。
<章 完結>
次回、最終章突入!