一生大事にする誓いの言葉
異世界から奇跡の帰還を果たした俺は、後片付けに追われることになった。
「アタイがどれだけ苦労したと思ってるんだい、このうすらトンチキ!」
「す、すまん」
メタノシュタット王城から丸見えの北側エリア王国軍駐屯地。そこで俺はアルベリーナからこっぴどく叱られていた。
普段は地下深くの研究施設に籠りきりの彼女が地上に出てくるのが珍しいのか、あるいは魔法使いの巨大イベントと化した『賢者ググレカス異世界からの召還の儀』で集まってお祭りさわぎなのか、大勢の魔法使いや兵士たちが分厚い人垣をつくっている。
「これでお前を助けたのは何度目だい? 一生アタイの魔法奴隷として尽くすことだね!」
「い、いや……それは」
「なんだい」
「足を舐めるぐらいなら」
「あぁ!?」
「嘘だ、冗談だ!」
輪の中心で賢者と呼ばれる俺が地面に膝をつき頭を垂れている。こんな絵面はなかなかお目にかかれないだろう。
超儀式級の魔法円による次元跳躍という前代未聞の魔法を発動、成功させたアルベリーナの魔法の叡知には称賛するしかない。俺と妖精メティウスの命の恩人だ。
「とにかく助かった! アルベリーナもみんなも、ほんとうにありがとう」
「……まぁ、素直じゃないか」
周囲からも安堵と苦笑の空気が広がる。
次元跳躍の魔法円を起動、次元ポータルを維持するには膨大な魔力は必要だ。それには百人からなる魔法兵団と王立魔法協会の有志による協力があってこそ。彼らにもあらためて感謝の意を示す。
「私からも感謝申し上げますわ、偉大なる魔女、アルベリーナさま」
すっかり元気になった妖精メティウスも空中でぺこりと頭をさげた。
「まぁ、なんだね。ググレカスと妖精姫にはまだまだ働いてもらわにゃ困るからねぇ。アタイが安心して暮らせるアジトを維持するためにも」
「ははっ、そりゃもう」
おもわず揉み手をする俺。
「レン坊にも感謝することだね! 必死で魔法使いや魔女に頭を下げ、集めてくれたのはあの子だよ」
「レントミアが……」
「一生大事にすることだね」
「もちろんだとも」
「ちゃんと宣言おし」
念を押してくるアルベリーナ。目がマジだ。
「レントミアのことを一生大事にします」
なんだか結婚宣言みたいだが仕方ない。
「……よし! 確かに聞いた。それと、アタイにも敬意を忘れないことだね、一生涯」
「くっ、アルベリーナ様、わかりました」
くそう、アルベリーナにもレントミアにも、しばらくは頭があがらんな。
レントミアは魔法兵団や王立魔法協会のメンバーたちのところで談笑し、彼らに感謝し労っている。
しかし、だ。
そもそもアルベリーナが聖剣戦艦のガラクタ、遺物を城の地下に持ち込んで研究していたことが発端だろうが。俺はちょっとだけ運悪く、触れて稼働させてしまっただけ。むしろ巻き込まれた被害者だとおもうのだが……。
「なんだい、何か言いたげだね」
「いえいえそんな」
長い黒髪に南国を思わせる肌、キリリとした険しい表情だが怒りは長く続かない。
「ところで……異次元、異世界、向こう側の話を聞かせておくれ。たっぷりとね」
妖しく瞳を光らせた頃合いを見計らい、俺は手土産について切り出した。
「それについてだが、実は手土産が……」
ぱちん、と親指を鳴らす。ホウボウ号カスタムの船倉から、ファリアが二人の捕虜をつれてきた。
「なんだいその貧相なガキどもは」
アルベリーナがギロリと睨む。
「……ひっ」
「……悪魔!?」
褐色の肌に銀髪の二人は、元・魔導師の眷属ことネフェルトゥムとゼクメイトだ。
「すっかり縮んで大人しくなったぞ」
ファリアは二人を小脇に抱えていたが、地面に下ろした。
「こいつらは向こうの世界で暴れまわっていた悪の手先。次元渡りの魔導師、レプティリアとかいう悪の親玉の眷属どもだ」
「ふーん。面白そうな相手と遊んできたんだね。それにしちゃぁヒョロヒョロだけど」
アルベリーナが少年神ネフェルトゥムの頬をつつく。
「……くっ、神威さえ戻れば」
「おのれ、ネフェルトゥムに触れるな……!」
ゴゥ! とゼクメイトが炎を噴いた。だが、アルベリーナは眉ひとつ動かさずに炎を左手で受け止め、易々と握りつぶした。
「……面白い、魔力とは違う波動を感じるねぇ」
「くっ!?」
「ここは地獄だよゼクメイト……」
絶望し泣き崩れる二人。
「獅子神の姿、狂暴な魔人だったが、魔導師が死んでこうなった。いろいろと宇宙やら他の世界の話を知っていると思うぞ」
「気に入った、アタイが預かろうじゃないか。いい手土産だググレカス」
「気に入ってもらえて何よりです」
ほっ。
アルベリーナの機嫌も良くなった。
これから切り刻まれるかもしれない魔人たちの事を思うと憐憫を禁じ得ないが、我が家に連れ帰らなくてほっとする。
「ところでググレカス、向こうでじーっと不安そうにおまえを見つめている子……。あれも異世界の子かい」
「えっ? あ、チェリノルか」
少し離れた位置でプラムとヘムペローザと一緒にチェリノルがいた。混乱と不安で泣きそうだが、原因は見た目が凶悪な魔女だ。頼りの俺が到着するなり、恐ろしい魔女に土下座させられたのだから。
「アタイが預かってもいいんだよ?」
「あれは俺のだ!」
「ゲスいねぇ」
「違う、そういう目的じゃないっ!」
意地悪く笑うアルベリーナ。なんだか手のひらの上で転がされている気分だ。
<つづく>




