勝利と解放、歓喜と後始末
◇
「うぉおお! 魔導師を倒した……!」
「天の御使いの船が魔城に天罰を! 奇跡が起こったんだッ!」
「違うぜ、賢者ググレカスとそのお仲間たちが、戦って魔導師を倒したんだ!」
「えぇい! お前たち警戒を緩めるな! まだ敵がいるかもしれんのだぞ!」
崩壊した魔城の周囲で兵士たちが歓喜の雄叫びをあげている。
とはいえ既に戦勝ムード。魔導師の消滅とともに、何びきか残っていた緑の芋虫魔人どもが小さく縮んで消えてゆく。
「くそ……こんなの、嘘だ……」
「力が……レプティリア様のご加護が失われてゆく」
獅子頭の眷属二人組も力を失ってゆく。急速に身体は縮み痩せ細り、貧相な普通の少年と少女――弟と姉といった雰囲気にみるみる変わってゆく。
「おー? 獅子のマスクじゃなかったのですね」
「獣人族の一種かにょ?」
獅子だった顔が急速に人間へと変じてゆく。たてがみが縮み首から上の体毛が失せ、残ったのは黒っぽい頭髪と猫のような耳の部分だけ。顔つきも獣人のそれから猫耳族か亜人のように変わってしまった。
「ゼ、ゼクメィトその顔……!」
「あぁ、ネフェルトゥムなんてこと!?」
二人は絶望の叫びをあげた。貧相な裸のまま互いの顔を手のひらで包みあい悲劇だといわんばかりに泣き崩れる。
「……こいつらを頼んだぞプラム、ヘムペロ。放っておくと悪さをしかねんから捕虜として連れ帰る」
魔導師同様、本来この世界にいてはならない存在だ。残してゆけば復活するかもしれない。いや、ここの住人たちは間違いなく死刑にするだろうが、こいつらは転生でもして復活しかねない。
ならば俺たちの世界に連行する。研究すれば時空渡りに関する何らかの知見が得られるかもしれない。
「でも、また連れてきた……ってマニュ姉ぇに怒られませんかねぇ」
「ま、今さらじゃな。二人ぐらい増えても大丈夫じゃろ。リオ姉は人手を欲しがっておったし」
「俺の館に住まわせるとまでは言っとらん」
「どうせそうなりますよねー」
「今まで何人もそうやって毒牙に」
「ばっ! 人聞きの悪いことをいうな」
ただでさえ最近の王国はコンプライアンスだのポリコレだのと煩いのだから。あぁ……メタノシュタットが懐かしいと感じるなんて自分でも驚きだ。
「ふ、ふざけるな! 僕らの本質たる神性は原初宇宙創造神たるア・ズゥの眷属神なんだ……! 本来なら惑星表面で蠢く貴様らのような下等生物なんか相手にしない……崇高な存在だっ……!」
「虚数時空に封じられていた我らを、魔導師レプティリア様が解放し受肉させ力を授けて下さったのに、それを……おまえたちは……!」
山猫族みたいな二人がわめき散らす。
「はいはい、いい子ですねー。頭が少し残念なのは仕方ないです。気にしないですよ」
「ぷっ」
思わず笑ってしまう。お姉さんプラムに言われるようではこいつらもおしまいだ。
「にょほほ、ググレもかなり愉快な逸材を拾ったものじゃにょう。しかし、全裸でイキりまくるのは感心せぬにょ……ほれ」
ヘムペローザは指先から蔓草の魔法を放ち、二人をぐるぐる巻きにする。拘束というより衣服の代わりだ。
「ううっ」
「おのれ」
「ホウボウ号に連行しておいてくれ」
妖精メティウスはさすがに疲れ果て今は胸ポケットのなかで休眠モード。しばらくこのまま休ませてあげねばなるまい。
だが、まだ大きな後始末が残っている。
生け贄少女、チェリノルのことだ。
「ファリアとアルゴート、事情説明とヒーローインタビューを任せるぞ」
銀髪をポニーテールに結った女戦士に親指を立て微笑みを向ける。
「ちょっ!? まってくれググレカス、魔導師とかいう化け物をぶっ倒したのはいいが、それ以外の事情はわからのだが!?」
「ググレさん、なんか僕らにそっくりな人たちが近づいてきますけど!?」
「ずっと俺と冒険を共にしてきた仲間だ! と堂々と受け答えすればいいさ」
ファリアとアルゴートの肩をぽんと叩き、ここは任せることにする。
「ググレカス殿ぉおお!」
「空を飛んで来られたお仲間たちも!」
「英雄だ! 魔導師を倒された真の英雄! 我らの王に代わりお礼を申しあげる!」
高揚した顔で女騎士と大柄な赤毛の戦士が駆け寄ってきた。他にもぞろぞろと歓声をあげながら押し寄せてくるのがみえた。
兵士や魔法使いたちが着陸したホウボウ号カスタムを取り囲んで、わいわいと騒いでいる。お祭りでもはじめるんじゃないかという勢いだ。
「ググレカス殿! 魔城と魔導師を打ち倒した天空の船と仲間のみなさんも! 本当に感謝しています。なんと……お礼をのべればいいか」
「うぉおお勝ったのですね! ついに魔導師を倒したのですね!」
「あぁそうだとも」
近衛騎士団長マリアスは涙ぐみ、王国戦士団千人隊長アルグーストは興奮している。
ふたりは互いにそっくりなファリアやアルゴートとも握手を交わす。
周囲はもうお祭り騒ぎの大歓声。
勝利の知らせは魔法使いを通じて王都に届き、恐怖と絶望からの解放、勝利の喜びに沸き立っているという。
「すまないがもうひとつ用事があるんだ。時間がない、適当に終わらせて船に乗り込んでくれ」
「ググレカス!?」
「ググレさん?」
さっとファリアとアルゴートの耳元にささやいて、この場はバトンタッチ。認識撹乱魔法で姿をくらまし、人垣から離れた。
三十メルテほど離れた場所でレントミアが待っていた。こちらも魔法で気配を消している。
「ググレ、大人気だね」
「ありがとうレントミア」
改めて助けにきてくれた相棒に礼を言い、そのまま熱い包容を交わす。
「……時間はどれくらいある?」
「一時間、それ以上は待てないよ」
「十分だ」
俺はレントミアからスカイボードを借りた。空中を飛ぶ魔道具は、俺が考案した『流体制御魔法』の応用なので取り扱いは問題ない。
「何処にいくのさ?」
「ここから十五キロメルテ離れた王都の城塞都市、レザリアスさ」
「往復で四十分、向こうで二十分も時間はないけど」
「少女を一人つれてくる」
「もう、また?」
レントミアは呆れたというように微笑んだ。
「ようやく気がついた。この世界に破壊と殺戮をもたらした魔導師と眷属を導いたのは……この世界の『羅針少女』なんだ」
「そんな子、連れ帰ったらメタノシュタットに災いを呼び込むよ」
「かもな。だが、この世界に俺という希望を召喚したのも彼女だ」
「……ま、好きにすれば、ググレのこと信じてるし」
「ありがとう、レントミア」
俺はスカイボードで飛び立った。
レントミアやプラム、ヘムペローザたちは母艦で待機してもらっている。着陸したホウボ号カスタムにファリアやアルゴートも乗り込むだろう。
「次元のポータル、次元回廊を維持しているのは、本国の……アルベリーナたちなんだ! 本当に一時間が限界だからね!」
「あぁ!」
上空を見上げると、次元の歪み……時空の穴が渦巻いていた。魔法の目でよくみると、渦からホウボウ号カスタムを包むように無数の、魔法のイバラが絡み付いている。
時空を越えたアルベリーナの魔法、いわば命綱だ。あれが消えてしまえば、二度とメタノシュタットへは戻れない。
ホウボウ号カスタムは自力で次元を跳躍することなどできないからだ。聖剣戦艦の遺物アーキテクトを転用、船体の試験も十分ではないまま実戦投入した試作品。おまけに搭載している主機――対消滅魔素変換推進機関の「補助機関」は一度でも停止すれば再起動は不可能。
王立魔法協会からの応援をかき集めたのはレントミア。それにアルベリーナの超古代魔法を重ね合わせ、ようやく時空のゲート、次元ポータルをこじ開けることができたのだ。
俺はスカイボードで一気に城塞都市レザリアスを目指した。戦いで荒れ果てた都市が見えた。
だが人々が外に飛び出し、叫び歓喜している。
勝利と解放の知らせは、市民たちにも届いたのだろう。王城もおそらくは大混乱、俺が姿を見せれば収拾がつかなくなる。
チェリノルを見つけ出し、連れ去るのは今しかない。
事情説明はあとだ。
城塞を飛び越え市街地上空を抜ける。都市の中心に見える小高い丘のような建物が王城だ。
チェリノルはそこに給仕見習いとして保護されている。
ここまで十五分、スカイボードで上空を旋回しながら索敵結界をパッシブモードで励起する。
「どこだ?」
数日間共に過ごした彼女を識別するパーソナルデータはある。身長、体重、固有の気配。魔力をもつ人間や魔物なら即座に検知できるが、普通の少女となれば城の外側からではなかなか見つけ出せない。
「まてよ給仕見習いということは、一階の食堂あたりか」
スカイボードを操り一階の中庭へ。
舞い降りると、周囲には数名の兵士や魔法使いがいて、あれこれ喋りながら喜びに沸いている。
『よっと』
認識撹乱魔法に隠遁系魔法を重ねがけ。魔法の検知でさえ見つからないようにしてから潜入する。
城のなかはドタバタと大勢の人間が走り回り、宴の準備に大わらわらしかった。
大きな厨房へ向かう。
薄暗く立ち込める湯気と油の匂い。何人ものシェフが腕を振るっている。
「食材が足りねぇッスよぉ」
「上からの命令だ食料庫を解放しろ、今夜は宴だぞ!」
ここもお祭り騒ぎか。
できた料理の大鍋を女性の給仕や、下働きの男たちが運んでゆく。
俺は静かに気配を探る。
すると、いた。
チェリノルだ。
気配が薄い、存在感がまるでない。
「す、すみません……」
「ったく! 使えない子だね!」
しかも年上のリーダーらしき給仕に怒られている。しゅんと頭を垂れ何度も謝っている。
「上からの口利きで働かせてやってるけど、忙しいんだ! ドンくさいったらありゃしない」
「すみません……」
「謝るくらいならどんどん洗いな!」
「はい」
皿洗いをさせられている。元々孤児で引き取られてからは奴隷どころか邪神の生け贄に。
不幸を呼び込む体質なのか、あるいは彼女の持つ何らかの力によるものか。それはさておき、地味で目立たない雰囲気は奥まった厨房の洗い場で、その所在さえ見失いかねないほどになっていた。
そっと近づき声をかける。
『チェリノル』
「――!? ググレカ……スさま?」
「しっ」
一瞬だけ魔法を解き、姿を見せる。
俺の姿を見て目を丸くして驚き、声をあげそうになるけれど彼女はすぐに両手で口許を押えた。その手は荒れ血がにじんでいる。
「君をまた連れ出しにきた」
「そんな……でも」
戸惑いと驚き、そして困惑の表情。けれど安堵と嬉しさからか涙を浮かべる。
「ここを出よう」
「えっ……!」
手をつかみ魔法効果の内側へ。
彼女はこの場から忽然と消えたように見えるだろう。
さっきの給仕リーダーが他の給仕を怒鳴りつけまた戻ってきた。チェリノルが居ないことに気づいたところで、背後から声をかける。
「彼女は退職するよ。いままで面倒をみてくれてありがとう」
「えっ!? はっ!?」
驚愕し辺りを見回すリーダーを尻目に、俺はチェリノルの手を引き厨房の外へ。魔法のヴェールに隠れたまま中庭を目指す、
途中で兵士たちとすれ違う。チェリノルは身を固くしたけれど、見えない魔法の効果を理解したらしい。
「……ひぇ?」
「心配ないさ誰にもみつからない」
「こっ、これからどちらへ……?」
「ここよりはマシなところさ」
<つづく>
★次回、章完結……!




