儚き夢の終わりに
◆
――キヒヒ……!
小賢しいエルフの小娘ェ!
魔法力に満ちた瑞々しい肉体こそ、ワシ――偉大なる超時空魔導師レプティリア・ティアウの新たなる「憑代」として最適じゃ。
「ググレ聞こえる? 魔城の中にいた気色悪い化け物、あれが魔導師、ラスボスだった? アイツはファリアとアル君とでボコボコにして、僕が超高熱魔法で焼き尽くしたけど……よかった?」
『見事だレントミア、流石だよ。ファリアもアルゴートも、それにみんなも……! おかげでこの世界は滅亡から救われたよ』
魔法通信を通じてシャクに障るググレカスの声が聞こえてきた。
「あはは……。また世界なんて救っちゃってたんだ? ググレらしいけど」
『助けに来てくれてありがとう。メティ共々礼を言うよ』
「うん、あとでたーっぷりお礼をしてもらうからね。とにかく、今からググレのところで合流する」
『あぁ!』
――なるほど、この娘レントミアというのじゃな。ワシが復活する苗床に選ばれしこと光栄に思うがよい。尤も、ワシに脳を支配されたことさえ気づかぬじゃろうがな……キヒヒ!
次元渡りの魔導師レプティリア・ティアウの本体である「中枢体」は、僅か全長五センチメルテほどの寄生生命に過ぎない。赤黒い指先ほどの胎児に羽が生えた醜悪な姿の。
肉体が破壊された瞬間、飛び散る血肉に紛れて離脱。空中を飛びながら、レントミアの操る空飛ぶフライボードに追いついた。そして密かに板の上に乗り込むことに成功する。
――ハァハァ……この体では流石に疲れるの。こやつ……魔法には長けておるようじゃが、気づいておらぬなギヒヒ。
「ファリア、アルゴート! ググレのいる丘の上まで飛べる?」
若草色の髪をなびかせ滑空する姿は凛々しくも美しい。見上げるスカートの中は暗く見えないが、膝上のハイニーッソクスから見える健康的な太ももと絶対領域が実に良い眺めだ。
――この板、魔法で飛行するカラクリか。
ケッ、実に原始的な風魔法の応用じゃ。空力を制御することで浮力を得て飛ぶ……。きゃつらの魔法理論と文明の程度がわかるというものじゃ。
レプティリアが振り返ると滞空しつづける母艦が見えた。次元を渡ってきたにしては貧弱で、とても高度な魔法文明の産物とは思えぬ姿をしている。いずれにせよ、このストラリア・ワールドと呼ばれる世界より広大な次元の彼方から、ググレカスの救援に来たことは間違いない。
――空中戦艦の武装と破壊的な火力に驚いたが、こうして分析すれば大したことはない。魔法文明の稚拙さゆえ、物理法則と化学反応に頼ったカラクリを作り上げた文明にすぎぬということじゃ。
――ググレカスという痴れ者の魔法使いも、こやつらも恐れるに足らず……! 索敵魔法で警戒しているようじゃが、今のワシはラブリーチャーミーな妖精のごとし。きゃつらめの魔法では探知さえできぬであろうて。ここに隠れ潜み、様子を見るとしようぞ……。
「落ちる感覚が……無理だぁあ!」
「ファリアさん落ち着いて! リラックスです!」
筋肉バカの戦士二人組はファリアとアルゴートというらしい。
――きゃつらの攻撃力も想定外じゃった。
無限再生可能なワシの生体魔導装甲をあれほどまでに破壊し尽くすとは……。物理攻撃と雷撃によるエネルギー攻撃。再生不能にしおってからに……ギギギ!
じゃが魔法を持たぬコヤツらなぞ、本来ならばワシの敵ではない。レントミアという魔女の超高熱魔法で焼かれたのが致命傷だったに過ぎぬ。いずれにせよ後で殺してくれるわい!
「レントミア!」
「皆様もご無事で……!」
地上で黒髪メガネの魔法使い――ググレカスと妖精が見上げて手を振っていた。
「ググレ! メティウスも! よかった!」
フライボードはふわりとターンしてググレカスの近くへ着地。レントミアと呼ばれたエルフの娘は軽やかに駆け寄ってゆく。
「レントミア!」
「よかった、無事だったんだね!」
「無事に見えるか? ボロボロだよ」
ググレカスはぎゅっとエルフの娘――レントミアを抱きしめた。まるで恋人のように。
――この娘は睨んだ通りググレカスと親しい間柄とみた。ならば好都合……! 脳幹に侵入し思考と身体を操り、このクソ忌々しいググレカスを殺すチャンスもあろうというもの。良い雰囲気になりイチャイチャしはじめたころが狙いめじゃな。
油断したところを確実に……殺してくれる。いや、それよりも受精させた幼体を我が眷属に改変するもの悪くないやもしれぬ。
感動の再会、せいぜい喜んでおくがいいキヒヒ。
「賢者ググレカス、あちらを」
「タランティアがあったら随分楽だったのだがなぁ」
巨大な四足歩行型のゴーレムが停止する。金属で構成された機体のハッチが開くと、中から操縦士らしき二人の少女が姿を見せた。黒髪の少女と赤毛の少女が降りて来る。
「ググレと感動の再会にょー!」
「ヘムペロちゃん棒読みですけど」
「ヘムペローザ、プラムも! こんな危ないところにまで来やがって」
「行方不明の師匠を探すのも弟子の務めにょ」
「生意気いいやがって……」
「一番心配していたのはヘムペロちゃんですけどね」
「なわけあるかプラムにょ! ほれ抱擁して構わぬぞい」
「えへへ、私も抱きしめていいですよー」
「おおぅ、遠慮なくいただくぞ」
「のわー」
「きゃー」
二人をぎゅっと抱きしめ、ほおずりするググレカス。
――この娘どももググレカスと親しいとは……。許せぬ、クソメガネの分際で。
ダークエルフの小娘からもかなりの魔法力を感じるのぅ。それに赤毛の娘……竜の血族か? 異質な魔力を感じるぞい。
「うぉおおお!?」
「ググレカスさん!」
ズザザザ……! と土ぼこりをあげながら銀髪の女戦士ファリアと、赤毛の甲冑騎士が着地する。武器を格納し近づいてくる。
「ファリアとアルゴートも獅子奮迅だったな! 助かったよ。みんなよく来てくれた……!」
「みなさま! 嬉しゅうございますわ!」
安堵の表情を浮かべるメガネ男の元には、あの次元渡りの羅針となる妖精もいる。
レプティリア・ティアウは静かにフライボードから飛びたち、レントミアの背後から接近する。
――こやつらの世界を支配してくれようぞ。
キヒヒ……まずは、この……レントミアとやらの肉体を支配――
「破っ!」
パァン!
『へヴッ!?』
――え……え?
ブチュッと嫌な音がした。視界が暗く全身の骨が砕け、肉が圧縮されて飛び散った。
「プラムちゃん?」
「プラム、どうかしたのか?」
レントミアとググレカスの声がする。
「うへぇ……この虫、なんですかねー?」
――な、ななな……なにぃいい!?
『ぶごっ……ゴフッ!』
――ば、ばかな……みみ、見つかった!? なぜ……どうして……こん…………な……
魔力波動と共に左右からの挟撃。通常の攻撃ならば魔導師、レプティリア・ティアウは不死に近い。
だが、プラムが瞬間的に放ったのは魔法消滅の波動。魔法を無効化する効果がある。
両側からの魔力と物理攻撃により、魔導師の小さな体は圧壊――。
意識は次元の彼方へと霧散していった。
◆
「うわ、なんだそりゃ」
プラムが虫か何かを潰したらしい。
レントミアに取り付き血でも吸おうとしていたのだろうか。
まぁレントミアの柔肌は美味いので気持ちもわからんでもないが……。不届きな害虫め。
「気持ちの悪い虫じゃにょぅ」
「つい全力で潰しちゃいました……」
「あ、ありがとうプラムちゃん」
レントミアはハンカチを差し出すが、プラムの手のひらはラズベリーでも擂り潰したかのようにベットリと赤く汚れている。
「プラム、ここは変な毒虫の眷属がいたからな。仲間かもしれん」
「うー。洗いたいけど水が無いですー」
「……心配ない、手を出して」
「えぇ?」
「えぇじゃない。毒虫だったらどうするんだ」
俺は粘液魔法でドボドボと消毒効果のあるスライム汁をドロドロと手のひらから出し、プラムの手を洗ってあげた。
「やっぱり……!」
「にょほほ、いつみても酷い魔法じゃにょぅ」
「なんか生温かくて青臭いですー」
「そんなことはない。栗の花そっくりの粘液、消毒薬の匂いだぞ」
プラムは嫌そうな顔をするが、手は綺麗になった。
虫か何かの肉片は魔法のスライムが消化分解、跡形もなく溶かしてくれた。
「さて、帰ろうか」
っと、そのまえに。
大事なことを忘れるところだった。
奴隷少女、チェリノルのことを。
<つづく>




