以心伝心、阿吽の呼吸
魔城クリスタニアの最上階。完全武装のファリアとアルゴートが空中から乗り込んで強襲した直後、激しい爆発が起こった。
爆震が衝撃波を伴って空中を伝播、次々と魔城の表層を砕いてゆく。
「賢者ググレカス! ファリアさまとアルゴートさまが交戦開始! 魔導師レプティリア・ティアウ完全体と交戦中!」
「雷撃の剣とファリアの竜撃羅刹なら」
「いけます! 勝てますわ!」
各種魔法データリンクが復活、戦況が送られてくる。
ホウボウ号も含めた戦術データが戦術情報表示に映し出された。空中でホバリングしながら残敵を掃討、戦闘支援を継続するホウボウ号。
戦況を見極めていたレントミアは、戦闘指揮を艦長らに任せスカイボードに乗る。ファリアとアルゴートの近接魔法支援に向かうつもりなのだ。
「ナイス判断だレントミア」
以心伝心、何も言わずとも戦術は伝わっている。
戦士二人の物理攻撃だけでは、十分にダメージを与えきれないかもしれない。その不安に応えるように、レントミアは魔法支援に飛び出したのだ。
さらに激しい爆発。
赤黒い輝きは魔導師の反撃だ。しかし禍々しい魔力を相殺するように瞬間的に雷撃が見えた。
「アルゴートの電磁障壁か」
お返しとばかりに鋭い衝撃波が二発、ファリアの竜撃羅刹十字斬だ。
「ファリア、技の鋭さと威力が増しているな」
己を鍛え直したのだろうか。最盛期以上の技のキレ味に驚く。
「魔城の魔力半減……! 崩壊しますわ」
「もう魔城の維持を諦め、自分に魔力を集約させる気かもしれない。油断できん」
「さすが賢者ググレカス、ですが皆様油断なんてされていませんわ」
来てくれたメンバーは全員が戦いの経験値が高い。数多の戦いを経験してきたのだ。
「あぁ、そうだな」
魔城の背後が大きく崩れ、スローモーションのように地上に落下、土煙が舞い上がる。更に雷撃と衝撃波が放たれ、魔城の最上階をまるで更地のように変えてゆく。
爆発と共に体液が飛び散り燃え上がった。
『グォオオオ!? この……ワシがぁああ!? 神にも等しき……この……星渡りの……! それを……下等な……原生人類ごときが……この……このワシにギィイイイイッ!』
赤黒い肉塊のような化け物が露出、異星の魔導師レプティリア・ティアウだ。
『っと、みせかけてぇああ! くらぇ超絶魔力びぃいいいいッムッ!』
両目から怒りに任せ禍々しいビームを放つ。
「ふんっ!」
だがファリアは斧で床を砕き、舞い上がった破片で無効化。爆発の破片で遮られた視界を切り裂くようにアルゴートが飛翔する。
「ナイスですファリアさん!」
「あぁ! いくぞ!」
上空から雷撃まじりの衝撃を放つアルゴートに呼応して、ファリアが水平の竜撃羅刹の一撃でなぎ払う。
『ラッ、ラララ雷撃に伴うプラズマ……物理エネルギィイぁあ!? しょ、障壁が間に合わぬッ……ッギャァアア!?』
元チュウタこと騎士アルゴートは、兄のエルゴノートが使っていた宝剣『暁の黎明』サンダガート・ホルゾートを完全に使いこなしていた。
「やったか!?」
「ファリアさんそれ禁句です!」
見事な連携攻撃、まさに阿吽の呼吸。二人の戦いのスキルはもとより、戦闘センスが冴え渡る。
しかし床に飛び散った体液が凝縮、ファリアに襲いかった。そこへ間髪置かず上空から超高速の火炎魔法が降り注いだ。
「レントミアか!」
「ファリア、油断しないで!」
「すまん!」
一見すると単なる火炎魔法が、二重化された焦熱魔法で、貫通力と破壊力に優れた最上位魔法。それを性格に命中させ、魔導師の肉片をことごとく焼き払う。
『ムッギャァアアア!?』
「レントミアの出番は残っていないかもな」
頼もしき相棒、レントミアが戦闘空域に到達。これで大勢は決したかにおもうが油断は禁物だ。
「あぁ……我らが魔城が崩壊してゆく……」
「レプティリアさまが……圧倒されるなんて」
獅子頭の眷属、ネフェルトゥムとゼクメィトが愕然としヨロヨロと数歩後ずさる。
二人は魔城の熱線砲を反射された衝撃で、瀕死のダメージを追っていた。もはや戦闘できる状態ではないだろう。
『ググレにょの近く、ライオンの被り物女と推定美少年発見にょ!』
『危険なので容赦なく排除すべきですねっ』
ヘムペローザとプラムの声が聞こえてきた。
数十メルテ先から四本の歩脚をガショガショと動かし、ゴーレムが迫っていた。人間の上半身を蜘蛛形状のボディに乗せたアラウネー型ゴーレムは、メタノシュタット中央戦略軍所属タランティアG12型。魔導海兵隊強襲仕様だ。
「最後に聞いておく」
タランティアの魔法火力と戦闘力は、今のコイツらを圧倒する。対人制圧武装を使えば、目の前で獅子頭どもはミンチと化すだろう。
「き、貴様……何を!」
「おまえに話すことはない!」
瀕死の癖に噛みつく元気はあるのか。
「姉弟か、恋人か、単なる同僚か、おまえらどういう関係なんだ?」
「け……賢者ググレカス?」
「メティも気になるだろ」
「えぇ、気になっていましたわ」
だよな。
「ぼくらは親子」
「ネフェルトゥムは私の子だ」
二人は手を取り合った。まるで人間の母と息子のように。
「……お前らに殺された人間にも子がいて親がいた。恋人もいた。それを引き裂き、踏みにじり……多くの命を奪った罪は重いぞ」
「命なんて重くない。バカじゃないの?」
褐色の獅子頭、ネフェルトゥムは淀みなく言いきった。
「渚で生まれる泡と何が違う?」
母獅子ゼクメィトも可笑しなことを問う、とばかりに目を細めた。
「命なんて泡でしょ。生まれては消え、別の何かの命の一部になるだけ。生と死の境界なんて紙一重。なのに価値や意味を勝手につけるのは、君たち人間の傲慢でしょ」
迷いもなくすらすらと語る。当然の価値観とでも言わんばかりに。
「なんて酷い」
メティが言葉を失う。
「……なるほど」
こいつらの殺戮行為は許しがたい。何故あんなに無慈悲に人間を殺せるのかずっと疑問だった。
だが、やっと知ることができた。理解などしたくはないが魔導師の眷属の一味は、命に対する価値観、捉え方が違うのだ。
「我らの本質は永遠の存在さ。神の眷属、魔導師の眷属? 呼び方なんてどうでもいい」
「この辺境惑星に召喚、受肉させてくださったのは確かに星を渡る魔導師、レプティリアさまだ。しかし我らは、その意思とは異なる存在よ」
魔導師さえも手玉にとっていたというのか。
もしかしてこいつらにとって死は――
「逃げるつもりか」
「賢者ググレカス、流石に理解が早い。この世界におけるちっぽけな死は、別の宇宙での新たなる生となるにすぎない」
グラマラスな母獅子が息子を抱き寄せた。
「この惑星の有機物で出来た肉体は、もうボロボロだし……潮時だよね」
「あなたがた人間……惑星表面の有機生命体が『命』とよぶ精神的な情報連結体、意識。その輪廻は物質循環に由来する情報の誤認にすぎない」
「命を、魂を愚弄するな」
「いいえ、敬意を表しているわ。痛み、寒さ、暑さ、苦痛、悦び。こんなにも情報が豊かで、満ち足りる。そのための器が、この命であり魂だから」
「あはは! 君たちが誇らしげにいう『命』が巡るように、ボクらは無限の宇宙境界面……渚で生と死を繰り返すんだ。永遠にね!」
勝ち誇ったように笑う。
魔導師レプティリア・ティアウは彼らの神性を知り、眷属として利用したのか。あるいは逆に利用されていただけなのか。
「……なんだか哀れですわ」
メティウスが呟いた。
「哀れ?」
「我らが」
ふたりは激怒とも驚きともわからぬ表情で睨み付けてきた。獅子なのでよくわからないが。
「決めた」
タランティアの砲身がこちらを向いた。
『ググレにょ!』
『発射します!』
「あぁ、頼む」
発砲音と同時に着弾。目の前で緑色の火花が炸裂する。
「あぁああっ!」
「なっ、なんだ……これはッ!?」
あっという間に蔓草が繁茂し、飲み込まれる。
「いつものアレさ」
「流石ですわね、以心伝心!」
ヘムペローザと俺が共同で開発した、蔓草魔法散弾砲。
猛烈に魔力を吸収、完全に相手を無力化する。樹液のように蔓草から滴るのは、特性スライムによる魔素中和液だ。
「おまえたちは永遠に生かしてやる」
「きっ、貴様……!」
「やめろ……それは!」
もっとも最悪の責め苦を思い付いた。
こいつにとっては拷問そのもの。永遠にこの宇宙のちっぽけな惑星とやらにしばりつけてやる。死ぬことは許さない、屈辱てきな生を、永劫の苦しみをあたえて生かしつづける。
それが贖罪だ。
「獅子の仮面を剥いで、いまから猫耳メイドに改造して俺の下僕として可愛がってやる!」
「ひっ!?」
「やっ、やめお願」
「あぁその顔が見たかったのさ、フゥハ……ハァアアアハハハ……!」
久しぶりに心からの笑みがこぼれた。
<つづく>




