頼もしき友人たち
◆
『ヌグォオッ!? 小癪な、あの原始的な船はどこから現れおった!?』
魔導師レプティリア・ティアウはシワだらけの顔を歪めた。人工子宮の玉座を揺るがす想定外の事態に狼狽を隠せない。
今までとは桁違いの攻撃力、爆発が魔城の魔法装甲を破壊する。
『魔法と物理の融合、魔法科学文明の産物か!』
魔法の範疇を越えた破壊力。それは魔法と物理、化学反応を利用した爆発。それは飛翔する小型の「空中戦艦」によるものだ。
『この魔力特性、羅針の妖精と小賢しいググレカスの仲間かッ!』
魔導師レプティリアは悟る。
並行世界からやってきた魔法使い、飄々としたメガネの男。あやつの仲間なのだと。
宇宙は泡のような連続体であり、次元を渡ることが可能な空中戦艦は、もはや魔導師レプティリアと同格の能力を有した魔法文明の産物に相違ない。
『わが魔城を傷つけるとは……!』
対空迎撃熱線砲の砲火に空中戦艦は耐えた。
鈍重な見た目に反して動きが速い。狙いが定まらぬうえに、強固な対魔法装甲を有している。
『ぐおっ! 兵装アームを!?』
再びの衝撃が魔城を揺さぶった。魔城クリスタニアの主砲、陽電子加速砲が「刃」と化した空中戦艦によって切断、破砕された。
『原始人めらがぁッ!』
魔城は特殊な魔法装甲、ダイヤモンドよりも硬い自己再生ロンズディル結晶で覆われ、宇宙航行や次元航行に耐えうる堅牢さを有する。にも拘わらず飛来した空中戦艦は先端に装備した「刃」による体当たりで破壊、外装を切り裂いたのだ。
――魔城クリスタニア強襲モード、外部装甲損耗。主兵装損壊、自己修復まで180惑星標準秒……。
不協和のような魔城のアラートが鳴りやまない。
『ワシの……城が……!』
空中戦艦は攻撃の手を緩めず、無数の火筒、誘導弾を撃ち込んでくる。弾頭には爆裂魔法と硬質金属による複合貫通体が仕込まれている。爆圧と熱エネルギーにより魔法装甲さえも破壊する兵器。
さらなる衝撃と攻撃に、城内に残っていた眷属ラマシュトゥが次々と息絶えてゆく。
『最強の砲撃で……叩き落としてくれる!』
荷電粒子熱線砲で狙い撃つ。エネルギーチャージが不十分とはいえ、焦点温度が数万度に達する灼熱のビーム砲を、空中戦艦はあろうことか反射。魔城めがけて弾き返してきた。
『バ、バカな!』
攻撃に対する防御をそのまま攻撃に転化するなど、さしもの魔導師も思いもよらなかった。自ら放った熱線に焼かれた魔城クリスタニアの脚部が崩壊する。
『こんなことが……あってたまるかぁああッ!』
銀河を旅し、いくつもの知的生命体の住む惑星を蹂躙してきた。宇宙艦隊さえ蹴散らしたことがある。
――なのに何故じゃ!?
こんな矮小宇宙の片隅、辺境の惑星表面で蠢くしか脳のない劣等種に……! レプティリア・ティアウは歯軋りし血走った目で睨み付ける。
永劫の時間、冷たい宇宙と次元の旅の果て、己が力を失いつつあるなど、認めてなるものか。
『……仕方あるまい……!』
魔導師レプティリア・ティアウは城の中心、人工子宮の玉座を結晶体で幾重にもコートする。次元航行可能な魔城を捨てるのは惜しいが、ここを離脱するしかない。
『きゃつらが通ってきた次元回廊……! あれを逆手にとり、きゃつらの本拠地……向こう側の世界に跳躍してくれようぞ……!』
ギラリと邪悪な光を目に宿す。
羅針の妖精は取り逃がしてしまったが、迂闊にも連中は次元の穴を開けてきおった。この貧相な矮小世界から脱出するにも良い機会だ。
魔城クリスタニアを捨て、次元回廊へ飛び込めばワシの勝ち。きゃつらの故郷で再び力を蓄え、眷属どもを増やし、人間どもを蹂躙してくれようぞ。
『下等な劣等種族に目にもの見せてくれようぞ、ギヒヒ!』
◇
「魔城の進行速度低下! 対空砲火沈黙!」
強襲揚陸装甲艦『ホウボウ号カスタム』は空中でホバリング、攻撃の手を緩めない。三百から五百メルテの至近距離で旋回しながら、ありったけの武装を叩き込む。
賢者ググレカスの救出まで魔城の注意をひきつける。そしてあわよくば無力化する。
「アネミィちゃん、火炎爆裂魔法筒の残弾がゼロだ、武装を切り替えて!」
魔法制御を司るレントミアからの檄が飛ぶ。
ついに主力の飛翔火槍が尽きた。
「船首主砲25ミリ速射鉄槍砲で、ググレカス殿が知らせてくれた敵魔城の中枢を狙え。ファリア殿とアルゴート殿の突入口を開くんだ」
艦長ニーニルの指示に従い狙いを定める。
「装弾完了、狙い射ちます!」
砲術長アネミィがトリガーを引くと、甲板上に設置された石弓のような装置から破裂音とともに銀色の飛翔体が放たれた。メタノシュタット王国の戦略兵器「神威鉄杭砲」の技術を転用した艦載武装。音速の数倍に加速させた「魔導合金の槍」が魔城に吸い込まれてゆく。
「着弾! いいわ、効果ありっ!」
チュドドと円を描きながら十数本の槍が着弾、同時に破裂する。貫通と炸裂の破壊術式を仕込んだ質量兵器が、クリスタニアの外壁を砕き大穴を穿つ。
「残弾167……140、砲身が焼きついちゃう!」
「構わん射ち続けろ、魔城の対空兵器は全て破壊し安全を確保」
魔城の上層階は崩れ、奥で怪しげな赤い光が明滅している。誰が見ても中枢と思われる場所だ。
魔城クリスタニアは傾き動きを止めた。熱線を放ってくる対空砲を掃討、狙い撃つと、ついに熱線の砲火が止んだ。
「進路クリア!」
「空挺騎士たち、参られよ!」
艦長の勇ましい声に騎士アルゴートとファリアが応答する。
『了解!』
『待っていたぞ!』
ホウボウ号カスタムの甲板上、魔導リニアカタパルトがひが開く。エレベータの上昇とともにギラギラした青い全身甲冑の戦士アルゴートが姿を見せる。
兄から譲り受けた宝剣『雷の黎明』サンダガート・ホルゾートを背負い、鳥の翼と樽を組み合わせたような最新の魔導飛行ユニットを背負っている。
『アルゴート、魔導強化甲冑、フライトユニット装着型……出ます!』
両足を台座に固定、そのまま押し出され加速。やや斜め上方へと射出されるように発艦する。
空中に躍り出ると両翼を展開、空力による滑空を行う。
『わ、私もいくぞ……うぉおお!?』
ファリアも同じ装備を背中に装着し、発艦する。
『安定飛行を維持、飛んでます、すごい!』
『いっ……いいい、きゃ……あぁああ!?』
珍しいファリアの悲鳴が聞こえてきた。流石の竜撃戦士も単身で空を飛ぶのは初体験だ。
「空力制御、魔城までの誘導は僕がやるから。二人は着城の衝撃に備えて!」
『りょ、了解!』
『まてまてレントミア! これ……停まるのか!?』
「大丈夫、直前で逆噴射する予定だから」
青い翼と銀色の翼が、滑るように魔城へと近づいてゆく。ホウボウ号カスタムは砲撃を止め、ホバリング。二人の強硬突入を見守る。
「ヘムペロとプラムも降下開始! ググレを救出おねがいね!」
レントミアが戦術情報表示を操作しゴーレム降下シークエンスを起動する。
『まかせるにょ!』
『いっくでーす!』
ホウボウ号カスタムの後部デッキが開け放たれた。地上までの距離はおよそ二百メルテ。
四歩脚に人間の上半身、蜘蛛のようなゴーレム――メタノシュタット中央戦略軍タランティア魔導海兵隊仕様――が降下する。
『アトラクションにょ……!』
『うーっ、落ちるですぅ!』
強襲降下と制圧を目的とした軍用ゴーレムは、着地ユニットを装着している。地表ギリギリで爆裂術式が自動励起。爆圧によって着地に成功した。
『にょわっ!?』
『ひゃぁ!』
「無事!? 二人とも」
『……なんとかにょ、ゴーレムの各部も異常無し』
『ヘムペロちゃんが武器担当、あたしが歩かせる担当でいきます!』
ヘムペロとプラムが息のあった操縦を見せる。半自動化された軍用ゴーレムは、焼け焦げた谷の上に降り立ち、ググレカスたちのいる方向へと近づいてゆく。
『レントミア! 城につくぞ!』
「あっとそうだった」
飛翔する騎士と戦士は、強硬突入目前だ。目指すは魔城の開口部、破壊した上層部。その入口に、緑の蠢く怪物たちが姿をみせた。
『『グゥヘヘヘ! ウェルカム人肉ゥウ!』』
『突入予定地点に、緑の化け物が多数……!』
『敵の大歓迎だぞ!?』
「心配ない、爆裂術式で吹き飛ばすから舌を噛まないでね! 5、4、3、2……逆噴射!」
ギャース! と不気味な悲鳴とともに緑の化け物が爆散。一瞬でベトベトのミンチと化した。
アルゴートとファリアは、その爆圧で減速しフワリと魔城に舞い降りることに成功する。
「突入成功!」
「背中のこれは……外してもいいんだな」
飛行ユニットを背中から外し、ファリアは髪を結い直す。二人はそれぞれ武器を構える。
『二人とも気をつけて! ググレの送ってきた情報によるとそこが魔城の中枢、敵の親玉レプティリア・ティアウっていう化け物がいるはずだ。そいつを探しだして倒せれば……』
「レントミアさん、了解です」
「もう、目の前にいる」
ブヨブヨとした赤黒い肉が、クリスタルの複雑な外郭をまとってゆく。
魔城と同じ材質の複雑な甲冑。その内側に閉じ込められた肉塊は、目や口、巨大な脳、内蔵がドロドロと流動し形をとどめていない。
『……ゴブゴブ……我が……魔城に土足で上がり込むとは無礼千万。下等な虫けらどもは……駆除ォオオ……!』
「ファリアさん!」
「あぁ、問答無用だ!」
◇
「タランティア、海兵隊仕様の強襲型か」
「賢者ググレカス、ヘムペローザさまとプラムさまですわ!」
『迎えにきてくれたのか」
二百メルテほど先にゴーレムが着地した。
上空ではホウボウ号カスタムが旋回、魔城クリスタニアを制圧しつつある。
ファリアとチュウ太が直接乗り込むと聞いたときは驚いたが、物理で殴り倒す竜撃戦士と、伝家の宝剣を携えた騎士。二人なら魔導師と互角以上に戦えるはずだ。
実用化されたばかりの魔法飛行ユニットを背に、二人は城へ乗り込むことに成功したようだ。
レントミアとの戦術データリンクも回復、敵と味方が戦術情報表示に映し出される。いつもの光景にほっとする。
プラムとヘムペロのゴーレムがガショガショとこちらに向かってくる。
「ファリアさまとアルゴートさまが接敵なさいましたわ! あの魔導師とですわ」
「そのようだな」
駆けつけて援護したいが、プラムたちに回収してもらわねば魔城までは行けないだろう。
魔城から地響と衝撃、雷鳴の稲光が弾けた。
上部開口部の反対側で壁が吹き飛び爆発が外へと噴き出す。すさまじい技が内側で放たれたのだ。
「ググレカス殿……! あらは一体何が!?」
「天からの援軍なのですか?!」
「奇蹟だ……!」
「空飛ぶ船に、稲妻、光……爆発、もう何がなんだかわかりません。ググレカス殿が呼ばれたのですか!?」
「私を助けにきてくれた、頼もしき友人たちさ」
一緒に戦っていた王国の仲間たちが目を丸くする。
激しい魔城攻略戦を戦った戦友たちに向かい、親指をたてて微笑む。
もう大丈夫だ、と。
誰も彼も呆然自失で顔を見合わせる。人智を越えた神と悪魔の戦いにさえ思える光景だったのだろう。理解を越えた戦いに混乱し、興奮してる。
空中戦艦や魔法科学の火力も、この世界の住人たちからみれば規格外。天からの援軍という例えも、あながち間違ってはいない。
プラムとヘムペロのゴーレムが目前に迫ったとき、赤い疾風が渦巻いた。
「くっ!?」
「……はぁはぁ……これは、一体……なんなんだよ」
「レプティリア様の魔城が……! おまえは……おまえは一体何者なんだ、ググレカぁス!」
それは獅子頭の眷属、ネフェルトゥムとゼクメィトだった。ズタボロで瀕死。再生不能な重症を負っているのだろう。
「生きてたのか」
<つづく>




