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絶望の魔導要塞クリスタニア

 魔城が鳴動しはじめた。

 地響きと甲高いフルートのような振動音が次第に大きくなってゆく。巨大で複雑な「水晶の塔」だった魔城は表面がビキビキとひび割れ、崩れ始めていた。


「魔導師め、何のつもりだ」

 天空から飛来した異種族の魔導師、その思考と能力は未知数。警戒するに越したことはない。


「賢者ググレカス、魔力が入り乱れています。城の主がお怒りなのかもしれません」

「わかるのか、メティ」

「……巨頭ォの魔導師は、私を『新たなる世界への羅針(らしん)』と申しておりました」

「別の世界へ侵攻するため……か」

「暗い星の世界を旅し、次元を越え、破壊と殺戮を繰り返してきた。眷属を作り出し……人間を狩り、自分達の滋養として。そんな記憶の断片が、あの魔城には染み付いていました」

 妖精メティウスは辛い記憶を語る。俺の首に寄り添い、言葉を選びながら恐怖の記憶を紡いでいる。


「もういい、忘れるんだ。魔導師とはここで決着をつけられればよかったが……」


 眷属を次々と打ち破り魔導師の手駒を削る。そうすることで親玉のレプティリアが出てくる。そこで総力戦を仕掛け……という作戦は変更を余儀なくされている。


「これ以上は危険だ、城から離脱すべきだ」

 俺は突入部隊の隊長に進言する。

 突入口の確保、敵眷属の討伐。そして俺の相棒、妖精メティウスの奪還。

 目的は十分に達せられたはずだ。


「総員、ここは退くぞ!」

「はっ!」

 共に地下から潜入した兵士と魔法使い。その混成部隊のリーダーが部下たちに命令を下す。

 兵士や魔法使いたちが、城の正面に開いた突入口から次々と脱出する。


「賢者ググレカス、私たちも城から離れましょう」

「そうだな、崩れ落ちそうだ」


 獅子頭の眷属たちと緑の芋虫の群れは、未だに夢心地。城の近くで団子のように戯れている。

「……ブブブ……魔導師様ぁ……?」

「……我らを……」

「み……見捨て……」

 悪夢を見続ける『逆浸透自律稼働術式(ウィルスアプリクト)』に侵された眷属の群れも、流石に魔城の異変に気がついたらしい。

「……あれ? ゼクメィト……城が……」

「レプティリア……さま?」

 獅子頭の眷属二体も虚ろな目を向ける。


「ギャブ!?」

 城の外壁が崩れ落ち、次々と緑の芋虫ラマシュトゥの上に降り注いだ。鋭い水晶の刃が、哀れな眷属たちを貫き、押し潰した。

「ま……魔導師さまぁあ!」

「ギャ!」

 それでも必死に魔城に戻ろうとするが、哀れにも降り注ぐ破片の犠牲になってゆく。


「見ていられませんわ……」

「魔城の(あるじ)、魔導師レプティリアは手下どもを見捨てるつもりか」

「賢者ググレカス、走ってくださいまし」

 俺もメティに促され距離を取る。


 少し先で獅子頭の眷属と死闘を繰り広げていた騎士団長マリアス、千人隊長アルグーストと合流する。


「ググレカス殿! これは一体!?」

「わからん、魔城の主が逃げ出すつもりなのか、最後の攻撃に出てくるのか」

 とにかく今は魔城の攻略どころではない。

 城の入り口から見える内部構造はねじれ、崩壊し、緑の芋虫ラマシュトゥをミンチに変えてゆく。あの付近にいればひとたまりもなかった。


「アルグースト、作戦は中止だ! 攻略部隊後退、姿を隠せる岩場まで撤退せよ」

「仕方ねぇ! 総員、退避!」

 騎士団長から千人隊長アルグーストへ、さらに各部隊へと命令が伝播する。

「総員、退避……! いそげ!」

「作戦を変更! 撤退し再集結せよ!」

 慎重に索敵結界(サーティクル)で魔城をサーチしつつ、兵士たちに合流。谷間の上を目指す。

 

「魔城が動き始めた!」


 魔城を防衛していた三本足のゴーレム軍団は、既に動きを止めている。その場に立ち尽くし、汚れた岩塩のオブジェのようになっていた。兵士が斧で容易に叩き割る。

「ゴーレムに構うな、谷の上を目指し走れ!」

 魔城は谷間に鎮座していた。空から落下して村を吹き飛ばし、その谷間に突き刺さった。

 何百人もの兵士たちが岩場をよじ登り、身をかくせる場所へと駆け込む。


 ある程度の距離を取ったところで、魔城クリスタニアを俯瞰(ふかん)する。

 魔城クリスタニアが徐々に動き出し、変形し始めていた。


「なんだ……あれは!?」

「魔城が、姿を変えてゆく」

「バカな、城が動き出しやがった!」

 騎士団長マリアスと千人隊長アルグーストが顔色を変える。

「なんてこった、城が動くなんて」


 魔城の外壁が大きく三方から剥がれ、それが三本の「脚」を形成してゆく。まるでクモか蟹の脚だ。さらに上部に一対の巨大なアーム状構造体が形成されてゆく。自在に動く巨大な触手、あるいはムチか。


「賢者ググレカス、魔城の魔法防御結界が変化してゆきます」

「動くのか、あの巨大な城が」

 索敵結界(サーティクル)で詳細なサイズを分析する。

 表面はキラキラと太陽光を撥ね返す結晶で覆われている。城の基幹部はおよそ直径50メルテ、高さ70メルテほどの樽状。中心部にぼんやりと赤い光が脈動している。そこが中枢で魔導師レプティリアが潜んでいるのだろう。

 胴体の下部からはクモのような三本の脚。50メルテはあろうかという構造体が関節で接合されている。伸ばせばそれだけで150メルテはあるだろう。

 そして上部には自在に動くであろう一対のアーム状構造体。結晶が無数の柔軟な関節で繋がっているのだ。魔城の全高は、おそらく100メルテに達していた。

 足元で右往左往しているのは、緑の芋虫眷属ラマシュトゥ。比較するとまるで蟻のようだ。


「なんという巨大さだ……!」

「巨大なバケモノに変形しやがった!」


「魔城クリスタニア強襲モード、か」

 その威容に息を飲む。

 城そのものが超巨大なゴーレムだ。

 流石の俺でさえ、あのサイズのゴーレムを動かすことなど不可能だ。せいぜい全高十数メルテが限界だろう。


『――愚かなる人間種よ、余は神である』


「ひぃい!?」

「な、なんだあれはー!?」

「おおお!? なんとおぞましい」

 兵士たちが悲鳴をあげた。

 三本脚の超巨大ゴーレムの上空に、立体映像が映し出された。イチジクを逆さにしたような頭部、ブヨブヨの黒いゼリーのような皮膚。赤黒い血管が全身を覆っている。


「魔道士……レプテリィア・ティアウ!」


 体組織は肥大化し、周囲の水晶の壁や床、天井を木の根のように覆っている。それらはビクビクと脈動し、おそらく魔城全体を支配しているのだろう。


『――滋養十分に得た。貧弱なるこの世界に、もはや用はない』

 顔は胎児のようでもあり、歳を重ねた老人のようでもあった。異様に大きな赤い目玉が、ギョロリと動き細められる。


『――死ね』


 強襲型魔城クリスタニアの一対の腕が動いた。

 全長百メルテはあろうかという二本の腕。それを持ち上げて頭上で絡ませるや先端がスパーク、紫色の稲妻が球形に膨らんでゆく。


 ――警告! 超高密度魔力反応!

 戦術情報表示(タクティクス)が真っ赤な警告を発した。

「賢者ググレカス! 広範囲攻撃、きます!」

「くそっ、極大級の攻撃魔法だ、くるぞ!」

 俺は兵士や魔法使いたちに叫びつつ、最強の「隔絶結界」アパルトヴァリアを展開する。


「た、退避……………っ」

「間に合わねぇ……!」

 周囲が紫色の光で照らされる。


「やらせはせん!」

 俺がこの世界に来た意味。

 それは星の世界から飛来した、チート級のバケモノと対峙するためだ。ここの人たちを守らねば、賢者としての意義を問われる。何よりも、元の世界に戻ったとき皆に顔向けが出来ない。


 ――隔絶結界(アパルトヴァリア)展開、超駆動(アクセル)! 全員を……最大範囲を防御する!

「最大魔力ぅおおおっ!」

 限界まで防御範囲を広げる。

 残存魔力の大半をつぎ込み、騎士団長や兵士たち魔法使いたちを覆い尽くす。


「これは、ググレカス様の結界!?」

「なんて範囲だ……!」

「全員一ヶ所へ集まれ! 盾兵! 魔法を使えるものは防げ!」


 紫色の稲妻が弾けた。

 それは音さえも消し飛ばす。視界が白と黒に埋め尽くされてゆく。

 地面が融解し、マグマのように沸騰、それが谷底を同心円状に広がってゆく。

 超高温に衝撃波。瞬間的な気圧変化はまさに反応爆弾そのものだ。ドーム状の隔絶結界の境界面に接触し火花を散らす。

 無敵の「隔絶結界」の原理は空間の次元をスライドさせ、薄皮一枚の相転移フィールドを展開。あらゆる攻撃を「別世界のこと」として受け流す理屈だ。

 従って、通常の空間自体が砕ければ、それを足場にしている隔絶結界とて崩壊しかねない。


「火焔地獄の中か……!」

 全員が悲鳴をあげ祈りつづけている。

 ドーム状の空間の外側では炎が荒れ狂う。

 あらゆるステータスが測定不能。外の温度は数千度を超えている。長い数秒がたち、光が弱まると灼熱の炎の嵐が中心部に向かって流れてゆく。

 結界の正面にあったはずの岩が溶け、横向きの石筍を形成する。

「爆心地の中心かよ……!」

 魔力が限界に近い。視界が霞む、よろめきながらも気力を振り絞り隔絶結界を維持し続ける。

「賢者ググレカス!」

 妖精メティウスも魔法を支えつづけてくれている。

 炎が弱まり周囲が赤黒いマグマの海に変わっていた。谷の内側の壁は全て溶け、ドロドロと谷底に流れてゆく。

 今、隔絶結界を解けば直径五十メルテほどの空間で隔離された兵士や魔法使いたちは、瞬間的に焼死してしまうだろう。

 ――外部温度500度、490度……。

 索敵結界が辛うじて測定した数値。せめて生存可能な状態になるまで……耐えねば……。

 ガクリと片ひざをつく。


「ググレカス様!」

「くそっ! しっかりしてくれダンナ!」

 騎士団長マリアスとアルグーストが支えてくれた。だが意識がもうろうとしてきた。

「……この……防護が消えれば……焼け死ぬ」

 なんとか維持し続けねば。

 外気温は350度……マグマは黒く冷え、固まりつつある。だがそれでも生物が存在できる状態ではない。


 揺らぐ陽炎の向こう、巨大な三本脚の城がゆっくりと動き始めていた。谷を越え向こう側へと移動しつつある。

 一撃で消滅させたと思ってるのだろう。


「魔法師部隊、全員で防御結界を張れ! 高温から身を守るのだ!」

「はっ!」

「みんな! 全力で防御魔法を! 熱と酸欠から身を守る広範囲結界を!」

 一緒に魔城に突入した魔女が音頭をとり、息を合わせて結界を構築する。


 外の温度は二百度、致死性のサウナぐらいまでは下がってきた。魔導師テプレィリア・ティアウが気づき、トドメを刺しに来ないことを祈るしかない。


 ついに耐久限界となり「隔絶結界」が崩れた。

 どっと熱気と嵐が流れ込んでくる。


「結界防御!」

「全員で力を合わせろ!」

 淡いヴェールのような結界が輻射熱を防いだ。


「……みんな、やるじゃないか」

「賢者ググレカス、お気を確かに!」

 外は空気は熱いが窒息は免れそうだ。谷間という地形効果で、空気の流れを生んでいるのだろう。

 意識が遠退きそうになった、その時。


 ――警告、ターゲットマーカ!

「!?」

 赤く小さな光の点が俺の胸に照射されていた。咄嗟に避けたが、左肩が()ぜた。

 賢者のマントが破れ血飛沫が舞う。

「ぐ……うぉっ!」

 射たれた!

 超射程の熱線砲を検知した警告が、僅かに遅れて眼前に示される。

「賢者ググレカス!」

 妖精メティウスが悲鳴をあげる。魔城に狙撃されたのだ。


「ググレカス様が負傷さなれた!」

「魔城からだ! 攻撃されているッ!」

 兵士や魔法使いたちがパニックに陥る。

「治癒の出来るものを早く!」


「くっそ……痛てて……」

「賢者ググレカス! 血が……!」

 ゆらぐ陽炎の向こう、魔城クリスタニアの腕の一本の先端が、こちらを向いていた。

 五百メルテはあろうかという距離を、熱線砲で狙撃してくるとは。

 魔法使いたちの「防御のヴェール」は展開されていたが、熱線砲を防ぐことはできなかった。常時展開している「賢者の結界」さえも貫通する威力なのだから無理もないが……。

「大丈夫、急所は……はずれた」

 致命傷ではない。治癒用のスライムで傷口を塞ぎ、痛みは認識撹乱魔法で消せる。マニュフェルノがいれば……治せるのに。


「血管を再生します、動かないで」

 駆けつけた魔女が肩に触れる。治癒のできる魔女が応急手当をしてくれている。

 だが、まずい状況だ。狙撃の攻撃はこの場にいる全員を殺せるのだ。


『――我が眷属を惑わせし者……賢者ググレカス。罪を清算するため、そこな針盤(・・)を余に差し出せ。可憐な妖精は、新天地への鍵なのだ』


「魔導師! やれるものなら私ごと撃ち抜きなさい!」

 妖精メティスが果敢にも俺の前で、小さな結界を展開する。

「やめるんだ、メティ!」


『――羅針の妖精よ、お前こそ余の妻にふさわしい。時空を超越する眷属を産み落とし、余と共に新世界を築こうではないか……!』


「全力で、断固、お断りですわ!」

 ふざけた要求に流石のメティもキレた。


『――ならば周囲の者を一人づつ殺す。気が変わるまでのぅ』


 ジッと治癒をしていた魔女の胸が赤く燃えた。

「あ、ああっ!?」

「やめろ!」

 咄嗟に魔力を絞りだし、賢者の結界を展開。彼女を狙撃から反らすことに成功する。

「大丈夫か!?」

「え、えぇ……なんとか」

「治癒をありがとう、離れるんだ」

「ですが……!」

 別の場所で兵士の一人が悲鳴をあげた。身体がそのまま火柱のように燃え上がる。


「ダメだ助からない……!」

「総員、防御円陣! 盾兵を前に……!」

 だが盾ごと熱線は貫通、人を火柱に変えてゆく。

「ぎゃあっ!」


「くそっ! このままじゃ全滅だ」

「アルグースト、総員に退避命令を!」

「岩も何もかも溶けちまって丸見えだ、背中から撃たれちまう!」


 これは虐殺だ。

 魔法使いも誰も、攻撃を止めることは出来ない。


「賢者ググレカス、私……魔導師のもとへまいりますわ」

「メティ! 君を行かせるわけにはいかない」

「ですが……!」


 どうする、手詰まりだ。

 このまま狙撃だけでも全滅は必至。

 魔城クリスタニアは、今や難攻不落の魔導要塞と化した。このまま世界を移動し、あちこちを焼き尽くすだろう。

 あれを止めるには、極大級の攻撃魔法、戦術級の大火力が必要だ。

 だが、そんな魔法は放てない。既にこの世界に、有効な対抗手段が存在しない。だからこその内部からの攻略だったのに……。


「魔導師レプティリア、お止めくださいまし!」

 妖精メティウスが飛んだ。

 羽を輝かせ、熱線で狙わぬようにと両手を広げた。かすめた熱線で金色の髪が舞う。 

「ダメだメティ!」


『――気が変わったか? 羅針の妖精よ』


「…………ですわ」

 メティウスは空中に浮かんだまま動かない。

 静かに手を広げ、静かに魔城を見据えている。


『――グフフ、さぁこちらへ来い。お前が余の物になるのなら、他の人間は……』


 その時だった。不意に空が曇り渦を巻き始めた。魔導師レプティリアの言葉を遮り、雷鳴が轟く。

 ――異常魔力反応! 次元震を検出!

「これは!?」


「クソくらえですわ!」

 メティウスが両腕を空に向ける。

 呼応するように空が歪み、激しい青白い閃光がはじけた。そして渦の中心を切り裂きながら、巨大な剣のような金属体が、轟音と共に飛び出してきた。

『――なっ!?』

 それはまるで小さな聖剣戦艦(・・・・)を思わせる姿だった。そのまま急降下するや、熱線を放っていた魔城の触腕へ突撃し、破砕――。

『――我が城の兵装アームを砕きおった!?』

 地表ぎりぎりで慣性制御、重力に逆らい方向を変えて再び上昇。ギラリと陽光を撥ね返す。

「おぉ!? あれは……!」

「船だ!」

「まるで剣のような……!」

 空を飛ぶ短剣のような船体。それは先端に装備した魔法の超振動ブレードだ。


 間違いない、あれはメタノシュタット所属の実験艦。

「ボウボウ号!」

「賢者ググレカス、お迎えですわ!」


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 崩れる魔城クリスタニアから退避したのは悪手だったようですね。 それにしても賢者ググレカスの肩に重症を負わせるとは。(汗) 万策尽きたかに思えた時、第七騎兵隊参上とばかりにホウボウ号が現れた…
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