獅子頭の眷属、ネフェルトゥムとゼクメィト
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「どおりゃぁッ!」
千人隊長アルグーストが剣を構え突っ込む。
十メルテ先にいる黒い獅子頭の少年、眷属ネフェルトゥムめがけ疾駆する。
正々堂々の一騎打ち。
いや、二組の決闘を申し込んだ。
とはいえ、必然的に互いに「与し易そうな相手」と火花を散らすことになる。
戦士アルグーストは獅子頭の少年眷属ネフェルトゥムへ、騎士団長マリアスは女型の獅子頭ゼクメィトへと闘いを挑む。
「おじさん一人? 何秒もつかなぁ」
黒髪の獅子頭ネフェルトゥムは嘲笑し動く気配さえない。
アルグーストは間合いに踏み込むや、バスタードソードを上段の構えから一気に振り下ろす。脳天を確実に捉えるシンプルな太刀筋での攻撃だ。
「ずぉりゃっ!」
「はー。何その攻撃? バカは死になよ」
浅黒い肌の少年眷属は心底呆れたように、軽く左手を一閃。
眼前の空中に、植物の蔓じみた銀緑色の刃が出現する。それはネフェルトゥムの腕に連動する鞭のような魔法の刃だった。
迫り来るアルグーストをハエでも払うような仕草で横薙ぎに払う。
――斬葉微塵
「くッ!?」
魔力で植物の葉脈そっくりの実体を生成し、金属原子をコーティング。何千という兵士を斬り刻んできた致死性の魔法。それを束ねてムチのように振り回し、惨殺する術だ。
人体はもちろん鎧や剣でさえ両断できる。
「はい全身バラバラね」
だが、アルグーストは迫りくる鞭の刃をギリギリまで引き付け、剣で叩き伏せた。
「ここだあっ!」
アルグーストはこの攻撃を知っていた。
タイミングも予測できた。なぜなら戦場で仲間が殺されるのを何度も目にしていたからだ。剣でも盾でも止められず、無念に斬り刻まれる場面を。
血の涙を流しながら、渾身のパワーで振り下ろしたバスタードソードで魔法をねじ伏せる。
高強度な実体を有する魔法がゆえ、その動きは物理法則に縛られる。刃が軌道を変えられて地面をえぐり、衝撃波と土煙を生む。
「ボクの技を防いだ……!」
ありえない事が起きた。
剣だろうと盾だろうと鎧だろうと、魔法の刃は切断可能な魔法のはず。
だが、剣は折れなかった。
力まかせの戦士が剣で叩き伏せたのだ。
驚愕するネフェルトゥムの間隙を縫って、アルグーストが土煙から飛び出してきた。
「なッ!?」
速い。
人間の瞬発力を超えている。
「っしゃぁらああっ!」
高速の拳が、獅子頭の少年を捉えた。ボディに棍棒のような腕が食い込み、力任せに吹き飛ばす。
「ごふっ……!」
だがネフェルトゥスは空中でくるりと反転。バク転をしながら着地する。
「入った!」
「くっ、貴様」
腹部に軽い痛みを感じつつ、剣を持ち直す大男を睨み付ける。
「マリアス! 通じるぞ魔導師の眷属にもよ!」
もう一人の敵、ゼクメィトと対峙する騎士団長マリアスに向けて拳を見せる。
「くっ、おまえ……何か魔法の防御を?」
ネフェルトゥムは拳を叩き込まれた瞬間、アルグーストの腕を切断しようと刃を生み出した。しかしそれも砕かれた。
魔法の防御、レジストする何らかの結界をまとっている。
獅子頭の眷属ネフェルトゥスが表情を俄に険しくする。今度は腕を空に向け、緑の槍のような輝きを出現させる。
「賢者さまのご加護ってやつさ」
アルグーストが剣を再び構えた。
賢者ググレカス。彼が魔法をかけてくれた。
――カウンター魔法パッケージさ。
彼はメガネを光らせながらそう言っていた。
相手からの魔力攻撃をトリガーに発動する。
カウンター型の防御と反撃魔法の詰め合わせ。
剣には切れ味を増す『共鳴振動両断術式』と破壊を防ぐ『形態維持魔法』を。肉体には『賢者の結界』による防護と、瞬発的に反応速度を上昇させる『魔力強化内装』を。
それらの複雑で高度な魔法を超駆動させ、アルグーストが身に付けていた守りの水晶に『常駐』させたのだ。
水晶の品質的に魔力保持の限界は三分ほど。
だが魔法スキルの無いアルグーストにとって効果的な支援となった。瞬間的に対魔法戦闘でカウンターを食らわせることができるのだから。
「すげぇぜ賢者さま」
「な、ナメるなよ人間のくせに! 虫けらのように……弱いくせにっ!」
癇癪もちの子供のように、ネフェルトゥムが魔法の槍を放つ。
緑の稲妻のように、それは地面に命中すると爆発。緑の鋭い刃を持つ葉が爆発的に繁茂する。
「くそ! なんじゃこりゃ!」
命中しなくても地面で炸裂すれば鋭い葉を持つ植物が爆発的に生える。まるで栗のイガだ。金属光沢を持つ鋭い葉は、触れただけでも肉体を貫通するだろう。
「アハハ、逃げ場所も無くなるよ」
アルグーストが転がりながら避ける。
巨漢の戦士は攻撃の軌道を読みなんとか逃げている。
肉体のステータスは上昇、攻撃力倍加の持続時間は残り、120秒。
「これだっ!」
落ちていた丸太を蹴り上げて、緑の槍を空中で迎撃する。すると丸太が一瞬で巨大なイガグリに変化しネフェルトゥムへと向かう。
獅子頭の眷属、ネフェルトゥムが一瞬のスキをみせた。
アルグーストは地面を蹴って反撃に転じた。剣を突き出して心臓を狙う。
「くっ!?」
ネフェルトゥムがたまらずバックステップ。
間合いを取ろうと背後に跳ねた。アルグーストが更に追う。
だが、次の瞬間。
「避けろアルグースト!」
騎士団長マリアスの叫びにハッと我に返り、急制動。
眼の前で真っ赤な光が炸裂、爆炎の海に変わる。
「ぐおっ……これは!?」
直撃は避けた。あと一歩踏み込んでいれば丸焼きになるところだった。
「……二対二の戦いであることをお忘れなく」
黄金の女型の獅子頭。眷属ゼクメィトが左の手を向けていた。
騎士団長マリアスの剣撃を右手で受け止めたまま、左手による魔法でネフェルトゥムを支援している。火炎弾のような魔法による中距離攻撃だ。
「くそ、私を相手にしながら」
「おまえなど元々相手になどしていない」
歯牙にもかけないと言った様子で、素手でマリアスの剣をへし折った。
驚く騎士団長マリアスを炎の拳で殴り倒す。
「ぐはっ!」
「マリアスから離れろ!」
今度はアルグーストが黄金の獅子頭ゼクメィトめがけ、側面から剣を叩き込む。
「次はお前か」
ゼクメィトは至近距離で爆炎を放った。剣が届く前に、炎に巻き込まれアルグーストが吹き飛ばされた。
「熱っあああッ!」
「ア、アルグースト……!」
騎士団長と戦士隊長が地面に倒れ伏した。
「アハハ弱いや。つまんない」
「油断しないことです、ネフェルトゥム」
「はいはい、わかってる。確実に殺すね」
黒獅子の少年に、雌獅子乙女が声をかける。
二人の眷属はそれぞれ右手に魔法の光を宿し、地面に倒れた騎士団長と戦士隊長にむけて近づいてゆく。
とどめを刺すつもりなのだ。
「き、騎士団長どの!」
「アルグースト隊長ッ!」
「ああっダメだ……!」
「このままでは殺される!」
手を出すなという命令を忠実に守り、遠巻きに見守っていた兵士たちに動揺が走る。長槍密集隊と戦士隊から悲鳴が上がりはじめる。
『ゲヘヘヘ! お肉の時間ー!』
『あの二人は肉が硬そうだにゃぁ』
取り囲み攻撃し続けていた緑の芋虫魔人、眷属マラシュトゥの群れがゲラゲラと嗤う。
ニ対ニのタイマン勝負など最初から無謀だった。
今まで何千人もの兵士の命を奪ってきた魔導師の眷属に、たった二人で挑むなど無謀にも程がある。
どう考えても勝ち目など無い。
「もはや……これまでか」
副隊長の老戦士が険しい表情で動揺する部下たちに指示を下そうとする。
救出のため全員で突撃をかけ、退却。それしかない。
だが、無謀なタイマン勝負を挑んだのは何故だ?
他所から流れてきた賢者を名乗る男に何か吹き込まれたのではないか?
それは一体――
ドドォオ……!
突如、地鳴りがした。
その場にいた全員が何事かと辺りを見回す。
『ヘッ……エッ!?』
『眷属フォルスゥウ……?』
『死んだ……?』
『め、滅せられたァアア!?』
声をあげたのは芋虫魔人のマラシュトゥどもだった。
ブニブニと右往左往しながら口々に叫び始める。
地鳴りは魔城クリスタニアからだ。
幾何学的な巨大結晶で構成された建造物が振動し、ビキビキとひび割れる。
「魔城が……動いている!?」
正面に亀裂が入り六角形に口を開ける。
結晶の柱で支えられた魔城の内側が見えた。
「門が……開いた!」
「賢者ググレカス殿が、やったのか!」
その場にいた全員が理解する。
「侵入部隊から連絡! 我ら突破口を開放、眷属を撃破セリ!」
「うぉおおおっ!?」
魔法通信を担う魔法使いが報告するや、戦士たちが気勢をあげた。
ゼクメィトとネフェルトゥスも足を止め、顔を見合わせる。
「我らの城が……動き始めた」
「それよりゼクメィト!」
「……フォルスの気配が」
「消えた? どうして?」
獅子頭の眷属たちも動揺を隠せない。
『グプププ……!』
『二正面作戦、成功ププ……!』
緑の芋虫魔人マラシュトゥ数匹がブニブニと体を波打たせながら、獅子頭の二人へと近づいてゆく。
ニタニタしながら意味不明のことを口々に口走る。
「マラシュトゥ?」
「どういうこと?」
『毒液ブシャァアアアアア!』
「きゃぁ!?」
「わあっ!?」
突如、緑の芋虫魔人マラシュトゥが毒液を噴きかけた。
ゼクメィトとネフェルトゥスが緑の粘液にまみれる。
毒液を噴きつつ、マラシュトゥは我に返る。
『あっ……?』
『あれぇ?』
「貴様らぁ……」
「何のつもりだよ! クソ虫!」
『ギャース!?』
怒り狂ったネフェルトゥスに、一瞬で斬り刻まれるラマシュトゥ。
緑の肉片と化した眷属仲間を蹴飛ばすネフェルトゥス。
「乱心したかラマシュトゥ」
ゼクメィトは違和感を感じつつ、全身から炎を噴出。傍らの少年眷属ともども毒液を無効化する。
「あっ! 二人が逃げた」
気がつくと騎士団長マリアスとアルグーストは、二人三脚のような格好で逃げ去ってゆくところだった。仲間たちと合流し、魔城への突入を図るつもりらしい。
「人間ども……逃げられるとでも……うっ?」
ぐらり、とゼクメィトが目眩を感じよろめいた。
「……これ、何? 毒?」
同じくネフェルトゥスも身体に異変が起きている。視界が歪み、平衡感覚が狂い始めた。
「我らにラマシュトゥの毒など効きません……これは」
「まさか」
『認識撹乱魔法入りのウィルスが効いてきたか』
首だけのラマシュトゥが声を発した。
「その声……メガネの魔法使いか!」
「あのときのヒョロガリメガネ……」
『あぁそうさ、俺は賢者ググレカス。騎士団長マリアスと戦士アルグーストの攻撃は、貴様らにそれを仕込むためさ』
「お……おの、れぇえっ!」
「神の眷属であるボクらを……謀るなんて」
徐々に身体の自由が奪われる。
解呪できない。
「か、解呪でき……ない」
ゼクゥメイトが片膝をつく。
体内に入り込んだのは複雑怪奇な、未知の呪詛毒だ。
それが増殖しながら肉体を蝕んでゆく。
『グププ……』
『ここに、お肉ゥ』
そして周囲には虚ろな目をした緑の芋虫魔人、ラマシュトゥどもが集まりつつあった。
賢者ググレカスに操られ正気を失っているのだ。
「ゼ……クメィト」
「ネフェルトゥス……!」
互いに手を取り、庇い合う。
『いっただきまぁあす!』
『肉ゥウウ』
「ああああっ!?」
「うわぁあっ!?」
一斉に襲いかかる緑の芋虫魔人の群れ。二人の眷属は悲鳴をあげるが逃れられない。肉体を食い千切られ、意識が遠のいてゆく――。
◇
「……という悪夢を見る『逆浸透自律稼働術式』を仕込んでおいたのだが」
効果は抜群だったようだ。
獅子頭の眷属二体は、ラマシュトゥの群れに取り囲まれ全身を「舐め舐め攻撃」されている。レロレロと舐め回された刺激を誤認、失禁しながら白目をむいてしまった。
「賢者ググレカスったら悪趣味ですわ」
「あいつらは大勢殺した極悪眷属だからな。これぐらいいいだろ」
難敵だった獅子頭の眷属二体はこれで戦闘不能、リタイアだ。
魔導師さえ倒せば眷属共は消えるのだから。
「残るは魔導師レプティリア、貴様だけだ」
「賢者ググレカス、脱出しませんと」
鳴動する魔城クリスタニアが徐々に動き出し、変形し始めた。
<つづく>




