妖精メティウス奪還戦、ハレンチ鳥魔人
「は、放してくださいませ!」
妖精メティウスはじたばたと手足を動かすが、逃げ出せない。彼女を覗き込んでいるのは、鳥の顔をした魔人だった。
『ふむ、可愛らしい妖精よ。しかし空を飛ぶとき、この格好では下着が丸見えではござらぬか……?』
捕まえたまま下から覗き込もうとする。
「いやぁッ! セクハラはダメですわ、おやめくださいまし……!」
『恥じらう姿もまた良い。同じ空を飛ぶもの同士、理解し合いたいのでござるよ』
メティを持ち上げ、股下から顔を近づける。
ぎゅっと内股を閉じるメティ。
「賢者ググレカスでさえ、こんなハレンチなことはいたしませんわ……!」
「くそ、変態野郎め!」
メティウスをこっそり下から眺めることが許されるのは俺だけだ。目玉をスライムで溶かしてやる。
『――おいこのクソ野郎! 妖精を放せ!』
芋虫魔人マラシュトゥを通じ俺は叫んだ。
駆け出して魔城の中を移動しながら、鳥顔魔人と妖精メティウスの近くにいたマラシュトゥを操り、声を送ったのだ。
『ぬ……マラシュトゥ? どうしたでござる? 地べたを這いまわる下等なる貴様が、ワシに意見するでござるか?』
魔人同士にも序列があるのか芋虫魔人を見下した口ぶりだ。まぁ想像はつくが。
『それはレプティリア様への……供物だ!』
適当な言葉で挑発し気を引きつける。
『なんと、そうでござったか』
魔城内の位置はこれで把握できた。
五層から一層までをつなぐ中央の吹き抜け、その中間に奴は浮かんでいる。
「あなたは誰ですの!?」
『おぉ、自己紹介がまだでござった。ワシは天空を支配する神性、フォルス!」
「ワシ? タカかトンビに見えますわ」
『ワシはハヤブサでござる』
「わけがわかりませんわ」
『とにかく。ワシは偉大なる魔導師レプティリアさまにより受肉され、この次元へと顕現した身。ゆえに永遠の忠誠を誓っているでござる。しかし、惜しむらくはネフェルトゥムとゼクメィトのように、強い絆で結ばれたパートナーがおらぬこと。ゆえに、同じ空飛ぶもの同士……む……結ばれようではござらぬか……』
くちばし状の口を近づける。
「嫌! 遠慮しますわ!」
ぺしぺしと手を叩き拒否するメティ。
「くそ、とんでもない野郎だ」
魔人は自己顕示欲が強く、おしゃべりが好きらしい。そしてコイツは相手の気持ちを理解できないサイコパス。
だがマラシュトゥから仰望したことで相手が良く観察できた。
変態は猛禽類の顔をした魔人だ。
上半身がハヤブサか何かはわからないが、青黒い羽毛が肩から両腕を覆い、背中の羽に繋がっている。
腕から胸、腹は半裸の人間。そして下半身は猛禽類そのもので爪先はするどい鉤爪状。いわばオスのハーピィといった風体だ。
獅子頭の二人と、同系統の眷属なのだろう。
背中の羽は空力ではなく魔法で空を飛ぶ器官だろうか。空を舞う妖精メティウスを容易く捕らえた素早さは侮れない。
『妖精を放せぇ!』
マラシュトゥで体当たりを試みたが、遠く及ばなかった。空振りし、そのまま吹き抜けフロアの真下に落下。哀れなアバター・マラシュトゥはブチュリと潰れてしまった。
『っと、マラシュトゥ? 気でも違ったか?』
だが、お陰で気をそらすことはできた。
俺は吹き抜けをぐるりと囲む廊下へと出た。目の前に鳥頭の魔人、手に囚われた妖精メティウスが見えた。
水晶の手すりに群がる緑の芋虫魔人どもを踏みつけ、俺は身をのりだした。
「メティ!」
「賢者ググレカス!」
空中に浮かぶ鳥頭の魔人まで、10メルテもないが届く距離ではない。
「貴様がググレカスとかいう間男か……! ワシの運命の嫁を奪いにきたでござるな!?」
「だれが間男だアホゥ!」
鳥頭は脳みそまで小さいのか。
フォルスと名乗った鳥魔人は背中の羽を羽ばたかせた。すると鋭い羽根がダーツのように放たれ、向かってきた。
「くっ!?」
物理攻撃と魔術が混じった攻撃だと索敵結界が警告を発する。賢者の結界で防ぎきれない可能性が脳裏をよぎる。スライムの鞭で迎撃しようにも数が多すぎる。
「ならば、毎度すまんが」
『アッ!?』
『ヒギャブ!』
緑の芋虫魔人マラシュトゥを操り、肉の壁をつくる。
命中した羽根はいとも容易くマラシュトゥを貫通。
すると傷口からあっというまに羽毛が噴き出し、肉体を覆ってゆく。
『ぐほぅあっ!? き、貴様ァアア!』
『ひ、ひどぉおおおいギィ!?』
マラシュトゥの体は緑の羽毛に蝕まれ、体が崩れやがて羽根の嵐となって散った。
「呪詛毒入りか……!」
「卑劣な手で避けたでござるな」
「えいっ!」
「あっ!? こら」
妖精メティウスが力任せに抜け出した。手から逃れる際。服と羽が引きちぎれる。
一瞬、微笑みを浮かべたメティウスが落下してゆく。
魔力が切れたのだ。
羽が溶け、手足が半透明になり消えてゆく。
「――メティッ!」
緑の芋虫魔人どもを踏みつけ、俺は跳んだ。
「愚かでござる……共に風を舞う羽根へと変えてしんぜよう」
背後からさっきの呪詛毒入りの羽根ダーツが放たれた。だが構っている暇はない。
全力、超駆動ッ!
無我夢中で魔法を励起する。流体制御魔法で周囲の空気を加速。落下するメティスに追いすがり、身体を両手で包み込んだ。
捕まえた……!
第一層の床がどんどんと迫っている。
「……あぁ……ググレカス……」
「もう大丈夫だ」
暖かな光が手のひらで脈動する。
メティはまだ消えていない。魔力を両手から注ぎ込み、妖精へと流し込む。
同時に流体制御魔法で逆噴射し、地表との激突を防ぐ。間に合うか? いや、ダメだ、衝撃がくる。
緑の芋虫魔人が目に入った。真下に移動させクッション代わりにする。
『プジュブ!?』
「何から何まで……世話になる」
緑の毒液を撒き散らすが、それは流体制御魔法で吹き散らす。
「落下死を防いだのは見事なり! だが、もう遅いでござる!」
真上から声がした。
フォルスが放った羽根ダーツが真上から降り注ぐ。もう緑の芋虫魔人で盾をつくる暇さえない。隔絶結界も間に合わない。
俺は妖精メティウスを胸に抱え込んだ。
そのときだった。
「賢者ググレカス、弾道計算ですわ!」
「メティ……!」
復活した妖精メティウスが光輝く羽をひろげ、俺との魔力回路を全接続。索敵結界が捉えた羽根ダーツ九十七本全ての軌道を計算、1ミリ秒単位の襲来予測位置を弾き出してくれた。
刹那にも満たない時間だった。二人で織り成す超高速魔法演算が、一筋の光明を見い出す。
「――粘液鞭ッ!」
周囲の空間から合成したスライムの鞭は二本。無闇に振り回しても防ぎきれないが、弾道予測位置を基にして叩きつける。
「位置補正はお任せを!」
「うぉおおおおおお!」
全力で鞭を振るう。ビュゥンンッ! と二本の鞭が頭上で唸りをあげる。空気を切り裂き、飛来する羽ダーツを次々と迎撃する。
弾き跳ばした羽根ダーツは周囲の芋虫魔人に命中、緑の羽根の爆発が巻き起こった。
「なっ……なにぃいいっ!? ばかな、全て迎撃したでござるか!?」
驚愕の叫びがこだまする。
「やりましたわね、賢者ググレカス!」
「あぁ、メティのお陰だ」
「助けにきてくださったのですね」
「もちろんだ。いちばん大切な君を」
不意に、妖精メティウスが俺の唇にキスをした。
二人の魔力の波動が重なりあい、時空を越えた波紋をひろげてゆく。
「うぉおおのれぇええ!? ワシの目の前で……なんてハレンチなぁああ!?」
◆
「これは……ググレさまなのですー!」
「うむ、明らかにハレンチな波動じゃの」
「間違いないね。いまググレとメティウスが一つに重なっている」
プラムとヘムペローザ、そしてレントミアが頷き合った。
次元を跳躍した座標の特定が難しかった理由。それはググレカスと妖精が離れていたからだ。
それが今は二人は一つになっている。
だから見つけられた。
「ところでレン兄ぃ、ひとつに重なるとはどういう意味じゃろうの?」
ヘムペローザが目を細める。
「うーん、あの二人いろんな意味で繋がってるからねぇ」
「レン兄ぃが言うと色々想像してしまうのぅ」
「よし、次元回廊を開くよ!」
ダークエルフの魔女、アルベリーナが高らかに叫び複雑で重厚な立体積層魔法円に魔力を込めた。
<つづく>




