突破口と賢者の策略、そして誤算
◆
魔城クリスタニアの外では、激しい攻防戦がつづいていた。
騎士団長マリアス率いる王国軍の残存部隊と、王国戦士団千人隊長アルグーストが指揮する傭兵の混成部隊が、次々と三本足のゴーレムを撃破する。
「敵の動きは単純だ、各個撃破せよ!」
「狙撃に注意し足を止めるな!」
三本足のゴーレムは単体でも手強いが、三人の戦士が連携することで対処できた。対して、ゴレームどもは単体での戦闘のみで、連携するようには作られていないらしい。
「こっちだデク人形!」
左右からの同時攻撃、背後からの打撃など、ゴーレムは不意を突かれると一瞬動作が止まり、スキが生まれる。
「今だ! 関節を叩き砕け!」
「ずぉおおおっ!」
また一体、三本足のゴーレムが崩れ落ちた。
「よし、隊をまとめつつ魔城の正面へ進め!」
マリアスが部隊への集結と前進を指示する。
通信兵科の魔法使いによると、地下から魔城へ向かった秘密突入部隊が突破口を見つけたらしい。
ググレカス率いる一行は、魔城の正門らしき開閉口を内側から開ける手筈になっている。
「あぶねぇマリアス!」
「おっ!?」
千人隊長アルグーストが叫ぶと、騎士団長マリアスが馬の手綱を操り避けた。真っ赤な熱線魔法が照射され、足元の地面で炸裂した。
「狙いが甘くてたすかったな」
「いや、熱線の狙撃の精度が落ちているんだ」
「これもググレカス殿の仕業ってわけか……!」
ググレカス一行が魔城へ突入した。その知らせの直後から、明らかに狙撃の精度が低下していた。
狙いは逸れ、背後の地面を焦がす。
あるいは三本足のゴーレムを直撃し爆破に至るケースさえ出始めている。
振り返ると、三本足のゴーレムに赤い熱線が浴びせられ、内側から爆発。粉々にくだけ散った。
「あれか……!」
魔城に近づいたおかげで、熱線魔法の狙撃場所が見えた。城から突き出たイボのような半透明のクリスタル。その先端に赤い輝きが宿ると光が放たれる。
その背後をよくみれば緑色の怪物が一匹いた。芋虫魔人が赤い熱線魔法を操って狙撃していたのだ。
しかし怪物の手元が狂いはじめている。
「ググレカス殿が、術をかけたのだ……!」
「ありがてぇぜ!」
騎士団長マリアスと千人隊長アルグーストのもとに一人の兵士が駆け寄ってきた。
「魔法通信兵からの伝言です! 魔城へ突入したググレカス様から連絡あり!」
「なんだ?」
「『城内に多数生息する芋虫怪人を狂わせた』『正面の開口部を五分後に解錠する』とのことです!」
「やはりそうか!」
「すげぇぜ、あの御仁、ヒョロガリメガネなのにとんだ知恵もの、賢者ってやつか」
「よし! 総員! 突入準備を!」
「おぉ……!」
兵士たちが気色ばむ。
熱線での狙撃を担っていた緑の芋虫魔人が狂い、狙いが甘くなったことで、形勢は一気に有利へと傾いた。
三本足のゴーレムを掃討しつつ、突入口から攻略できる。
「隊を突入陣形に再編! 敵の反撃に注意しつつ、開閉口から突入する!」
数で有利になった部隊は三本足のゴーレムを破壊しつつ、再編し魔城クリスタニアへと向かう。
その時だった。
正面の開口部らしき構造物が動き始めた。
幾何学模様のパズルのように方々にスライドし、内側から赤く不気味な光がもれ広がる。
「予定より早い……!?」
「かまわねぇ、先陣はオレがきる! いくぞ野郎共」
「おぉおおお!」
千人隊長アルグーストが剣をかまえ、斬り込み部隊と共に開口部へと向かう。
「まてアルグースト! なにかおかしい!」
開口部の内側に、蠢く不気味な影が見えた。
「芋虫魔人どもか……!」
「マラシュトゥの群れか!」
アルグーストが慌てて足を止め、盾を構えた前衛部隊が身構えた。
『グプププ、ゲホゲホ、食事の時間ダァア!』
『人間は死肉より、生肉が美味いんだァ……ゲホゲホ……』
『滋養強壮、ヘップシ……ジュルルゥ!』
緑の鼻汁を散らすと、地面から紫色の煙がたちのぼった。
「想定内だ、こいつらが戦力の主力だ」
「だが数は我らが有利!」
三本足ゴーレムは自動迎撃用の防御装置。戦闘の主力は魔導師の眷属たるマラシュトゥだろうと予測はされていた。
毒を吐き散らす緑の芋虫魔人どもが数十体、ワラワラと開口部から溢れだした。
芋虫状の下半身をうねらせながらアルグーストたちの切り込み部隊へと迫る。
「弓兵、魔法部隊! 支援攻撃!」
騎士団長マリアスの冷静な指示に、矢が射かけられ、鋭い火炎の魔法が放たれた。
『ンンギャッ!?』
『に、肉ぅうう!』
頭部に矢が命中しても絶命はせず、火炎魔法でも致命傷には至らない。それでも相手の動きを牽制することはできた。
「いくぞ! 斬り込め!」
「毒の返り血に気を付けろ!」
事前の準備通り、厚手の革マントと仮面、あるいはマスクとゴーグルで顔を覆った切り込み部隊がマラシュトウに剣を叩き込んだ。
『いっ痛ッブシュルアァ!?』
『下等生物ごときがぁあッ、アー!』
緑の体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。芋虫魔人の前線を切り裂いて、相手の進撃を押し止める。
「長槍部隊、突き崩せ!」
マリアスが指示を出し再編された密集陣形でマラシュトゥの群れを刺し貫く。
『ひ……卑劣な下等生物ぅううウギャ』
『正々堂々タイマン勝負ブギュ!?』
「だまれクソ虫!」
戦士団長アルグーストが大剣で芋虫魔人の頭部を叩き割った。
「いけるぞ!」
「よし、突――――」
前衛の戦士がひとり、ぱっと吹き飛んだ。
空中で放物線を描くうちに肉体がバラバラとなり、血飛沫と共に地面へと落下する。
『メシだー!』
マラシュトゥの群れは目の色を変えて群がり、貪り食らう。
「な、なにぃ……!?」
「まずい、まさか……!」
緑の芋虫魔人の群れの向こうから、ふたりの人物がゆっくりと姿をあらわした。
蠢くマラシュトゥの背中と頭を踏み台代わりに、こちらへと向かってくる。
「なーんだ、おもったより減ってないじゃん」
「ゴーレム相手にそれなりに奮闘したようです。無駄だというのに」
黒い獅子頭の少年と金色の獅子頭の女――。
「ネフェルトゥムとゼクメィト!」
マリアスが呻く。
「気安く、名を呼ばないでくれる?」
ボッ! と褐色の獅子頭少年が拳を振った。
「ぐぎゃっ!?」
斬り込み部隊の冒険者がひとり、バラバラに砕けた。黒い蔓草、不可視のワイヤーが肉体を切り刻んだのだ。
「おのれ、よくもぁおおお!」
冒険者の仲間が剣でゼクメィトに斬りかかった。
だが、ゼクメィトは吐息を吹き掛ける仕草とともに火炎を放った。
「人間には罰をあたえねばなりません」
冒険者は下半身だけを残し消し炭になった。
「な、なんて熱量だ」
狙撃熱線魔法の比ではない。
「か、勝てるのか……アレに」
「いままで何千人も……」
兵士たちに動揺が広がる。
長槍部隊は眷属どもを取り囲んだまま動けず、魔法兵も弓兵も、震える手で構えるのが精一杯だ。
騎士団長マリアスとアルグーストは視線を交わす。
そして、
「私はこの隊を率いる騎士団長、マリアス! 魔導師の眷属たる貴公らに、一騎討ちを申し込む!」
馬を降り、甲冑を鳴らしながら進み出る。
「……はぁ?」
マラシュトゥの頭の上に立っていた獅子頭の少年ネフェルトゥムが目を丸くした。
「同じく戦士団長のアルグースト! 二対二のタイマン勝負だ! まさか受けねぇとは言わねぇよな?」
不敵に微笑むと剣の切っ先を向ける。
「一騎討ち。人間とは理解しがたい生き物ですね」
「あはははは! 勝てるわけないじゃん! 人間風情がさ」
「誇り高き騎士は、名誉ある勝利を望む。毒液にまみれた戦いなど本分ではない」
マリアスが腰からサーベルを抜く。背中の戦斧がメインアームなので、あくまでも形式的なものだ。
「いいでしょう、どうせ三十秒とかかりません」
「だよねー」
『ま、まて! オレたちの餌場……ヘブシ』
『そうだそうだ、人間を食いたい……!』
「マラシュトゥは調子悪そうだよ? まぁ少しまってなって」
獅子頭の少年がマラシュトゥを足でどける。
「……マリアスよこれでいいのか?」
「あぁ作戦通り……さ」
騎士団長と戦士団長は視線を交わし、身構えた。
――じきにヤバイ二体の眷属がでてくる。
――丸め込んで「一騎討ち」に持ち込み時間を稼いでほしい。
――かならずスキを作るから。
それが賢者ググレカスの策略だった。
他国から流れてきた魔法使い。その口車などに本来ならばのらない。だが今はその言葉を信じる。
自ら危険な潜入に名乗りをあげ、ここまで筋書き通りの有利な状況をお膳だてしてくれた。
その男を信じずに何を信じるというのか。
「オレは、信じてみるぜ」
「あぁ、私もだ」
◇
「本隊が正面開閉口前で、眷属と会敵!」
魔女が水晶玉の魔法通信を通じて教えてくれた。
「あぁ、作戦通りに!」
俺も戦況は逐次把握している。
戦術情報表示の三次元立体図には地上からの攻略部隊、敵の眷属どもの位置。そして潜入して上階を目指す俺たちの位置が投射されている。
高精度のステルス索敵結界と、マラシュトゥどもの脳内映像をつなぎ合わせ、リアルタイムで戦況がわかる。
そして、マラシュトゥを悟られずに「操る」術式も浸透しつつある。
熱線魔法で狙撃を担っていたマラシュトゥの視神経に干渉し、狙いをズラすこともできた。
「城内をさらに混乱させる」
「ググレカスさま、何を?」
「陽動作戦さ」
一騎討ちをはじめるマリアスとアルグーストは、おそらく不利な状況に追い込まれるだろう。
いくつかの「秘策」は授けたが、勝てるかどうかは五分五分……いや低いかもしれない。だが、最悪マラシュトゥの群れを介入させることもできる。
「敵を排除しました」
「クリア!」
戦士たちが動きのとまった城内のマラシュトゥを殺傷して安全ゾーンをひろげてゆく。
魔城内は複雑ながら既に地図はマッピング済みなので迷う心配もない。
「では、はじめよう」
俺は最上階に生息する、数体のマラシュトゥを同時に操った。
魔力糸で術式を励起して逆浸透自律駆動術式を活性化。緑の芋虫魔人の脳と神経系に干渉する。
『ア? おいこらレプティリア・ティアウ! ……あっ!? あれ?』
最上階でフワフワ浮かんでいた魔導師、レプティリア・ティアウがぎょろりと視線を向けてきた。
『キモイぜコノヤロー!』
びょん、とマラシュトゥをジャンプさせ、空中に浮かぶ魔導師に体当りする。びちゃっと粘着し、間近でみる魔導師は、更に気色悪かった。
『気でも違ったか、マラシュトゥ』
『あっ!? えっ!? いえ、ボ、ボクちんは何も……あっ、あれえぇえ!?』
ひきつった顔で愛想笑いを浮かべるが、マラシュトゥはレプティリアの触手に捕らえられ、溶かされてしまった。触手から滋養として吸収されてゆくや魔法の通信回線も破断した。
『異常個体か。増殖しすぎると遺伝子のミスも多くな……ぬ?』
だが、俺の狙いは別にあった。
既に別の個体を操り、メティウスが捕らえられていた水晶の檻にとりつかせ、酸で檻を舐め溶かす。
『ちゅぶちゅぶ……ぺっ、ぺっ』
メティウスに触れぬよう、外側だけを溶かした。
「……ん…………ここ……は?」
気がついた!
『ちゅぶぶ……! メティ、聞こえるか!?』
「きゃ、きゃぁああ!? おぞましい化け物!」
メティウスが悲鳴を上げてとびあがった。
それもそのはず。目が覚めたとたん、目の前に芋虫魔人では目覚めも悪かろう。
妖精は檻から抜け出し宙へと舞い上がる。そこで目にしたのは、更に不気味なクラゲ人間、魔導師のレプティリア・ティアウだった。
「いやぁあっ!? ここは地獄ですかー!?」
メティウスがぎゅんっ! と全力で逃げた。
よしその調子だ。
『おのれ……! 妖精が逃げた、何をしておるマラシュトゥ!』
『はーい! 裏切りでぇええす!』
『反乱でーす! えっ? いや違ッ』
『レプテリィア死ね……あっ、いや!?』
マラシュトゥを一斉に魔導師に差し向け、張り付かせ視界を奪う。
『愚か者どもが!』
最上階は大混乱に陥った。
哀れなマラシュトゥどもは捨て置き、逃げ出した妖精メティスへ直通の魔法通信を行う。
――メティ! 俺だググレカスだ!
「け、賢者ググレカス! あぁ、いまどちらに!?」
――地図を送る、指示通り飛んでくるんだ。
「わ、わかりましたわ! ひぇええ!? 緑の化け物がいっぱいですわ!」
最上階か四層下までくれば吹き抜けがある。
だが、俺と離れた状態で魔力がどれ程のこっているか……。
「大丈夫だ、そいつらは飛べない」
「――きゃ!?」
「どうしたメティ!」
『妖精めが逃げたでござるか。まっこと、愛くるしい……』
「いやぁああ! さわらないでくださいまし!」
しまった! 捕まった……!
メティの認識した視界が転送されてきた。
黄金の瞳がメティに視線を注いでいる。そこには青い肌をしたみたこともない魔人がいた。
眷属がまだいたのか……!
<つづく>




