魔城クリスタニア攻略戦(3)
『キキ、貴様ァア……! 神にも等しきレプティリア・ティアウさまの寵愛を受けしこのオレ様、ラマシュトゥ様に……! こ、こんなことをして、タダで済むと思っているのカァア!? ブッ殺――』
「すこし黙れ」
『チュブゥ!?』
甲高い声で喚く、緑の芋虫怪物ラマシュトゥ。その不気味な頭を更に強く踏みつける。毒液を噴霧しかけたのでスライムの粘膜で顔面を覆う。
醜悪な怪物に情け容赦などいらん。
「こいつらの体液も吐息も毒だ。返り血にも気を付ろ」
「了解ですググレカス様! よし、敵を掃討せよ!」
「おおっ!」
数十体で襲撃してきたマラシュトゥだが、俺の魔法で麻痺させて自由を奪った。ビクビクと痙攣する緑の怪物は、あっというまに前衛の戦士たちの剣で駆逐されてゆく。
「火焔貫通蝕!」
魔法使いが炎の矢を放つ。一見すると鋭く束ねた炎だが、命中するや渦を巻きながら怪物の体表を貫通、
『グッ……ボフン!?』
爆発せずに内側から焼き尽くした。
ラマシュトゥは口から真っ黒な煙を噴出しながら干からび縮んでゆく。
「素晴らしい、絶妙な魔法ですね」
俺は思わず感嘆した。
「見た目は地味ですが」
ベテランといった趣の魔法使いは謙遜するが、なかなかの手練れ。名前はガードラというらしい。
ダンジョンや狭い洞窟内でも使えるよう高度に制御された火炎魔法。熱量の調整と絶妙な焼き加減。
特に毒を撒き散らすような怪物相手には最適だ。これなら安心して任せられる。
他の魔法使いや魔女も、同様に器用な魔法で敵を殲滅してゆく。
「俺の国でもあなた方ほど器用に魔法を使う者はいませんでした」
「それは光栄です。しかし、眷属に魔法が効果を発揮するなんて、これも賢者様の仕業ですか?」
「以前私たちの魔法は、眷属には通じませんでした」
魔法使いガードラと魔女がすこし困惑気味に顔を見合わせた。
「まぁな」
タネ明かしはこの後だ。
「よし、あらかた始末したな!」
「しかし汚ぇな、ひでぇ化け物だぜ」
麻痺状態の怪物を始末するのは簡単な仕事だったらしい。前衛戦士たちは毒の血で汚れた剣を振り払った。
「増援に警戒せよ! 偵察に出るぞ、こいつらが出てきた出入り口を探せ」
「はっ!」
周囲を警戒しながら地下水路の裂け目を通り、魔城の偵察に向かう。
「さて。お前には情報端末になってもらう」
一匹だけ残しておいた足元のラマシュトゥに、魔力糸を侵入させる。
「ググレカスさま、何を……?」
「静かに、こいつを支配下に置く。少し時間をくれ」
『ヒッ!? ムズムズ……ヘックチン』
「風邪は万病のもとだ」
『ゲホゲホ……なぜ、それを……?』
ラマシュトゥは自らを神の眷属と嘯くだけあって、並みの魔物ではない。
外部からの魔法干渉を無効化する『魔法防壁』で覆われている。
だが、内側から魔法防壁を無効化すれば話は別だ。
俺はラマシュトゥとの初戦で、こいつらに『逆浸透自律稼働術式』を感染させた。
呪いの一種と解釈しても構わないが、要は自己増殖しながら感染を広げるウィルスだ。
効果が出るまで一日以上かかる。
ゆえに俺は戦略的に撤退し、時が来るのを待った。
悟られぬよう中枢神経に侵入し、増殖する魔法。
それは個体間で行われる魔法通信を介して急速に広まるよう調整しておいた。
要はラマシュトゥの群れに風邪をひかせたわけだ。
潜伏期間を過ぎれば、外部からの魔力干渉を可能とするよう『バックドア』を穿つ。防御力を下げ魔法や攻撃を効きやすくする為に。
ラマシュトゥの群れが「デバフ」状態になれば、あとは神経系を魔力糸でハッキング。
個体の脳を支配することはもちろん、群れ全体の情報ネットワークを掌握することさえできる。
「お前は俺の支配下にある」
『イ……イエス』
ラマシュトゥは意識混濁し大人しくなった。
緑の芋虫怪物ラマシュトゥはクローン。こいつらはテレパシーに似た魔力通信で意識と情報を共有している。
鹵獲したコイツを侵入口に、他の個体の位置情報、周囲の様子、あらゆる情報を取得する。
――魔法通信プロトコル同調、成功
――魔力通信回路、侵入、接続、成功
――思考系脳領域、通信系脳領域掌握、成功
――視覚情報共有、周囲空間認識共有、位置情報取得、成功
戦術情報表示は次々と青く光るメッセージが展開される。
情報の洪水が押し寄せるが取捨選択、捜査によって必要な情報のみを蓄積し解析する。
「ググレカス様、化け物に何をなさっているのですか?」
若い魔女が不安げに覗き込んできた。名は確かリュズといったか。
「コイツの脳から情報を搾り取っているのさ」
「そ、そんなことが……可能なのですか?」
俺は静かに頷いた。脳や精神を支配する魔法を見たことがないのか?
眼前にポップアップ表示した戦術情報表示に地図を重ねて表示する。そこに緑の輝点が次々と増えてゆく。
それぞれがラマシュトゥを示し、全部で二百……それ以上の数が魔城内に生息しているらしい。
全部と戦っていたらキリがない。
「……城全体に生息しているわけか。突入する前で良かったよ」
魔城の隅々をウロつき、免疫細胞のような警備の役目も担っているのだろう。
気づかれぬよう慎重に、それぞれ個体から視覚を共有、映像をつなげてゆく。緑の芋虫怪物それぞれの位置、移動方向、速度が次々と判明する。
やがて緑の輝点は網の目のように線で結ばれ、立体的な地図を形成してゆく。一匹一匹が結節点となり結び付き、ネットワークを形成している。
「おぉ……! 地図が浮かび上がってくる」
「それぞれの相対位置から、立体地図をマッピング生成! 魔城クリスタニアの内部構造、フロアにいる敵の位置を正確に把握する」
「す、すごい……!」
「こんな魔法があるだなんて、ググレカス様は……まるで」
他の魔法使いも魔女も俺の魔法に魅入っている。
魔城クリスタニアの外観を写した三次元立体図に、内側から観測したラマシュトゥどもの位置を重ね、内部の立体地図が完成した。
十層ほどのフロアから最上階にいたるまで、ラマシュトゥが蠢いている。
魔城の内側はアリ塚のような構造で、分岐や行き止まりも多い。
そして最上階のラマシュトゥの視界を確認したときだった。
「いた!」
メティウスだ!
周囲はクリスタルの柱に囲まれ、昼だというのに星空が映る天井。その真中に祭壇があり、結晶で構成された檻に妖精メティウスが捕えられえていた。
意識がないのか、まるで人形のように凍りついている。
「くそ、無事でいてくれ」
だが状況確認が先だ。
床を気ままに這い回るラマシュトゥが十数匹。
その上を、ゆっくりと浮遊する怪物がいた。
「なっ……?」
戦術情報表示の映像に息をのむ。
クラゲのような脚をゆらつかせた半透明な球体、いや卵だ。羊水を思わせる液体のなかに、ブヨブヨとした人間のような黒い化け物がいた。
「きゃっ!?」
「こいつが……!」
魔女リュズや仲間たちが異様な怪物を目にして小さな悲鳴を上げた。
「魔道士レプテリィア、か」
水晶が複雑な幾何学的構造をなす城の最上階。
巨大な無花果を逆さにしたような頭部に、ブヨブヨの黒いゼリーのような皮膚には血管が無数に浮かんでいる。
目玉はギョロリと大きく、顔は胎児のようだが皺だらけの老人のようでもあった。
立体映像で視たものとは違う。
醜悪そのものの異形の怪物だ。
この星の生物ではないと直感する。
「なんて醜悪な」
「ここは最上階ですね」
「あぁ」
案の定、魔城の最上階だ。
メティウスは捕らえられ人質状態。下手に手出しをすれば逆手に取られる。
攻略作戦に参加している皆は、俺が妖精メティウスの救出を第一に考えていることは知らない。
レプティリアは「指標の少女」と言っていたが、それは俺にだけ聞こえていた。
俺の大切な「心の恋人」が人質になっていると知れば、作戦の決行に支障が出るからだ。
魔城攻略は利益が一致する。共闘し攻め入ったものの、こんな相手となればさらに力を貸してもらうしかないだろう。
果たして勝てるのか。
この底知れぬ化け物に。
何はともあれ、魔城を攻略するのが先だ。外から揺さぶりをかければ、必ず隙が生まれる。
ラマシュトゥども操り、レプティリアを引き離し、メティウスの檻ごと持ち出す作戦でいく。
「最適な侵攻ルートを推測、マッピングに描写。あとはこれを友軍に送信する」
侵攻ルートを解析し、情報を地上で魔法通信を担う魔法使いの水晶玉にも転送する。
地上ではまだ激しい戦いが続いている。
一進一退、だが確実に敵のゴーレムの数を減らしている。
「すごいです!」
「これなら主力部隊が一気に正面から攻め込めます!」
「俺たちはここ、裏口から侵入、友軍を招き入れるため、正門を開けねばならない」
立体図を指差す。俺たちがいる地下からの入り口は、切れ目を辿って数十メルテ先にある。
排気口か、あるいは何かを投棄するための通路か。だがそこは閉じられているようだ。
「ググレカス様! 怪物どもが出入りしていたらしい通路がありました。ですが閉ざされていて……」
案の定、戦士の一人が息を切らしながら戻ってきた。
「そのようだな」
「ドアノブも閂も見当たらず」
困惑しているので俺も向かうことにする。
「ググレカスさま、この怪物は?」
「大事な捕虜さ。触れると毒でかぶれる。自分で歩かせよう」
神経系を支配しているので意識がなくても歩かせることはできる。ムクリ、と起き上がったラマシュトゥは首をだらんとしたまま、芋虫状の下半身を動かして進み始めた。
『……へっくし……』
「いやぁ」
青い鼻汁を垂らす様子に魔女が後ずさった。
「さぁ行こう。扉は彼に開けてもらおうじゃないか」
唖然と顔を見合わせる仲間たちとともに、地下水路を抜け魔城の裏口を目指す。
こうしている間にも、ラマシュトゥたちの会話や思考の情報も収集し蓄積しつつある。
――会話情報収集、言語データベース、解析……単語抽出
「あの。わ……私たち魔法使いの間では、読心術や精神操作などの魔法は邪悪なものとされ……禁忌なのです」
魔女のリュズが小声で、仲間の視線を気にする様子でささやいた。
火炙りにでもされるのだろうか。
「そうか。だが私は余所者だからね」
だが知ったことか。
この期に及んで俺を見る目が変わろうが関係ない。メティウスの居所を突き止めた以上は必ず救出する。目的を果たすまでだ。
<つづく>