魔城クリスタニア攻略戦(2)
激しい戦いが始まった。
マリアス率いる王国戦士団と傭兵の混成部隊、三千人が四方から谷間下り、魔城から出現した三本足のゴーレム軍団と激突する。
「うぉおおおお!」
身の丈2メルテほどの黒いクラゲじみた怪物は、腕を振り回して攻撃してくる。先端は鋭利な刃物で、鉄で補強した盾が一撃で斬り裂かれた。
「恐れるな、敵はデク人形に過ぎぬ!」
『ンボッ!』
「ぐあッ!?」
ゴーレムの傘のような頭部が二つに割れ、衝撃波を放った。吹き飛ばされた兵士が大ダメージを受ける。
「こいつ、魔法を!?」
「以前は使わなかったってのに!」
――敵ゴーレムに生命反応、無し
――外部からの魔力制御、未検出
となると自立思考型のゴーレムか。動きは単調だが、中距離攻撃に接近戦にも対応しているとなればかなりやっかいだ。
こんな時、メタノシュタットの主力量産ゴーレム・タランティア部隊がいれば嬉々として戦ってくれそうだが……。無いものねだり、愚痴っても仕方がない。
俺は戦術情報を収集し分析しつづけていた。
情報を集め、脆弱な部分を見つけ出す。
そして一気に形勢を逆転するチャンスを狙う。
仕込みがうまく行っていることを祈りつつ、最適なタイミングを見極める。
「化け物は魔法を連射出来る訳じゃない、三人一組で挑め!」
騎士団長マリアスが檄を飛ばす。
敵の変化にも柔軟に対応できるあたり、流石は戦い慣れている。
「これは……熱線と同じだ、狙う前に動きが止まりやがる!」
王国戦士団千人隊長アルグーストが、正面から衝撃波攻撃を引き付け、うまく避けた。
「今だ……!」
「うぉおおっ!」
別の兵士がゴーレムの側面に回り込み、大剣で脚を砕いた。三本足のゴーレムは黒い結晶で構成され、耐久性は高くはない。
ぐらりと体勢を崩したところに、大柄な戦士がすかさずハンマーを叩き込む。頭部を砕かれたゴーレムは活動を停止した。
「やれるぞ!」
「連携を崩すな……!」
「ぎゃぁああッ……!」
だが、狙撃により兵士が燃え上がった。上半身を熱線で貫かれたのだ。
「おのれ……! 城からの射線を意識せよ! 敵のゴーレムを盾にする位置で戦え!」
「騎士団長どのにつづけ!」
魔城からは熱線魔法による狙撃が行われ、戦闘は困難を極めている。
ゴーレムの軍勢は三百体前後と少ない。だが攻撃範囲が広く手強い。この防衛網を突破しない限り、魔城クリスタニアへの直接攻撃は望めない。
地下道を進む俺たちは手助けすることがきない。マリアスやアルグーストたちの奮戦を祈るのみだ。
「ググレカス様、地上の戦況は……?」
「奮戦しているが、有利とまではいかない」
「次を右へ」
古い時代に掘られた水路を進む。
清らかな水が流れる脇に、人や馬が通れるほどの道幅の道が平行して続いている。
「昔は海まで続いていたらしいです。秘密の交易に使われていたとか」
「この土地の先祖に感謝しよう」
「はい、賢者様」
魔城クリスタニアの落下により、地下水路の上にあった村は壊滅した。人々の無念が、この地下道を支えている気がした。
先行する案内役の兵士が三人、護衛の冒険者風の連中が四人。そして俺以外の魔法使いは総勢五人。
騎士団長マリアスや、魔法兵団長が貴重な戦力を送り出してくれた。
意外なことに彼ら彼女らが使える魔法は多様だった。こうして地下を照らす照明魔法だけではない。攻撃には焦熱の火炎魔法、防御結界術、驚くことに簡単な治癒と解毒も使えるという。
突出して大きな魔力のパワーは感じないが、この世界の魔法使いは一人何役もこなせる「マルチ」なタイプが多いのだろう。あるいは有能ゆえに今まで生き残ったのか……。
とはいえ俺のような情報系を得意とする魔法使いはいないらしい。やはり情報収集・分析そして撹乱や欺瞞といった情報戦を得意とする「賢者の魔法」は切り札になりうる。
「地下水路の地図が描かれていく……!」
「マッピングしているのさ。先の道は俺の索敵結界で見通せるからね」
「すごい魔法です……!」
「そうかな」
空間に映し出した戦術情報表示を、魔法使いたちは驚きをもって注視している。
戦況は地上にいる魔法使いが持つ水晶球による魔法通信を経由。リアルタイムで戦術情報表示に表示されている。
「戦況が手に取るようにわかるなんて……!」
「赤いのが敵、青いのが友軍ですね」
「あぁ、見ている事しかできないのが歯がゆいが」
戦況は一進一退だ。
やはり熱線魔法による狙撃が、じわじわと戦力を削っている。このままだとマズい。なんとか支援する方法はないだろうか。
水路を進む俺たち別動隊は、やがて魔城のほぼ真下へとたどり着いた。
「この先で天井が少し崩れていますが、通れます」
先行していた若い兵士が、報告に戻ってきた。
索敵結界でも把握できた。
更にその先に、異様な魔力の反応があった。
魔城クリスタニアの壁だ。
進んでいくと外から光がさしこんでいた。
天井が崩れ、突き刺さったかたちで水路を寸断しているのは壁のような水晶だ。
天から落ちてきた巨大な結晶。
「これか……」
「賢者様、お気をつけて」
手で触れてみる。すべすべした表面、濁った結晶が幾重にも重なって形成されている。
「……これ自体には毒性も、魔力も感じないな」
天然の素材を魔法で蒸着させ形成したものらしい。
となると異様な魔力の波動は、どこから……?
削られた地面は結晶の表面にそって、左右に広がっている。
「入り口がないか探せ……!」
「はっ!」
兵士たちが左右に散った、その時。
――索敵結界に反応!
戦術情報表示が警告音とともに赤い輝点をポップアップする。
「敵だ!」
俺は叫んだ。
数は次第に増え、左右の裂け目からこちらに向かって迫ってくる。
「総員、戦闘フォーメーション!」
戦士たちが前衛となり、魔法使いや魔女たちが魔法の詠唱に入る。
「くるぞ……!」
地面の隙間から這い出してきたのは、蛍光色の化け物の群れだった。
『ブブブッ……! みぃいいつけたぁあ!』
『旨そうな人間んンン…ブブブ!』
――敵性判別、魔導師眷属ラマシュトゥ
「ひっ!?」
「ま、魔導師の……眷属だ!」
全身は緑色で人間の胎児を思わせる上半身に、芋虫状の下半身。両目は昆虫じみた複眼なのに、口の周りだけが人間という異形が数十体もいる。
『グブヒヒヒ……! 地上はやがてボクちんの仲間が食いつくすぅ!』
『どのみちエサなんだよ、人間どもハァアア!』
化け物は口々に人語を発するが、いきなり襲っては来なかった。
仲間が集まるのを待ち、一斉に襲撃するつもりなのか。
「くそ……!」
「なんて数だ……!」
「この戦力では……」
カタカタと剣を持つ手が震えていた。
戦士や魔法使いたちは既に、自分達が絶望的な状況に陥ったことを悟ってしまった。想像を絶する眷属の不気味さを前に、並みの精神力では耐えがたいだろう。
「賢者様! ここは撤退を」
「我らが食い止めます、せめて賢者様だけでもお逃げください!」
背後に走って逃げればまだ逃げられそうだが、追い付かれる恐怖と戦わねばならない。
『逃がすと思うカァアア? 薄汚いモグラみたいなオマエラなんて、足から……ゆぅうっくりと食って悲鳴を愉しませてもらうンダナァアア!』
デロデロと舌を回しながら毒気のある唾液を滴らせる。魔女の一人がたまらず悲鳴をあげた。
だが、俺は前衛の戦士を押し退けるように前に出た。
「け、賢者様!?」
「これはこれは……何度見ても酷い化け物だ」
『……ん、ングウウウ!? き、貴様!?』
『あのときのクソ不味い人間ンン!』
『メガネの骨ガキ、何故……生きて……アッ? アァアアア!?』
『ボクちんたちを……騙したナァア!?』
「人聞きの悪いことをいうな、化け物」
チェリノルを守るため、マシュラトゥとかいう眷属どもとは一度戦っている。
その時、俺は仕込んでいたのだ。
こいつらの体内に忍ばせた魔法。それは相手の手の内を知り、脆弱性を知るための罠。
敵が使う魔法の通信のプロトコルを解析するためのトロイの木馬――逆浸透自律駆動魔法術式を。
緑の化け物が一斉に襲ってきた。
ゾゾゾゾ! と壁一面を埋め尽くした怪物の集団が迫ってくる。
「賢者様危ないッ!」
「くそぉおおっ! 全員、突撃ッ」
索敵結界と連動した戦術情報表示に次々と表示が浮かぶ。
目の前にいる無数の敵。
魔導師の眷属、マラシュトウ。
その数は……およそ40。
全ての個体に表示が重なる。
――神経系脆弱点、突破
――魔法接続完了!
毒液混じりの大口が、俺を守ろうとする戦士や魔法使いに迫った、その瞬間。
「停まれ」
指を打ち鳴らす。
化け物の群れの動きが停まる。
まるで時間停止だ。
「え……?」
「とまっ……た?」
魔法使いや戦士たちが唖然とする。
魔力糸を通じ、緑の芋虫怪人の中枢神経を支配。脳幹の運動野を破壊する。
『――えっ……あ、あ……れ?』
『う、うご……うごご……け?』
『げばぁ……!?』
痙攣し地面に次々に落ちてゆく。ビチャビチャと湿った音を立てて緑の汚物が積み重なった。
更に他の個体への連絡を遮断――。
「まさか、賢者様の……魔法?!」
腰を抜かしていた魔女の手をとり立たせる。
「あぁ、仕込みは成功したようだ。今のうちに片付けてくれないか」
「は、はいっ!」
戦士たちが弾かれたように剣を振るう。
動かなくなった緑の怪物の頭部めがけ、次々に斬り払い叩き割る。魔法使いが火焔で焼き尽くした。
『ギィ……アァッ……!?』
『ゴッ、コンナァア……!』
『ズル……!?』
俺は、間近にいたマラシュトゥの頭を踏みつけた。そして脳に更に術式を流し込む。
『イッ……!? たす……タケステ』
ここからが本番だ。
「駄目だ。お前には情報端末になってもらう」
<つづく>




