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ファリア『竜撃戦姫』の領域へ


 ◆


「997……ッ!」

 上段の構えから巨大な戦斧(バトルアクス)を一気に振り下ろし、止める。

「ぬぐっ!」

 切っ先が地面に当たらぬよう、瞬間的に全身の筋肉を引き締めて強制停止。慣性の法則を打ち破る魔法のごとき、鍛え抜かれた筋力のなせる技である。

 強靭な足腰、純度を高めた筋肉で覆われた腕。

 ファリアは今、竜撃戦士の伝説に挑まんとしていた。


 再び斧を持ち上げ、振り下ろす。

「998ッ!」

 斧の発する風圧によって周囲の砂が吹き飛ぶ。

 ピタリと静止した刃から放たれた剣気――この場合は斧気(・・)――の圧により分厚い石畳に亀裂を生む。


 ここは、ルーデンス州都の中心。古の芸術品と称されるアークティルズ城の中庭だ。


「ファリア姉ぇ!」

 サーニャ姫が姉の名を呼ぶ。城のバルコニーから身を乗り出し、眼下の様子に息を飲んだ。

 大勢の竜撃戦士、城の衛兵たちが固唾を飲んで、銀髪の女戦士ファリアに視線を注いでいる。


「999ッ!」

 気合とともに振り下ろし、剣気で地面が爆ぜる。

 しかし斧の切っ先は数センチの精度で、地面には触れずにピタリと止める。

 ルーデンス王家に伝わる超重量の戦斧(バトルアクス)は一撃で陸生ドラゴンの鱗を砕き、首の骨をへし折ったという。

 それは竜撃戦士としての伝説、神話の時代の伝承に過ぎず、人のなせる技ではなかった。

 だが、ファリアはその領域に迫ろうとしていた。

 戦斧(バトルアクス)に宿った破壊のパワー、竜撃(・・)の渦が石畳を粉々に砕いてゆく。


「――1000ッン!」

 最後の一撃だけは、渾身のパワーで地面に叩きつけた。

 それまでの寸止め、鬱憤を晴らすように。

 ドォン! 

 汗が飛び散り、引き締まった鋼のような肉体を輝かせる。

 一際大きな衝撃が古城全体を揺るがし、ガラスのまどに亀裂が入った。

「お、おおおっ……!」

「ひぇええ!?」

「なんという……パワーじゃ」

 落雷のような衝撃により、ルーデンスを取り囲む森をざわめかせた。あちこちで鳥や翼竜たちが驚き、いっせいに飛びたつ。


「ふしゅうぅううう……!」

 ファリアは加熱した筋肉を冷却するかのように、肺から深く息を吐いた。

 最後の一撃により地面は大きく陥没。まるで隕石が落下したようなクレーターを生じさせた。


 戦斧(バトルアクス)を肩に担ぎ上げると、銀色の髪をかきあげ、爽やかな笑みを浮かべる。


「ふぅ! ついに成し得たぞ」

 事も無げに言うが、この千本竜撃を成し遂げたものは誰もいない。先代の王、ファリアの父ぎみでさえ七百回で力尽きたという。


「お、おぉおッ……!」

「なんという圧倒的なパワー!」

「ファリア姫は今、ルーデンス神話に謳われし竜撃戦姫の領域に至ったのじゃ!」

「新たなる竜撃戦姫の誕生だ!」

「うぉおおおおッ!」

 周囲から大きなどよめきが起こった。


 ルーデンスの現役の竜撃戦士たちでさえ「戦斧百本素振り」が限界である。

 しかしファリアは伝説の千本(・・)素振りをしてのけた。

 それはまさに伝説の竜撃戦姫のみが成し得た領域なのだ。


 サーニャ姫もしばし呆気にとらわれていたが、バルコニーから身をのりだし、再び叫ぶ。


「ファリア姉ぇ! 王都メタノシュタットから連絡が! 12時間後に作戦決行です!」


「……わかった」


 鋭い眼光に澄んだ眼差し。

 その瞳は揺るぎ無い強い意思の表れだ。

 肉体と自信に裏打ちされた精神が宿す、静寂。生命の輝きに満ちている。


「行かれるのですか?」

「無論、そのための鍛練だからな」

 汗の滴る髪を耳にかきあげ、微笑む。


 二度の離婚を経験し、ファリアは強くなった。


 俗世への執着と、下らぬ迷いを捨てた。

 かつてはルーデンスの姫として運命を受け入れ、生きていこうと思った。

 ググレカスがマニュフェルノと結ばれ、子を授かったように。自分も夫を迎え、伝統あるルーデンスのために、子を授からねばならない、と考えた。

 しかし運命とは皮肉なもの。

 ルーデンスは紆余曲折を経て完全にメタノシュタットの属国から、特別自治区ひとつの州として併合されるに至った。

 ルーデンスの族長は王ではなく、地方領主として生きて行くことになった。

 歴史的に滅ぼされた国々に比べれば、賢明な選択だった。ルーデンスの文化と伝統、竜撃戦士の血脈は受け継がれることになったのだから。

 もう世襲や世継ぎは必要ない。地方領主の跡取りが欲しいなら、立派になった弟のセカンディアがいる。妹のサーニャや、フォンディーヌが婿をとってもよいのだ。

 ファリアは長女として、王権継承第一位としての重荷から解放された。

 数年前、政略結婚したカンリューンの第三王子からは離縁を申し渡された。

 そもそも夫婦の営みも無く、形ばかりの結婚生活。終止符が打たれ、清々した。

 心の隙間を埋めるように、プルゥーシアの辺境伯、インテリめいた優男との婚姻を試みたが、長くは続かなかった。


 誰も愛せないのかと落胆したが、結局ファリアの心の中には想い人がいたからに他ならない。

 秘めた想いがあったからだ。 

 ――ググレ。

 彼をずっと追いかけていた自分に気がつく。

 その背中を追いかけつつ、迷っていた。

 女として美しく、可愛く、愛されるようになろうと努力してみたときもあった。

 だが――。


 違うのだ。

 マニュフェルノが妻となり、もう想いは届かないとあきらめていた。

 だが、まだチャンスはあった。


「ググレカスさま、噂ではリオラさんを内縁の妻、第二夫人にされたようですよ」

「ぶふぉ!?」

 茶を噴いた。

 噂好きの妹、フォンディーヌが教えてくれた。

 それによるとタチの悪い下劣な貴族に気に入られ、強引に娶られかけたリオラを救う口実だったらしいが……。


「レントミアさまが第二夫人だと……」

「フォン、レントミアさまとググレカスさまは、もっと深い絆で結ばれているのよ」

「サーニャ姉ぇ鼻血」

「あぶっ!?」


 そう。

 発想の転換。

 難しく考えすぎた。


 堅苦しいルーデンスと違い、大国メタノシュタットは自由で新しい気風に満ちている。


 第二夫人がいいなら、第三夫人でもおなじこと。


 ――己の信念に忠実であるべし。


 ファリアの脳裏に浮かんだのは、伝説の竜撃戦姫メテオライトの言葉だ。

 彼女は強く、美しく、気高かかったという。

 幾世代も続いた乱世を、生き抜き一人の男を愛し続けた。

 ファリアも彼女のようになりたいと憧れていた。

 ルーデンスの意志を束ねる王族の姫として、形骸化したとはいえ族長の娘として。


 己を見つめ直し、弱さを捨てた。

 だからもう迷わない。

 求めるのは純粋なる強さ。

 竜のような肉体、揺るがぬ鋼の意志。

 伝説の竜撃戦姫――。

 ルーデンスの竜撃戦士としての至高の領域へ。


 その先に求める真の愛がある。

 だからもう、迷わない。


「もう! 聞こえてる!? ファリア姉ぇ!」

「あ、あぁ。聞こえているともサーニャ」


 地面を蹴り、中庭から跳ねる。

 戦斧(バトルアクス)を肩に担いだまま二階のバルコニーへと軽々と跳び移った。

 脚力はまるで翼竜のごとし。

 片手で戦斧(バトルアクス)を持つ腕力は、陸竜のごとし。


「ググレカスさまの救出作戦で異界へ跳ぶとか……。帰ってこれないかもしれない、決死の作戦だって言っていました」

 ルーデンスの伝統衣装が似合うサーニャ姫は、不安げに姉を見つめる。


「異界だろうと地獄だろうと、私が行ってあいつを助け出す」

「ファリア姉ぇ」

「ググレは私がいないとダメなやつだからな」

「まぁ……!」

 サーニャがぱぁあと目を輝かせた。


 魔王大戦が終結し、ファリアたち六英雄は散り散りになった。

 だが、ファリアはずっと想いを胸に秘めていた。

 賢者ググレカス。

 自分とは何もかも違う、正反対の彼を想う。


 身体は弱く、細くて頼りない。それでも圧倒的な魔法で誰よりも強く、仲間のために必死で戦う姿に、揺るがぬ魂の強さに惚れた。

 だからググレカスに気持ちを伝えようと、あの日、賢者の館を訪れた。

『父の決めた婚約を破棄するため、恋人のふりをしてほしい』

 言えなかった。あのときはまだ、気持ちを上手く伝えることは出来なかった。

 遠い昔の、弱虫だったころの自分の黒歴史。


「もう迷いはない」


 揺らがぬ意志を宿した青い瞳で、妹のサーニャを見つめ頬に触れる。


「行かれるのですね、姉さま」

「あぁ、あいつが待っている。飛竜を用意してくれ」

「はいっ!」


 ググレカスはどこか知らぬ場所で迷い、きっと助けを待っている。


 こんどは自分が助けるのだ。

 そして、想いを伝える。


 私を嫁にしろ! と。

 第何夫人だろうと関係ない。

 自分の気持に嘘はつけない。


「どんな危険があるかわからないのですよ?」

「だからこそさ」


 彼を我が物にするために、最強の竜撃戦姫へと進化を遂げた私がゆく。

 邪魔立てするものがあるのなら排除する。

 神だろうが悪魔だろうが、叩き伏せる!


 ――まってろ、ググレカス!


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々に登場したファリアですが、何だか吹っ切れていましたね。(汗) それにしても、ファリアはググレカスのことを密かに想っていたとは……。 何となく感動の再会で抱擁した途端に背骨が折れるという…
[良い点] >数年前、政略結婚したカンリューンの第三王子からは離縁を申し渡された。  そもそも夫婦の営みでも無く、ケダモノも恥じらう荒々しさの形式はばかる結婚生活。婿の男性生命に終止符が打たれる程す…
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