強襲揚陸装甲艦『方々(ホウボウ)号』改
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メタノシュタット王城の北側に広がる森林地帯。
三日月池のほとりには『賢者の館』が佇み、王侯貴族の別邸や屋敷が立ち並んでいる。緑豊かな公園もあり、王都で暮らす人々の憩いの場。しかし森はすべて王政府管轄の軍用地であり、公園エリアを除いて一般市民は立入禁止となっている。
伝統ある王国軍、王国騎士団、更には最新鋭の魔道具で武装する『中央即応特殊作戦群』が本拠地を置いているからだ。
『北側予定コースより進入、第三練馬場へ』
空中を舞う翼竜がエスコートするなか、森の梢の上を、一隻の陸上戦艦が動いていた。
森の上を滑るように移動する銀色の艦体は甲虫を思わせる六本脚により浮遊、地上を歩いている。
「あれがアルベリーナ様の魔導戦艦か……!」
「ルーデンスの森林地帯からここまで、たった丸二日で走破してくるとは……!」
騎士や兵士たちが見守るなか、森をかき分け広場の中心へと進み出る。
『魔導戦艦着底、停泊を確認!』
調査母船改め、強襲揚陸装甲艦『方々(ホウボウ)号』改
全長15メルテ、幅6メルテ、全高10メルテ。
船底には脚が六本。王国が誇るゴーレム技術と魔導道具技術の結晶だ。
改修され一回り大型化した艦体は、かつてルーデンスの森林で運用されていた調査船の面影を僅かに残すが、木製の骨組み以外新造の陸上戦艦といってよい。
艦全体は鱗のような金属板に覆われ鈍い輝きを放っている。鋭角的なステルスマスト形状の操舵室も含め、全てが魔法装甲――魔法攻撃を無効化する極薄の特殊装甲――で覆われている。
船内には魔法使い十数人分の魔力を蓄える大型の蓄魔力装置を搭載。魔法使いが乗艦せずとも、長時間の作戦行動が可能となった。
かつて王国内を我が物顔でのし歩いた『賢者の館』への対抗意識から、王国軍のゴーレムを運用する魔法兵団が全面協力し開発されたものだ。
固定武装は船首25ミリメルテ速射鉄槍砲1門。
垂直発射式火炎爆裂魔法筒32セル。
魔力妨害撹乱幕発射筒6。
量産型雷神剣の「雷管カートリッジ」技術を転用、簡易結界兵装『魔導電磁フィールド』をも装備し、あらゆる戦場で展開可能となっている。
メタノシュタットの誇る最先端の魔道装備の見本市のような艦は、中央即応特殊作戦群の次世代兵員輸送、強襲揚陸ゴーレム開発のテストベッドも兼ねているらしい。
「アンカー降ろし、魔導機関停止します」
操舵長は竜人の娘、アネミィ。
「よし、早速改修作業にあたらせよう」
指示を出すのは艦長、アネミィの兄のニーニル。
二人ともメタノシュタット特務機関の制服に身を包み艦の全権を任されている。
「別の世界にググレカス様を助けに行くだなんて、できるのかな?」
アネミィが不安げにつぶやく。
赤いショートカットに、背中の竜の羽と尻尾。並外れた魔力と体力を有する竜人の妹は、艦長である兄に話しかけた。
「偉大なる魔女、アルベリーナ様がそうおっしゃるんだ。できるさ」
「大丈夫かなぁ」
「信じるだけだ」
「もう、兄さんてば心がないの?」
不安がる妹に優しい言葉の一つでも掛けてくれてもいいのに、と思う。
魔法の外部モニターには、大勢の整備員が群がる様子が映し出されていた。
船倉へ大きな魔道具を運び込んでいる。周囲にはの魔法工術士たちの姿もある。
「あれが……聖剣戦艦の部品?」
「次元を跳躍する不思議な力を有するそうだ」
魔法英知の結晶、聖剣戦艦――蒼穹の白銀、その遺物、ということしか二人にはわからない。
正確な名称は、ググレカスとアルベリーナだけが翻訳し知っている。
対消滅魔素変換推進機関……の補助機関。
――縮退炉心補助機関A09超高密度タキオン粒子発生装置。
艦に搭載した遺物に魔法工術士たちが魔力伝達ケーブルを接続。大型の蓄魔力装置からの魔力供給を確保する。
アルベリーナによれば「魔法の力で空間を湾曲、『次元の穴』を穿ち、異世界へフォールドする」ための装備らしい。
「助け出せるどころか、戻って来れないかもしれないのね」
「降りるなら今のうちだぞ、アネミィ」
「……兄さんのばか、私はこうみえても友達想いなの。プラムが大切な人を助けに行くんだから。助けてあげないと」
「そうか。俺も賢者様に恩を返したい」
「うん」
半竜人の友達、プラムは迷うことなく「ググレカス救出作戦」に名乗りをあげた。
――ググレさまは、私が見つけてあげなきゃですしー。
痕跡を追尾し次元を跳躍する。
実験のない一発勝負。
向こう側がどうなっているかさえわからない。決死隊といってもいい無謀な作戦だ。
作戦に参加するのは魔法使いレントミア。
それに騎士のチュウタ。
魔法生物学士のプラムに、賢者の一番弟子ヘムペローザ。
それに特別ゲスト。
ググレカスと関係の深いものばかり、少数精鋭に絞られた。
計画の立案者、魔女アルベリーナはメタノシュタット側に残る。そして救出後の帰還をサポートする役割を担うという。
「ところで特別ゲストって、誰なのかな?」
「この艦に乗ってくる予定だったが……。出発に間に合えばいいが」
ニーニルが腕組みをする。
「ふぅん? あ」
対空監視結界に反応があった。
目視すると上空に「木の葉」のようなものが舞っている。
メタノシュタット王城の方から飛んできた、緑色の飛行物体は、ホウボウ号の上でターン。ふわりと高度を落とし近づいてくる。
「レントミアさまです!」
魔法の空中浮遊ボードだった。
幅1メルテ、長さ2メルテほどの飛行魔導具は『流体制御魔法』を応用したものだ。手綱を通じ魔法力を注ぐことで、空気の流れにより強力な推力を生む。早馬にも勝る速度と自由な三次元機動を可能とする。
「甲板に降りられるようだ」
若草色の髪をなびかせ、ハーフエルフの青年が甲板に降り立った。艦橋へとあがってくると、アネミィとニーニルとに挨拶を交わす。
「ふたりともご苦労さま、作業は順調みたいだね」
「突貫工事ですが、十二時間後の出発を予定とのこと」
艦長が精悍な顔で淡々とアルベリーナからの指示を告げる。
「またぶっつけ本番! いきなり実戦! ま、いつものことだけど」
レントミアは嘆きつつ、どこか楽しげだ。肩をすくめながら純白のマントを振り払い、艦橋にある魔法のコンソールのひとつを操作し始める。
「魔素変換推進機関の魔法術式の調整は僕がしなきゃならないし……。まったく、アルベリーナ先生は人使いが荒いんだから」
ブツブツと文句を言いながらも、レントミアは調整作業に取り掛かった。
◆
「ルーデンスから『ホウボウ号』到着したとのことです!」
宮廷魔法使いがアルベリーナに報告する。
「うん、そっちはレン坊に任せるとして……」
アルベリーナはレントミアに次元を跳躍するための艦の改修をまかせ、大切な魔法の儀式を執り行おうとしていた。
複雑な魔法円を地下の施設に描くのに、丸一日かかった。
王立魔法協会の協力を得て、特殊な鉱物と油で練った赤い塗料を錬成。複雑で重層的な魔法円を何百と描きまくった。
壁や床、柱に至るまでびっしりと。
王城の地下空間、聖剣戦艦の遺物を格納していた場所は都合がいい。
外部からの魔力干渉をうけない静謐な場所だからだ。
ほぼ真上に位置する地上には『ホウボウ号カスタム』が停泊し改修を受けている。
ここを拠点に、艦を次元の彼方に跳躍させるための術式を構築する。
だが、魔法円には三ヶ所だけ空白の部分があった。縁の内側に描かれた三角形、頂点部分が未完成なのだ。
「さぁて、最後の仕上げだね。最後に超次元座標を確定しないとね」
アルベリーナは黒髪をぎゅっと結わえると、漆黒のローブの裾をまくりあげた。
コンソール代わりの魔法円を空中に三つ描き出す。
次元の彼方に迷い込んでしまったググレカスと妖精メティウスの、おおよその位置を特定する。
そのためには「三点測量」を基本とした位置特定の魔法を同時に行う必要があった。
術者であるアルベリーナとは別の位置から、三人が同時に観測する。それも縁の深い、ググレカスやメティウスを感じ取れる魔力を持つものたちを観測点として配置して。
「用意はいいかい、プラム」
『こちらプラム、ばっちりですー!』
水晶玉を抱えたプラムが魔法のコンソールに映し出された。場所はメタノシュタットの遥か南方、世界樹村だ。魔導列車で半日かけて移動、スタンバってくれた。
「ヘムペローザは?」
『待ちくたびれたぞい。こっちもオッケーだにょ』
前髪パッツンの黒髪ロングヘアの魔女が大映しになる。褐色の肌に少しとがった耳、手には蔓草の杖を持っている。
場所はイスラヴィアの州都。王国軍随一の速度が出せる飛竜で数時間かけて移動、スタンバイしていた。
「ヴォズ、プルーシアのほうはどうだい?」
アルベリーナが呼び掛けると、やや間があって真っ白なハイエルフの青年が顔を出した。
『……その呼び名はやめてくれないか、アルベリーナ』
プルゥーシア最強の魔法使い集団、魔法聖者連の序列一位、ヴォズネッセンス。
古くからの知り合いであるアルベリーナに「ググレカスへの怨恨を晴らす機会だよ」と口車に乗せられたのだ。
「ヒヒヒ、二百年前はもうすこし可愛げがあったのにねぇ」
『……お互い様だ。それよりこんな魔法儀式に巻き込んでくれた対価は払ってもらう』
「アタイの身体でよけりゃね」
アルベリーナがウィンクする。
『……やめてくれ』
本気で嫌そうな顔をした。
「ちっ! なんだってんだい。それで、例の子は?」
『……ここに、さぁアレクシア』
『なんでわっちがググ公なんぞを助けにゃならんのじゃー!?』
『……君にしか出来ないことなのです。私の好敵手が消えてしまっては、美しき復讐という人生の目標を失いかねません』
『なるほど、ヴォズネッセンス兄ぃがそういうのなら仕方ないの!』
可憐な容姿の幼女が、えっへんとふんぞり返る。
賢者の石に封じられた『ゲートキーパー』は、今や生きる宝物のように丁重に扱われていた。
偉大なる千年帝国の叡知の結晶、叡知を継ぐ『賢者の石』(偽)を胸に秘めた聖女として――。
『……それは嬉しいよアレクシア』
『まぁ、ググレカスにも恩はあるからのぅ』
単なる時空の門番として暗黒の閉鎖空間で過ごした千年間。あの孤独と虚無の絶望に比べれば、今のプルゥーシアでの日々のなんと楽しいことか……。
「異界への転移門、ゲートの管理人はこういう専門家さぁね?」
『カカカ、そうじゃとも任せるがよいぞ!』
ゲートキーパーたる己に、存在意義と価値を与えてくれたのは他ならぬググレカスだ。
今がその借りを返す時に他ならない。
「じゃぁ、いくよ!」
世界の三ヶ所から同時に、ググレカスとメティウスの居場所を感じ取る……!
アルベリーナは祈り、世界の三ヶ所で少女たちが静かに瞑想し、探りあげてる。
「ググレさま……」
プラムはずっと感じていた。ググレカスがどこかで生きているということを。
「ワシが居ないとダメな師匠じゃからの」
ヘムペローザも同じだった。魔法のすべてを学び共に歩んできた時間が、因果や時空を越えて結びつけている。
魂を結ぶ緑の蔓草をたぐり、位置を探る。
「異世界の向こう側の知る者としての領分じゃい」
アレクシアは次元の向こう側へ、易々と意識をダイブさせると、次元境界面に穿たれた大きな陥没あとを見つけ出した。まだ新しい。どうやらこの穴を通り、ググレカスは時空境界を越えたのだろう。
三人の少女たちの魔力糸は、やがて時空の彼方の、ある一点で重なりあった。
「……そこかい、ググレカス」
アルベリーナも密かに願う。
ググレカスに逢いたい、と。
長い時間を生き孤独だった自分。ダークエルフであることを気にもせず、難解な言葉を、失われし時代の知識を共有し、異界への夢を理解してくれた数少ない友人に――。
<つづく>




