表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1460/1480

【幕間】救出作戦、72時間の壁

 ◆


 ググレカス「消失」から72時間が経過――。


 災害や戦災で被災し、救出されないまま72時間を経過すると生存率が著しく低くなるという。これを人命救助の現場では「72時間の壁」という。

 ――王立メタノシュタット書房刊『救命救急、治癒魔法無しで命を救う法』より。


「ぐぅ兄ぃさん、帰ってきませんねぇ」

 リオラがお茶を飲みながら、窓の外に視線を向ける。王都北側エリア、西日の差し込む午後三時。

 湖畔に鎮座する『賢者の館』のリビングダイニングでは、優雅なお茶の時間が始まっていた。


 リオラはお気に入りのメイド服姿、栗毛の髪をハーフアップにまとめている。かつては戦災孤児で可愛い居候だった少女は成長し、今や第二夫人(・・・・)となり愛されている。そして『賢者の館』を護り取り仕切るメイド長でもある。


「あるじさまがいないと寂しいのダー」

 亜人の少女ミリンコは少し寂しそうに呟くと、マニュフェルノ第一夫人のカップにお茶を注いだ。


「失踪。異世界に行ったみたいだし、簡単には戻ってこれないかも」

 マニュフェルノはミリンコにお礼を言うと、ポリポリと焼き菓子を頬張って苦笑する。


 傍らでは双子の姉弟、ポーチュラとミントがすやすやと眠っている。最近では「まぁま!」「ぱぁぱ?」と喃語(なんご)を話すようになり、ますます可愛くて仕方がない。今はこの子達さえいればいいとさえ思うほど。

 夫のググレカスが不在なのは寂しいけれど、いつものこと。また何か面倒ごとに巻き込まれてしまったのだろう。


「マニュ姉ぇもリオっちも呑気すぎっスよ……」

 スピアルノは呆れつつ、ナッツの殻を割って中身を口に放りこむ。

 猫耳と犬耳の四つ子たちは、この時間は学舎に通っていっている。平和で静かなひとときだが午後三時半をまわれば帰ってくる。引率役の年長姉弟、ラーナとラーズが四つ子たちを引き連れて。


 お腹をすかせた「子どもたち軍団」が揃い踏みすれば、そこから館は戦場と化す。ゆえに静かないまのうちに館の女達だけの時間を楽しみたい。


 ちなみに。

 犬耳の半獣人、スピアルノは夫の猫耳剣士ルゥローニィとは別居中。剣術道場の一番弟子たる猫耳娘(・・・)と浮気をしたことが原因らしい。もはや離婚も時間の問題だが、心配はしていない。『賢者の館』は居心地が良いし、ググレカスも「四つ子もお前も面倒を見てやる」なんて男前なことを言ってくれたからだ。無論、第一夫人のマニュフェルノ公認だ。

 もう第三夫人になってもいい、とさえ思っていたところにググレカスの失踪である。

「はぁ……。まったくどこに行ったんスかねぇ」

 犬耳の毛先を整えながらため息をつく。


 と、リオラが指先で唇を持ち上げながら、

「もう丸三日ですもんね。そういえば『72時間の壁』ってありませんでしたっけ?」


「救命。人命救助の生存率が低下する、救出のタイムリミットのことですね」

 治癒魔法と医療技術に詳しいマニュフェルノが淡々と答える。


「過ぎちゃってないですか!?」

 ググレカス失踪からもう三日目、72時間も過ぎようとしている。

「……リオっち、ジタバタしても無駄ッス。もうすぐ73時間経過ッス」

 スピアルノは薄々気づいていたが、ググレカスのことだから大丈夫だろうと黙っていた。


「スッピ心配じゃないの? ぐぅ兄ぃさん、ヤバいんじゃ」

微笑(ふふ)。それはいつものこと」

「ご主人さまは必ず帰ってくるのダー」

「まぁ、そうかもしれませんけど」

 リオラはググレカスを信じている。

 魔王や超竜とガチンコ勝負しても生き抜いた。見た目のヒョロさとは裏腹のタフさ。強さと優しさに惚れている。

 だからどんな状況でも大丈夫、と。


「無用。心配はいらないわ。さっき連絡があって、レントミアくんとプラム、チュウタくん。それにヘムペロちゃんも救出に向かうみたいだし」


「そうだったんスか、今夜はプラムたちも帰ってこないんスね」

「でも、それなら安心です」

 互いに微笑みお茶を飲み干す。


 マニュフェルノの言う通り、救出作戦(・・・・)は動き出していた。


「信頼。ググレ君のこと信じてるから」

 マニュフェルノはメガネをすちゃりと整えた。

 動揺する素振りも見せない。最近は『賢者の館』の第一夫人(ボス)としての風格が出てきた。

「愛ですね」

「愛ッス」

「なのダ」


 ◆


 同時刻、メタノシュタット王城中枢『中央即応特殊作戦群(メタノミリティア)』作戦指令室――。

 賢者ググレカスがティティヲ世界から消えた影響は、次第に大きな波紋となり広がりつつあった。


「魔法の主回線はまだ繋がらんか!? 王立魔法協会は何をやっている!」

「鋭意、回復に努力していると」

「おのれ……使えぬ! 危機的状況だというのに、宮廷魔法使いどもは呑気なことを」

 髭顔の指揮官は悪態をつき拳を握りしめた。


 王国の魔法運用の(かなめ)、ググレカスが消えた影響は大きかった。

 普段は目立たないが裏で暗闘し、様々な魔法的脅威から祖国を防衛していたのだから。

 王国軍の高度魔法通信網に対し、外部勢力からの干渉はつねにあった。それを防いでいたのがググレカス以下、魔法兵団の魔法使いたちだ。

 しかし度重なる攻撃により障害が発生、ついに王国軍の魔法通信回線がダウン。

 各自治区や衛星国家群との魔法通信に不都合が生し、緊急事態へと警戒態勢を高めていた。

 部屋の壁を埋め尽くす魔法投影板(モニター)は、赤い文字での警告を発し続けている。

 ――第十三魔法通信ハブ過剰負荷増大

 ――干渉術式除去フィルタリング飽和


「このままでは持ちません……!」

「おのれ、弱みに付け入りおって」

 髭の司令官が歯軋りする。

  各国の魔法使いが魔法の通信回線を通じて、呪詛を送り込んできている。致命的なトラブルを引き起こす、要人の体調不良、対ゴーレムの機能不全を引き起こす呪詛術式を。

 他国の魔法使いによる「悪意を持った干渉」であり、明らかな魔法通信網への破壊工作だ。

 発信源は特定できないが、プルゥーシアは先日の国境交渉の腹いせ。ストラリア諸侯国は歴史的反発からの嫌がらせだろう。

 王国軍のデフコン警戒レベル4。

 これは「侵略の脅威が観測された」状態と同義であり、国境警備を担う各地のゴーレム部隊が厳戒態勢へと移行しつつあった。


「司令! レントミア殿が魔法兵団に応援に駆けつけてくださいました」

「おぉ!」

 思わず歓喜の声があがる。

 王立魔法協会の幹部にして、ググレカス殿の相棒、実力は折り紙付きだ。


「レントミア殿が魔法兵団の通信魔法師たちを支援、対策を開始しました!」

 賢者ググレカスが運用していた魔法の秘匿回線へバイパス。干渉を排除し、基幹系の通信網を回復させることに成功する。

 モニターの赤い警告は、次第に警報レベルのイエローへと落ち着いてゆく。

「なんという対処能力、流石は六英雄の魔法使い……!」

「これで少しは持つか」


 しかし、宮廷魔法使いどもはまるで役に立たなかった。普段は王族に取り入り、威張り散らし怪しげな占いや占星術で惑わすばかり。

 魔王大戦終結から歳月が流れ、実力のある者が在野に散ってしまった。

 下らぬ王立魔法協会の内紛、権力争いのせいだ。

 ググレカスは王城へ残り、スヌーヴェル王女殿下の懐刀として働いているが、数日前、王立魔法協会の要職を解かれたという。

 プルゥーシア皇国との国境紛争など、王国軍とともに各地を転戦。国難や「めんどうごと」を処理してきたというのに。

 賢者ググレカスの「追放」という理不尽な仕打ちは、王立魔法協会の最高位にいたアプラース・ア・ジィル卿が現役を退いたことに端を発する。

 代表代行を僭称(せんしょう)する「円卓会議」が王立魔法協会を牛耳り、ググレカスを追放したのだ。

 内務省は今回の事態を重く見ている。混乱の責任を追求、やがて「ググレカス追放を画策した反政府的思想を持つ魔法使いたち」を拘束する手はずだという。


『ふぅ、当面はこれで大丈夫だと思うよ。でも暗号術式はいずれ見破られる。ググレに書き換えてもらわないと』

 やがて王立魔法協会を束ねるものとして、若きハーフエルフ、レントミアに白羽の矢が立つ。

 魔王大戦で名を馳せた、六英雄が一人。最強の魔法使いの誉れ高いレントミアは、王立魔法協会を取り仕切ることになるだろう。


『とりあえず各種対抗術式は仕込んでおいたから。あとは王国軍の魔法兵団のみんなに任せるね』

 モニターに美しい青年ハーフエルフの顔が映し出された。背後には十数人の魔法使いや魔女たちがいて、頷いている。


「感謝いたします、レントミア殿!」


『さて、僕はググレを迎えに行かなきゃ」


「あとはお任せください。ご武運を……!」


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「ぐぅ兄ぃさん、今日も帰ってきませんねぇ」 「頭の寂しいあるじさまがいないと平和なのダー」 「失敬。召喚(隠語 に行ったみたいだし、バレた以上、そう簡単には戻ってこれないかも」 [一言]…
[良い点] 異世界に逝った、もとい行ったググレカス。 ググレカスの消失により、メタノシュタット王国は敵対国からフルぼっこのタコ殴り状態に。(笑) 今まで対処していたググレカスは趣味の一環として動いてい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ