城塞都市の食客と、ググレカスの作戦
◇
魔法のランプに照らされた大広間。
三列並んだ長テーブルには、様々な料理や酒などが並んでいる。
ストラリア王国の城塞都市レザリアスの王宮では、戦時だというのに、ささやかながら宴が催されていた。
魔導師一味を撃退した戦勝記念、奮戦した戦士たちへの労い。そして俺の歓迎という名目らしい。
「天は我らを見捨ててはおらぬ! 遥か東方の地より、一騎当千の偉大なる魔法使い、ググレカス殿が援軍として馳せ参じてくれた!」
国王臨時代行ノルアード・アチャーノ三世の声が、高らかに響く。若くまだ十代だろうか。慣れていないのか、かなり声が上ずっている。
王宮での祝宴とはいえ、浮かれた空気も、華やかさとも無縁。次の戦いに向けて決起集会のような、悲壮な雰囲気さえ漂っている。
おそらくは有力貴族たちの引き締め、忠誠を確かめるため、そんな国内事情によるものだろう。
招かれた貴族たちや従者、あるいは王宮騎士たちの視線は自然と俺に集中する。
それはほとんどが興味と疑心暗鬼の眼差しだ。
だが、王宮での作法も腹芸さえも染み付いている俺は、余裕の微笑みを湛え優雅な仕草で礼をする。
この時ばかりは大袈裟な装飾のついた『賢者のマント』があってよかったと思う。
「ご紹介に与りました、ググレカスと申します。世界の中心たる御国ストラリアより遥か東、メタノシュタット王国より使者として参りました」
半分は適当だが、証明する術もないだろう。
「メタノ……? 聞いたことがないが……」
「黒髪にあの肌、東方には未開の蛮族しかおらぬはずだが……」
「流れ者の魔法使いと聞いておったが」
「しかし、あの魔法の輝きを見よ……」
賢者の結界を『演出魔法』で僅かに可視化。魔法の光を周囲でキラキラと、わざと乱反射させている。同時に魔力糸はクモの巣状に張り巡らせ、貴族たちのお付きの魔法使いたちを撹乱。探りをいれようとしている彼らの魔法を乱惑する。
「……うっ!? 魔法が乱れ……」
「な、なんという魔力……!」
「あの男、只者ではありません」
貴族お付きの魔法使いや魔女たちが、慌てた様子で主人に訴える。
「フフフ……」
メガネの鼻緒を指先で持ち上げ、不敵に微笑む。小賢しい演出だが、時にはこういう「わかりやすさ」も宮廷では必要なのだ。
「ググレカス殿はお強い! 圧倒的な魔法の力で我らの危機をお救いくださった!」
近衛騎士団長のマリアスは声をあげた。
「ググレカス殿が来てくれなかったら俺たちは全滅……! ここで宴なんてやってる場合じゃなかったろうぜ」
千人隊長も同調する。見計らったようだが、ナイスフォローだ。
ファリアのそっくりさんと、エルゴノートのそっくりさん。戦闘力はそこそこだが、裏表の無い者たちのようだ。
「なんと……!」
「天空の魔導師、その眷属を圧倒するとは!」
「で、殿下、あの魔法使いはやはり圧倒的な魔法力をお持ちのようで……」
知ったかぶりの宮廷魔法使いが国王陛下(代理の王子か?)に口添えをする。
視線は疑いから期待と歓迎に変わり、地鳴りのような大きな拍手が押し寄せた。
世界が違っても王宮、宮廷は同じようなもの。
家柄や金が無いなら力で示す、つねにマウントの応酬だ。事をスムーズに進めるには、こうした細かい手間を惜しんではいけない。
「……はぁ」
というか、このくだりはいらんのだ。
俺はここで情報を仕入れ、可能なら戦力を揃え、妖精メティウスの救出へと赴きたい。
眷属どもを回収した魔導師の幻影は、「妖精を預かっている」と言った。
メティウスは無事だ。これは一筋の光明が差す。
しかし魔力供給の途絶えた状態で、はたして無事なのか。可愛い妖精が変なことをされていないか、心配で居ても立っても居られない。
「……くそ」
魔法の通信は途絶したまま。強固な魔法で繋がっているはずなのに、完全に遮断されているということか。
貴族や王族の相手などしている気分じゃないし、料理の味もなにもあったものじゃない。
俺の目的は元の世界へ帰還すること。
そのためには――
「ググレカスさま、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。平気さチェリノル」
横にいた少女が心配そうにのぞきこんでいた。
「どこか痛いのですか?」
「いや、考えごとさ」
つい難しい顔をしていたらしい。
「よかった……。私いますごく緊張してて。ググレカスさまもですか?」
「そうだな、こういう場所は好きじゃない。でも大丈夫、落ち着いて、目の前の料理に集中して」
「……お料理に?」
「そうさ」
小綺麗になったチェリノルがテーブルの上の料理に視線を向ける。
慣れない緊張からか、今すぐテーブルの下に隠れてしまいたい……そんな顔をしている。
王宮の侍女たちから綺麗にしてもらい、親切な貴族の娘さんから着替えも頂いた。
「なんだか生け贄にされた時みたいな気分です」
目を白黒させ、困惑しまくっている。
「ははは、冗談が言えれば大丈夫」
「もう」
「離れないように、横にいればいいさ」
「はい……」
そっと手を握り落ち着かせる。
地下神殿で生け贄にされそうだった少女が、数日後に王宮の祝賀会にいるのだから無理もない。
「それと、今のうちに栄養補給はしておいた方がいい」
戦時下の祝賀会、決起集会などかなり無理をしているのだろう。
国王代理や側近の大臣は、あまり国の運営が上手いとは思えない。
「――悪逆なる魔導師を蹴散らし、我が国に勝利を! 偉大なる魔法使いが来てくれたことが、神の福音でなくてなんであろう……!」
国王代理の王子も調子が出てきたようだ。
まぁ実情は蹴散らしたというより、倒しきれずに逃げられただけなのだが。
国を任された王子は祝宴を通じて国としての体面を保ち、士気を高め、貴族たちの結束を強めることを考えているのだろう。
宴の後、俺は第三王子のアチャード陛下と拝謁を許された。そこで特別魔法顧問、いわゆる食客として召し抱えていただくことになった。
これは近衛騎士団長のマリアス、王国戦士団千人隊長のアルグスートの推薦によるものだ。
異例中の異例だがろうが、今は非常時。よほど人材が逼迫しているらしい。
「働きに期待しているぞ」
「はっ、ありがたき幸せ」
――期間限定だがな。
これで俺は後ろ楯を得た。食うや寝るに困る生活とはひとまずおさらばだ。
チェリノルも明日から安全な城で働かせてもらえることになった。
祝宴の後、緊急作戦会議が行われた。
「戦況は芳しくありません」
王宮の会議室に、近衛騎士団長マリアスの声が響く。
巨大な円卓の中心には地図、そこに赤く印が描かれている。
城塞都市レザリアスから十五キロメルテ東方。
小さな村があった谷間が、魔導師の星が落着した地点。衝撃で村は壊滅、そこに出現したのが水晶城、クリスタニアだ。
上座にはアチャード陛下と大臣と近衛騎士。
左右に王国戦士団千人隊長アルグースト、魔法兵団の残存を束ねる団長代理のキリルヒース嬢。
俺の向かい側には、いかにも人当たりの良さそうな、しかし眼光の鋭い情報参謀のヘベット卿。
トップメンバーの会議に、特別魔法顧問の俺もゲスト参加している格好だ。
近衛騎士団長のマリアスから先に聞いた話によれば、武勇に優でた国王ノルアード・ガイアスは戦死したという。
天空より魔導師が襲来し、甚大な被害が発生。
その後、魔導師一味の討伐のため、自ら大軍を率いて、魔導師の城――クリスタニアへ向かい、攻め込もうとした。
しかし、国王は戦死。
僅か半刻ほどの間に、三万の兵力を誇った国軍の主力部隊は壊滅的打撃をうけた。
王国魔法兵団も戦力になりそうな者はわずかばりしか残っていないという。
従軍していた第一王子も戦死し、王妃はショックで床に臥せってしまった。なので弱冠17歳の第三王子アチャードが玉座についたのだとか。
その後も城塞都市レザリアスへの侵攻は繰り返された。
魔導師の眷属は夜になると活動し、朝になると戻って行くのだという。
「城塞都市の籠城戦で、なんとか今まで耐え抜いていたのだが……」
そこへ俺が現れた、という流れか。
「連中、日光が苦手なのか?」
「魔導師は知らぬが、魔物は大抵日光が苦手だ。連中も同じだろう」
筋骨隆々のアルグーストは事も無げに言うが、何気にこれは重要な情報だ。
弱点、あるいは攻略の糸口になるかもしれない。
「ふむ」
「第一次討伐戦は夜明けとともに敢行されました」
「近づくことさえ出来ませんでしたがねぇ」
情報参謀のヘベット卿が肩をすくめた。
「魔導師の水晶城、クリスタニアは接近さえできぬ。近づけば三本足の水晶の化け物が放たれ進軍を阻む。それに……」
マリアスが表情を曇らせる。
「水晶城から光の……刃のような魔法で、狙撃される。国王陛下はそれで首を……」
吹き飛ばされた、とヘベット卿が付け加えた。
「難攻不落の要塞というわけか」
「こちらが再び集められる兵力は三千。貴族たちの私設軍隊、傭兵をかき集めても四千ほどですねぇ」
ヘベット卿は優秀らしい。
「それだけか……」
国王代理のアチャード王子が肩を落とす。
とても魔導師の水晶城を攻め落とせる数ではない。前回は三万の兵力で全滅したのだから。
「ご提案が」
行き詰まった作戦会議を聞いていた俺は、ひとつ提案をする。
内心、嫌だったが仕方ない。メティウスを助け帰還する鍵を手に入れるためだ。
視線が俺に集まる。
「クリスタニア、水晶城を正面から攻略しては勝機はありません」
「そんなことはわかっているんだよ!」
魔法兵団の代表代行、青いロングヘアの魔女が声をあげた。仲間が死んで頭に血が上っているのだろう。
「話は最後まで聞いてもらえますか。地上に加え、地下から少数精鋭で攻め込んではいかがでしょう?」
下を指差し、会議室を見回す。
「な……!?」
「地下……ですと」
「なるほど、それなら」
「しかし、穴でもほるのですか?」
「地上部隊は敵と距離を保ちながら陽動。クリスタニアの地上戦力の気を引き付けます。狙撃する魔法に、三本足の怪物……。眷属も出てくるかもしれない、危険な戦いです」
「危険はもとより承知の上よ! 揺動作戦は俺に任せてもらうぞ」
アルグーストが気勢をあげる。
「しかし地下は……」
「それなら、古い水路を使えばよかろう。あのあたりは洞窟も多く、水路や地下通路を保管庫として利用していた地域です。文献を調べれば……」
有能な情報参謀が良いアイデアを出してくれた。
「素晴らしい。地下からの侵攻は……」
「私たちが行こう」
魔女のキリルヒース嬢が鋭い眼光でテーブルを叩いた。
魔力探知に優れた魔法使いと、道を切り開く工兵を二十。それでギリギリ水晶城の地下から突入口を見つけ出す。
「しかし、まってくれググレカス殿、地下から入れない可能性もあるのではないか?」
「えぇ。相手に気づかれ、危険が迫るようなら即時撤退してください」
「どういうことだ?」
「私がご提案する作戦は三面作戦です。地上と地下、そして隠密。騒がしい地上と地下の争乱に乗じて、第三の攻略パーティ、つまり私が姿を隠しクリスタニアに潜入します」
「なっ……!?」
「ググレカス殿、それはあまりにも危険です」
「ご心配なく。眷属と戦った際に、仕込みを講じてあります」
「……!」
「なんとまぁ底知れぬ御仁ですねぇ」
眷属には術式を浸透させている。緑の芋虫怪人に忍ばせた術式は、ひとたび起動させれば一斉に情報を発信。連中の位置やクリスタニアの構造も明らかに出来るはずだ。
「なぜ、そこまでして我らに……命さえ省みず」
近衛騎士団長は、感動にうち震えた顔で俺を見つめている。黙っているべきかとも思ったが、動機が不透明に思われては意味がない。
「私は……大切な友人を救い出したいのです。魔導師の手から」
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「魔導師……レティキュリア・ティアウ様!」
「いま、お取り込み中だ」
獅子頭のゼクメイトの声を、ネフェルトゥスが遮った。
青白い輝きに満ちた塔のなか。水晶の巨大な結晶が複雑な幾何学的構造をなす城の最上階。
羊水のような液体に満たされた袋のなかで、赤黒い胎児が巨大な目玉を動かした。
『……妖精の記憶……実に興味深い……』
巨大な無花果を逆さにしたような頭部。そこからクラゲの足のように、ゆらゆらと小さな身体が浮いている。それはただの付属器官のように。
羊水の入った半透明の袋は空中を滑るように移動しながら、水晶に封じられ動かない妖精のまわりを周回する。
「記憶……とは?」
緑の芋虫、ラマシュトゥが数百ぴき。浮遊する魔導師に視線を向ける。
『この世界よりも遥かに広く、豊穣な新天地がある……ヒヒヒ』
「すごいや、新しい世界に行けるの!?」
少年のような獅子頭が小躍りする。
『この妖精は……羅針となりうる……!』
<つづく>
次回、久しぶりにプラムたち登場。
そしてググレカスは水晶城攻略を開始……!
お楽しみにっ。




