見えてきた世界と真の敵
獅子頭の怪人母子をねじ伏せるや、驚きと歓声が響き渡った。
「うぉおおっ、やった!?」
「魔法使い様が化け物共を倒したぞ!」
城塞都市――王都レンブルローグの防衛隊は、獅子頭の怪人たちと戦い、苦戦を強いられていた。被害は甚大のようだが、生き残った者たちが気勢をあげている。
気がつくといつしか朝日が昇り。太陽が地面を照らしていた。気温はじりじりと上昇し暑いと感じるほどだ。
「魔導師の眷属どもをねじ伏せるとは! いやはや、凄い魔法使い殿だ! 全力で感謝するっ!」
赤毛の大男は血まみれの笑顔で、俺の肩をばしばしと叩いた。
「いたた……」
「おっとすまん! ははは!」
頭から血をドクドクと流しながら豪快に笑う。
印象は似ていても、近くで見るとエルゴノートとは別人だった。黒い甲冑にボロボロのマント。腰には魔法剣らしき装備。遠目にエルゴノートと見間違ったのは、雰囲気が似ていたせいと、俺の期待によるものだったのだろう。
「失礼を魔法使い様!」
女騎士が黒い甲冑の戦士を体当たりして押し退けた。
「な、なんだマリアス」
「無礼だぞ、アルグスート!」
「いきなりのご無礼、お許しください魔法使い様」
「構わないさ、元気そうで何よりだ」
「貴方は我々の危機を救ってくださった恩人、我らの英雄です」
「そこまでのことは……。結果的に皆の助けになったのならよかったが」
俺の言葉に女騎士はホッとした様子で、
「申し遅れました。私は近衛騎士団長のマリアス。この男は王国戦士団、千人隊長のアルグスート。血気盛んな武人ゆえ、ご無礼をお許しください」
礼儀正しい女騎士は折り目正しく一礼をし、ついでに大男を蹴飛ばして礼を言わせる。
「気にしないでください。それより、あの二人は厳重に縛った方がいい」
視線を向けると、他の兵士たちが獅子頭の母子を取り囲み、数人がかりで鉄の鎖でぐるぐる巻きにしはじめていた。
「我が子に触れるな、下等な人間どもめ!」
「メガネを殺す! 絶対にだ……!」
スライム毒のスペシャルカクテルの効果で痺れていてもあの様子だ。今は動きを封じているが、じきに回復し手に負えなくなるだろう。
「よーし! 穴を掘って体を埋めろ!」
千人隊長アルグスートが部下たちに命じる。
今、このタイミングで殺してしまった方が良いだろうが、沙汰は彼らに任せよう。
「騎士団長殿、連れの少女がいるのです。あの廃墟……建物に身を隠しています。彼女を助けてやって欲しい」
俺はまずチェリノルの身の安全を確保するよう、騎士団長に頼み込んだ。百メルテ後方、廃墟となった集落を指差す。
「二騎! すぐに救助に向かえ!」
「「はっ!」」
騎士団長の命令で騎兵が二名、すぐさま急行してくれた。
とりあえずチェリノルはこれで安心だ。
「ありがとうございます」
「礼をいうのは此方のほうです。魔法使い様、貴方のお名前をお聞かせください」
女騎士マリアスは丁寧な口調で尋ねてきた。素性の知れない怪しげな旅の魔法使いの俺に対しても、礼を欠かさない。流石は王国の近衛騎士といったところか。
とはいえ、やはりファリアとは別人だった。凛とした顔立ちの美人だが、マッチョで気さくな印象のファリアとは違うのだ。
「私はググレカス。訳あって……東の国から旅をしている最中、この戦乱に巻き込まれた」
「失礼ながら、東方の国とは?」
適当に誤魔化そうと思ったが、マリアスは耳ざとかった。嘘をついても仕方ない。
「メタノタシュタット王国」
言ってはみたものの、知らぬはず。この世界には存在しない国の名だから。ここでは身分証明のような賢者のマントも意味を為さない。
「メタノシュタット? お国の名は存じ上げません。しかし……」
「何かご存じなのですか?」
女騎士のやや怪訝そうな反応に、思わず聞き返す。
「ググレカス様のように偉大な魔法使いを擁する国とあらば、さぞかし強大な魔法王国なのでしょう。しかし、自分の無学を恥じるばかりです」
「知っていることを教えてください」
俺は食い下がった。少なくともメタノシュタットという名前に反応していた。
「実は、ストラリア王国の王族に伝わる神話、そこにある名なのです。古くから伝わる神話の一節、星々の海を渡る魔法の船、輝ける聖剣戦艦、人類の運命を背負い、悪竜と戦った十三の戦列艦。その旗艦こそがファティマート・プラティナ。率いていたのがメタノ=シュタルト王……だったはずです」
「聖剣戦艦……!」
「ググレカス様もご存じなのですね? 国の民も伝承の『おとぎ話』として知ってはいますが、船の名や王族の名までは公に知られていないはずなのです」
「なるほど」
彼女は安堵したように頷いた。
おそらく俺が、どこぞの王族に仕える真っ当な人間だと思ってくれたのだろう。
だが、ここでも繋がった。
ストラリア諸侯国だけの小さな世界。
箱庭のような世界も、数千年前に超竜ドラシリアとの戦いで滅んだ世界から、切り離され保護された、泡のような世界のひとつなのだ。
「ストラリア国家群の中心都市、ここ王都レンブルローグにも、聖剣戦艦のひとつが眠っていると云われています。地下深く、あの王宮の基幹部分に」
騎士団長マリアスは視線を城塞都市の中心へと向けた。青い瞳が見つめるほうに、ひときわ高い塔があった。
「もしや、あの獅子頭の怪人どもはその聖剣戦艦を狙って……?」
「わかりません。しかし執拗に兵や人間を殺し、城塞都市の中心部への侵入を試み、娯楽のように攻略を愉しんでいたのは事実です。我らは必死で防衛してはいましたが……」
と、向こうから騎兵が戻ってきた。
騎士に少女が抱き抱えられている。
「ググレカスさま!」
「チェリノル! 無事だったか」
「恐ろしい怪物を相手に、無茶ですよ……!」
騎士達に救助されたチェリノルが、馬から飛び降りて、駆け寄ってきた。俺に抱きついてぎゅっとしがみつく。
「怪我はないか?」
「大丈夫です。ググレカスさまこそ……ボロボロじゃないですか」
「そうか? これぐらい余裕だよ」
とはいえ身体があちこち痛い。
「ググレカス様、この少女は……星詠みの巫女ではありませんか?」
金髪の騎士団長が驚いた様子で言った。
「巫女? そうなのかい、チェリノル」
「いえ。私は孤児院でくらしていました、騎士様」
チェリノルは小さく首を横にふった。
「どこぞの地下神殿のような遺跡で、生け贄にされそうになっていたところを助けたんだ」
「命の恩人です!」
チェリノルは誇らしげに、俺の腕にしがみついている。
「そうか。チェリノル、君も助けられたのだな、素晴らしい魔法使い様に」
「はい!」
「しかし、やはり王国に仕える星詠みの巫女、そのひとりによく似ている。てっきり妹か、いや親子かと」
「私が……?」
「騎士団長殿、その方はいまどこに」
その時だった。
警告――魔力反応増大!
「ぬっ!?」
戦術情報表示が赤い警告を発し、俺は思わず振り返った。
戦域索敵結界が大規模な魔力振動、何かの異変を察知したのだ。
「ググレカス殿?」
「なにか来る……!」
言い終わらぬうち、空に暗雲が垂れ込めた。ごうごうと冷たい風が吹き荒れ、灰色の雲が上空で渦を巻いた。
「な、なんだ!?」
赤毛の千人隊長が空を見上げつつ、あまりにも不気味な気配に身構える。
「総員、警戒!」
騎士団長マリアスが指示を下したが、突如として雷鳴がとどろいた。
「きゃっ!」
耳を塞ぐように身を固くしたチェリノルを、傍らに抱き寄せる。上空では黒い雲の塊がボコボコと垂れ下がり、気圧も急低下しはじめていた。
周囲はいつしか暗闇に閉ざされた。
雷撃召喚の魔法――いや、なにかが違う。
稲光が轟き、その光に浮かび上がった雲の陰影は、巨大な人の顔をしていた。
『――愚かなる人類よ……!』
雷鳴の轟音に交じり、声が響いた。
「ひぃい!?」
「うわぁああ!?」
「顔ぉお!? で、でかい!」
上空の巨大な顔がギョロリと目を剥いた。兵士たちが悲鳴を上げ、剣を取り落とす者さえいる。
「いかん……! 獅子頭の二人を殺せ! 首をはねよ!」
千人隊長アルグスートが慌てて部下に命じ、数名の兵士が剣を抜いた、その時。
視界を奪う轟雷が二筋、落ちた。
蛇のような稲妻が地を這い、剣を振り上げた兵士たちは一瞬で黒こげと化した。
「魔導師……レティキュリア・ティアウ様!」
「助けに来てくれたんだ!」
獅子頭のゼクメイトとネフェルトゥスが歓声をあげた。
黒い舌のような雲が上空から渦を巻きながら垂れ下がり、二人を地面から牽引する。
「うわあぁあっ!?」
「吹き飛ばされ……!」
周囲には竜巻のような風が吹き荒れ、兵士たちが吹き飛ばされた。
「おのれ……!」
「させるか!」
赤毛の千人隊長が剣を抜き、銀髪の騎士団長が戦斧を構えた。
だが再び雷鳴が轟く。
「――賢者の結界!」
「お、ぉおおっ!?」
「これは、魔法使い殿の……!」
「ぐぅうううっ!?」
「ググレカス様!」
「離れるな、チェリノル!」
しかし、なんというパワー!
雷撃を放つ魔法使いは何人かいたが、これほどのものははじめてだ。
人為的な魔法の出力のレベルを越えている。気象現象そのもの、破壊的な落雷が結界を直撃している。
『ほぅ……? 我が神罰の雷に耐えおるか』
――全術式超駆動! 金属イオンを表層展開したスライムを連続生成!
通電させ、電気を逃がす……!
騎士団長と千人隊長、チェリノルへの直撃は防御できた。地面にアースした落雷の余波で、他の兵士が悲鳴をあげるが、致命傷ではないだろう。
「あの魔法使い、しぶとい……!」
「殺しちゃってよ、ティアウ様!」
暗雲に吸い込まれてゆく二人の獅子頭も、まるで罰を受けるように電撃を浴びた。
「きゃぁ!?」「ぎゃっ!?」
『……神威のスキルを与えし前たちが、愚かな人間ごときに後れをとるとは、なんたる恥さらしよ……!』
「も、もうしわけありません、ティアウ様」
「げほっ……うぅ、ごめん、なさい」
二体の怪人は黒い雲に飲み込まれた。
そして、暗雲で形作られた顔が、憎々しげな視線を俺に向けてきた。
『……貴様か……。異界から来た魔法使い』
「ふん、それはお互い様のようだが。ところで、雷撃は終わりか?」
「ググレカス様!?」
思わぬ挑発に慌てたのは騎士団長だ。赤毛の戦士は雷の直撃に腰を抜かしている。
だが、俺はすでに雷撃のカラクリを見破った。
「気候の変動、気象現象を上手く利用した、大袈裟な魔法のトリックとはな。最初は驚いたよ。落雷はうまく誘導したようだが、二発目は無理だろう?」
『……ッ!? 貴様……!』
雲の顔が崩れたのは憎しみによるものか、心の乱れで術が緩んだのか。明らかに相手は動揺した。
熱波による急成長した積乱雲。そこから発生する落雷を利用した攻撃だ。上空の黒い雲が薄れ、遠ざかり始めていた。気圧も気温も元に戻りつつある。
「神の眷属を従えた、偉大なる魔導師様? だとしても限界はあるようだな」
俺はメガネの鼻緒を指先で持ち上げた。
敵は無限の魔力、無敵を誇る神ではない。
もしそうなら、出来損ないの部下たちに人類の攻略を任せるはずがない。
『なるほど、貴様がググレカス……か』
消え去る間際、雲の顔が嗤う。
「なぜ俺の名を」
いや。奴の部下たちは情報を共有している。
すでに対戦した緑の芋虫、獅子頭の二人から情報を瞬時に得たとしても不思議ではない。
『時空を飛翔せし妖精……メティウス』
「メティウス……!」
『羅針の妖精はわが手中よ。繰り返し、貴様の名を呼んでおったぞ。健気じゃのう、クククク……!』
なんてことだ。妖精メティウスは奴の手に落ちていたとは。
「メティウスは無事なのか!」
『クハハハ……! 取り戻したくば、我が宮殿……クリスタニアに来るがいい……!』
<つづく>




