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襲来、神の眷属ラマシュトゥ

「まるで悪夢だな……」

 緑色の人面芋虫の群れに、俺は包囲されつつあった。ウゾウゾと体を波打たせながら迫る無数の怪物ども。これは気の弱い人間が見たら卒倒しかねない。

『グゥブブ……逃げぬのかァ?』

『恐怖のあまり、身動きも出来ぬか……!』

『哀れな下等生物めがぁああ!』

 上半身は人間の胎児を歪ませたような器官で構成されている。顔面に両腕とも緑色。おまけに人語を操るときた。

 神とやらの創造物にしては悪趣味すぎる。

「……囲まれたか」

 戦術情報表示(タクティクス)には赤い輝点(ブリッツ)が無数に明滅している。

 怪物どもはひとつの意識で統率されているらしく、俺を包囲しつつあった。

 群れを統率するリーダーを探したが、クローンのように同一で見分けがつかない。そもそも怪物どもは何の意思疎通もせず、同じ思考を共有し、侮蔑の言葉を発しつづけている。

『ヒョロガリで不味そうな男か……!』

『あそこに美味そうな小娘も発見んんッ!』

『グブブ、ディナーは二匹で決まりィ……』

 周囲半径百メルテ圏内、およそ五十匹を超える群れ。こちらを発見し包囲するまでが早すぎる。群れで狩りをする狼のごとしだ。


「ググレカスさまお逃げください!」

「チェリノル、君はそこにいろ。扉と窓を閉ざせ」

「は、はいっ!」

 チェリノルは慌てて宿の二階の窓を閉ざした。木製の扉は籠城には気休めにもならない。居場所が敵に知られた以上、連中の意識をチェリノルからこちらに引き付けるしかない。


「……仕方ない、害虫退治といくか」

 俺は大袈裟に両手を広げ、賢者のマントを振り払った。


『ゲブラゲブラ……!』

『聞いたか? 戦うつもりだぞ!』

『コイツ、気でも違っているのかァ?』

『無理もない、人間とは脆弱で、実に脆い下等生物ゆえにぃい……』


「ところで、君たちの名は何だっけ? マラ……カス?」

『脳みそが空なのか貴様ァアア……!』

『我らは偉大なる創造神、レプティリア・ティアウの眷属にして、豊穣なる汚泥と混沌の使者……! ラマシュトゥ様だ、覚えてとけボケェ!』


 言いたい放題、罵詈雑言を浴びせてくる。

「すまん、長くて覚えられん」

 軽口を叩きつつ、賢者の結界は戦闘出力へ。各種戦闘用魔法を励起する。

 ステルス仕様の魔力糸(マギワイヤー)は四方八方に展開、村の広場の半分、宿屋を背にして絶対防衛線を構築する。

 ――特定の波長を検知、魔法通信収集

 ――自動解析開始……記述プロトコル不明、非暗号化魔法通信

 索敵結界(サーティクル)が微弱だが特徴的な魔力波動を検知した。思った通り、怪物どもの間では何らかの魔法通信が行われている。


「きさまら『神』とやらは人間を餌にするのか?」

 怪物どもはそれなりに警戒しているのか、いきなり襲ってくる素振りはない。一定の距離をとりつつ仲間が集合するのを待ち、半円形に広場を包囲しつつある。


『あぁそうだとも、醜い有機物……』

『ここは、星渡りの末にようやく見つけた』

『数千年ぶりの、豊穣なる大地ィ……!』

『この惑星(・・)は、我らのものだァ!』


 時間は俺に味方してくれる。

 僅かな時間だが、連中の魔法通信を解析することができた。原初的で単純な言語により意思疎通し、暗号化されていない。言葉通りの意思が飛び交っている。  


「その言語、人間の脳から奪ったな……?」


『……キサマラ下等な生物の習性を知るため』

『下等な言語体系の地平に降りてやったまで』


「……そういうことか」

 言葉は人間から収奪したものだ。

 人間の思考、文明レベル、戦闘力などを知るために、知識を人ごと喰らったに違いない。

 今も口述形式の意思が魔力波動として飛び交い、容易に理解できる。

 連中の思考、言語は人間のそれを思わせるが、本質は違う。有機物を効率よく摂取し、増殖する欲求のみの怪物だ……!

 魔法通信が暗号化されていないのは、行う必要がないからだ。今まで高度な情報戦を仕掛ける敵と戦ったことがないのだ。


「まるで外宇宙から来たような物言いだが、あるいは他の次元からか?」


『……貴様ァ……?』

『今までの人間とは違う……!』

『別の……知識体系を持っているなァ?』

『興味が湧いてきた、貴様()脳をちゅぱちゅぱしてやるぁ……』

 空気が変わった。緑色の人面芋虫は、嘲りの色を浮かべていたが、明確に俺に興味を向けている。


「やれるものならやってみろ」

 外宇宙、いや異世界から来たという意味では同じだろうが、ここは人間の住む世界だ。

 俺はメガネの鼻緒を指先で持ち上げる。


『人間風情が一匹で、何が出来るゥウ!』

『我らが地上、全ての生物を喰らい尽くす……!』

 気がつくと人面芋虫の群れが村の広場に集結していた。

 個体数は87匹。

 見回せばウゾウゾと広場を埋め尽くし、人垣ならぬ緑の肉壁ができていた。無数の複眼、邪悪な視線の束が俺に注がれている。

 連中は全体で情報を共有し、個体を超えて一つの意識を形成している。だから連中が発する言葉には一貫性があり、個体全体と会話が成立する。

 ――スォーム、群体制御……か。

 最先端のゴーレム制御技術、複数の自律思考型のワイン樽ゴーレムを連携させる術式に似ている。まだ研究途中だが、同等の事をこいつらは既に行っているのだ。


『『『さぁ、食事の時間だァアア……!』』』

 一斉に人面芋虫の群れが襲いかかってきた。


 物理的に圧殺されるのは避けたい。隔絶結界なら防げるが、倒すことはできない。チェリノルもいる以上、ここは生き残ることを優先する。


「仕方ない、足掻いてみるか!」


『無駄なんだよ、下等生物めがァ!』

『貴様らの武器も、魔法も、我々には通じないんだよ、ボケクソの下等生物めがァ!』

 十数メルテ先から三十匹ほどが迫ってくる。それぞれ犬の小走りほどの速度だが、開いた口の内側には、円形の歯が無数に並んでいる。


「ワイン樽……ゴーレムッ!」

 広場の水場脇に潜ませていた、六体のワイン樽ゴーレムを起動する。

 ギュルル……! と高速回転し一気に加速。

『――なっ、ぎゅぶ!?』

『これは、何――ぷちゅ!』

『物理攻――げぶ!?』

 六機のワイン樽ゴーレム軍団が十数匹を文字通り、挽き肉に変えた。熟れた果物にように潰れて弾け、緑の汁を撒き散らす。


「殲滅数、二十……三十……!」

 内側を満たすスライムと樽の重さ、合わせて約二百キログラム。重質量に加えてて高速回転、更に表面には接触対象を打突するため、スパイク状の衝撃波を発する魔法を仕込んである。


『ぬぅお、新鮮な攻撃ィイ……ぱちゅ!』

『魔法……なのかブチュァ!?』

『バカげている! こんな単純な質量攻撃など……止めてみ……ルッぶはッ!』

 突撃してきた個体を各個撃破、ワイン樽ゴーレムを連携させ、進撃速度を落とさない。


『ぶっしゅらら、くらぇええ!』

『死ね、クソメガネぇええ!』

 芋虫人間は口から毒液を噴射、別の個体は一斉に尻から毒針を飛ばしてきた。

 だが、ワイン樽の表面に施された各種の防御術式が、効率的にダメージを防ぐ。


「樽に毒液など効かん」

 俺めがけて飛来した毒針は、賢者の結界――対物理障壁で防ぐ。


『お、おのれェエ……!?』

『剣も鎧も、一瞬で溶かせる強酸毒を……防ぎやがった!』

『あの人間に攻撃が届か……ぬはチュァ!?』

 わめく怪物どもの上をワイン樽が通過、緑色の下半身を踏み砕いた。

『ギァイヤアア!?』

 だが、化け物は死なない。ビクビクと蠢きながら、傷口を再生しようとしていた。

 ――やはり自己再生するか……。

 経験則で想定はしていたが、中途半端な攻撃では倒せない。

 完全に頭部を破壊した個体は溶け、分解し消えてゆく。

 これは想定内。

 人語を操る知能をもつ自称「神の眷属」だ。

 毒に飛び道具、再生能力、あるいは魔法さえ使っても不思議ではない。

「なるほど、騎士団が苦戦するわけだ」

 一方的に人間を狩っていた連中とは、今まで潜り抜けてきた戦闘の経験値が違う。


 残り三十数体、一部は建物の壁によじ登り、ワイン樽の回転ローラーから逃れはじめた。

『ヒャッハー! 届かなければぁああ!』

『どうというこは、なぁーい!』


「そうかよ」

 ワイン樽に飛行系術式を仕込む時間がなかったが、連携で対応する。二体のワイン樽ゴーレムをそれぞれ逆回転。その間隙を三体目のワイン樽に通過させ、射出――!

『んなっ……!』

『飛ん――!?』

 バガァン! と、二階の壁によじ登っていた芋虫人間を壁ごと粉砕する。


『総攻撃だ、あの人間を殺せ……!』

『メガネを殺せ……!』


粘液魔法(スロゥドゥ)――自在鞭(ウィップス)!」

 全部で八本、スライムで構成した人造筋肉のムチを繰り出す。

 ビュ、シュルル……!

 迫ってくる緑の芋虫人間を叩き伏せ、音速を超えた尖端で切り裂く。

『……ブブ、ブヒャハハハ……!』

 数メルテ先で真っ二つにした芋虫人間が、地面で笑い声をあげた。

『バァカめ……遅いわ』

「毒霧……!」

 揮発性の神経毒……!

 怪物から飛び散った緑の毒霧が、広場全体に満ちていた。

 連中の無意味にも思える数頼みの突撃は、これを狙っていたのか。


『んん……フフフ……グブブ』

『どうだ、痺れてきたかァ?』

『動けまぁい……人間ん! おまえら下等な脊椎動物に効果的な、神経毒素だからなぁ……!』


「……く……」


『動機、息切れ、めまい……呼吸困難、そしてぇ……心肺停止まで、一分もかからなぁ……い』


 ニチャァ……と気味の悪い笑みを浮かべた芋虫人間たちがゆっくりと包囲網を狭めた。

 ワイン樽の制御が失われ、停止する。

 片ひざをついた俺を芋虫人間が取り囲んだ。

 残り十数体だったが、最後の最後で詰めを誤ったか。

『いっただき、まぁあああ……ス!』

 緑の芋虫人間の群れが殺到、視界が奪――――。


 ◆


「いやぁあああ!? ググレカスさま……!」

 窓の隙間から戦いの様子を見守っていたチェリノルは叫び、その場にへなへなと座り込んだ。


 広場では()が貪り食われている。

 無数の緑の怪物が群がり、手足を食い千切り、肉片に変えてゆく。


「チェリノル」

 俺はゆっくりと、宿の二階の暗がりから姿を現した。

「――――っ!? グ、ググレカスさま!?」

「しっ……静かに」

 驚き、言葉を失う少女の両肩を支え、立たせる。


「ど、どうして……!? 広場で今……」

「あぁ、食われている俺はダミーさ」

「……ダミー?」

 両目に浮かべた涙をチェリノルは拭う。

「ニセモノだよ。魔法で造った、リモート操作可能な擬態スライム人形さ」

「凄い、ググレカスさま……!」

 ひしと抱きついてくる少女の頭を撫で、落ち着かせる。

「心配させてすまなかった」

「ふぇ、えぇ……」

 気が気でなかっただろうが、敵を欺くにはまず味方から、だ。

 ワイン樽ゴーレムに飛行術式を仕込む代わりに、俺はアバターを造っておいた。

 筋肉、骨格、血液。それに体温や脈拍、呼吸までも擬態した、完全なるニセモノ。

 外見上は人間と見分けはつかない。しかし、人間の血肉を喰らい尽くしてきた化け物どもは、じきに気づくだろう。


『…………ん……ん……?』

『……なんだか不味い気が…………?』

『ヒョロガリだからか、ぺっ』

 化け物どもは既にアバターを食い尽くしつつあった。


「ここを脱出する。歩けるかい?」

「は、はいっ!」

 賢者の結界にステルス系魔法を重ねがけ、気配を消す。

 チェリノルも結界の内側に隠し、そっと宿屋の廊下を歩いて裏口へと向かう。


「……どうして偽物を……食べさせたのですか?」

 戦いを二階から見ていたチェリノルは、小声で疑問を口にした。

 チェリノルはやはり賢い子だ。

 あのままワイン樽ゴーレムで押しきる戦いもできた。偽物に任せ、ここを逃げ出す手もあった。

 だがあえて(・・・)、アバターを食わせた。


「情報こそが戦局を左右する」

「情報……?」

 情報は何物にも勝る武器になる。

 奴らの手の内、攻撃手段も意思疎通の手段も。かなりの情報を収集できた。

 そして今、芋虫人間の体内にスライム細胞が侵入している。分解されるまでの時間に情報を収集、広場で動きを止めたワイン樽ゴーレムを中継し、俺に伝えはじめている。

 目の前の戦術情報表示(タクイティクス)が次々とデータをファイリング、解析を開始する。


「今は逃げよう」

 戦略的撤退というやつだ。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[一言] Googleググれ
[良い点] >『総攻撃だ、あの人間を殺せ……!』 『あのハゲズラ野郎を殺せ……!』  カチンッ 「粘液魔法スロゥドゥ――自在鞭ナインテイルウィップス!」  全部で"八本"、先っちょから出したスライム…
[良い点] とあは敵を殲滅しましたが、ググレカスは敵の情報収集を優先したようですね。 それにしてもワイン樽ゴーレムは200Kgもあったなんて……。 これでは飛行術式を組み込んでも飛翔させるのは、相当に…
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