漂泊のググレカス ~並行世界ストラリア~
◇
「とりあえず腹ごしらえをしよう。さっきの神殿にあったやつを頂いておいた」
「ググレカスさま、いつのまに……」
生贄少女チェリノルを助けるついでに、祭壇から供物の果物をくすねておいた。
「何も食ってないんだろ?」
「あ、ありがとうございます」
背中に潜ませた二本の触手は、伸縮自在の隠しサブアームで近接戦用兼護身用。スライムを束ねた人造筋肉により、意識と同調し超高速で自在に動かせる。
「腹が減っては戦はできぬ、果汁を口にするだけでも元気が出るよ」
「お優しいのですね、ググレカス様は」
森の中の切り株に腰掛け、パイナップルに似た果物を二人で分け合う。
索敵結界は常駐している。いまのところ半径二百メルテ圏内は安全だ。周囲には魔物の気配はおろか、人の気配もない。
「こうみえても子育てには慣れているんだよ」
「そう……なのですか?」
信じられない、と目を丸くする。
「妻と子がいるんだ。君ぐらいの年頃の家族もね。大所帯さ」
「え、えっ!?」
こんなに素敵で若い魔法使いなのに、妻子アンドファミリアもちとは意外だったのだろう。
「ご家族はご無事なのですか?」
「あぁ。ここから遠い場所、安全な所にいるんだ」
チェリノルは目を瞬かせた。
安全な場所がある。という言葉に希望を感じたのだろう。
超絶魔法使いな俺に、チェリノルは警戒している様子だった。だが、ようやく信頼してくれたらしい。ほっとしたような、和らいだ表情になる。
「……よかったです」
果物に口をつけるチェリノル。
味は甘く、果汁が口いっぱいにひろがる。
「君を安全なところまで連れていくよ」
「はい!」
しかし。
今頃、メタノシュタットでは騒ぎになっているだろうか。
アルベリーナのことだ、面白がっているかもしれないが、流石に俺が消滅したとなれば、城でも騒ぎになる。黙ってもいられまい。
マニュフェルノが知れば心配するだろう。いや「毎度。ググレくんのことだから大丈夫」なんて言いそうだが……。
子どもたち、ポーチュラとミントに会いたい。俺が帰ると喜んで抱きついてくるのだ。寂しがってはいないだろうか。
プラムやヘムペローザにリオラもだ。それにレントミアも心配しているだろう。
「美味しいです」
「ついでにハムも持ってくればよかったな」
「私は生肉にされるところでしたけど」
「……笑っていいのか、それ」
「大丈夫です。おかげで元気が出てきました」
笑顔を見せるチェリノル。
意外にも気丈で、しっかりした子らしい。
「それはよかった」
邪教の人間を数人捕まえておけばよかった。数十人いたはずが、森の奥へと逃げ去って、痕跡さえもわからない。
いろいろな不安が渦巻き、居ても立っても居られない。謎の異世界に迷い込んでしまった以上、今はどうすることもできない。
せめてチェリノルを安全な場所へ。だれか信頼できる人間を見つけて預けなければ。
そしてメティウスを探し出し、帰還する方法を考える。
「よし、兎にも角にも誰か見つけて合流しよう」
「はいっ!」
◇
俺たちは徒歩で近くの町を目指し歩き続けた。
移動している間、チェリノルからいろいろな話を聞くことができた。
「私の知っていることなんて、本当に少しだけなんです」
「教えてくれてありがとう。興味深い」
彼女の言葉を借りれば「世界には7つの国、ガリアハン、リッヒタリア、イッツブルア、ルフュッエル、オヴァラハン、クラツール、レロンがあり、共存共栄で平和に暮らしていました」という。
俺の持つ知識と重なるのは、ストラリア諸侯国と呼ぶ七つの国家群についてだ。
大陸の西側に位置する点は同じだが、東側や北側の土地は砂漠、あるいは荒涼とした荒れ地。その外側は暗く霧に包まれた海が延々と続いている。
かつて新天地を目指し船で漕ぎ出した冒険者は誰一人戻ってこなかったという。
「君は物知りだね。本をよく読むのかい?」
「孤児院では本を読むくらいしかできなくて」
チェリノルは賢く、本をよく読む子供だったようだ。
他に国は存在しない。超大国メタノシュタット王国はもちろん、プルゥーシア皇国も、カンリューン王国も存在しないのだ。
ここは俺が居た世界とは異なる世界、ということで間違いなさそうだ。
――並行世界ストラリアか。
この世界は今、天空より飛来した侵略者――魔導師によって滅亡の危機に立たされている。
人々は為す術もなく命を奪われ、国家の軍隊も反撃空しく敗走を続けている。
かなりハードな状況に放り込まれたらしい。
孤立無援、多勢に無勢。
今は救援も期待できそうにない。
メティウスさえも失い、どうすればいい?
流石の俺も気弱になる。
孤独感がじわりと心をさいなむ。
「ググレカスさま、馬車が!」
「なんてことだ、破壊されている……」
道端には放置された馬車があった。散乱した荷物、食い荒らされた馬の骨。人間が抵抗し戦った跡もあった。折れた剣、血痕などだ。
「避難民がここで襲われたようだ」
「王都から逃れてきた人たちだと思います」
不思議と人間の死体は見当たらない。魔物に食われてしまったのだろうか。緑色の粘液がべったりと馬車を汚していた。未知の粘液質で、周囲の植物が枯れている。毒性があるらしかった。
「あまり触れない方がいい」
「きっと魔導師の……化け物です」
「見たことがあるのかい?」
「はい。緑色の気味の悪い怪物で……。魔物に詳しい人も、見たことがないと言っていました」
「未知の魔物……か」
魔導師のオリジナル魔物だろうか。
そもそも、本当に魔導師なのか?
七つしか国がない世界に、天空から飛来するなど、妙な違和感がある。
何かがおかしい。
かつてメタノシュタットにも幾度か危機が訪れた。超竜ドラシリアを始めとした『外の世界』から侵入を試みる存在だ。
賢者の石に封じたゲートキーパーも、別の世界からの侵攻を感じ、理解していた。
まさか――。
「ググレカスさま……」
「大丈夫、魔物は俺がやっつける」
恐怖体験を思い出したのか、チェリノルは青ざめている。冷たくなった手を握り、一緒に歩くことにした。
少女はぎゅっと俺の手を握り返し、必死で離れまいとしている。
しばらく進むと森が途切れ、同じような破壊された馬車も増えてきた。
次第に人の暮らしていた場所へ近づいている。見る影もなく破壊されている家々が点在していた。このあたりの丘陵地帯は農村だったのだろう。
「村だ……!」
中心の村が見えてきた。近づくとやはり建物は破壊され、廃墟になっていた。
慌てて逃げ出したのだろう、村の広場は物が散乱していた。血痕が点在し、戦いと混乱の様子がわかる。
「この村の人たちは無事でしょうか……」
「この様子では……」
「見覚えがあります。ここは確か……あの西の丘を越えれば王都です」
指差す丘の向こうに太陽が近づいていた。
「チェリノル、今日はここまでだ。じきに日もくれる。この村で休もう」
「はい……」
流石にチェリノルは歩き疲れたようだ。
太陽も西の地平へと落ちつつある。王都までは距離もある。暗くなってしまっては、チェリノルを歩かせるのは無理だろう。
「ググレカスさま、あそこにお水が」
「よかった」
幸い広場の水場は機能していて、綺麗な水が流れていた。顔と手足を洗い、ようやく一息つく。
近くの宿屋の建物も半分焼け落ちていたが、中を探ると眠れそうな部屋は残っていた。勝手にお邪魔して二階の部屋を借りることにする。
「代金はツケ払いだ」
「寝台が無事ですね、よかった」
「君はここで休んでいなさい。すこし周囲を確認してくる」
「でも、ググレカスさまもお疲れでは……」
「俺は平気さ。何か保存食が残っているかもしれない」
「はい……。お気を付けて」
不安そうなチェリノルを部屋で休ませつつ、俺は周囲を探索することにした。
索敵結界で全周囲を監視しているので、動くものがあればすぐにわかる。
宿の周囲を見て回る。見上げると窓からチェリノルが頭半分を出し、心配そうにこちらを見つめていた。
「何かあれば魔法でわかるよ」
破壊の痕跡は新しい。ほんの数日前に破壊されたのだろう。
侵略者――魔導師の軍勢により戦火が広がり、どこも安全な場所はないのかもしれない。
数軒となりは酒場ったらしい。暖炉の天井に薫製肉がぶら下がっている。少しだが食べ物を見つけた。
それに空になったワイン樽がいくつか転がっていた。
「……手駒があったほうがいいな」
全部で6樽か。
――粘液魔法!
魔法で人造スライムを生成。それぞれのワイン樽に流し込む。一分ほどでスライムは内側を満たすほどに育ち、樽はゴトゴトと自力で動き出した。
内側で原形質を流動させ、動力とする。
「新生、ワイン樽ゴーレムだ」
生まれたてなので指令に従うよう、各種の制御術式をインストール。
「あとは形態維持魔法、外殻硬化魔法、対魔法結界に対衝撃……っと」
さまざまな戦闘用の魔法を仕込んで仕上げておく。
本当は空中浮遊可能な、空気噴出系の魔法も仕込みたいが今はこれで十分だ。
ゴロゴロと六体のワイン樽ゴーレムを引き連れて広場へと戻る。
「えっ……樽!? ググレカスさまそれ……!」
「これは俺の頼もしい仲間たちさ」
チェリノルが二階の窓から驚いたようすで見下ろしている。ぱちんと指を打ち鳴らす。
ワイン樽ゴーレムたちは一斉に輪を描いて回り出した。ゴロゴロと転がり急停止。ターンして逆方向に。まるでダンスを踊るように自由自在。
「……というわけさ」
「すごい!」
思わぬダンスショーに、ぱちぱちとチェリノルが拍手をくれて、笑顔を見せた。
と、その時だった。
――索敵結界に反応!
――識別不能多数!
戦術情報表示が警告音とともに、ポップアップされる。
「チェリノル、隠れていなさい」
「ググレカスさま……?」
数十体の魔物が接近している。
村はずれからだ。もともと周辺に潜んでいたのか、日暮れと共に涌き出してきたのか……。
「早速、活躍してもらうことになりそうだ」
ワイン樽ゴーレムを前衛として配置する。
魔物の集団はあっというまに村の入り口まで接近していた。動きが妙だ。地面を移動しているが、道を選ばず進んでくる。
『……キュブルァア!』
「こいつか」
――接敵、エンカウント!
戦術情報表示は第一種戦闘形態へと移行する。
目の前にいるのは、形容しがたい怪物だった。
全身は蛍光色を発する緑色。人間の胎児を模した上半身に芋虫状の下半身。両目は昆虫のようで、黒光りする複眼が顔半分を覆っている。
「これはこれは……酷い化け物だ」
――解析不能、種族特定不能!
索敵結界と連動し、戦術情報表示は解析を試みていた。だが過去に戦った魔物のリストには存在しない。
それどころか、
『見ぃいい……』
『つけたぁああ……!』
『人間んん、肉ゥウ……!』
人面芋虫がつぎつぎと集まってきた。眼球のない無数の複眼、邪悪な視線の束が俺に注がれる。
「しゃべった……!?」
人語を操る魔物、ゴーレムでもない。ホムンクルスの一種か。
ブクブクに膨らんだ緑色の人面芋虫は、それぞれ中型犬ほどもある。周囲に毒気を撒き散らしているのか、地面の草が枯れてゆく。
毒、麻痺、状態異常もあり、か。
『グブブ、人間ごときが歯向かう気かぁ?』
『神ィイ! 偉大なるレプティリア・ティアウ様の眷属たるぅ……!』
『我らラマシュトゥに敵うと思うてか……!』
「……それが、きさまらの名か」
<つづく>




