空間転移と、めんどうごとの渦中へ
◆
――レン坊、聞こえるかい!?
「アルベリーナ先生?」
レントミアの視界にポップアップ表示されたのは、赤い警告表示。
魔法通信のなかでも秘匿性の高い緊急回線だ。
常駐魔法・戦術情報表示を視線で操作しつつ、統合作戦指揮所の混乱から逃れるように部屋の隅へと移動する。
――大変なんだよ! 問題が起こってね……って、何だか騒がしいね、聞こえてるかい?
「き、聞こえていますアルベリーナ先生。でも、今こっちも手が離せなくて……!」
つい先刻から、メタノシュタット王国軍魔法兵団は大混乱に陥っていた。
外部からの魔法通信への干渉、ハッキングにより通常連絡回線がダウン。各部隊間の魔法通信と連携が不能となり、指揮命令系統が機能していないのだ。
『通信負荷さらに増大! メイン回線だけでなくバックアップ回線もダウン!』
『外部からの通信干渉、攻撃はどこからだ!?』
『最初にダウンしたのは北部通信拠点です!』
『おのれプルゥーシア側からの攻撃か! 先日の腹いせか!?』
情報参謀長が歯ぎしりし、現場指揮官は青ざめてオロオロしている。プルゥーシアを装った他の勢力の可能性もあるが、検証するすべを持たない。
レントミアは王宮魔法使いの最高位として、緊急招集されていた。
対策と障害復旧への協力を依頼されている。
同僚として数名の魔法使いが招集されたが、最高位の魔法使いたちでさえ難儀している。
「ダメだ、魔法コマンドをうけつけない!」
「演習とは規模も速度も違う……! どう対処すればいいんだ!?」
「こんな時、賢者ググレカス様がいてくれたら……」
泣き言を言う若い魔法使いたちが、思わす顔を見合わせた。
「だよね」
それはレントミアが一番言いたかったことだった。
本来、王立魔法協会からは専門の知識を持つ魔法使いが派遣される。
しかし高度な魔法通信、こと暗号通信と複雑なクラウド型通信網を理解できる魔法使いは、ごく少数に限られる。
その第一人者こそが、専門知識を有し、仕組みを考えて構築した賢者ググレカスなのだ。しかし追放されてから居場所がわからなくなった。
王立魔法協会を追い出されて拗ねるのはわかる。けれど職務の責任を投げ出し、何処かにフラッと消えてしまうググレカスではない。
しかし魔法の通信も通じず。どこかへと雲隠れしたと噂になっていた。
レントミアはこの事態に際し、魔法協会の長老たちを説得。ググレカスの追放を取り消しにして、彼を探し出そう。そう考えていた矢先だった。
――何かあったのかい?
「それが……! 魔法兵団が大変なんです。外部から魔法通信のハッキングを受けて、対応できず。大混乱に陥っているんです」
――外部からの魔法通信干渉? ったく、こっちもそれどころじゃないんだよ!
「アルベリーナ先生? 一体、何があったんですか?」
ググレカスの次に頼れるのはアルベリーナ先生しかいない。レントミアはダークエルフの魔女の剣幕に、異変を感じ取った。
――ググレカスが消えちまった!
「き、消えたって……? ググレが消えたって、どういうことです!?」
さすがのレントミアも声を出してしまった。
この混乱を収められるのは、賢者ググレカスしかいない。
それが「消えた」とはどういう意味か。
――あのバカ、聖剣戦艦の遺物を稼働させちまったんだよ。おそらく空間転移しちまったね、何処かへ。
「く、空間転移ぃ!?」
――最悪、粉々に原子分解しちまったかもしれない。けど、ヤツの悪運の強さなら……。
アルベリーナも困惑しきりの様子で、はっきりとしたことが言えない雰囲気だ。
ググレカスが消えた。レントミアも目を白黒させてしまう。
「え、えぇええ!? そんな、一体何処へ!?」
――それがわかないのさ。時空の彼方を漂っているかもしれないし、良くて……世界の何処かさ。見知らぬ場所へランダムジャンプしちまったとしか……。
「ググレは結界の塊だから、バラバラにはなってないと思うけど」
アルベリーナ先生が地下で聖剣戦艦の遺物を研究しているのは知っている。ググレカスはそこで何かの魔法装置を稼働させてしまったらしい。
よりにもよって、こんな時に。
「あーもう! どうしよう!?」
流石のレントミアも泣きそうになった。
統合指揮所の将校たちや、最上位魔法使いたちが、レントミアの異変に気がついた。いつも冷静で美しいハーフエルフが取り乱している。
背後で飛び交う声は、深刻な状況を伝え続けている。
『大規模なDDOS攻撃継続中、魔法による過負荷攻撃です……!』
『えぇい、防げんのか!?』
『ダメです間に合いません! 暗号防壁系魔法通信具が既に突破されています! 中継魔法通信アラート、侵食中……!』
『全部隊の通信が途絶する……こんな、こんなことが……』
総司令官は顔面蒼白でよろめき、倒れそうだった。
壁一面を埋め尽くすように設置された『魔法情報映写装置』は、すべてが真っ赤な表示で埋め尽くされつつあった。
動く絵画のように赤い警告とグラフが赤く染まる。
通信回線の過負荷によるダウン、各通信拠点を意味する丸いマイルストーンがダウンしていく様子が、まるで陣取りゲームのように赤く塗りつぶされてゆく。
ゴーレム兵団も、飛空艇部隊も、飛竜部隊も、すべてが魔法の通信により位置を把握し移動している。
他国とは表立って戦争状態ではない。
有事ではないにせよ、これは由々しき事態だ。
きっかけは何だ?
賢者ググレカスが王立魔法協会を追放された。
決して王宮を追放されたわけでもなんでも無いのだが。
その情報が、噂が、敵対勢力に伝わったとしか考えられない。
好機とみて攻勢をしかけてきたのだ。
――あたしも今からそっちへ行くよ。
「ア、アルベリーナ先生! 助かります。でもググレはどうすれば……そうか!」
――そこには世界を把握できる魔法の監視網があるんだろう? それを使うのさ。
大規模魔力探知網!
世界の大半に張り巡らせた探知装置。本来は巨大な次元振動や、魔力反応を検知するためのもの。しかしググレカスの発する魔力に絞れは探知は可能。
「探し出せる!」
そのためにはまず混乱を納めねばならない。アルベリーナが援軍に来てくれるならこの上なく心強い。
「わかりました! 僕も全力でがんばります」
――しばらくの辛抱だよレン坊。攻撃主をあぶり出すんだよ、あとは敵の本拠地に鉄杭砲でも叩き込んでおやり!
「は、はい」
◆
一瞬、意識が飛んだ。
けれど極彩色のトンネルを通っているうちに頭が冴えた。
「ほげっ!?」
軽い浮遊感、そして落下。
夢から覚める瞬間にそっくりだった。
衝撃が腰から背中に伝わり、何かを砕いた。どっしんガラガラ……! と音が耳に伝わり、いろいろなものが飛び散る音がした。
「――痛ってぇええ!?」
薄暗い場所だった。
え!?
なんで?
アルベリーナは?
寝転んだまま周囲を見回す。
思い出した。何かの装置を稼働させ、光に包まれた。
そして見知らぬ場所へ。
もしかして空間転移してしまった?
何処へ?
そもそも今はいつだ?
様々な疑問が渦巻くが、頭がフラフラして酩酊感に襲われる。。
メガネがズレていたので直す。
戦術情報表示が砂嵐だった。
魔法の回線が切断し、再起動――術式の再ロードが行われている。
よろよろと身を起こす。
「……痛てて……ん?」
薄暗いが、松明に明かりが灯されていた。
どうやら神殿……の奥を思わせる柱が林立し、祭壇がある。
俺は祭壇の真上に落下したらしかった。カラカラと金属の椀や、皿が転がり、供物らしい食品が一面に散乱している。
「アギャァア!? ブルハル!」
「インブリュギュア!? ダダル!?」
「イッギ! ブギュルリア!」
聞いたことのない言葉だった。白い布を頭からかぶった怪しげな人間たちが、混乱した様子で俺を指差し、何かを叫んでいた。
「あ、あら……? お邪魔してます」
思わず両手を肩まで持ち上げて、スマイル。
何かヤバげな現場に来てしまったらしい。
戦術情報表示が再起動を終えて翻訳魔法が常駐、言語翻訳を行い脳に言葉を届けてくれた。
「ど、何処から入ってきたぁああ!?」
「神聖なる天空神の祭壇になんてことを……!」
「召喚の魔法円がぁあ壊された、儀式が穢された!」
「捕らえよ、殺せ……殺せぇええ!」
俺が乱入したせいか、動物の血で描かれた魔法円がズタズタに崩れていた。
「はは……。俺、何かやっちゃいました?」
穏やかならざる雰囲気だった。
いや「殺せ」とか言ってやがるし。
と、俺の傍らに少女が倒れていた。
薄絹だけを身につけて、手足を縛られた少女だ。プラチナ色の髪に白い肌。十三歳かそこらの身体つき。
周囲には見慣れぬ果物や、干し肉などの供物が散らばっていた。
「う……うーん……?」
薬か何かで眠らされていたのか、意識が朦朧としているようだ。
だが、この状況。
明らかに……邪教の儀式の真っ最中だったらしい。
「お、おい大丈夫か?」
俺は少女を揺さぶった。
「あ……貴方は……? ダメですここは……」
武器を手にした十数人の邪教徒たちが一斉に近づいてきた。
「殺せ!」
あぁなんてこった。
とてつもなく面倒な事に巻き込まれてしまったらしい。
いわゆる 渦中というやつだ。
とはいえ、明らかに「生贄」らしきの美少女を目の前にして、することは一つ。
いや、誰だってこうするだろう。
「君を助けに来た」
俺はそう言って魔法を励起。
無詠唱で反射的に励起できる魔法を。
粘液魔法――!
「ッ!?」
「な!?」
男たちの足元が沸騰したように泡立ち、粘液の海が現れた。
<つづく>




