ワイン樽ゴーレムの新型装備と旅立ちの朝
◇
「ぐっさん、これは何処に乗せればいい?」
「兵装コンテナに積んでくれ、重いぞ」
「任せとけって」
イオラは全身にぐっ、と力を篭めると一息に大きな「樽」を持ち上げて、馬車の荷台へと積み込んだ。意外と筋肉の付いた二の腕が逞しい。
出立の準備はイオラとリオラのおかげで急ピッチで進んでいた。
もうすぐ夜明けも近いという時間なのに、寝るのを返上し馬車の準備を手伝うイオラの額には汗が光っている。
ここは館のガレージだ。深夜も過ぎてもうじき夜明けが来る。
俺はルゥローニィ達を救うため、旅立つ事を決めた。
俺とマニュだけで行こうと決めたのだが、今度はイオラとリオラが黙っていなかった。
「ぐっさん! 一人で何でも出来るのはわかるけど、俺達だって役に立つぜ」
「そうです賢者さま。図書館の時みたいに皆で力を合わせれば、少しでもお役に立てるはずです」
意外だったのはリオラも行くと言い出した事だ。
イオラはもちろん、賢者である俺を一人で行かせられないと、言い出したのだ。
そもそも、港町ポポラートへと旅立つ時、兄と妹は、初めて袂を分かち、互いに距離を置く事を経験した。
それは結果的に、互いの事をより思いやるきっかけとなり、更に強い絆で結ばれたのだろう。
二人の決意を前に、俺は全員で行く事を決めた。
イオラとリオラが行くのであれば、プラムとヘムペローザも当然行くと言うだろう。危険は勿論あるが、俺はリオラが言う「図書館の一件」が身に染みていた。小さな力でも合わせれば大きな力になり、それは時に賢者である俺すら救ってくれるのだから。
それに、みんないつまでも護られるだけの子供じゃないのだ。
俺は疲れたそぶりも見せずに次々と樽を運ぶ、頼もしい相棒を眺める。その身には軽くて丈夫な皮の鎧を纏っていた。それは以前、竜人の里への旅で買ったものだ。
大分板についてきたなと思いつつ、自分の仕事に戻る。
俺はガレージノ片隅で、馬車「陸亀号」を長距離を一気に走り抜ける為の追加装備、『増加粘液漕』を『フルフル』『ブルブル』に装備している最中だ。
スターリング・スライム・エンジン、つまりワイン樽に二種類のスライムを絶妙にブレンドしたワイン樽のゴーレムは、魔法生命体とはいえ、長時間の使用では疲労が蓄積し出力が低下する。それを補う為に開発したのが、この『増加粘液漕』と呼ぶ、中ぐらいのサイズのワイン樽だ。
端的に言えば、ワイン樽ゴーレムの背中に、もう一つ「樽」を乗せただけの代物だ。
四速歩行をする魔法の馬、『フルフル』と『ブルブル』の背中に、ラクダのコブようにワインの樽が連結されている。中身は勿論スライムで、本体の中身であるスライムと循環交換させる事で、冷却および疲労の回復に役立つのだ。
大容量のスライムタンクを増設する事により、設計上は丸二日間走り続けられるはずだ。
まぁ、操る俺のほうが先に参ってしまうだろうが。
「よし、これで馬の準備はいい。イオラ、そっちはどうだ?」
「ったく、流石にもう限界だよ。全部で12個、こんなに何に使うんだ……?」
栗色のまるい瞳を細めて眺めるイオラの目線の先には、「陸亀号」が牽引する台車があった。それは馬車の後ろに列車のように連結された、二つの車輪がついたシンプルな「台車」だ。
先ほど俺が「兵装コンテナ」と呼んだ正体がこれだ。コンテナには計12個の一抱えほどもある樽が積み込んである。
俺は12個積み込まれた量産型『樽』に施錠魔法を施し荷崩れを防ぐ。
イオラは汗を拭いながら、疲れた様子で近くに転がっていた別のワイン樽に腰掛けた。
俺がパチンと指を鳴らすと、そのワイン樽は震えて、すぐにイオラを振り落とす。
「うわ!? あぶねっ!」
「ははは。イオラが運んでくれたのは、全部スライム入りの樽さ」
つまり、俺の魔力で操作するワイン樽ゴーレムの簡易版――量産型ワイン樽ゴーレム『樽』だ。
「それを12個も……?」
イオラがていやっ! とワイン樽を蹴ろうとするが、樽は瞬時に身を翻してケリをよける。そしてぐわんぐわん、と円を描いて元の位置で停止する。
「くそ、すばしこいな!?」
「並みの化け物なら、体当たりだけでペチャンコだぞ」
『樽』は、見た目は手足も何も無いただのワイン樽だが、高度な自動制御の術式が組み込んである。
これを俺の戦闘用の自律駆動術式で協調制御し、12体の『樽』を有機的に連携、相手を攻撃するという強力な樽兵士の軍団として使役するのだ。
――自律駆動術式、遠隔協調制御戦闘術式。
直接的な打撃力を持たない俺にとって、これは戦闘の切り札だ。
「賢者さま、とりあえずの食料や服なんかと用意しました」
振り返ると、ガレージに荷物を抱えたリオラが現れた。
栗色の柔らかい髪を後ろで短めのポニーテールのように一つにまとめているので、きりりとしたいでたちだ。イオラとおそろいの皮の部分鎧を身に着けている。
昨日街で買ったばかりの服は惜しいと思ったのか、ありあわせの服の上に鎧を身につけているのは、流石リオラといったところだろうか。
「ありがとうリオラ、馬車に積んでおいてくれ」
「はい!」
すると俺が言うまでもなく、イオラがさっとキャビンに飛び乗って、上からリオラの荷物を受け取って積んでゆく。
「はい」「ほいさ」
俺はそんな光景を微笑ましく眺めながら、今日一日の行程を考えていた。
日の出と共に館を出発し、一路北を目指す。そして東へと進む街道に進路を変え、宿場町アパホルテを通過――。小休止を挟んでそのまま海辺の町、ポポラートに到着する。
本来は早足の馬車で二日半ほどの行程を、一日で走破する強行軍だ。
通常ならば馬が疲弊し不可能な行程を、魔法の馬である『フルフル』と『ブルブル』ならば無休で難なくこなす。何よりもこういうミッションに最適な、増加粘液漕も今回は装備したのだ。
残る問題は――。
果たしてエルゴノート達は何処に消えたのか、という事だ。
ルゥのみが回避できたということは魔術の類ではない。魔術ならばレントミアやエルゴが後れを取るとは考えにくいからだ。
俊敏性においては一番のルゥだけが逃げ延びたという事は、エルゴノートやファリアが物理的な何かの「罠」に捕らえられたのではないだろうか? 逃げられないと悟ったレントミアは指輪だけを罠の外に投げ捨てて、ルゥローニィに託した……と。
もしそれがポポラートを襲撃したという「魔王軍の残党」によるものならば、相当に知恵が回る連中だ。目的はディカマランの英雄達を倒す事だろうか?
であれば当然、次は俺を倒すために「人質」として捉えられている可能性が高い。だが……、あのエルゴノートやファリアが黙って捕えられるものだろうか?
それにもし残党ならば、仇敵の一人であるルゥを逃がすはずが無い。俺とマニュフェルノをおびき寄せる為の罠としてわざと逃がしたかもしれないが……。
兎に角行っていみるしかなさそうだ。乗り込んでエルゴノートやファリア、そしてレントミアを見つけ出し救出するのだ。
立ちはだかる敵がいるのなら粉砕する。
俺はぎゅっと拳を握って、ワイン樽ゴーレムに触れた。生き物ではないワイン樽だがまるで生き物のように身をよじり、俺に擦り寄る。
「今度も活躍してもらうぞ、フルフル、ブルブル」
だが、これ以上考えたところでいい考えは浮かびそうもない。
困った事に、俺の自慢の検索魔法で知ることの出来る情報ではないからだ。
検索したところで出て来るのは、せいぜいが港町ポポラート周辺の地図と観光案内、そして魚の水揚げなどの経済の状況を記した役場の資料だけだ。
手がかりになりそうなものは……と、調べていると、マニュフェルノがプラムとヘムペローザを連れて現れた。マニュは二人を少々早く起こし、身支度をしてくれていたのだ。
「おぉマニュ、ありがとう」
「完了。準備できてますよ」
マニュはいつもの僧侶服に僧侶のローブといういでたちでガレージに現れた。
俺を見つけると照れたように微笑みをこぼす。
せっかく降ろした髪を二つに束ねてツインテール――と言っても二つに束ねて肩の前に垂らすというカントリースタイルの揺る結い――にしている。
「ふわぁ……おはようなのですーググレさまー」
「にょぅ、いい夢を見ておったのに、にょ」
眠い目を擦るプラムとヘムペローザがおおきなあくびをする。顔も洗い髪も整えてもらったらしく、いつでも出発は出来そうだ。
「急にすまないな。俺の友人達を助けに行く事になったんだ。プラムもヘムペローザも一緒に行って力を貸してくれるか?」
「おぉー? もちろんなのですー!」
「ほっ!? 随分と謙虚じゃにょ! もちろん……行くにょ!」
「俺も行くぜ。エルゴノート師匠を助けに行くんだ!」
「今度は、私もいくからね!」
イオラとリオラもそれぞれが鎧の止め具をぎゅっと締め付ける。イオラはその上に昨日買ったばかりの漆黒のローブを身に纏う。
指ぬきグローブもバッチリでいい感じに「見習い勇者」の顔つきだ。
リオラも館の中で家事をこなしている時のほわほわとした優しい顔つきではなく、イオラのように凛々しい顔つきになっている。
ガレージに朝日が差し込んだ。金色の光の筋に思わず目を細める。
気がつけば冬のしん、と冷えた朝だった。
ガレージの大型の扉を押し開けると、一面真っ白な霜が降りていた。
はっ、と吐き出す息も白い。
一歩踏み出すと足元でシャリリと軽やかな音がして、俺は鼻から冷たい空気を思い切り吸い込んで、そして、
「では――、いくぞ、みんな!」
と声を上げた。
おぉ! とイオラがリオラが、そしてプラムもヘムペロも次々と気勢をあげる。
――さぁ、行くぞ! 無事でいてくれよ……皆!
<つづく>