地底の魔女と、底抜けの奈落
「ついに賢者ググレカスもお役御免かい。国を追放されるとは気の毒にねぇ、ヒヒヒ」
「別に国まで追放されとらんわ! 同業者の組合から除名されただけだ」
「そうかいそうかい、野に下ってアウトロー。野良魔法使いの放浪者なんて珍しくもないよ」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ……」
「ヒヒヒ、そうかい?」
いや、実際魔女アルベリーナは実に楽しげだ。
地下で孤独な研究に明け暮れて、娯楽に飢えているのか、あるいは寂しいのか……。
かつてイスラヴィアで砂漠の盗掘団の頭目だった頃に比べると、だいぶ角が取れた気がする。
こうして地底で魔法遺物の研究に明け暮れているほうが性に合っているのだろう。
「愚痴りに来たわけじゃない。アルベリーナが悪事を企んでいないか、見に来ただけだよ」
「お生憎、今の生活に満足しているものでねぇ」
「それは何よりだ」
アルベリーナは目を細め、周囲を見回した。
大量のガラクタ、見たこともない機械が分別され、タグやメモが貼り付けられている。
ここで昼夜を問わず太古の遺物――聖剣戦艦の残骸を研究し続けている。
見知らぬ異界への憧れ、星の世界へと跳躍する方法。それらを見つけ出したいというのが、数百年も生き続けるダークエルフの魔女の夢なのだという。
「せっかく来たんだ。お茶でも飲むかい、ググレカス」
「……いただきます」
ダークエルフの煎れるお茶か。どんな味がするのやら楽しみだ。
アルベリーナは水の入った筒状のガラス瓶に、不織布の小袋を落とした。
「小袋は茶葉さ、なぁに地上の店で買ったものさね。安心おし、ヒヒヒ」
「あ、あぁ」
安心しろと言われると逆に不安になるわ。
ガラスの筒は明らかに何かの機械装置の一部だ。普段からお茶ポット代わりに使っているのだろう。衛生面などいろいろ大丈夫か。
「即席の茶は便利だね。茶葉のブレンドもあたしのお気に入りでね」
アルベリーナがガラスの筒に手を添えると、瞬く間にブクブクと沸騰した。茶葉のエキスがじんわりと浸出する。
炎の魔法を自在に操るアルベリーナ。彼女の繊細な熱制御魔法技術に感心するが、ガラスも凄い。
「それは耐熱ガラスか?」
「陽電子砲のカバーだったものさ。現代魔法や錬金術では、この極超硬質ガラスは作れないよ」
「興味は尽きないな」
「だろう?」
アルベリーナはニヤリとしながら、ふたつのティーカップに茶を注ぐ。片方を受け取り香りを愉しむ。
「地上で何か変わったことでもあったのかい?」
「いや、特に無いよ。平和そのものさ、平和すぎてあくびがでる」
「そうかい、何よりさね」
茶を口にしながら穏やかな会話を交わす。
ダークエルフに出会った頃の荒々しさは無い。今は地下世界の主にして秘密の探求者、といった雰囲気だ。
「俺の見せ場も減ってしまってね」
「ヒヒ……、だからこんな場所で油を売っているのかい。とっととお帰りよ、家で家族が待っているんだろう?」
「昼過ぎにいきなり家に帰ったら、失業したと思われるだろう」
「おや、もう昼を過ぎていたのかい!? 地下にいると時間の感覚が狂っちまう」
そもそも長命な彼女は、時間に関して人族よりもルーズなのだ。
「アルベリーナは研究熱心だな。飽きないか?」
「飽きないね。ここは楽しくて仕方ないよ」
褐色の肌を照らす地下研究所の照明は、聖剣戦艦の艦内にあった照明装置を転用したものらしい。自在に曲がるワイヤー状の発光体が、壁や天井に適当に巻き付けられている。それは十分な間接照明として機能している。
「宝物庫で暮らしているようなものか……」
地下の研究室を見回す。奥には簡易寝室や、地下水を利用した洗面台、シャワー室まで完備しているようだ。建材は太古の遺物を組み合わせ、転用しているようだ。
「あたしゃね、旧世界……千年帝国の秘密を解き明かしたいのさ。頂点を極めし魔法文明、いや。それだけじゃない。それに端を発する超高度な素材加工技術、錬金術、粒子理論、電磁気理論……。真の超高度文明と呼べるものだからね」
「俺の知見では、それを『科学文明』と呼んでいた気がするよ」
「科学、なるほど面白い語感だねぇ」
世界樹から発掘された破片や遺物は、王政府が高値で買い取ってくれる。魔法装甲の金属片、理解不能な部品の一部、ワイヤー状の未知の素材などなど、何でもいい。
世界樹の幹に取り込まれた破片の発掘探求は、冒険者たちの良い収入になり世界樹の街の経済を潤している。
遺物の行く先はここ、アルベリーナの地下研究施設というわけだ。
「おかげで世界樹の街は発展できた」
「あたしは研究に没頭できる」
ウィンウィンの関係というやつだ。
「たまには息抜きをしたらどうだ?」
「そうさねぇ。活きのいい魔王とか、異界からの侵略者とか、骨のあるやつはいないのかい?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアルベリーナ。
「最近ではさっぱり見かけないな」
「根性なしだねぇ。腑抜けの玉なしばかりかい! 野心をもった奴が一人ぐらい出てきても良い頃あいだろうに」
「まぁそういうな、良い時代だよ」
国境紛争では少々モメたが、それだけだ。北方の国境紛争は一応の決着をみた。南方は『世界樹』を拠点とした街が発展、衛星都市国家として発展しつつある。
西方の古き魔法国家群――ストラリア諸侯国も、多くの魔法使いや魔女たちがメタノシュタットへ出稼ぎにきている。友好関係にあり表だっての対立はしていない。
そういえば魔法協会で俺を追放した連中は、ストラリア諸侯国の出身者もいたはずだ。
アルベリーナの研究室を眺めていると、否応なく目につくものがある。曲がりくねったパイプが生き物のように絡み合い、身の丈ほどのイソギンチャクのオブジェクトのように鎮座している。
「ところで、これはなんだ?」
「よくぞ聞いてくれたねぇ」
アルベリーナが目を輝かせオブジェクトに近づいた。話したくてウズウズしていたのだろう。
「……説明は簡単に頼むよ」
魔法英知の結晶、聖剣戦艦――蒼穹の白銀の部品の一部であることはわかる。
「ようやくここまで復元したのさ。これは聖剣戦艦のメインエンジの補機、稼働を支える魔法機関のひとつらしいのさ」
アルベリーナがそっと愛しそうに手を添える。
「『対消滅魔素変換推進機関』か……」
「流石は賢者ググレカス、よく覚えているねぇ!」
彼女は心底、感激した様子だった。
「まぁな。俺は聖剣戦艦を永き眠りから覚醒させ、『起動』させた立役者だからな」
「ヒヒヒ、そうだったねぇ。あのときは年甲斐もなくワクワクしたよ」
「二度と御免だがな」
巨大イソギンチャクは金属のような光沢を持ちながら、まるで陶磁器のような質感だった。パーツの一部に超古代の言語で説明が書かれている。
「読めるかい?」
翻訳魔法でそれは容易に読めた。
「――縮退炉心補助機関A09
超高密度タキオン粒子発生装置
【警告】稼働時、時空間歪曲率上昇につき、粒子捕獲格子隔壁外へ退去」
「凄いじゃないかググレカス。やはり見込んだ男だよ」
「よせよ読めるだけで意味はわからん」
「あたしもさっぱりだがね。稼働させるための魔力をチャージしてみても、動きやしない」
根のように床を這っているのは、魔力の伝達ケーブルらしく、大型の蓄魔力装置に繋がっている。ガラス質の魔法のパネルが淡く光りを放っていて、様々な文字やグラフが揺れている。
『粒子発生・スタンバイ OK』
「機械的には正常、魔法の制御術式も正常。だが動かないんだよねぇ」
「いやまて、動かして何か起こったらどうする? 城ごと吹き飛ばさんとも限らんぞ」
「未知の粒子を発生させるだけさね。危険なら即座に魔力供給は切れるから安心おし」
「うーむ」
危ない奴だ。
やはり研究施設をイスラヴィアの砂漠地帯に移設した方がいいのでは?
「起動するための何か、因子が欠けているのかねぇ」
「起動……因子?」
その言葉にはっとする。
俺はかつて、超竜ドラシリア戦役で聖剣戦艦を稼働させた。
その直前でのことだ。
『――勇気を胸に、未来を切望した者だけが、千年帝国の栄光、魔法英知の結晶、聖剣戦艦――蒼穹の白銀を操る資格を得るのです』
脳内に示されたヴィジョン。それは白く輝く鎧をまとった、金色の髪と青い瞳を持つ、超然とした美しさを湛えた戦姫だった。
『――我がメティア・シュタリカーナの血を受け継ぐもの! それこそが聖剣の起動因子たりえるのです』
そうだ。彼女は妖精メティウス、いや姉であるスヌーヴェル姫殿下の面影があった。
王族に脈々と受け継がれる血の因子、あるいはそれを受け継いだ者だけが、この聖剣を動かせると言っていた。
俺が妖精メティウスと共にあったがゆえ、稼働させることができたのだ。
ガラスの制御パネルに触れる。
ぽっ、と青い光が点った。
イソギンチャクの巨大オブジェから、唸るような低い振動音が聞こえてきた。
「お……?」
「ググレカス、何をしたんだい!?」
アルベリーナが血相を変えた。
「いや、俺は別になにも……。メティ、聞こえているか?」
『――承認。粒子発生、試験稼働モード』
「稼働しはじめている! いったい何故!? まさか」
赤い光は次々と青く変化し、ますます甲高い音を奏でつつある。それはまるでハミングのような、美しい天使の歌声のような……。
困ったな、苦笑しながらアルベリーナに顔を向けた。
「これ、停めたほうがよくないか?」
そこで俺は息を飲んだ。
まるでアルベリーナがスローモーションのようにゆっくりと動いていた。間の抜けた声と動きで、彼女はこう叫んでいた。
「グ グ レ カ ス ! そ こ か ら 離 れ―――――――――
「アルベリーナ……!?」
視界が白一色に染まる。
意識はそこで途絶えた。
<つづく>




