追放ブームと失われた日常
まさか魔法協会を追放されるとは……。
「やれやれだ」
王立魔法協会を後にした俺は、王城の廊下を歩きながら、ある場所を目指していた。
実際のところ、王宮魔法使いの組合――王立魔法協会を除名されたからといって、別に無職になったわけではない。
スヌーヴェル姫殿下の側近として、時には王国軍魔法兵団の尖兵として、魔法に関する極秘の仕事の依頼される事は変わらないのだ。
「賢者ググレカス、気落ちなさらずに」
「べつに気になどしていないさ。流行に阿る風潮を憂いてはいるがね」
「まぁ? 追放は流行でしたか」
妖精メティウスがくすくすと笑う。手のひらサイズの天真爛漫な少女は、手を後ろで組んだまま、空中をひらひら移動している。
「まったく嘆かわしい。いくら世間が追放ブームだとはいえ、悪ノリも大概にしてほしい」
俺の言葉に妖精メティウスは空中に魔法の小窓を展開する。
「……なるほどですわ。検索魔法でさっと調べただけでも、記事が目につきますわ。報道業者があおっている感じでしょうか」
「社会正義を振りかざし、相手を破滅に追い込めばそれは気持ちがいいからな」
「なんだかさもしいですわねぇ」
「まったくさ」
メタノシュタット王国はいま「追放」ブーム。
悪弊追放、暴利を貪る悪徳業者の追放、賄賂を貰っていた木っ端役人の追放など等だ。
まだこれらは社会正義として理解できる。
しかし「正月料理としてガチョウを地面に埋めて太らせるフォアグゥラは虐待! 傲慢な特権階級、貴族の贅沢を許すな!」とマスコミーが問題視。聖堂教会が騒ぎ便乗したのには閉口した。
貴族の悪習であると廃止に追い込み、飼育業者まで王都を追放したのはやりすぎだ。
追放すればすべて解決! といわんばかりの風潮に警鐘を鳴らした有識者も、マスコミーから叩かれ追放されてしまった。
「そのうちマスコミーは『魔法は悪! 一部の人間だけの特権を許すな!』と魔法使いを火炙りにしろとか言い出しかねん」
「怖い世の中ですわねぇ」
「メティも他人事じゃないぞー。可憐な妖精の服装がセクシーすぎる、配慮が足りないズボンを穿け! なんて難癖をつかれかねん」
「嫌ですわ! 光に透ける服気持ちいいのに」
妖精が珍しく憤慨している。
それはさておき。
今回の王立魔法協会からの「追放」はマスコミーと直接関係は無いだろう。しかし、円卓会議の連中が世間の雰囲気に流され、便乗した感じは否めない。
「馬鹿げた考えが蔓延るのは、平和な証拠か」
魔王大戦から10年。
確かに世界は平和になった。
魔物や魔獣の活動は低下傾向で、冒険者ギルドは討伐クエストの取り合いらしい。そのうち冒険者や傭兵の失業者が増えるという予想もある。
以前は危険な街道を護衛する『護衛業者ギルド』が流行していたが、次々と閉店しているという。
魔導列車の路線網は広がり、国内を安全い行き交うことができる時代になった。
周辺国とは協調、同盟。
新、国際秩序の構築が模索されている。
世界は小競り合いこそあれ、大きな戦争もなく平和を維持している。
先日のプルゥーシアとの国境紛争がいい例だ。裏での激しい暗闘や策謀はあれど、表向きは「平和的な交渉にて妥結」なのだから。
時代は動いている。価値観のパラダイムシフトが起き、いままで良しとされていたものが否定され、新しい価値観に置き換わりつつあるのだ。
知識人や学者、貴族お抱えの道化師は、こうした風潮を皮肉っているが、いつ「正義のマスコミー」の矛先が向き、餌食になるとも限らない。
「ところで賢者ググレカス、どちらへ?」
「ちょうどいい機会だ。俺もしばらく穴蔵で目立たないように、大人しくしていようと思って」
「穴蔵?」
魔法使いのサロンまで出禁となると、じつは少々困ったことがある。
仕事の合間の暇潰し、昼寝の場所が無くなってしまうからだ。
石頭の王宮魔法使いと魔法議論を重ね、涙目にしてやったり。レントミアや魔法使いの仲間たちと魔法のロールプレイングゲームに興じたり。他国の魔法通信に侵入して魔法のハッキングを仕掛け、みんなで面白がったりする平和な時間。
そんな穏やかな日常が失われたかと思うと、やはり少々寂しくもある。
「サボれそうな場所はあそこぐらいさ」
「サボる場所を探していたのですか!?」
強固な円形の塀で囲まれた王城は、いくつかの棟にわかれている。
中でも目につくのは、巨大で真っ白な尖塔。その根本、かつて聖剣戦艦が格納されていた巨大空洞を目指す。
以前に比べ警備は厳重ではない。
もう大切なものは格納されていないからだ。
――滅び去った太古の王国、栄華を極めた魔法王国ア・ズゥ。千年帝国と呼ばれた世界。その聖遺物たる超弩級次元跳躍戦闘艦、聖剣戦艦は失われ、動力炉は『世界樹』のコアとなった。
「この地下へ?」
「そうさ」
長い円筒形の地下空間に沿って、螺旋階段が続いている。魔法によるセキュリティをいくつかパス。
しばらく進むと魔法の昇降機が上がってきた。
手すり付きのテーブルみたいな構造で、二百メルテ地下まで下りられる。
最下層はガラクタの山だった。
崩れた外壁以外にも、金属パイプの塊、光を放つ四角い箱、不規則な音を奏でる円筒形の物体が、蟻塚の外のゴミ捨て場のように山積みだ。
それぞれに手書きのラベルが貼られている。
『サンプル43A3 魔導反応炉・補機Cパイプ』
『サンプル1A56 圧力内壁材料D。原子間縮小メタルによる極超硬質材』
「これは……聖剣戦艦の残骸ですね?」
妖精メティスが目を瞬かせた。
「あぁ、ここの番人に会いに来た」
薄暗い地下の最下層。
深淵の横穴から光が漏れている。
近づくと、むこうから声がした。
「――今や王国を代表する魔法知性、新たなる魔法王国の体現者さまともあろう賢者さまが……。いったい、こんな地の底へ何の用だい?」
皮肉たっぷりの言葉に思わず苦笑する。
室内にはいると、椅子の背もたれに身を預け、長い黒髪の先で、床を掃き掃除している魔女がいた。
「アルベリーナ、元気そうで何よりだ」
齡三百歳のダークエルフ。
希代の魔女、アルベリーナ。
その美貌は地下であってもあいかわらずだ。
「なんだいググレカス。追放でもされたのかい?」
書類から視線を外し、俺に向ける。
図星だった。
「退屈でな。遊びにきたんだ」
「なるほどねぇヒヒヒ」
<つづく>




