七色砦で勝どきを
昇り始めた朝日が木々の梢を輝かせる。
やがて、周囲の空間に変化が起き始めた。
「賢者ググレカス、空をご覧あそばせ!」
「あぁ、奴らの結界が崩壊してゆく」
七色砦を中心に、魔法聖者連が構築していた儀式級結界が崩れてゆく。天蓋のように視界全体を覆っていた帳がひび割れて砕け、消えた。
「風が戻ってきたよ!」
レントミアが見上げた空に鳥が舞った。朝が来た喜びに浮かれたように高く飛んでゆく。
淡い陽光に照らされた雲、朝焼けの空、森の木々が鮮やかな色彩を取り戻した。
「見事な勝利でしたわ、賢者ググレカス」
「いいやメティ、俺たちみんなの勝利さ」
「まぁ珍しい、ご謙遜だなんて」
「俺はいつも謙虚だろう」
「うふふ、謙虚の意味をもういちどお調べになられては?」
「メティめ」
俺の肩に座っていた妖精メティウスがクスクス笑いながら舞い上がった。
朝露が輝く葉をかすめ、妖精は雫を手にとった。新鮮な光を浴びた朝露で喉を潤す。
「いつも俺様の勝利だフハハハー! なんて高笑いをなさるのに」
「いつもではないぞ、時と場合による」
「あら、では今は?」
「大事な主役を待っているのさ」
戦術情報表示に友軍を示す青い輝点がいくつも浮かび上がった。
索敵結界に現れた個体識別コードには懐かしい見知った名前が浮かぶ。
「あ、ファリアたちだ!」
レントミアが指差す方向から、戦士の一団がやってきた。
「ルーデンス竜撃戦士団、七色砦の警備部隊、無事だったか」
マジェルナがほっとした様子で視線を向けた。
七色砦と呼ばれる岩の向こう側からやってきたのは、完全武装のルーデンス竜撃戦士団だった。
「ググレ……! こちららは片付いたぞ!」
「ファリア……!」
屈強な戦士たちを先頭で指揮するのは、銀色の髪をなびかせたファリアだ。戦斧を背負い、全身甲冑に身を包んでいる。
「敵は撃退しました!」
傍らにはやや小柄な女性戦士。大型の弓を持った妹のサーニャだ。
「敵……やはり襲撃をうけていたのか」
魔法使い同士の戦いが行われている裏側で、ファリアたちも敵と戦っていたのだ。激しい戦いだったことは、彼女たちの様子から察しがついた。
「ファリア、助けにいけずすまなかった」
「なぁに、連中は呪詛か呪いで、私たちの動きを鈍らせたつもりだったのだろう?」
ファリアは戦闘経験が豊富で状況判断能力にも優れている。力技で強引な戦法に頼りながらも、やはり戦いのセンスは一流だ。
「連中が展開した結界には呪詛が含まれていた。感覚を狂わせ、動きを鈍らせる呪いだ」
白きハイエルフ、ヴォズネッセンスの時空結界は、対象となる相手――昨夜の場合は俺やレントミアをを象として時間を静止させることができた。だが、七色砦全体を時間停止させていたわけではない。
そんなことをしたら、最上魔法使いであれど魔力切れになるからだ。だが、結界内部には動きを鈍らせ、戦いを有利に進める呪詛が練り込まれていた。
「それで、ファリアたちはどう対処したんだ?」
「気合いに決まっているだろう!」
「……だよね」
レントミアが苦笑する。他の竜撃戦士たちもファリア同様、呪詛の影響を気合いで軽減し、戦闘を続けたのだろう。
「呪いは甘え! 気合いでなんとかなる」
「ファリアはパワハラ上司の素質十分だよ」
「ははは、そう誉めるなよ」
誉めてはいないがな。
「まぁ、さすがはファリアだ」
互いの健闘を称え、拳をぶつけあう。
銀色の髪は乱れ、頬には泥や返り血もついている。だがファリアはニッと豪快な笑顔をみせてくれた。
「我ら、竜撃戦士を見くびるなよ! もやしっこのヒョロガリプルゥーシア人どもめ!」
「そうじゃとも! ワシらに呪いなど効かぬ!」
「かつて三日三晩、魔物と連戦した時に比べれば、どうということはないわ!」
歴戦の強者、竜撃の戦士たちも気勢をあげる。
激しい戦いがあったのだろう。だが疲れは微塵も感じさせない。
「あの結界のなかで戦われたのですか!? 皆様、すごい精神力ですわ……。信じられません」
「魔法はググレたちがなんとかしてくれる。そう信じていたからな」
妖精メティスの言葉に、ファリアがそう呟いた。
「賢者様、あの不思議な帳に包まれた直後から、私たち七色砦警備隊は、身動きができなくなりました。そこへ、プルゥーシアの隠密急襲部隊が襲ってきたのです」
サーニャ姫が仔細を説明してくれた。
襲撃者は魔法に頼らない、特殊な対抗術式を纏った武装集団だったらしい。有利な状況で夜襲したにもかかわらずルーデンスの精鋭に反撃され、撃破されたというわけか。ことごとく気の毒な連中だ。
「卑劣な奴らめ! 魔法のタイマン勝負じゃなかったのか……!」
マジェルナがブチ切れ、自らの拳を手のひらに打ち付けた。
「僕らの索敵結界は妨害されて、七色砦の中までわからなかったんだ。まさか襲撃されていたなんて」
レントミアは悔しがるが、連中は奇襲戦法さえも厭わない状況にまで追い詰められていた。
俺もヴォズネッセンスとの戦闘に全神経を集中していたので、七色砦の支援まで手が回らなかった。
「苦労をかけたな、ファリア」
「はぁ? 水くさいことを言うな。ググレ。意志疎通ができずともやることはひとつ。目の前の敵を叩き伏せることだ」
ファリアの信念は揺らいでいなかった。
他国の王子と結婚し、すぐに離婚したと風の噂で聞いたのはつい最近だ。しかししょげている様子もないので安心した。むしろ七色砦の攻防、敵との戦闘で意気揚々、輝いている感じがする。
「さぁ賢者ググレカス」
妖精メティウスが魔法通信の回線を開いた。
相手はメタノシュタット王国、王城。しかし中継された映像は加工され全世界に向けて配信されるだろう。
「フハハ、諸君! ここに宣言しようではないか、我らメタノシュタットのすばらしい勝利を!」
「「「おおおおぉお!」」」
ルーデンス竜撃戦士団もいっしょに勝ちどきをあげる。
「見ての通り、七色砦は我がメタノシュタットの純然たる領土であると!」
マジェルナも凛々しく拳を振り上げた。
背後にはルーデンスの戦士たちと、朝日を浴びて七色に輝く巨大な岩の塊が見える。
七色砦は国境線交渉の要だった。
だからこそプルゥーシア陣営は焦り、強引な手段に打って出た。超精鋭の魔法使い集団、魔法聖者連を投入してきた。
先手を打って七色砦を制圧、奪還作戦を行う俺たちメタノシュタットの魔法使い軍団を粉砕、完全に形成の逆転を狙っていたのだろう。
だが俺は勝利した。総大将であるヴォズネッセンスとの一戦を制した。魔法の一騎討ち、タイマンでだ。
最強の魔法使い集団、魔法聖者連は破れ去り、森の奥へ敗走した。
手段がどうあれ、勝てば官軍。
陣取りゲームの盤面を制したのは、メタノシュタットの駒。俺たち魔法使いたちだ。
これによりプルゥーシア陣営による現状変更――支配域の変更の企みは、崩れ去った。
「この様子は、全世界に向けて配信されるそうですわ」
「これで、国境線紛争の要、七色砦はメタノシュタット陣営の領域であることが確定する」
俺たちの様子は、遠距離魔法通信網を使い、メタノシュタット本国へも送信された。
早朝だが、王国軍の中枢では戦いを含めたすべての情報を収集、監視しつづけている。
七色砦を背景に、朝日を浴びての勝利の勝どきをあげた。
これこそが王国が望んでいたものだろう。
国境線交渉が行われるこの日に、全世界に向けて実効支配をしている者が誰か知らしめることができた。
それは交渉の余地さえないことを白日のもと、天下に知らしめることになる。
あとは事務方の役割だ。
「はー。なんだか疲れたね」
「そうだな、帰るとしようか」
「おいおい、ググレ、レントミアつれないことをいうな。いまから宴会だ、勝利の宴こそルーデンスの伝統よ!」
ファリアの語尾の「よ!」は乙女のそれではなく、男のように豪快で野太い「よ!」だった。
「ファリア、だんだん親父さんに似てきたな……」
「なっ!?」
何はともあれ。
俺たちの長い遠征は、ここで終わり。
ようやく一息つけそうだ。
だが――。
「賢者ググレカス、改変魔素も風にのり拡散してゆきますわ」
妖精メティウスが告げる。
「あ、あぁ」
「どうなさいましたの? 浮かないお顔ですわ」
「なんでもない、大丈夫さ」
俺は浮かれる気分にはなれなかった。
魔法の闘いを通じ、ヴォズネッセンスを退けることはできた。勝利したのは確かだ。
だが、本当にこれで良かったのか……?
正しい方法だったのか、という自問自答が渦巻きつつあるからだ。
魔法の根底を覆す、禁忌に手を染めてしまった。
――貴様は禁忌を犯した! 万死に価する……! 魔法の原理をねじ曲げるなんて……そんなことが、魔法使いとして許されると思っているのか!
ヴォズネッセンスは激しい調子で言い放った。
魔法聖者連の総大将、白きハイエルフ。奴が駆使した時間を停止させる『時空結界』は魔法の芸術だ。
それは認めざるを得ない。いわば『古の魔法』体系の至高とも呼べる魔法だった。
だが、俺の放った魔法はなんだ?
改変魔素は『新しき魔法』とうそぶいても、魔法の根底を覆し、盤面をぐちゃぐちゃにする戦術だ。
それは王国の魔法使いたちに、大手を振って説明し、誉められるものだろうか。
足元をすくわれ、転ぶのではないだろうか。
その不安が、やがて的中することにならないだろうか。
だが、いまはよそう。
「ググレー! おいでよ七色砦で宴会だって」
「朝から酒か? まったくルーデンス人は」
レントミアとマジェルナが俺を呼んでいる。
つかの間の勝利を味わうのも悪くない。
「あぁ、いまいく!」
俺はふたたび歩き始めた。
眩しい朝日に目を細めながら。
<章完結>
次回から新章突入!
『賢者ググレカスの追放』
おたのしみに!




