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静止した時の中で

「時間は静止(・・)させたはずだ」

 純白のハイエルフ、アドミラル・ヴォズネッセンスがピクリと眉根を動かした。

 常にポーカーフェイスで感情を乱さない男だが、流石に想定外だったらしい。


『フハハハ! これで時間を止めたつもりか? お笑いですこと……だぜ!』

 高笑いを響かせながら、メガネのフレームを指で摘む。さらにクイクイッと他人を小馬鹿にしたように小刻みに動かしてみせる。

「貴様」

 ヴォズネッセンスはレントミアへの攻撃を止め、偽ググレカスに向き直った。

 少なくとも気位の高いヴォズネッセンスの感情を逆なでし、気を引くことには成功したらしい。


「なぜ動ける」

 時空結界のなかで悠然と動くググレカスが、そっくりな偽物(・・)だということに、ヴォズネッセンスは気づいていない。


『時間停止のカラクリを見破ったのさ、フハハ』


「戯れ事を」

 表情こそ変えないが、明らかに(いぶか)しく思い、疑念を抱いている。

 (いにしえ)の魔法の真髄、絶対の自信を持つ時間停止の魔法は、簡単に破られるものではないのだから。


 ――はわわ、すごく睨んでいらっしゃいますわ……! 怒っていらっしゃるようですわ。


 偽ググレカスの頭部のエントリー・魔力糸プラグで、妖精メティウスは忠実に任務をこなしている。

 

 ――5分でいい。ヴォズネッセンスの注意を引いて欲しい。レントミアとマジェルナから注意を逸らすんだ。ハッタリと話術で。

 本物の賢者ググレカスは、妖精メティウスにそう耳打ちした。


 ――おまかせあれ賢者ググレカス。

 愛する彼のため、献身的に危険な任務を引き受けたというわけではない。かつて「図書館結界に囚われていた姫君の霊魂」だった頃から変わらない、旺盛な好奇心と冒険心に突き動かされたからに他ならない。


「まったく、君には驚かされる」

 言葉は穏やかだが、明らかに不快感と怒りを孕んでいた。例えるなら大切な秘密の花園に、他人がズカズカと入り込んできた、そんな時の表情だ。


 静止した時間の中で、ヴォズネッセンスと偽ググレカスだけが動いている。

 この状況が、白いハイエルフにとっては不快で、許しがたいものであることは明白だ。


『お……俺なりに研究を重ね、魔術の研鑽に励み、至高の魔法使いを目指していま……るのでね、フッハッハ……』


「残念ながら君には無理だ、ググレカス」

『何故ですの?』

短命種(・・・)である君は、真理にたどり着けない。魔法の至高の頂を知る前に死ぬからさ」

 ヴォズネッセンスは優雅な仕草で指を打ち鳴らした。同時に、まるで豆粒のように小さな赤い光の粒が放たれた。


「君の友人に贈るつもりだったが、代わりに受けとるがいい。鉄をも溶かすプロメティースの炎だ」

 太古の神話の名を冠した『古の魔法』だった。


 それはググレカスに命中し爆発、すさまじい衝撃と熱を発する業火で包み込んだ。


『きゃあ……ッ!?」

「訂正しよう、死はたったいま訪れた」


『……って……あら? 平気ですわ』

 偽ググレカスの周囲に分厚いガラスのような結界が展開され、壁となって炎を防いだ。


「ほぅ」

 譲与された『賢者の結界』は全十六層。すでに最強の戦闘モードで展開されている。

 魔法攻撃はもちろん、衝撃や輻射熱も含めた物理攻撃、あらゆる波長のエネルギー攻撃に対する防御効果を発揮することが可能。維持に必要な膨大な魔力は、偽ググレカス本体が内包する魔力で補っている。


『こ、こんなもので俺が倒せるか、フハハ!』


 炎が消え、無傷の偽ググレカスは不敵に笑ってみせた。

 とはいえ、今の攻撃で結界の半数が破壊された。

 耐えられるのは、あと一回がいいところか。


「……なるほど。古の魔法に匹敵する結界を、独自に編み出したのか」

 まだヴォズネッセンスは気づいていない。対峙しているのがスライムで構成された、偽ググレカスだということに。

 スライム細胞を増殖させ練り上げたゴーレム人形は精巧だ。ググレカスの分身が発する魔力波動は同じで、魔法的クローンにほかならない。

 近づいて触れて確かめればバレるかもしれないが、相手も警戒し、十メルテほどの距離を保ったまま。

 見破るのは至難の技だろう。


『次はこちらから! ググレカス光子魔砲(ビィイム)……!』

 妖精メティウスは反撃とばかりに、操縦桿(・・・)の赤いボタンを押した。

 偽ググレカスの両目が怪しく輝き、メガネに仕込まれた光解析格子が増幅、レントミアの指向性熱魔法(ポジトロール)に似た熱線を放った。

「ぬぅ……!?」

 赤い光線は、ヴォズネッセンスに到達するや火花を散らす。しかしグニャリと曲げられ、背後の木々を引き裂いた。時間静止した世界では切れ目が入っただけだが。


「ふざけているのか。児戯(じぎ)にも等しい攻撃など意味はない」

 ヴォズネッセンスの額に青筋が浮き上がった。さしものハイエルフも苛立ちを露にする。


 あら、いけない。挑発しすぎたかしら。

 時間を稼げって言われましたし、お話を引き伸ばしたほうがよかったのかしら……?

 妖精メティウスが少し思い悩んだ、その時。


 消えた。


『はっ!?』 

 ヴォズネッセンスの姿が、目の前から。


「――私の『時空結界』の時間停止は、重ねがけ出来るのだよ」

 背後から声がした。


『後ろ!?』

 慌てて振り返ったとき、至近距離に白いハイエルフの美しくも冷酷な表情を浮かべた顔があった。


「時間よ、さらに静止せよ。時間遅延(スロゥア)!」

 ヴォズネッセンスの言葉が引き金となり、偽ググレカスさえも動きが停止した。


「……な……!?」


 百倍に遅延した時間の流れのなかで、さらに倍以上の時間停止の魔法をかけたのだ。

 世界はほとんどが闇に包まれている。

 時間が完全静止するのに近づくにつれ、世界の光度は下がり闇にのまれてゆくらしい。


 だが、偽ググレカスの重層的な防御と無数の疑似スライム細胞の魔力吸収効果により、頭部に潜む妖精メティウスだけは、辛うじて意識が保たれていた。


 ――う、動けませんわ! でも、次の行動だけは……認識しないと……!


 ヴォズネッセンスはゆっくりと、残像を残しながら近づいてきた。

 そしてググレカスの背中に手を押し当てた。赤い光の魔法だ。先程放った爆炎、「プロメティースの炎」よりもさらに大きな極大級の火炎魔法だ。


 ――まずい……ですわ!


 妖精メティウスは、魔法が解除される瞬間に意識を集中する。さしもの偽ググレカスも超至近距離でこれを喰らえば耐えられない。


「……時は再び動き出す。さらばだググレカス」


 ヴォズネッセンスは優雅にそう囁くと、踵を返し距離をとった。

 やがて、時間静止の魔法が解除され――


 閃光と大爆発。

『きゃ!?』

 何もかもが白い光で満たされ、衝撃と炎の嵐が視界を覆いつくした。


「グ、ググレー!?」

「な、何が……!?」

 レントミアとマジェルナが咄嗟に防御結界を展開し、身を守る。

 すさまじい熱量を伴う爆炎が押し寄せ、真っ赤なキノコ雲がドロドロと天に昇ってゆく。


 空には爆風で右往左往する二頭の竜が、羽ばたきながら旋回していた。


 爆心地と思われる付近に、ググレカスの姿は無かった。


 ――仕込みを終えたら、遅れてゆく。

 そう告げたググレカスは今の爆発で消滅してしまったのだろうか。


「ググレカスは死んだ」


 不意に、声がした。

 はっとして視線を向けると、白いハイエルフ、ヴォズネッセンスが黒いキノコ雲を背景に立っていた。

 赤黒い輝きが白い姿を赤々と照らし出す。


 レントミアとマジェルナからやや離れた位置、ググレカスと対峙していたあたりだ。


 白い絹糸のような髪、雪のような肌。

 蛇のような光彩と、微かに開いた唇だけが不気味なまでに赤い。


「ナメるなよてめぇ!」

 マジェルナが激昂し、全力でバールのような魔法を叩きつけた。

「ググレはどこ!?」

 レントミアが指向性熱魔法(ポジトロール)を放った。

 しかし、そのいずれもが、ヴォズネッセンスのダイヤモンドのように輝く結界に防がれた。

「なにィ!? 超竜ドラシリア戦と、同等の出力で殴ったんだぞ……!」

賢者(ググレ)の結界だって貫通できる威力のはずなのに……!」

 半実体化した鉄のバールがひしゃげて砕け、赤い熱線がねじ曲げられた。二人の、メタノシュタット王国の最上位魔法使いによる、同時攻撃さえ通じない。


「無駄だ。私の『千年結界(サウザントフィール)』は何人(なんびと)たりとも破れない。古の魔法の真髄、時間水平移動理論により、ダメージを時間の縦軸方向に分散するのだからね」

 表情ひとつ変えず、ヴォズネッセンスは饒舌に語って聞かせると、二人に手のひらを差し向けた。

 赤い光が二つ、輝きを増してゆく。


「君たちも彼のところに行くがいい」


「く……!」

「ググレ!」


「呼んでも無駄だ。もう彼はいな――」


『……フーハハハ! 誰が……もういない、ですってぇええ!?』


 ヴォズネッセンスが切れ長の目を見開き、振り返った。

 そこには誰も居ない。 

 半球形にえぐれた爆心地があるだけだ。粘着質の汚らしい破片が散らばっている。

 ならばどこだ、

「上か!?」


 ハイエルフ同様、レントミアとマジェルナも慌てて空に視線を向ける。

 空に、黒髪メガネの生首が浮かんでいた。


「うっわ、キショッ! 化け物か!?」

「生首だけのググレぇえ!?」


『仕込まれていた緊急脱出術式(ベイルアウト)……! 頭部離脱ですわ! ムチ打ちになりかけましたけど、オーホホ……フハハハ……!』

 円を描くように飛びながら、高笑いを響かせる。

 

 頭部には妖精の羽に似た翼が四枚。自切(・・)した首の切断面から空気を吹き出しながら飛行している。


「なんとも醜い……! 神聖なる魔法を愚弄する、面妖な術を……ッ!」

 そこがヴォズネッセンスの怒りのツボだったらしい。吐き捨てるように叫ぶと、やにむに空に向け、赤い光の弾丸を放った。左右から二発。


『狙いが甘いですわ! 空中は私のテリトリーですのよ……!』

 空飛ぶググレカスの生首は、ひらりひらりと妖精のように舞い、二発の赤い光を避けた。


『ヴォ、ヴォズネッセンス様!?』

『あぶ、危な……あわあ!』 

 仲間の二頭の竜が、火炎魔法の空中爆発に巻き込まれた。


『オーッホホッホホホ!』


「気味悪いが、すげぇ……」

「やっちゃえググレ!」

 唖然としつつもニヤリとするマジェルナと、レントミア。


「お、おのれ……!」

 ヴォズネッセンスは明らかに平常心を無くしつつあった。

 三発目の光の弾丸を手のひらで励起し、空に向けた。

 だが、輝きが揺らぎ、明滅する。魔法が励起しないのだ。

「な……なんだ?」

 一秒もかからないはずの、炎の『古の魔法』が不安定に明滅し、歪になって消えてゆく。


 疑問を抱く間もなく、上空の生首ググレカスが、お返しとばかりに空から光線を放った。

『喰らいなさいまし、ググレカス光子魔砲(ビィイム)!』


「そんなもの、効かぬと……!」

 ジッ! とダイヤモンドのような輝く結界が擬似的な光線魔法を防いだ。

 しかし次の瞬間。結界に亀裂が生じ、分散した光の刃の一つが、ヴォズネッセンスの肩を焼いた。

「あぐぁ!? 何ィ……!?」

 白いハイエルフの顔が歪む。

 無敵結界を自称する防御が簡単に破られた。


『どうやら時間のようですわ』

 生首ググレカスがフラフラと高度を下げ始めた。

 逃げる気か、あるいは限界か。いずれにせよヴォズネッセンスにとってトドメを刺すチャンスだ。


「やれ、お前たち! ググレカスと仲間どもを殺せ……!」

 しかし魔法の呼び掛けに、上空の二頭の竜は反応しなかった。慌てて視線を動かし空を探す。


『……何が……うあぁあ!?』

『古の魔法が……解け……!?』

 二頭の竜はもつれるように、森の向こうへと落下してゆく。

 全身から金属質の鱗が剥がれ落ち、キラキラと陽光を跳ね返している。古の魔法が維持できず、竜の姿が解けてゆく。


「これは……何が起こっている!?」


 ヴォズネッセンスが異変に気がついた。

 時空結界全体に何か、異常なことが起こっている。


 と、生首ググレカスが地表にいた一人の人物の腕に舞い降りた。

 同時に生首は崩れるように消えて、中から金髪の光輝く妖精が現れた。


「あぁ、怖かったですわ!」

「ありがとう、メティ」

「どういたしまして。でも、とても楽しくてドキドキの時間でしたわ」

「それは何よりだ」


 黒髪にメガネ、そして飄々(ひょうひょう)とした雰囲気。


「賢者ググレカス……!? き、貴様……(たばか)ったな!?」

 ヴォズネッセンスは髪を振り乱し、鬼気迫る表情で睨み付けた。

 もはや殺気を隠すことも忘れ、優雅で気品に満ちたハイエルフという仮面は剥がれ落ちた。


「んー? さぁ、何のことか……なぁああ?」

 ググレカスはメガネのフレームをつまみ、くいくいくいっと超高速で動かした。これ以上ない、というほど小馬鹿にした表情で。


「きっ……き、貴ッ様ぁああああああ!?」


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] お散歩ですか!? ぐぐれれれ。 ヴォズネッセンスを小ばかにした偽ググレカス。 最初は嫌がっていたメティウスでしたが、案外とノリノリでしたね♪ 生首になって緊急脱出したということは、その時点…
[良い点] >まだヴォズネッセンスは気づいていない。対峙しているのがスライムで構成された、もう一人のググレカスだということに。  スライム細胞を増殖させ練り上げたゴーレム人形は精巧だ。と、言うかググ…
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